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自分のいくさ 七

 二日後。


 全軍を集めての壮行式を終え、勇壮な陣太鼓の音に励まされ、ワカヒコは数千名の兵士を率いて出陣した。


 手を振って別れを惜しむ家族の中に、シモテルもいた。そして、自分と馬を並べるサグメの姿。


 都をでてから二週間ほどは、とりたてて変わったことはなかった。


 兵士らが単調さでだらけてしまわないようこの日は訓練、この日は武具防具の手入れと日程を立てて計画的に行軍した……オモイカネから学んだやり方だ。


 ある日の晩だった。いつものように訓練をすませ、野営地の天幕で地図を眺めていると、とつぜん閃くものがあった。従兵にサグメを呼ぶよう命じる。


「ここは俺が鳥居を立てたとこだろ?」


 サグメが天幕に入るなり、地図を指で差した。


「そうね。進路からは外れてるけど」

「寄って行きたい。ここで、お前に託宣を受けて欲しいんだ」

「いいけど、なぜ?」

「もうそろそろ、お前には引きとって欲しんだよ。あの弓矢も持ってな。いや、お前が気に食わないんじゃねんだ。いくさするときに、お前を守るだけの手勢が割けねんだよ」

「あんたって、巫女一人も守られないの?」

「大事ないくさだ。少しでも不安定な要素はなくしたい。だからだな、明日、鳥居までいったら俺たちを元気づける託宣を下して……」

「ヤラセをしたあとはさっさと消えろってわけね」


 皮肉をこめてサグメは言った。


「そう叩くなよ。むしろ、お前のためなんだぞ。護衛もつくし」

「ふん。ま、お望み通りにしたげるわよ」


 それだけ言って、サグメは天幕を出た。


 翌朝になって進路を変更させたワカヒコは、地図のとおりに鳥居を見つけた。廃屋も残っていた。


 さっそく鳥居を囲むように舞台を作り、全軍に肉食を禁じた。それやこれやで陽が暮れて、託宣は次の日に持ちこしとなった。


 その日の晩に、小雨が細長く降りしきった。夜が明けてから霧が立ちこめ、いかにも儀式にふさわしい演出になった。


 もっとも、あまり濃すぎてもなにをしているのかわからない。ほどほどに薄くなってから始めることにする。


 昼前になってようやく霧が晴れ始めた。それで、兵士たちに舞台を囲ませ、サグメを舞台に登場させる。


 太鼓と笛の音に乗って、するするとサグメが現れた。もともと巫女として従軍しているので、格好はそんなに変わらない。手には例の弓矢を持っていた。


 兵士たちが息を飲む中、サグメは弓を振りながら踊り始めた。


 オオクニヌシの前で舞ったシモテルに比べると、清楚さでは一歩譲る。その代わり弓を抱いたり構えたりする仕種にはなんとも言えない妖艶さがあった。


 と、伴奏が一きわ高く激しくなり、止まった。いよいよ託宣が始まる。


「オオクニヌシの益荒男ども、よっく聞け! 葦原中つ国に尚武をもたらす御印は! 将の器を見極めよ!」


 ワカヒコはずいっと立って進んだ。


 打ち合わせでは舞台の上で指示に沿って矢を放ち、サグメが兵士たちを祝福しておしまいだ。


 舞台の上で弓矢を受けとると、サグメは鳥居を指差した。もちろん、鳥居をまたぐように射るのだ。


 ちょうどその時、一羽の雉が鳥居に止まった。狩猟本能を刺激されたワカヒコは反射的に矢を放ってしまった。


 矢は雉の胸を貫き、勢い余ってどこかへ飛んでいった。甲高い悲鳴を上げて、雉は舞台に倒れる。兵士たちはざわめいた。


「これなるは武運のあかし! 不吉な凶鳥、討ちとったり!」

「万歳! ワカヒコ将軍万歳!」


 兵士たちが歓呼した。


 しかし、ワカヒコは弓矢をばたりと落とし、雉のそばに駆けよった。


 ぐったりした体を抱きあげると、心の中に見おぼえのない光景が次々と浮かんだ。 


 目の前の廃屋で赤子を産み落とした女。オオクニヌシの鏡で見た父。そして、馬に乗って現れたオモイカネ。


 そう、自分自身が生まれた瞬間そのものだ。そして、雉に姿を変えた母。


「は……母上! 母上!」


 しかし、雉はぴくりとも動かない。


 兵士たちは、ワカヒコの異様な振る舞いにただ茫然としていた。


「お気の毒ね。でも、あたしのせいじゃないからね」


 囁くようにサグメは言い、舞台を降りた。


 その直後。霧を引きちぎるように、無数の矢がワカヒコたちに浴びせられた。


「奇襲だ!」

「高天原が攻めて来た!」


 兵士たちが慌てふためく間にも、飛んでくる矢は減るどころかますます増え続け、兵士たちは総身に矢を受けてばたばたと倒れた。


 いまだに片手で雉を抱いたまま、もう一方の手で剣を抜く。


 やり場のない怒りにかられ、どこにいるかもわからぬ敵を探しに舞台を降りた瞬間、一本の矢が胸を貫いた。


 痛みは、どこか遠くに感じた。それより、あおむけに倒れて雉を放してしまった。周囲の混乱ぶりは、どこか他人ごとのように感じる。


 この手で母を殺した。実父はなんと言うだろう。その場で殺されてもいいから実父に会いたい。


 倒れたまま、両手が何かを捧げ持つ格好になった。いや、本当に持っている。鏡だ。


 台のついた鏡を手にしていた。鏡の中には見たこともないほど豪華な寝室があり、二人の男女が心配げにこっちを見つめている。二人とも見おぼえがあった。


 どこからそんなものがでてきたのか、それは問題ではない。


「ち、父上……ちちう……」


 必死になって鏡に問いかけた矢先、だれかがそれを取りあげた。


「やっと出てきたわね。やれやれ」

「ま、待て……! かえ……」


 それが、薄れていく意識で絞り出せた、最後の台詞だった。

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