自分のいくさ 三
サグメは、音でけしかけている。オオクニヌシをやれるものならやるがいい、盛りあげてやるぞと奏でていた。
その一方で、あくまでも無邪気なシモテルは、この世の悪意や敵意を全て溶かしさるような微笑みをもって目の前にいた。
舞いを剣舞に切りかえても、それはそれで傍目にはおかしくない。
それに、舞いながらなら自然に近づける。
口上を述べる場になっては、機を失いかねない……そこまでしてオオクニヌシを斬って、いったいなんになる? では、斬らずにすませるか。オモイカネはどうなる。
柄に手を伸ばす誘惑と闘いながらも、上辺は粛々と舞い続けた。いつまでもそうしてはいられない。では……。
「父上! お待たせ致しました!」
あまりにも場違いな言葉が響いた。演奏が止まり、自分もシモテルも釘づけになる。
出入口に、アヂスキがいた。ボロをまとい、生傷だらけだが、目は活き活きと輝いている。
「うむ。もどったからには、土産があるのであろうな」
父が子にかけるねぎらいには、ほど遠かった。冷ややかさすら感じた。息子でも特別扱いしないという姿勢を示すためなのがすぐわかった。
「はい。生涯の知己をえました」
「ほう、それはだれか」
「今、目の前でシモテルと舞っているアメノワカヒコです!」
天を仰いで、仰天と書く。屋根しか見えない。あまり突飛なできごとが起こると空でも屋根でも眺めるほかはない。
「でかした! それでこそ旅に出した甲斐があったというもの。ワカヒコ殿、息子の知己になってくれて、心から礼を言うぞ」
完全に毒気を抜かれた。呆けたように、もったいない仰せとかなんとか返事をするので精一杯だ。
「ふむ。では、アヂスキは身なりを整えてくるが良い。ワカヒコ殿は、こちらに。シモテルもな。みな、宴をこれ以上待つのも辛かろう。始めようではないか」
その言葉で初めて、家臣たちは歓呼の声を上げた。
改めて演奏が始まり、シモテルと共にオオクニヌシの両脇につく。膳がめいめいに運ばれ、オオクニヌシの音頭で乾杯の声が上がった。
「貴公だけでなく、我にとっても摩訶不思議な成りゆきだ」
そう言って、オオクニヌシは杯を勧めてくれた。本来は、シモテルが酌をしてもおかしくないが、彼女はまだ放心している。
「俺だってわけわかんねえよ」
杯を受けてぐいっと飲み干し、オオクニヌシに返す。
「貴公はどうだ、これで良いのか?」
「まぁな。もっとも、シモテルがどう言うか、だが」
「お父様……。私、お兄様だと思って背中の流し合いまでしたんです~。お嫁にいけない~」
「ならワカヒコと結婚すれば良かろう」
「ぶぶっ?」
思わず酒を吹いてしまった。
「そ、そんな……。会ったばっかりだし、どんな人なのかわからないし」
シモテルも真っ赤だ。
「アヂスキが知己と申したからには間違いない。それに、ワカヒコ殿にはどのみち伝えておきたいこともある」
「なんだ?」
「宴のあとで話す」
と、そこで、クニタマがアヂスキの来場を告げた。拍手が轟き、アヂスキは手を振って応じた。
「よし、アヂスキもこちらへ参れ」
「はい」
アヂスキが隣に座った。
「詳しい話は、宴が終わってからします。今は楽しみませんか?」
相変わらず穏やかな言い方でもちかけられ、自然に首が縦に降りた。
それからは、家臣らが次々と酒を注ぎにきた。全部飲む必要はないにしても、なんだか酔わないとやっていられない。
シモテルも、やけ気味に杯をあおっている。アヂスキだけがほどほどにしていた。
夜も更けきったころ、ようやく宴も散会となった。
家臣たちは引き払い、シモテルは酔いつぶれて眠ってしまったのでサグメに頼んで部屋に引きとらせた。
残ったのは、自分の他にオオクニヌシとアヂスキだけだ。
「さて」
後片づけも終わった宴会場で、オオクニヌシはおもむろに始めた。
「アヂスキよ、仔細を語るが良い」
「はい、父上。僕はクニタマの裏切りで捕まりました。しかし、サグメが仲立ちして、オモイカネと連絡を取りあえるようになりました」
「ふむ」
「オモイカネがわざと警備を緩くするよう計らって下さり、牢屋も開けて下さったので逃げました。それから、ワカヒコ殿には体をいたわって新しい豊かな人生を、と言伝がありました」
その一言で悟った。オモイカネは、最初から自分を自由にするつもりだったのだ。