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脱け殻にも用はある 一

 モヘージングの様子がおかしいのを受け、味鋤は即座に一階に降りて受付の障子戸をがらっと開いた。


 板敷きの部屋だった。事務に遣うのであろう折りたたみ式の長机と椅子にパソコンがある他、給湯用のガスコンロに小型の冷蔵庫。書類棚は火元から離してある。


 机の脚のすぐ近くに、中内とモヘージングが倒れていた。


「モヘージング博士!」

「う……う~ん……不覚でございました~」


 と言いつつゆっくりと立ちあがる。


「けがはないですか?」

「はい~。凶鳥の毒気に~、若干当たっただけでございます~。もう自分で解毒しました~。あなたたちに~打ち負かされた凶鳥の~悪あがきです~」


 いったいどうやってなどと突っ込むのはやめて、中内に注意を移す。


 彼が死ぬと真相がわからない。それも重大だ。それ以上に、もう敵になるほどの力がなくなったからには傷ついたり死んだりしてほしくなかった。


「中内さーん。聞こえますかー。聞こえたら返事をして下さーい」


 大声で呼ぶと、中内はかすかにうめいた。


「しっかりして下さい」

「ここは……いったい……? お、お前はだれだ?」

「味鋤ですよ。さっき、モヘージングさんに紹介して……」

「モヘージング? なんのことだ?」


 話がさっぱり噛み合わない。


「こ、ここは私の事務所じゃない。お前らは私をどうしたんだ?」

「えっ?」


 あまり考えたくはないが、さっきの立ち回りで頭が……?


「どうやら記憶喪失の~ようですな~。いや~、もっと深刻です」

「いい加減にしろ! お前らはいったい、何者なんだ?」


 難詰しているようでいて、どこか滑稽ですらあった。最初に会った時の、鋭い雰囲気はどこにもない。


『凶鳥と一緒に、毒気も抜けたみたいですわね』

『こうして見ると哀れではあるな』

『僕としては、お二人の毒気にあてられっぱなしです』

『いいじゃねえか、どっちみちとりあえず勝ったんだし』


 なんて返事がすぐに出てくるのも、凶鳥の悪影響か。


「それはおいおい考えるとして~、輝美さんと会長もここに呼びましょう~」


 モヘージングは、壁に取りつけられたインターホンのスイッチを入れた。二、三のやりとりですぐに話はまとまった。


 会長……オオクニヌシと呼ぶべきかも知れないが現世では現世の呼び名に応じることにする……と、輝美がそろって現れた。


 会長は、変色した懐紙を手にしていた。


「おお、会長……その懐紙は~猛毒の証ですな」

「ええっ?」


 驚きはしたものの、納得もした。


「その懐紙はこの地域で漉いた和紙ですが~、昔から毒を判別したり~浄化したり~する力があるといわれていましてな~」

「じゃ、じゃあ、あのお茶をそのまま飲んだら……」


 いくら『ビジョン』があったにせよ、さすがに平静ではいられない。


「危ないところでしたな~。輝美さんが潔白なのは~わかりきっていますが~、中内さんがこの調子では~」

「とにかく、警察を呼びましょう。立派な殺人未遂ですよ」

「もちろんですとも~。その前に、輝美さんのお話も伺いたいですな~」


 そう言って、モヘージングは冷蔵庫を開けた。オレンジジュースのペットボトルを二つ出して、封を切る。


「未開封ですが念のために~、会長~」

「うむ」


 会長が懐紙を出した。モヘージングは、懐紙をそれぞれの口にあてがって少し染ませた。特に変色はしなかった。


「コップもまずいかも知れませんので~、このまま飲みなさい~。中内さんも~」


 それでようやく、心がもどったと見え、二人は中身を飲んだ。


「ありがとうございます」

「ああ、多少は落ちついた」

「いやいや、なんの~。差し支えなければ~、あなたの体験を話して頂けませんかな~?」

「いい加減にしてくれ! 私がここにいる筋合いはない! ここは何県だ、今は何年だ? あんた達がだれだろうが興味はない!」


 テーブルを拳で叩き、中内はわめいた。


「ここは兵庫県で今は西暦二○一九年ですぞ~。ついでに卑俗な可能性を申さば君は殺人未遂の容疑者になりかねんぞ~。言っておくが~、少なくとも私は~警察に連絡するつもりでおるからな~」


 いつものんびりしたモヘージングの横顔が、とても厳しく見えた。中内はおとなしくなった。


「事務所がどうこうとか言ってましたけど、それはなんなんです?」


 味鋤は、思い切って聞いた。


「私の最後の記憶は、西暦一九八八年だ。東京にいた。職業は私立探偵で、とある企業の産業スパイを内偵していた。少なくとも、お前らよりはまともな仕事をしていたんだ!」

「君から見てまともであるかないかは、我々にとってはあまり重要ではないな」


 会長はこの上なく冷ややかだった。


「中内君、君はパラレルワールドを~ご存知かな~?」

「映画かなにかで時々でてくるやつだろ。それがどうした」

「パラレルワールド、すなわち並行世界~。わかり易く申さば現在~我々が~こうして話をしているのとはまた別に~、こことは全く違う場所で~、別な世界があることだな~」

「それとこの件とどんな関係があるんだ?」


 証拠があるなら出してみろといわんばかりの中内だった。


 モヘージングは鷹揚にうなずいた。懐に手をやり、スマホを取り出して画面を見せる。


「まさに今日、書類にまとめて会長に~報告するつもりでした。例の古墳からの出土品です~。現物は私の教授室に~保管してあります~」


 それは、一個の鏡の写真だった。縁は緑がかった青白い色をしており、白い紙の上に置かれている。


 すぐ下に添えられた巻尺は、十五センチを示していた。

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