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勇気と涙 一

 会議も三日目に入ると、次第に煮詰まってくる。


 結局、制限派の力は次第に衰えた。


 理屈の是非はどうあれ、元老院といえども帝室に露骨な疑問符を投げかけるのは勇気がいる。


 下手に強く訴えて、制限派どころか急進派の旗頭などと誤解されるのも不本意だった。なにより、いつ皇帝がもどってくるのかだれにもわからないのだ。


 議会は、議題云々よりむしろ烏臣の司会進行ぶりに注目が集まった。


 これまではただの事務官僚程度にしか見られていなかった彼が、実務でえた豊富な経験を元に精力的に一同をまとめ、なるほど皇帝の右腕にふさわしいと思わせるような働きぶりを示している。


「……では、宰相閣下は、我々地方官など取るにたらぬ、とでも仰りたいのか」


少数ながらも残っていた制限派の一人が切りかかった。


「そんなことは申しておらぬ。現状においては皇后陛下のおんためになるかならぬか、地方官なら必然的に考える機会が増すと言うことだ」

「賛成!」


 機を見るに敏な、少なくとも自分ではそう思っている数人が、烏臣に付和雷同した。


「宰相閣下」


 と、別な議員が挙手した。燕郎である。


「なにかな」

「ここでいっそ、皇后陛下に直接お越し願えないものでしょうか。おおむね我等の意見は固まっておりますし、どうせなら早い方が良いかと」


 不覚にも、烏臣は一瞬詰まってしまった。これほど若い、実のところ無視していた議員が、かくも大胆な提案をしようとは。


 しかも、効果的だ。皇后の降臨を演出するのは烏臣である。制限派にとどめを刺し、自分こそが皇帝の代理の鶴妃を操っていると元老院にアピール出来る。


 だが、その大胆な提案を自分以外の議員が発したのはうまくなかった。実質的に、燕郎が烏臣に貸しを作ったことになる。


 なぜなら、この種の発言はタイミングが難しい上に、烏臣自身が口にするのはいかにも白々しいからだ。


「中々興味深いな」


 取りあえず、烏臣は一般論で探りを入れた。


「いや、私もことの重大さはわきまえております。宰相閣下の平素のご忠勤ぶりを拝見するにつけ、また、帝国全体の現況のためにも、早期にご決断なさるべきかと」


 抑揚のしっかりした声で、淀みなく燕郎は言った。


「議決のために皇后陛下にお出で願うのは本末転倒だ!」


 制限派から野次が上がった。


「では伺うが、臣民は元老院だけの統治になじめるのか?」


 燕郎が聞くと、野次は止んだ。


 なんのことはない、制限派も都合の悪いことは皇帝の権威を盾にしてごり押しして来たおぼえが大なり小なりあるのである。


 もっとも、受け取り方によっては烏臣へのあてつけにもなり得た。


「他の議員諸賢はどう思われる?」


 烏臣は水を向けた。議長として、議事の遅滞を放置しては、それこそ面子に係わる。


 それにしても、燕郎、どうしてくれよう。


 こんな若造は、やろうと思えば適当に難癖をつけて処断出来なくもない。今は皇帝不在なのだから、それこそ宰相の権限というものだ。


 しかし、やった後の影響まで考えると未知数が大きすぎる。


「閣下、私は反対です」


 一人が発言した。鳶彦だ。


「なぜだ?」

「そもそも、陛下のみ心を拝察致しますに、我等の忠誠心を試すのが最大の目的ではないでしょうか」

「ふむ」

「でありますれば、今一度陛下にご帰還を願い、それをも断られるのでしたら宰相閣下の権限と皇后陛下のご降臨について明確なお言葉を願えばよろしいかと」


 それも正論だった。


 燕郎に続き二つ目の正論が出たということは、相対的に自分の声価が下がったといわざるを得ない。


 第一、今更確認するまでも無く皇帝が代理を託したのは自分で、元老院を召集したのも自分である。それを露骨に反対するのはどう考えても下策だった。


「では、だれに使者を任せるのか?」


 開き直って烏臣は聞いた。


「我々や閣下ではちと不都合ですな」


 鳶彦は落ちつき払っていた。


「皇后陛下にお願いしましょう」


 そう彼が続けると、議会はざわめいた。


「我々の決定事項として、烏臣閣下が採決を取り、皇后陛下に奏上すればよろしい」


 一同のざわめきがより大きくなった。ただし、疑念や不満では無く、賞賛のざわめきだった。……烏臣だけが沈黙していた。これでは、自分は道化だ。


「わかった。では、議決を取ろう」


 精一杯背筋を伸ばし、烏臣は威厳をなんとか取り繕った。議決は、満場一致で鳶彦の案に賛成、出会った。


 その日の議会は終わった。


 宮殿に伺った烏臣は、鳶彦への憎悪に近い気持ちと失意に追い討ちをかけるようにしつこくよぎる行方不明なままの娘の姿を脳裏から追い出しつつ、皇后に目通りした。


「会議はどうでした?」


 いつものごとく丁寧に、鶴妃は尋ねた。


「はっ、帝室の恵みよろしきをえて、どうやら収まりそうかと」


 自制心をフル回転させながら、烏臣は答えた。


「それはなによりです」

「はい。元老院と致しましては畏れながら、皇帝陛下は私共の忠誠心を確かめようとなさっていられるように解釈致しました」


 鳶彦の名前は出さなかった。もちろん、彼をかばったのではない。


 話の方向が定まるまでは曖昧にしておいた方が良いからに過ぎない。


「陛下がなぜ、そなた達の忠誠を確かめねばならないのです?」


 鶴妃で無くともわかるはずがない。


 翔翼が暴君であるとか、逆に烏臣達が明らかに不穏な動きを見せているとかいうならともかくはっきりした理由がない。


 今回の一件は、むしろ元老院が皇帝について不満を持つべきだろう。


「ははっ。……畏れながら、地方官の中には不満を抱えている者もないとは申しません。論功行賞を逆恨みする者もいるようでございます」

「わらわには、そなたの申すことがわかりません。なぜ、不満があるなら直接申して来ないのです?」


 話してわからない翔翼でも鶴妃でもないはずだった。


「不満、と申しますより……」

「申すより?」


 不自然に言葉を切った烏臣の後を、鶴妃は引きとって聞いた。


「口にするのもはばかりますが、皇帝陛下に叛逆し、自分が取って代わろうとする者がいるようです」


 さすがの鶴妃も、黙ったまま驚いた。


 独裁者にとって、逃れられない恐怖の一つ、クーデター。


 その種の可能性を覚悟していたが、常に備えていたかと言うと嘘になる。もともと鶴妃は、人を疑うことを潔しとしない性格だった。


「なぜ、皇帝になりたいのです?」

「叛逆者と申します者は、一種の異常者にございます。臣は、不見識にも、異常者の考えは理解出来ません」


 巧妙に、烏臣は言葉を選んだ。心の中では、歯茎が折れそうなほど歯を食いしばっている。

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