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会議はいつも大騒ぎ 一

 議会の二日目は、烏臣の権限の及ぶ範囲と皇后が皇帝の代理を果たしてはどうかという点についてが議題となった。


 いくら形骸化しかかっていようと、元老院としてははいそうですかと烏臣の話を認められない。


 烏臣の立場からすれば、単純に自分が皇帝代行とした方が良いとも思える。しかし、責任が集中し過ぎると言うリスクもあり一長一短である。


 それに、むげに皇后の協力を否定し続けて妙な疑惑を……結果としてまっとうな疑惑を……招くのもまずい。


 したがって、形の上だけでも元老院をまとめておく必要があった。


 烏臣の権限としては、最も狭義には全ての決定権を白紙委任させてしまうことに尽きる。最も広義には重要な問題についてのみ採決権を持つと言うことになる。


 この際、皇帝が帰るまで議会政治を行い、皇后に議長をして貰えばという発言も強かった。


「議員諸君のご高見からして、皇后陛下においで願う気持ちが強いのは良くわかった。私としては、当初は皇后陛下をこうした事柄に巻き込むのは不本意ではあったが、少なくとも元老院の意見としてお伝えすると言うことで間違いないだろうか」

「異議なし」


 烏臣は、重々しくうなずいて採決をまとめた。不本意では無かった。


 どれほど賢明であろうと立派であろうと、政治と言うのは政策が実行されなければ机上の空論である。


 鶴妃には実務経験がない。どのみち宰相の自分を頼らねばならないのはわかりきっていた。それに、ある意味では鶴妃を後ろ盾に出来るという利点もある。


 議会が思い通りに進行しているのに、烏臣の気持ちは歯痛に似た苦悩に苛まれていた。


 真夜中に叩き起こされて告げられたのが娘の失踪、しかも禁じられた魔法を使った挙げ句の結果とは!


 今のところは、国の事情もあり捜査当局も慎重に接している。いつまでも隠せることではない。こんなスキャンダルが明るみになれば、皇帝代行云々どころではないだろう。


 娘の夜遊び仲間も拘束されているそうだし、どんな証言が飛び出すかわかったものではない。


 議会を早々と閉じさせ、烏臣は再び宮殿へと飛んだ。取り次ぎに対していつも通りに振る舞わねばならないのもうっとうしい。


 変に思い詰めた顔をすると、どんな噂が広まるかわからない。宰相たるもの仮面をかぶる時はかぶらねばならなかった。


 それにしても、謁見室へ通されるまでの時間が、ばかに長く感じられた。


「……と、いう次第にございます」


 烏臣の報告を鶴妃は穏やかに、時折うなずきながら聞いた。


「良くわかりました。私が皆にどう係わるかは、もう少し様子を見た方が良さそうですね。ところで烏臣」

「はい」


 二重三重にびくりとした。宰相として実務をささえてきた自負はある。鶴妃が改まった口調で呼びかけると、なぜか緊張してしまう。今は、緊張して当たり前な理由が幾つかあるのでなおさらだ。


「先ほどから様子が怪しいようですが、どうしたのです?」

「う、いや、このところ体の具合が優れぬようで、申し訳ございません」


 平凡な回答であり、無難な回答でもあった。


「まあ、それは良くないですね。ゆっくり休むのですよ」

「はい。もったいないおおせにございます。それでは、失礼致します」


 烏臣は退室した。


 衛兵に聞こえぬよう、鶴妃はごく小さな溜め息をついて、ほんの少しだけ玉座の背もたれに体を預けた。


 皇后として、普段が清楚だからこそ内に抱えた憂いが滲み出ていた。


 実は鶴妃は、烏臣の娘の一件を知っていた。烏臣の家庭事情もある程度は知らざるを得なかった。


 だから、烏臣の言う『体調』の原因を少なくとも一つは知っている。未成年のやったことである以上は烏臣自身にも責任が及ぶ。


 つまり、皇帝が帰って来なければ鶴妃が裁く問題になるのだ。


 同情してどうなるものでもない。色々な意味で翔翼を思い出さざるを得なかった。


 皇帝として世界の危機に一人で立ち向かう勇気は尊敬に値する。それはそれで良い。つい自分も一緒に行きたかったと叫び出したくなる。


 それやこれやが詰まっての溜め息は、だれにも知られないまま四方八方に霧散した。


 帰宅した烏臣は、待ちかまえていた治安当局から出頭要請を受けた。無論、雉美も同行せねばならない。


 不名誉な招待だ。一方で、娘の手がかりを知る機会かも知れない。手回し良く、馬車が門の前につないであった。身だしなみもそこそこに出発した。


 道中、夫妻は一言も発さなかった。


 わざわざ馬車を当局が手配したのは、烏臣の立場に敬意を表したのと事件をなるべく表沙汰にしないようにとの配慮からだ。それがかえって皮肉な演出も感じる。夫妻そろってそれを感じたからこその沈黙だろう。


 ほどなくして、馬車は、古びた石組みの建物の前で止まった。


 首都の建物はなるべく自然物に調和させてこしらえてあるのに、この建物ばかりはどうにも浮いて見える。


 だれかが意識して無粋な外観にしたのではなく、治安だの統制だのと言った概念が具象化したのだろう。


 二人は馬車を降りた。門をくぐり申し訳程度の広さの中庭を経て、表戸を開ける。


 そこからは、足音が良く響く日光と日陰がまだらになった通路を案内された。


 終着点は殺風景としかいいようのない部屋だった。奥にあるデスクを別として、机を挟んで一対のソファーがあるきりだ。


 デスクの向こう側で、ずるがしこそうな表情の男が立ち上がった。個人的に知っている訳ではない。首都の治安を預かる責任者なのは以前から知識にはあった。


「郭公と申します、閣下、ならびに奥方。この度はご足労下さりありがとうございます」


 淀みなく挨拶しつつ、まだ彼はソファーを勧めなかった。


 ゆっくりとした足取りでデスクを回り、窓越しの光で自分の顔を照らして見せる。


 肉付きは厚めで、威圧的な顔をしており、宰相たる烏臣にも情け容赦のない眼光を注いでいる。


 烏臣には、この種の治安官僚の本音が嫌というほどわかった。要するに、出世の種をつかんだと思っているのだ。


 ちなみに歴代の皇帝達は拷問や洗脳を固く禁じている。

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