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翔翼たちの世界 一

 味鋤が寝入った頃。翔翼とじかに対面できる家臣……元老院議員たちは、鳥の姿になって、議会を開いていた。


 主演は、漆黒一色の羽毛をまとい、長く太い嘴を備えた一羽のカラスの男だ。


 ただのカラスではない。足が三本ある。凸型の台についた彼は、まず咳払いをして喧騒を鎮めた。


「では、元老院議会を開く。我々が鳥の姿で議事を進めるのは、祖先達の思想に敬意を示さんがためである。また、元老院とは皇帝陛下のご厚誼をもって任命された地方官よりなる議会である。各自起立の上、よろしく礼を示すべし」


 カラスが宣言すると、鳥達は脚を伸ばして立ち上がり、つと頭を下げた。議員たちもそれに習う。しかるのちに着席。


「さて」


 と、カラスは続けた。


「議題は皇帝陛下のご様子ならびにご行状についてだ。なお、これより一切の議事録はつけてはならぬ。故に、書記官は任命しない」


 折角鎮めたはずのざわめきが、また起き上がった。


「静粛に。諸君、静粛に。アメノワカヒコ、つまり陛下の庶子が転生したと言う怪情報が、何者かによって陛下に直接もたらされた。陛下は、その調査を自ら行うと仰せになられ、人間の世界に行かれたのだ」


 ざわめきが怒号の乱発に変わりかけた。


「静粛に! 議事進行! これは人間の株主総会ではない! 元老院諸君、後事を託されたのは宰相の私だ!」


 宰相という言葉にさほどの力は無かった。


 そもそも彼等の世界は皇帝独裁で、宰相は名誉職に近い。かつてワカヒコが討ち死にした折りの成行からしても、皇帝のこのやり方は烏臣うそんの自尊心に微妙な影響を与えずにはいられなかった。


「烏臣宰相、なぜ命をかけてでもお止めしなかった!」

「そうだそうだ! 無責任だ! 事後承諾にもほどがある!」


 元老院議員も名誉職化しつつある点では同じような存在だ。ただ、一応は皇帝の意向通りに地方行政を行う代官である。


 宰相は宮廷からでることは無く地方での権限もない。そして、両者の仲は必ずしも良くは無かった。


「陛下に一刻も早くお帰り願えませんか」


 ごく常識的な一言が、騒ぎを一時的にせよおさえた。燕郎えんろうという若い地方官だった。


「もちろん、手をつくしておる。鳩紫を送った」


 実は、自分の権限や進言で送ったのではない。口をぬぐってすませるつもりだ。


「鳩紫はだれに憑いたのだ?」


 議員達がいっせいに聞いた。通常、精霊が人間たちの世界へ行くと、誰かの精神世界に居候する。余計な危険や混乱を減らす為である。


「陛下がお住まいになられている者の、ごくおそばにいる女性だ。すでに接触は果たした」

「首尾はどうだったのだ?」

「なにやら恐るべき事態が進行中とのことだ。しかし、諸君にはこれまでどおり精励して欲しいとの仰せである」


 精励と言われても困る。皇帝の独裁である以上、勝手に決裁できない事柄はいくらでもあった。


 さらに、翔翼は地方官云々については特になにも述べていなかった。だから、烏臣は宰相としての権限をどうにでも実行できる。


 皇帝の、突然の不在。権力志向者にとってこれほどの魅力ある事態はないだろう。まして宰相ともなれば。


 これまでの烏臣の一生は、皇帝の意向を文書にし、それを読み、議会の議決を促し、次の議会の段取りをする……ただそれだけのものであった。


 そのくせ、地方官の不平不満は全て烏臣にぶつけられる。万年中間管理職の鬱屈うっくつした不満が爆発するのはある意味必然だった。


「皇后陛下はなんと仰せなのだ?」


 鳶彦とびひこと言う、中年の男が聞いた。


「言うまでもなくご心痛だ。だが、陛下にはなにか深いご思慮があるのだろうとご静観なさる様子だ。とにかく、今後当分は、一切の議決を私にゆだねるように」


 烏臣は、別に皇帝の発行した書類や印璽を持っているのでは無い。しかし、地方官達は否定しなかった。


 あまりにも大それていて、もし嘘だったら烏臣は八つ裂きである。だいいち、皇后が黙認するはずがない。


 それに、烏臣が彼等を監禁している可能性はまずなかった。皇帝だけあって、翔翼の、精霊としての力はここにいる全員の力を合わせて二倍しても追いつかないほど強い。


 その日の議会は終わった。議員達は一度官邸に引きあげた。ドームから何十羽もの鳥がいっせいに飛び去り、下界を目指す。


 彼等の日常は地上で営まれており、そこでは人間の姿で生活するのである。


 しかし、烏臣は一羽、上空を目指した。

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