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翔翼たちの世界 三

 ドアがなくなって、部屋の様子もわかる。割りあい整っていた。


「馬鹿なお父様。いい加減学習したら?」


 丸みを帯びた目で父親を見つめる娘は、年ごろにふさわしい生意気さと美しさを持っていた。


「あ、あー、あまり夜に家を出るのはやめなさい」

「いつも昼に出てますよーだ。帰りは朝だけど」


 なにか反論しようとして、烏臣は口をもぐもぐさせた。娘は指をぱちっと鳴らした。その途端、木っ端微塵になったはずのドアが元通りになり締め出された。


 肩を落としてとぼとぼ居間に帰ると、妻はまだ編み物をしていた。


「あなた、どうでした?」

「年ごろだからなぁ」


 不意に、妻のように、編み物をして本心をごまかす時間すらなかったことに気づいた。どっと疲労を感じた。


 官邸街の一角。烏臣の家からたいして離れていない場所に、燕郎の住まいがある。


 燕郎は独身であり、官位こそまだ低いものの背丈も体格も堂々たるもので、エネルギーに満ちあふれていた。


 顔だちも押し出しがあり、たとえば烏臣などとは大違いである。


 今、燕郎は客をもてなしていた。鳶彦だ。並級のワインに並級のスモークタン。話題は並どころではない。


「思惑どおりですな」


 燕郎が重々しく言った。


「さよう。やつめ、陛下のご帰国について言葉を濁した。前から怪しいと思っていたが……」


 やつと言うのが烏臣なのはわかり切っている。いくら私的な席とはいえ、地方官が宰相を『やつ』呼ばわりするのは大胆な行為だった。


「貴公、よくぞあれをつかんだな」

「はい、実は、鳩紫と私は同郷で、ちょっとしたつてがございまして」


 そこまで言う必要はないはずだった。燕郎は軽い興奮をおぼえていた。


「烏臣の如き奸臣をはびこらせるわけにはいかん。鳩紫とはまめに連絡を取っておいてくれたまえ。私も、必要な情報は全て届ける」

「ありがとうございます」


 話は終わり、鳶彦は帰った。


 燕郎は、ぬるくなりかかったワインを一息に飲んだ。宰相によるクーデター計画を未然に阻止する……その、目もくらむような栄光がえられれば、目の前の安酒も超のつく美酒にかわるはずだ。


 夜になった。精霊界の街の中心地近くにあるいちだんと華美な邸宅に、数人の若い女性が集まっていた。


 彼女たちの集まっている部屋もまた、外装に負けず劣らずぜいたくだ……ビロード張りの絨毯が大理石の床の上に敷かれ、銀メッキの青銅で作ったランタンがゆらゆらと光を放っている。全面ガラス張りの壁には深緑のカーテンがひかれていた。


 ここはレンタルパーティーハウスだ。かなり高い金を払うにせよ、一晩いくらでランク別の部屋を借りられる。


 薄い円形のテーブルを囲み、彼女達は楽な格好で座っていた。手には色とりどりのカクテルを持ち、そろって赤味のさした顔になっている。


「さぁ、いよいよ始めるわよ。みんな、手をつないで。心を同調させて」


 リーダー格、烏臣の娘が言った。


 娘達の緊張や興奮、恐怖と言ったエネルギーがつないだ手から心に入ってきて、おさえがたい歓喜を感じる。


 彼女の娯楽はタブーを破ることであり、今晩は新しい魔法の不許可使用と言う最大の規則違反を味わえるはずだ。


 サロンには魔法を防ぐためのセキュリティーもかかっているが、未知の魔法には対応出来ない。


 呪文を唱える内に心の波動が実体化し、膨らみ、サロンの壁をぐらぐらゆすった。


「もう、目を開けてもいいわよ。でも、集中し続けてね」


 烏臣の娘の言葉に、彼女達はおずおずと目を開けた。


 辺りの風景は一変していた。存在する物体、物質、空間、あらゆるものがまったく違う。


 巨大な、見たこともない建物が道路に沿って延々とたっている。車輪のついた四角い鉄かなにかの箱がひっきりなしに走っている。生の博物館だった。


 しかも、自分達の姿は向こうからはまったくわからない。烏臣の娘と仲間たちは、まるでその世界の住人になったかのように、自由に移り渡った。


 やがてひっきりなしの喧騒がとぎれ、山に囲まれて落ちついた風景を前にする。


 そこで、一人の若い男が歩いているのを見た。彼の心に特別なシグナルのようなものを感じたので、つい気が引かれた。


 それは、精霊界ではだれもが絶対に知っている存在だった。


 その瞬間、彼女たちの意志とは全く無関係に、世界が暗転した。薄暗く、強い風が吹き抜ける荒地。


 そして、目の前には鷲が……巨大な鷲がいる。羽ばたきもしないままに宙に留まり、自分達をねめつけていた。


「こ、皇帝陛下……!」


 一人がうめくように言った。


「うぬら、なんの理由があってこのような魔法を使っておるのか! 異なる世界を勝手に見るのは、重大な罪であること、知らぬとは言わさぬ! おっ、そちは宰相の娘だな。ふん、わずかばかりの才能を鼻にかけおって。どんな成り行きか知らぬが、そちは朕が直々に罰してくれる!」

「きゃあーっ!」


 翔翼は、目にも止まらぬ速さで身をひるがえし、恐ろしいカギ爪で烏臣の娘の両肩をつかんだ。


 そのとたん魔法がやぶれ、パニックになった他の娘達はテーブルを跳ね飛ばして部屋から逃げた。ただ一人、烏臣の娘の姿はどこにもなかった。

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