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凶鳥は毒を吐く 三

 青くて大きなビニールシートで現場を囲い、シャベルで土を掘ったり土を一輪車で運んだりしている。


 下田会長、即ち元父はもちろん、モヘージングや中内も写っていた。もっとも、それほど大きな古墳でもない。


 せいぜいが、全部ひっくるめてプレハブ小屋三つ分ぐらいだ。


「その古墳は、おおむね八世紀の半ば頃に出来たものだ。古墳時代はすでに終わっていたのだがね。だれを埋葬しているのかは発掘が終わらないとわからない」


 自分の抱えていた葛藤も忘れ、味鋤は写真を見入った。


 まただ。また不思議な……痛みとも苦悩ともつかない感触がする。まるで、食べたくもない料理を無理矢理口にするような……。


「もともと、兵庫県や鳥取県は日本でも古墳がたくさん発掘されている地域なんだが、それだけに記録の曖昧なものも多い。小さな古墳なんか、宅地造成であっさり壊されてしまう例もある」


 これをしも嘆かずんば何を嘆く、といわんばかりに下田会長はため息をついた。


「今回のそれは、バブル時代にゴルフ場の造成をしていて偶然見つかったんだ。その後の不況で造成計画が破産したので、跡地を我々が買い取った」

「それで、どうしてこれと古宮が関係しているってわかるんです?」


 どうにか内面を押さえつけ、敢えて素朴な疑問をぶつけて見た。


「形さ。この古墳は、今までのどの古墳にもない形をしている。前方後方墳に似ているが、違う。前方後方墳は、もともとは方墳への通路が発展して、台形が突き出たような前部が出来たとされている。だから、前と後ろの山は形が違う」


 なるほど、写真の古墳は良く見ると形が違う。


「こちらは二つある山が両方ともほぼ同じ形をしている。それも、長方形や正方形ではない。菱形だ。二つの菱形を、鳥の翼が羽ばたいたような形でくっつけてある」


 菱形の古墳など聞いた試しがない。いや、それよりなにより、自分の背中にまで翼が生えてきそうだ。翔翼の説明がようやく……おぼろげながらも……実感され始めてきた。


「これはね、長らく偽書として無視されて来た、偽典古事紀の一節に出てくる天若日子の古墳ではないかと考えているのだよ。正典では、彼は葦原中国を征服すべしとの命令を忘れて高天原から詰問に遣わされた雉鳴女を射殺し、自分の射た矢で死ぬ。古墳の事までは記されていない」


 正典? 『正』典!? なにも知らない癖に! いや、会長を怒るのは筋違いだ。そうじゃない、根本的に忘れ去られた事がある。


「偽書では、雉鳴女は高天原ではなく古宮から送られたとなっている。古墳に天若日子の遺体があれば、偽書の記述を裏付ける大きな一歩になる……古宮の存在がわかれば、日本の通説古代史は木っ端微塵だよ」


 まさに痛快と称するに相応しいと会長の目鼻が踊っている。


 味鋤自身、部分的にはそれに同調している。ただし、下田会長は良くも悪くも前世より現代の影響が強くなり過ぎたようだ。


「それはわかりますけど、どうしてここまで古宮にこだわるようになったんですか?」


 どうやら自分は……。


「うん。まさにそれこそ……」


 そこで、障子戸越しに、受付の女の子の声がした。


「失礼します。お茶をお持ちしました」

「入りなさい」


 障子がすっと開き、茶と菓子が運ばれた。


「ああ、そうそう、私の娘でね。輝美だ。アルバイトで受付をしている」

「えっ? そ、そうだったんですか」


 やはり、彼女は腹違いの妹だった。内面で荒れ狂っていた得体の知れない感情が少し落ち着いた。


 そんな動揺に露ほども気づいた風はなく、輝美は座って茶と菓子を並べ始めた。


 髪は短めで、目元は元父にそっくりだ。口元は小さく引きしまっていて肩幅は女の子の割に広く、体つきも少年に近いものを感じさせる。


 実は自転車でぶつかって云々と元父に言うべきかどうかおおいに迷ったが、その内彼女は仕事をすませてしまった。


「失礼します」


 そう言って、盆を手にした輝美が立とうとした瞬間。


 ビジョンが現れた。自分と翔翼達に加えて、中内と下田会長がいる。どうしたことか、輝美はいない。


 その代わりに、もう一羽いる。孔雀に似ているが、ずっと毒々しい黒紫色の羽根に覆われていた。


 そして、なによりも、顔。苦痛や憎悪に歪んだ人の顔がいくつか、細い首の上に乗っている。


『こ……これは! こやつだ! 朕を襲ったのは!』


 翔翼が叫んだ。


『味鋤さん、気をつけて! それは凶鳥です!』


 留美が駆け寄って、自分の手を握った。


 なにか暖かい流れのようなものが、彼女の手から伝わっている。それでようやく、自分が凍え始めているのに気づいた。


 と、そこで中内が会長につかみかかった。会長は驚き逃げようとするが、足がもつれて転んでしまう。


 中内はすぐに追いつき、膝をついて両手で会長の首を絞め上げた。


『なにをする!』


 助けに行こうとしたものの、足が粘りついてうまく動けない。そればかりか凶鳥が威嚇するように爪を広げ、こちらに飛びかかって来た。


『下郎めが!』


 翔翼が凶鳥と自分の間に割り込んだ。凶鳥は金切り声を上げ、爪を翔翼の胸に突き立てようとする。


 翔翼は自分の鉤爪で上からはたき、体勢の狂った凶鳥の首根っこにもう一方の鉤爪を打ち込もうとした。


 しかし、凶鳥の首筋に突然人の顔が浮かび、翔翼の鉤爪を口でくわえた。凶鳥はそのまま翔翼ごと地面に沈み、ところ構わず爪を振り回す。


 翔翼の翼に幾条かのひっかき傷が出来、たちまち汚らしい黄色い膿のようなものがあふれた。


『あっ、翔翼!』

『味鋤さん、会長さんを先に助けて上げて下さい!』


 そう留美に言われても、さっきから体がうまく動かない。


 留美がいきなり、腕を持ち上げて、腋の下に体を差し入れた。


『頑張って! ほら、私も助けますから!』


 そこまでされて、力を振り絞らない訳には行かなかった。留美に助けられながら、一歩、また一歩と会長に近づく。


 会長は両手で中内の手を握り、必死に抵抗している。だが、次第に弱々しくなって来た。そのくせ、距離は腹立たしいほどゆっくりとしか縮まらない。


『くそっ、もし間に合わなかったらお前もただじゃおかないぞ!』


 悔し紛れに怒鳴ると、中内が、はっと手を止めた。味鋤は、さっきから怒りに満ち溢れている。


 それが伝わったのかどうか、中内は背を向けてそのまま逃げ出した。と同時に体がさっきよりも幾らか軽くなった。


『ど、どうしたんだ? あっさり諦めて』

『それはあとです。陛下は私が助けます!』

『大丈夫ですか、父さ……会長』

『ありがとう』


 起きるのに手を貸した。図らずも握り合った瞬間、予想もしなかった光景が次々と頭の中に湧き上がった。

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