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虎穴への標識 一

 洗い物をすませた中内は、館内で口にできるものは全て調べつくした。異常なしだった。それから彼は地図と睨み合った。


 モヘージングの力だけでも大雑把にはわかる。凶鳥の力がどこかで妨げているせいか、正確な場所までは明らかにできなかったのだ。


 一度自分を取りもどすと、さすがに私立探偵だけあって気迫が感じられた。


「ここだ。ここに違いない」


 ものの十分で、中内は借りた鉛筆を使って丸印をつけた。


「その根拠は?」


 元父……会長が聞いた。眉を据えじっと中内を見据える姿に、味鋤は前世の記憶を図らずも思い出した。


 前世の父……オオクニヌシはひたすら恐ろしかった。そもそもなにを考えているか分からないことが多々あった。


 それでも、前世の自分は皇子としてオオクニヌシと家来達との間を取り持たねばならなかった。


 クニタマが自分に眠り薬を盛ったのは知っていた。わざと引っかかって高天原に連れて行かれた。不可抗力でオオクニヌシから離れられて心からほっとしたものだ。


 それがいつまでも続かないことくらい、子供ではなかったから承知していた。だが、まさか自分と瓜二つの相手が現れるとは。


「車庫から家の中に直接入れる。俺なら死体の処理まで計算に入れる」

「死体を家まで持って帰って、どうするんですか?」


 輝美が聞いた。


「それが二つ目の理由だ。この家は、同じ地域にある他の家よりも広い。つまり、死体を埋める穴を床下なんかに掘っておいてもばれにくい。味鋤君も輝美さんも、そろそろ大人になりかかった年だし、小学生や中学生の失踪ほどは警察も腰を入れて探さないよ」

「我々五人が~いっぺんにいなくなったら、だれでも~不審に~思わないかね?」

「五人がいっぺんに、ここからいなくなったとわかるのは何日後だ? たいした障害にはならないね」

「その、素晴らしい推理が当たっているかどうかは、君の示した家に行けばわかる」


 会長が、にこりともせずに言った。


「中内さん、僕は的確な推察だと思います。犯人の立場に立ってみたら、それ以外にあり得ません」

「へえ、話が分かるじゃないか」

「いえ……中内さんだって、凶鳥にいいように操られっ放しじゃありませんよね」

「当たり前だよ」


 心強く中内が胸を張った。その姿と表情に、かすかな見覚えがあった。


『味鋤、こやつ……』


 翔翼は慎重に言葉を探った。


『ええ。前世のクニタマです。本人は気づいてませんし、こちらからは声をかけないつもりです』


 味鋤は淡々と答えた。


『俺に殴られた記憶まで思い出しちゃ気の毒だしな』


 ワカヒコが混ぜ返した。


『あなたって暴力ばかりね』


 留実が呆れ果てた。


『親切で配慮してるんだぜ、俺は』

『ワカヒコ、大事な場面ですからそのくらいにして下さい』


 ワカヒコをたしなめるのも、そういえばずいぶん久しぶりだ。


『へいへい』


「では、私と中内君と味鋤君で~そこへ行こう。足は~私の車を使う他~ないようですな。そして、凶鳥の新しい依代と~ご対面すれば、今度こそ翔翼陛下が~捕り物をして下さる~」


『無論だ。これまでの分、まとめてな』

『俺も混ざりたいな』


 懲りないワカヒコだった。元々の性格が性格だけに、力を持て余しているのだろう。


「じゃあ、さっそく行きましょう。たいした時間はかからないはずです」


 味鋤がまとめると、会長は黙ってうなずいた。前世でいくさの決議をまとめた時と全く同じ雰囲気だった。


「では、私は輝美と家で待とう。ここも危険だ」

「分かりました」


 味鋤はうなずき、モヘージングと中内が同時に立ち上がった。


『前世のあのいくさと似てるな』


 ワカヒコの台詞からは感慨深さが推し量られた。


『そういえば、同じような図になりましたね』


 会長、というより元父の威厳に触れ嫌でも気を引き締める味鋤。


『あの時とは、お前が一緒でサグメがいないのが違うな』

『ええ』

『いないと言えば……オモイカネの親父、どうしてるだろうなあ』

『少なくとも死んではおらぬ』


 翔翼が断言した。


『本当か!?』

『うむ。オモイカネほどの者が黄泉へ行ったら、朕にはすぐ分かる』

『そうか。落ち着いたら探さなきゃな』

『オモイカネって?』


 留実としては直接面識がない。


『前世の高天原で、身寄りのない俺を引き取って育ててくれたのさ』


 ワカヒコの簡潔な答には味鋤も切ない苦さがあった。高天原から前世の自分であるアヂスキを『解放』したのはそのオモイカネであり、自分にとっても大恩人で間違いない。


『そろそろ感傷も一時お預けだ』


 翔翼が促し、味鋤は黙って立ち上がった。


 そのまますぐ出発になった。それからは、だれも一言も喋らなかった。


 味鋤は後部座席に乗って、二人を後ろから眺めている。中内は置物のように身じろぎせず、モヘージングもただ運転に徹していた。


 あっけなく、本当にあっさりと車は到着した。なるほど、地図の通りかなり大きな家だ。目だった特徴は無く、強いて言えば一昔前のモデルハウス風に見える。


 道路はそれほど広くない。たいして人通りもないので、モヘージングは塀際に車をとめた。まず中内が、それから味鋤、モヘージングと続いて降りる。


 中内は、インターホンのスイッチを押した。緊張とは無関係に、のんびりしたコールが鳴ったものの、だれも出ない。


「居留守かも知れん。入ろう。堂々と入ればかえって怪しまれん」


 中内が言った。一同に異議はなかった。


 門を開け、たいして広くない中庭を横切って玄関に至った。そこでもう一回、中内がドアを叩いた。やはり返事はない。彼がノブを回すと鍵がかかっているのがすぐ分かった。


 中内は、自分のポケットをあちこちまさぐった。薄いカード状のぺらぺらした金属製の板が出てくる。


「やっぱりな。記憶を失っていようが操られていようが、なじみの道具はどっちみち持っとくもんだ」


 だれにともなくそう言って、カードをドアの隙間に差し込んだ。


 滑らかな手つきで二、三回ゆするように動かすと、がちゃっと音がする。


 カードをしまい、中内はハンカチを出してノブをきれいにぬぐった。そのままドアを開ける。


 薄暗かった。土間には靴がある。ことここに至ってもなんの反応もない。三人で入り、モヘージングが後ろ手にドアを閉めた。


『おかしい……静かすぎる』


 翔翼がつぶやく。


「用心しろよ。どんな仕掛けがあるやらわからん」


 中内はそう言って靴を脱いだ。


 家は二階建てで、まず一階から探した。誰もいない。かすかな異臭が一同の鼻をついた。


「こいつは……俺の勘が正しければ……」


 中内はつぶやき、足音を殺しながらドアの一つを開けた。


 その途端、一層濃い異臭が顔にまとわりついた。吐き気をすらもよおしかねない、頭痛を伴う臭気だ。


 八畳ほどの部屋だった。カーテンは閉じられている。壁一面にベッドのマットレスが貼りつけられていた。


 接着剤かなにかでマットレスをカーテンに密着させているのか、なにかでささえているのかはわからない。いずれにしろどれほど大声を出しても外には漏れないだろう。


 そして、北の壁際には畳三畳ほどのスペースを取って大きな檻が置いてあった。檻の中には横倒しになった人間がいて、ぴくりともしない。


 檻の中の人間はほとんどミイラになりかけていた。それほど裕福でも貧相でもない普段着が虚しい。遺体の周りには白い粉がまぶされている。


「これは……!」

 モヘージングが、檻のすぐ手前で片膝をついて座り、鉄格子ごしに顔を確かめた。


「知り合いか?」


 中内が聞くと、モヘージングはソフト帽に手をあててうなだれた。


「植野君。四年ぶりの再会が、このような形になろうとは」


 モヘージングの口調から、いつもののんびりした抑揚が消えていた。


「あの……どなたですか?」

「県の教育委員だった人です。私のライバルの一人で、志は違えど公正な人柄でした」


『恐らくは、拷問や虐待を加え、凶鳥の餌にしていたに違いなかろう。凶鳥は、人の持つ負の精神……恐怖、憎悪と言ったものを食べて生きておるからな』


 憎々しげに翔翼が吐き捨てた。


『凶鳥はまだここにいるんですか?』


 味鋤としては、凶鳥に先手を取られる事だけは避けたい。


『気配そのものはある。二階に強い気配を感じる……一番奥の部屋だ』


 話がややこしくならないよう、味鋤がそれを自分の考えとして伝えると、中内はうなずき滑るように進んだ。味鋤とモヘージングが彼に続いた。


 二階の、くだんの部屋の前まできた。中内はまずドアに耳をあて、二秒ほどかけてから慎重にドアのノブを回した。この時も、ハンカチ越しにノブをつかむのを忘れなかった。


 鍵はかかっていなかった。中は書斎だが、だれもいない。


『そこの机の引き出しを開けるのだ。危険はない』


 翔翼が導き、味鋤を通じて指示を得た中内が慎重に指をかける。


 引き出しの中には、雑多な品々に混じり一枚の鏡があった。モヘージングが見せてくれたのと同じものだ。


『そうか……朕としたことが! これは囮だ! 下田親娘が危ない!』


 と、そこで、味鋤の上着がいきなり小刻みにゆれた。まず画面を確かめる。会長からだ。


「はい」

「ぎえぇぇーっけっけっけっ。お前が翔翼の依代なのは知ってるぞ。会長は殺した。娘は生かしてある。返して欲しければ、お前一人で、そこにある鏡を持って二時間以内に古墳まで来い。下手な小細工はするなよ」


 電話は一方的に切れた。会長が……元父が死んだ? オオクニヌシが? 馬鹿な!


「そ……そんな……。ぼ、僕の責任だ……」

「責任がどうこうではなく、次の対策を練らねばなりませんぞ。相手の言いなりになる~筋合いはありませんからな」


 モヘージングは自分のハンカチを出して、まず鏡を丁寧にくるんだ。


「で、でも、下手なことは出来ませんよ」 

「ふん。どっちみちここに用はないな」


 忌々しげに中内は言った。


 敵の策にまんまと乗せられてしまったようだが、怒りで時間を潰すのはもっと愚かだ。

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