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窮地になったら死に物狂い 二

 ややあって、鳶彦は咳を収めた。


「皇帝陛下のなさりようも、あまり唐突過ぎて我々にはなかなか理解出来ない部分もございます。しかし、これこそ烏臣閣下らしいやり方なのですが、皇后陛下の代政案、否、皇后陛下による暫定政権の樹立をぶち上げたのです」

「では、烏臣閣下は皇后陛下との共同統治を目論んでいると?」


 虚実ないまぜの鳶彦の説明に対し、郭公はいつもの切れ味を失っていた。


 烏臣の娘云々についての失敗の直後だけに、しかたないといえばしかたない。鳶彦の話術がそれだけ巧みな証拠でもあった。


「然り。元老院もそれに流されかけました。私の反対でかろうじて踏みとどまり、今一度陛下にご帰還を乞うと言う仮議決でその場は決着しました」

「……で、その確証は?」


 郭公は、いつの間にか身を乗り出していた。


「二重スパイです。その者は私に友人面をして協力を申し出る反面、烏臣にこちらの考えを全て伝えていたのです。そやつは今、烏臣閣下を見張ると称して地方から私兵を集めております」

「そ、その者の名は?」


 不覚にもどもった郭公に対し、鳶彦は冷静そのものの姿勢を崩さなかった。


「燕郎と申します」


 出発を明日に控え、自宅のベッドに入った鳩紫はいつになく目が冴えた。


 任務のために緊張しているのは明白だが、もっと別な理由もある。


 烏臣が単純な権力志向者なら、たいした問題にはならないだろう。どうせ彼は文官で、荒事には向いてない。


 なにかがおかしかった。燕郎も妙に落ち着きが無かったし、通りには見知らぬ顔が増えている。


 今の自分に出来るのは、明日に備えて休息を取ることだけだ。そう思い直し、半ば強引に目をつぶった。


 眠りが浅いせいか、断続的に夢を見た。


 悲しげな顔をした鶴妃が、こちらを見ている。背景は暗くて良くわからない。


「どうなされました、皇后陛下」

「悲しいことです……解決されねば……悲しいことです……」


 つぶやくように言って、鶴妃は消えた。次に、燕郎が現れる。人間の姿をしているものの、血まみれだった。


「ど、どうしたの燕郎?」


 燕郎を心配する気持ちと単なる恐怖の他にもう一つ、自分もこうなるのではないかという予感が湧いて来た。


「私と一緒に踊ろう」


 燕郎は、口の端から血を滴らせた。傷だらけの手がぬっと突き出される。


「嫌! 嫌よ」


 鳩紫は体をよじった。


「踊ろう。踊ってくれ……」


 そう言いつつも、彼の体は薄れて消えた。


 最後に、巨大な、うなる地響きのような音が聞こえてくる。なにか圧力めいたものまで感じる。


 声がでない。風だ。風に吹き飛ばされようとしいる。現に巨大な風が……。


 翌日。宮廷では、あらゆる階層の人々が一室に集まって朝食を取ろうとしていた。


 なにも特別なもよおしをしているのではなく、君主も臣下も同じところで同じものを食べるのがこの世界の習慣だった。


 ただ一人の欠席者のために、皆は空腹をおさえていた。


「鳩紫はまだですか?」


 鶴妃は、三度目の質問を取り次ぎ役の侍女にした。一度部屋を出た取り次ぎは、帰ってくるなり同じ答えを繰り返さねばならなかった。


「仕方ありません。そなた、ご苦労ですが鳩紫の家に行って下さい。ひょっとしたら、お寝坊かも知れません」

「かしこまりました」


 取り次ぎはお辞儀して、さっそく出発した。


 鶴妃は、じっと目を伏せつつ、夕べ見た夢を思い出した。……薄暗い風景の中、不審気な顔をした鳩紫がなにやら呼びかけてくる。


 自分も返事をしたが、どんな内容だったかおぼえていない。


 なにかの暗示だろうかと思い返す内、取り次ぎが帰ってきた。


「こ、皇后陛下……鳩紫が、鳩紫が、家にいません」

「ええっ?!」


 侍女達が、一斉にがたっと椅子を動かした。


「わかりました。とても申し訳ありませんが、もう一働きしてくれますか? 公安局に届け出なさい。必要なら、宮殿の衛兵を捜索のために協力させます。それと、あなたのご飯は後で残しておきます」


 これは、よけいな労働をさせた分、普通より豪華な食事を用意しておくという意味でもあった。


「かしこまりました」


 取り次ぎが去ってから、鶴妃は心持ち姿勢を正した。


「では、食事にしましょう」

「こ、皇后陛下?」


 侍女達が声を上ずらせた。


「どうしました?」

「へ、陛下、鳩紫の行方を、私達も共に探すべきではないでしょうか?」


 侍女の一人が言った。


「そうかも知れません。でも、私達は素人です。下手に動いても専門家の足手まといになるだけです。それに、鳩紫がだれかにさらわれたのなら、そのだれかはそなた達もついでに狙っているかも知れませんよ」

「……」


 そのくらいわかっていますと言いたいのを我慢したくなくなる時もある。


「それに、ご腹のたらないときにくよくよ考えても仕方がありません。これからは、いつご飯を食べられなくなるかわからない、そのぐらいの覚悟でこの朝食を味わって下さい」


 侍女達は、そこで考えの狭さを悟らされた。


 いつでも食べたいときに食べられるだろうと、知らない内に事態を甘く見ていたのは自分達であった。


「申し訳ございません」

「謝ることではありません。本当は、私が真っ先に行きたいぐらいです。……さ、食事にしましょう」


 鶴妃が再び呼びかけると、皆納得して遅い朝食が始まった。


 鶴妃はテーブルマナーにうるさい方で、いつも食卓は静かだった。しかし、今朝の食事と来た日には!


 たった一つの空席に目が寄せられがちなのを、だれもおさえられない。


 わびしい食事は、そう簡単には終わりそうに無かった。


 同じ頃。


 郭公との不快極まる一件の後、烏臣はしばし物事に手がつかなくなった。


 どうせ議会も一段落したし、休息を取ってもバチは当たらないだろうと開き直ることにする。


 雉美は、あれから病気になってしまった。


 執事が看病しているのでさし当たり問題はない。他人任せにしっ放しなのも良くなかった。執事の方も脇役に徹したので、久しぶりに妻と二人でゆっくり出来た。


 今、ベッドから半身を起こした雉美は、烏臣の目の前でオートミールをゆっくりすすっているところだ。


「その後、郭公さんはおいでになりましたか?」

「うん? いや」


 皇帝をダシにした提案をはねつけてからは、ぱたっと止んでいる。


 娘の捜査がどう進展するかによっては命取りになりかねない。それだけに『計画』を早く進めねば。


 だが、運命は彼に味方するだろうか。

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