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人間たちの現代 一

『「雉鳴女きざしのなきめはまだもどらないのか」


 大王おおきみは仰せになられた。


「まだです」


 八咫烏やたがらすは申し上げた。


「もう待てない。すぐ使いを送れ」


 大王はそう命じられた。


「はい、かしこまりました」


 八咫烏はそう答え、一羽の鳩を差し向けた。鳩が使いから帰ってきて、このように申し上げた。


「雉鳴女は殺されました。天探女あめのさぐめと申します者が、あれは不吉だから殺しなさいと天若日子あめのわかひこをそそのかしたそうです。なお、天探女は逃げました」


 と。大王は怒り、それからは鳥を貸さないようにした。


 偽書 古事紀 第二章 第一節 『古宮ふるのみやの大王、高天原の神々と絶縁したこと』より抜粋』


『蘇我氏の残党


 大化の改新で力をそがれた蘇我氏だが、その何割かは飛鳥を脱出した。


 彼等は古宮の社に集い、再起を誓った。


 神々の遣わした鳥がそれを助け、持統天皇の計らいで復帰できた。


 そのあと、彼らは古宮に立派な神社を改めてたてたという。


 神社はその後、龍神の力で湖の底に沈められた。古墳には大切な鏡が祭られていたので、その湖は、鏡面湖と名づけられた。


 偽書 古事紀 第三章 第二節 『蘇我氏の落人、都に復する』より抜粋』


『行方不明


 県教育委員会の委員、植野 貞夫氏(五一歳)の行方がわからなくなり、家族が兵庫県警古宮署に捜索願を出していたことが三日、県警より正式に発表された。


 同署によると、植野氏は先月二十日朝、発掘調査中の古墳を見に行くと言って一人で出発。


 三日以上経過してももどらず、職場に出勤していないため、妻が二十四日に捜索願を出した。


 植野氏はスマートフォンを持って出かけたが、二十日夜から全くつながらない状態が続いており、安否が気遣われている。


 二〇一九年五月三日付 朝売新聞より抜粋』


 まだ肌寒い、春先の午前中だった。


 味鋤あぢすきは、愛情をこめて裏庭の水まきをしていた。


 母子そろってガーデニングに熱心で、植物が生い茂っていくのを眺めるのは気分がいい。


 あれこれ母を手伝ううちに、料理はもちろん、家事は一通りこなせるようになった。


 肉体的にも精神的にも男子であり、かつ、同性にも異性にも重宝されている。


 もっとも、味鋤という姓はだれもが一度はからかうようにできている。その点だけは肩をすくめてやり過ごすくせをつけねばならなかった。


 来月から、大学生活が始まる。


 母子家庭で決して楽な台所ではないのに、にこにこしながらいきたい大学……地元の私立に行かせてくれた。


 と、胸ポケットから軽快な音楽と振動が伝わった。友人からのメールだった。片手でホースを持ったまま、器用にスマホを出す。


『ありがとう! 彼ね、もう一回やり直そうって! ほんと、ありがとう!』


 同級生の女の子からだった。彼氏が浮気して悩んでおり、一週間ほど前に、頼まれて相談に乗っていた。


『おめでとう。お幸せに』


 微笑しながら返信を送り、携帯をしまう。少し、暖かくなった気がする。


 そのまま水まきを続けていると、ばさばさばさと鳥が羽ばたく音がした。


 顔を上げて空を見ると、一羽の大きな鳥がぎこちない飛び方をしながらこちらへ降りてくる。あまり珍しいできごとなので、そのまま眺めていたら、自分の肩に留まった。


「いたっ!」


 鋭い爪が食いこみ、思わず顔をしかめた。それに、かなり重い。水を出したまま、ホースを落としてしまった。


「おおっ、なんという奇跡! これぞ天佑てんゆう!」


 事情がはっきりしない内に、恐ろしく時代がかった台詞が耳元で聞こえた。


「だ、だれです?」

「朕だ! やはり、まことであったか!」

「……」


 自分は、頭がどうにかなったのだろうか。


「朕を忘れたのか? 復活が中途半端だったのか?」

「あ……あの、どちら様でしょう?」

「やはり完全には復活しておらぬようだな。うむ。朕は翔翼、お前の実父だ」


 どうだ思いだしただろう、と言わんばかりの口調だった。


「……たしかに、僕の家は母子家庭です。でも、父はこんなおかしな話し方はしません」

「いや、それは現世の話で、前世は……」

「そもそも、姿を現して話をして下さい」

「すぐ隣におる」


 周りにはだれもいない。タチの悪い霊感商法だろうか。


「いい加減にして下さい。僕、忙しいんですけど」

「朕がわからないのか?」

「警察を呼びますよ?」


 いくら面倒見のいい性格だからと言って、これ以上ばかばかしい問題に付き合ってはいられない。


「肩に留まっておるであろう!」

「ええっ?」


 異常なやりとりですっかり忘れていた。肩に鳥が乗っていたのだ。


「あ、あなたは……」

「おおっ、思いだしたか!」

「トンビなんですね?」

わしだ、バカモノ! 鷲とトンビの区別もつかぬのか!」

「え? ご、ごめんなさい。鷲なんて、図鑑でしか見たことなくて……」

「図鑑……」


 鷲が頭を垂れた。


「あっ、あと、動物園でも見てます!」


 励ますつもりで言ったが、よけいに落ちこんだように見える。


「ええい、情けない! ……いや、しかし、全て朕のせいだ」

「なにが、ですか?」

「うむ。おぼえておらぬようだから説明しよう。お前は、もともとはアメノワカヒコと言って、朕の子供だ」

「あのー、古事記とかにでてくるアメノワカヒコですか?」

「そうだ」

「じゃあ、違うと思います。だって僕、味鋤って名前ですから」

「な、な、なに?」


 鷲は翼をばたつかせた。


「で、では、また同じ間違いをしたのか?」

「さぁ」

「ううう……二度までも……。そ、そうだ、アメノワカヒコを知っているなら、どこかで復活したとは聞かないか? そちたちの世界では、いろいろとすぐに調べがつくのであろう?」

「知りません。僕ん家、探偵じゃありませんし」


 翔翼は、今度こそがっくりうなだれ、肩から落ちかけた。

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