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自分のいくさ 八

「なんという……なんという……」


 結婚式も無事終わり、私室で妃と共に一部始終を見守っていた翔翼はテーブルを拳で叩いた。


 目に涙を溜めた妃の表情は変わらなかったが、テーブルに乗っていた鏡は大きくゆれた。


 だれかがワカヒコの鏡をもっていったせいで、こちらの鏡にはなにも映らなくなってしまった。


「全て俺……いや、朕のせいだ。朕がみなを不幸にした。オモイカネの言葉が身に染みる」

「陛下、まだできることがおありのはずです」


 涙をぬぐい、妃は言った。


「申すが良い」

「高天原と黄泉に使いを送り、雉美さんとワカヒコ殿を助けなければ。まだ間に合うはずです」

「おおっ、その通りだ。悲しみに溺れている場合ではない」


 翔翼は、枕元にある柄つきのベルを鳴らした。すぐにドアがノックされ、翔翼の許可と共に侍女が一人現れた。大至急、烏臣を呼ぶように申しつける。


 妃の助言で頭が冷え、次の手をすぐにまとめたのは良いが、頭をぎりぎりと締め上げるような苦痛からは、当分解放されそうになかった。


 烏臣は皇帝の右腕として、水際だった働きぶりをした。


 まず高天原に行き中つ国をすぐには攻めないよう説得した上で、ワカヒコの亡骸を中つ国に返させた。


 その代償として、烏臣は将来アマテラスの子孫が成長した時どんな場合でも協力すると約束させられた。


 無制限に協力し続けるのではなく、アマテラスがこれはと思った者一人にだけで良い。


 恐らく、いくさに際して露払いなり道案内なりをさせられるのだろう。ワカヒコのような末路をたどらぬように。


 烏臣はまた、黄泉にかけあって雉美の魂を返してもらった。彼女はどうにか精霊界に復帰できた。


 しかし、余りにも雉美の心の傷は酷かった。熟考の末、翔翼は雉美の記憶を改ざんせざるを得なかった。


 その一方、手柄を立てた烏臣は褒美に雉美との結婚を願いでた。


 冷酷な発想をあえてするなら、一度なりと寵愛を受けた者を新婚間もない皇帝夫妻のそばに置くのは間が悪い。


 それに、ごく平凡な意味での幸せをえて欲しい、と言う気持ちが翔翼にも妃にもあった。


 そうした働きかけをよそに、ワカヒコだけはどうしても救えなかった。


 なんといっても高天原を裏切ったわけだし、雉美のように精霊になっていたのでもない。


 ワカヒコの葬儀を、中つ国の望む形でさせるよう高天原に認めさせるのが精一杯だった。


 全てが一段落したようでいて、翔翼には絶対に譲れないこだわりがまだ一つだけ残っていた。


 ワカヒコの葬儀は、彼が自ら立てた鳥居で行われた。遺体はきれいに清められてもがりに仮おきされ、そのそばでサグメが声を上げて泣いていた。


 オオクニヌシ、アヂスキ、そしてシモテルらが、痛みをわかち合いながら周りで奏でられている楽曲を黙って聞いていた。


 と、クニタマがやって来て、オオクニヌシの前でひざまずいた。


「翔翼様とおっしゃる方がおいでです」

「お通しせよ」

「かしこまりました」

「あたし、遠慮しときますね」


 サグメが言った。オオクニヌシはしたいようにさせた。


 そして、あの出産から、ごくわずかに年を取った翔翼が現れた。


 精霊界ではわずかな間だったのに、ワカヒコはあっという間に命を使いはたしてしまった。


 オオクニヌシは鏡を通じてあれこれ助けてやったが、実父と義父として同じ息子の死を嘆く羽目になろうとは。


 いや、高天原で孤独に耐えるオモイカネの気持ちもいかばかりだろう。


 黙礼を交わしてから、もがりのそばに座る。すぐ隣にいる若者を見て、不覚にも脈が跳ねあがった。


「お、お前はワカヒコ……? か、顔を良く見せてくれ! 俺は、俺は今、ようやく……」

「あなたはどなたですか?」

「し、知らないのも無理はない。朕、いや、俺は、お前の実の父……」

「さわらないで下さい!」


 アヂスキは、オオクニヌシもシモテルも聞いたおぼえがないほど激しい口調で断り、翔翼の手をはねつけた。


「そもそも、だれがだらしないせいでワカヒコがこうなったんですか!」


 息子とそっくりな若者が、自分の非を容赦なく責めた。


「ワカヒコが、今までどれほどあなたに会いたがっていたことか……それなのに、今ごろ!」


 どなられるだけではすまなかった。ばしっ、と音がして、かーっと腫れあがった頬をおさえたくなるのを我慢した。


「やめて、お兄様!」

「お、お兄様?」

「はい。あなたがまちがえたのはアヂスキで、私の兄です。私は、ワカヒコの妻のシモテルです」


 泣きはらした顔で、気丈にもシモテルは説明した。


「そうだったのか……。すまなかった」

「もう引きとって頂けませんか。オモイカネならまだしも、あなたを義弟の実父だなんて、僕は認めない」


 ああ、精霊界の皇帝とは、かくも虚しい地位であった!


 丁重に頭を下げ、翔翼はその場をでた。涙が止まらなくなっていた。

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