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会議はいつも大騒ぎ ニ

 そもそも、郭公の先祖は軍人だった。


 数千年前から軍隊は用無しと判断され、軍人達は転職するか公安方面に再編成されるかして現在に至っている。


 帝国の治安は彼等によるところ大ではある。しかし、彼らの大半は手柄の割に権限が拡大されないのを不満に思っているのも烏臣は知っていた。


「この度は……。娘がご迷惑をおかけしまして」


 妻と同じように、立ったまま、烏臣は言った。


「お気持ちは拝察します。ま、まずはおかけ下さい」


 二人は言われた通りにした。針のむしろとはこのことだろう。


「まず、ご令嬢の素行についてですが、以前からこうした遊びについてご存知でしたかな?」

「いいえ」


 芸のない回答だが、仕様がない。


「左様ですか。他の友人達もまだ拘束中ですが、ああした魔法は一朝一夕に出来るものではないのはご承知で? ついでながら、友人達は、ご令嬢の研究のためにかなりの『投資』を行っていたとか」


 娘が友人から金をせびっていたと言うことだろうか? だが、政治家としての経験が、かろうじて烏臣をよけいな発言から回避させた。


「娘には十分な小遣いをやっていましたが、まさかそんなことに使っていたとは」


 うねり狂うものを自制しつつ、烏臣は答えた。


「さて、次の質問ですが、最後にお嬢さんを見かけられたのはいつ頃ですか?」

「ゆうべの八時です」


 必死に記憶の糸をたぐり、烏臣は答えた。


「それで、ご夫妻に断り無く、家を出られた訳ですな」


 郭公はにべもなく言った。


「はい、大変恥ずかしく思います」

「それと、ご令嬢の夜遊びは毎晩のことだった訳ですか?」


 烏臣もさすがに答に詰まった。雉美が変わってうなずいた。


「なるほど。いや、ご協力ありがとうございました。当局と致しましても真相はどうあれ、一刻も早くお嬢様を保護するよう努めます。どうぞご安心下さい」


 最後の台詞は完全な嫌味だった。形式的に儀礼を交わし、烏臣達は帰った。


 郭公は、二人の足音が遠ざかってから、再びデスクの前に座った。


 実のところ、烏臣の娘がどのぐらいまで異世界に干渉したのまではわからない。


 部下が踏み込んだときには、恐怖と混乱でおかしくなりかけていたパーティー仲間を捕まえただけに留まった。


 本人が……恐らくは……異世界に消えてしまった以上、手の打ちようがない。


 しかし、郭公は非凡な公安官であった。非凡である以上、少々規則から逸脱したこともあえてする。


 アレがあった。アレなら確実に烏臣の娘をつきとめられる。


 しかし、アレは皇帝の許可が必要だった。ならばどうする? 当然、烏臣を介して皇帝に頼むのだ。


 燦然たる注目を郭公は集めるだろう。そして、国禁を破った宰相の令嬢を捕らえ皇帝に直接身柄を差し出す……なんと素晴らしい場面であることだろう。


 一方、例によってというべきか、鳶彦は燕郎の招きで酒を飲みに来ていた。もちろん、ただの宴会が目的ではない。


「おかしいですね」


 やり手そのものといった口調で、燕郎が口を開いた。


「うむ。芝居なら見事だが……」


 少ししわの浮いた、思慮深そうな顔に新しい刻みを入れながら、鳶彦が答える。


 二人とも、慧眼にも烏臣の素振りの奇妙さを見抜いていた。


 議事は滞りなく進んだ。それだけにかえって際立った。たとえば、意味も無く書類の端を指でもてあそんだり、何度も羽根をつくろい直したり、体を小刻みにゆすって見たり。


 他の議員達はたいして気にしなかったようだが、今や二人の目は郭公も賞賛するほどの観察眼で烏臣を注目していた。


「私生活で悩みでもあったのでしょうか?」


 あえて平凡な質問をした燕郎だが、それが一番事実に近いとは、本人も知らぬが仏である。


「いや、やつがそう軽率な真似をするとも思えないな。この大事に、いくらなんでも愚の骨頂だろう」


 鳶彦の堅実な判断では、むしろ、当然の結論ではあった。


「そうですね。それにしても、議員には制限派が根強かったですね」


 制限派とは、仮に皇后が皇帝代行になったとして、その権限をごく狭い範囲にしておくべきだとするグループを指す。


 別に女性だから云々と言いたいのでは無く、皇帝がもし早くにもどって来たとして、皇后の権力が強すぎたら政治上色々とまずいからに他ならない。


 たとえば、皇后が皇帝の復帰を拒んだらどうするのか。極端な話、お家騒動の火種になりかねない。


 燕郎達は、集権派である。つまり、単純に皇后を皇帝代行にして、これまで通りに政治を行おうとするものである。


 今のところ集権派が多数を占めている。問題は、燕郎達は必ずしも一枚岩ではない。烏臣の『摂関政治』を見越して彼にすり寄る気配のある者もいた。


「どっちにしても、皇帝陛下がいつもどられるかによるだろう。だが、長引くほど烏臣には不利だ。それでだ、貴公は、鳩紫との縁を活かして宮殿に……」


 その宮殿の一室で、鶴妃は侍女達と詩の朗読会を行っていた。侍女達は皆若く可愛らしい。役目上人間の姿をしている。


 朗読会に限らず、文学絡みの話題は、そのものずばり『文学の間』で交わされる。


 要するに図書室とティールームを一緒にした部屋で、本棚と机に椅子があるだけだが、明窓浄机を地で行く内装だった。


 その嫌味のない部屋で、鶴妃を中心に洗練された簡潔な気品が言葉と共に広がった。


 時折、音楽めいたものも奏でられた。朗らかに笑う侍女達の声が華やかな豊かさを添えている。


 鶴妃は、一時の楽しさに酔って現実から逃避する人物ではない。そもそも侍女達が提案した話だった。


 鶴妃の心境を気遣ってのことだ。もっとも、侍女達の方でも賢くて気品のある、優しい目上の伯母に甘えるような気持ちもあった。


 侍女といっても、堅苦しい礼儀作法にはこだわらなくて良かった。さすがに儀式や公の場などではしかるべきけじめがいる。それ以外の場では宮廷そのものが一家族のようなものだ。


 翔翼と鶴妃の間にはまだ子供がいない。鶴妃の家系は代々妊娠しにくい一族が続いていた。


 それで夫婦間の愛情が揺らいだことなど一回もないのは当然として、侍女達を可愛がるのは人情として自然な成り行きであった。


 また、翔翼にせよ鶴妃にせよ、侍女の採用には頭が良く陽気な女性にこだわった。


「……庭に侍るは草木のみ」


 侍女の一人が吟じた。宮廷のみならず、この世界で一定の教養がある者は連詩をたしなんでいた。


 もっとも、漢詩や和歌のような意味でのスタイルにこだわらなくても良い。題材だけは決める。今の題材は夏だった。


 侍女達の中には、鳩紫もいた。人間としての彼女は、目鼻だちのきりっとした気の強い緊張美をまとった雰囲気をしている。


 彼女は少し前にもどって来ており、鶴妃に報告をすませたのだが、ちゃらんぽらんな……ようにしか見えない……皇帝には義憤を禁じえなかった。


 鳩紫がごく親しい仲間に言う限りでは、翔翼は単にわがままだ。


 窮屈で生臭い政治の世界を嫌い、一人でさっさとバカンスを楽しんでいるに違いない。


 取ってつけたようなもっともらしい理屈もあれこれ聞いた。元はといえば個人的な不始末だ。直に人間の世界に行く必要は無い。


 それに、あの依代! ひどい人間では無いにしても率直に言って趣味が悪い。


「鳩紫、鳩紫! 早くしてよ!」

「あ、ごめんごめん。えーと……朝露に濡れる草の葉……透けて見える緑に、夏の彩りが移り……」


 言った後で、彼女はまずそうな顔をした。


「あーっ、間違い! 『夏の彩り』はもう使った言葉よ」


 侍女達がはやした。


「残念だったわね、鳩紫」


 別な一人が慰めた。


「次から頑張りなさい」


 鶴妃がにこにこしながら言った。


「はい、恐縮です」


 鳩紫は一歩下がって、お辞儀した。

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