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凶鳥は毒を吐く 四

 地下牢に閉じ込められていた自分。妹のシモテル。出陣するワカヒコ。


 おおよそ、翔翼の語った通りの内容だった。体そのものがふくれだしてうき上がりそうな錯覚を感じた。


 その極めつけは、どこか真っ暗な部屋の中で拷問されているところだ。


 体を柱かなにかに縛りつけられ、鳥のくちばしでひっきりなしにつつき回されている。


『うわああああぁぁぁぁ! わあああぁぁぁ!』

『味鋤!』


 どこかで翔翼が叫んだ。


 両手で頭をおさえて転げ回っていると、だれかが頬に手をあてた。すぐに、ほとばしるような光景の流れが止まった。


『味鋤さん! しっかり!』

『留美……』


 やっと落ち着き、ふらふらしながらも立ち上がる。頭を二、三回振ると、目の焦点もはっきりした。


『味鋤! なにが起きた?』


 翔翼が、文字通り飛んで来た。その彼も、あちこち出来た噛み傷や切り傷から腐臭を伴った汚らしい汁がどくどくあふれている。


『陛下、お手当をしないと!』


 留美は、今度は翔翼の体に手をあてた。肉がやけるような音がしばらく続いて、どの傷も全て塞がった。


 あれほど翔翼につっかかっていたのに、傷ついた人や物には反射的に優しくなるようだ。卑しい人間なら少しでも自分の罪を軽くしようとした点数稼ぎと考えるかもしれないが、味鋤は自分の精神世界でその種の嘘を許さない。翔翼も全く同じだった。


『助かった。礼を言う。この手柄で、そちの罪は帳消しとする』

『いえ、そんな』


 留美は赤くなってうつむいた。


『だが凶鳥は取り逃がした』


 苦々しく翔翼は付け加えた。


『あの化け物……、いや、それより、思い出した。僕は、たしかに殺された。拷問された上で。父上が……オオクニヌシが行方不明になったすぐあとに。でも、だれかやったのかはおぼえてない』

『辛い話になりそうだな』

『翔翼を殴ったのも思い出した』


 留美を見ながら、ちくりとつけ加えた。バツが悪そうに、翔翼は黙った。


『あまり、陛下を責めないで下さいませんか?』

『あ、ごめん。半分は冗談だよ。……それと、もう一つ』


 意識しなくとも口が渇き、唾を溜めて飲み下すまでなにがしかの時間が必要になった。


『僕の……心の中にワカヒコがいる』

『なにっ!? 痛たたた』

『陛下、まだしばらくはご安静になさって下さいませ』

『俺の妹にしちゃあずいぶんとしおらしいじゃねえか』


 味鋤の口から、本人なら口が裂けても言わない口調と言葉が突き出された。


『あ、味鋤さん!?』

『親父……やっと……やっと会えたぜ』


 味鋤は涙まで流し始めた。


『ワカヒコ……ワカヒコの魂が喋っているのか!? 朕は間違っていなかったのか?』

『ああ! 肉体こそ味鋤のを借りてるけどな』

『良くぞ! 良くぞ! 朕の間違いが今度こそ……』

『余計にややっこしくなりそうです』


 無粋は百も承知で味鋤は自分の口を取り戻した。

 少し冷静になれば分かる話だ。味鋤の肉体からワカヒコを分離させるのは、翔翼ですら不可能なのだから。おまけに味鋤としては決して翔翼を無条件には好きになれない。


『う……うむー』

『今は、凶鳥をどうにかしないと。僕やワカヒコのことは……』

『俺は俺で好きにやらせて貰うぜ。ま、親父との再会に水を差すみたいだし、凶鳥ってのをブチのめすのがどっちみち先だけどな』

『ワカヒコ! 覚醒したからって勝手に僕の口を使わないで下さい』

『いいじゃねえか、俺は千年以上黙ってたんだぜ』


 そこで、ビジョンはとぎれた。


「どうしたんです?」


 多少の不快さを備えた輝美の質問に、はっと我にかえった。


 ちょうど、茶をひっくりかえして文机を濡らしてしまったところだ。しかも、館長の湯のみまでひっくりかえしている。


「あ……す、すみません。湯のみがとても熱かったので、つい」

「そうか。少し待っていなさい」


 館長は、懐紙を取り出して机を拭いた。本音としては、一刻も早く前世と現世の父の足跡を知りたい。


「うん……?」


 茶で濡れそぼった懐紙を見て、館長は顔をしかめた。なんと、白かった紙が赤紫色に染まっている。


「変だな。いや、待てよ」


 彼はノートパソコンを開けて、なにやら操作した。暫く顔をしかめていたが、足元にあったインターホンのスイッチを押す。


「はい~」

「モヘージング博士、こちらに来て頂けませんか」

「了解しまし……」


 返事がこの上なく不自然にさえぎられた。


 味鋤は考えるより先に足が動き、障子戸を突き破らんばかりに部屋から飛び出した。

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