古代と現代の接点、人 二
いや、場面が微妙に変わっている。
味鋤は、エレベーターの手前で、父ことオオクニヌシの肩をつかんでいた。
「君とは別な席できちんと話し合った方が良さそうだ……翔翼のこともふくめてね」
ゆっくりと、彼は味鋤の手を払った。
「そうですね」
我ながら、お世辞にも好意的な返事ではない。
「ところで私は、古宮伝説を信じていてね。あらかじめ財産を作った上で、発掘調査を進めようとしているんだ。もっとも私財だけではとてもたらないので、今日もスポンサーのあてを探しに来たんだよ」
顔をしかめるのを、やっとのことでがまんした。この、血縁上の『父』は、糾弾されてしかるべき理由がいくらでもあるはずだ。
自分たちへの経済的な義務もそうだが、謝罪されたおぼえは一つもない。さらに、自分が嫌っている人間が自分と同じ発想を持っている。たまらなく苦い。
それでも出された名刺は受けとった。『古宮考古学発掘協会 理事 下田 明』とある。そう、つい最近まで味鋤は下田だった。破り捨てたいのをどうにかおさえつけた。
味鋤はエレベーターのスイッチを押した。ぱっとドアが開く。二人で入ったものの、お互いに目は合わせなかった。やがて、一階についた。
「いや、再会できて本当に助かったよ。じゃあ、君も気をつけて」
再会なるものが自分を指すのか翔翼を指すのかははっきりわからなかった。それとは別に、下田がさっからふと思い出した。
自転車で引きかけた、鳩紫が憑いていた女の子と下田は顔が似ている。ちなみに自分は母親似だ。
ともかく、疲れた。足をひきずるようにして駐車場を横切り、バス停まで歩いた。
そこで小さな悲劇が彼を襲った。次のバスは一時間たたないと来ない。バス停にはベンチ一つない。スマホでゲームかなにかをしようかなとも思ったが、それも面倒だ。
『歩いて帰れば良いではないか』
翔翼がことも無げに言った。
『足が貧弱なんでしょ』
留美が言った。妙なところで二人の意見が一致し、思わず苦笑した。
とにかく実に厄介な、中途半端な時間だった。この辺りで大学以外にあるのは道路と自動販売機と錆びた看板だけだ。
五分ほど考えて決心した。スマホのGPSを呼び出し、次のバス停までの距離を計算する。歩いて五十分ほどか。
なら歩いてしまえ。一度決めると、自然に足取りが早くなった。山道でもあり、春先なのに汗をかき始める。
二十分ほど歩いて喉が渇いてきた時、おりよく自動販売機が見つかった。
だれかが手前の溝の縁にかがんでいる。トレンチコートとソフト帽を身につけていた。すぐそばには当人のものとおぼしき普通乗用車が止まっている。
その人物は一心不乱に溝に取り組んでいた。溝には長方形の小さな穴がたくさん開いた、鉄製の蓋がかかっている。
どうやら下になにかを落としたようだ。蓋の上で両手をかざし、なにやらぶつぶつつぶやいている。かと思うと、その辺りをうろうろと歩き回った。
「あの、失礼ですが、良ければ手伝いましょうか?」
「ぶつぶつ……」
『おおっ! オオクニヌシに続いて、なんという偶然! クエヒコ! クエヒコではないか!』
クエヒコは、神話ではかかしの神様だ。
『味鋤よ、お前にとっても前世で親しくしてくれた者達の一人だったのだぞ』
と、翔翼に熱く語られてもぴんとこない。
「もしもし?」
とにかく、もう一声かけた。相手はこちらに顔を向けた。
これまでに見たことも聞いたこともない異相だった。なにしろ、落書きなどで人気者の、へのへのもへじの顔なのだから。
なるほど、かかしの神様だ。名は体を現す。
「ようやく~、ようやく会えましたな~。二千年ぶりぐらい? 三千年かな~? ず~っと待ち続けて、だれを待っているのやらわからなくなりかけていましたぞ~。それに、翔翼陛下もご一緒とは」
「えっ、どうして?」
「私は地上で起きていることは~、なんでもわかります~。ただ、歳のせいか集中力がとぎれがちでしてな」
「じゃあ、僕の前世のことって、知ってるんですか?」
「はい~。オオクニヌシ様からもよろしく仰せつかっております~。ですが~、高天原に降ったときに離れ離れになったきりでして~。今、この辺においでなのはわかりますが~、どうにも細かいピントが合いません」
そう、オオクニヌシは高天原に降伏した。それ自体は、大雑把に言って記紀と同じようだ。ここでも『父』がからんできている。




