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自分のいくさ 一

 それからさらに数週間。ようやく、中つ国の都についた。


 なるほど、クニタマやサグメが自慢したように豊かな国なのは一目でわかった。


 鍛冶屋や料理屋の屋根からはひっきりなしに煙が上がり、高天原では珍しい馬が目抜き通りを何頭も歩いている。


 どこの店屋も騒がしく客を呼びこみ、笑い声や値段の交渉がかしましい。


 見た限り、高天原といついくさになるかわからないような緊張感は感じられない。


 だが、オモイカネにじっくりと教育された成果と実父から受け継いだ鋭い観察力が、真相を見抜いた。


 オオクニヌシの真骨頂は、『勝つべくして勝つ』だ。民衆に、いくさの危険があったことをにおわせすらせずに、全てを進めようとしているに違いない。


 サグメやクニタマが土壇場で裏切る可能性はもちろんある。道すがらそんな話は一つもしていないし、このまま宮殿まで行くつもりだ。


 自分がそうであるように、人の心をあれこれ縛ることなどできはしない。ただ、無心になるだけだ。


 本来は、クニタマが宮殿まで行って到着を知らせ迎えの一つもよこさせるものだ。そもそもアヂスキは隠密に出発している。だから、自分から出むかないといけない。


 へたにこそこそするより、いっそ堂々と歩く方が目立たないし性にも合っている。


 道筋はあらかじめクニタマから聞いている。迷いはしないが、初めての『敵地』だ。


 武者震いをおさえて一歩踏み出した。サグメもクニタマも、一言も口にしなかった。


 これほど賑やかな都の宮殿なら、ぜいたくで立派な造りではないかと考えていたが、いざ目にして見るとずいぶん違った。


 政治だの軍事だのといった威厳がほとんど感じられない平屋の建物だ。周りを区切るように打ち込んである塀がわりの丸太杭だけがかすかにそれらしさを感じさせたものの、門番さえいない。


 そういえば、都に入る前に気づいていた。華やかな都の外などでありがちな、貧民や難民の集落もなかった。


 宮殿は、貧相なのでもなかった。建物の良し悪しを言い表すセンスはないにしても、かっこいいとかきれいとか言う前に落ちついて見える。自分とは縁がなさそうな言葉だ。


 深呼吸してから、門をくぐった。とたんに手桶が宙をよぎって鼻に当たった。


「いてっ!」

「ご、ごめんなさい!」


 目の前に、転んで膝をすりむいた女の子がいた。服の裾がはだけかけている。


 注目するまでもなく、アヂスキと目鼻だちが良く似ていた。自分が女装したような軽い錯覚も感じた。


「大丈夫か?」

「はうっ! お兄様! 帰ってらしたんですね!」


シモテルは目を細めた。どうやら近眼らしい。


「いや、今帰ったところだ……よ」


 でだしからペースがおかしくなってしまった。


「まぁっ! お父様に伝えなきゃ!」

「俺……いや、ぼ、僕を置いて行かないでくれよ」


 そう言って、手桶を渡す。


「あっ、いけない。忘れるとこだった! じゃあ、私、花を貰ってくるから、先に行っててね!」

「待てよ」


 懐から布きれを出し、しゃがんで彼女の傷口に巻いてやった。


「お兄様……」


 潤んだ目で見つめられ、なぜか恥ずかしくなった。


「じゃあ」


 さっさと立って、すたすた通り過ぎた。


 高天原とはなにもかも手順がちがい、やりにくい。オオクニヌシの部屋はわかるが、あまりにもあっさり進みすぎる。かえって用心したくなった。


 ここまできて立ち止まるわけにもいかない。宮殿に上がり、何人かの召し使いがお辞儀するのに手を振って、ついにくだんの部屋の前まできた。


 前といっても素朴な織物が仕切りがわりにかけられているだけで、衛兵がいるのでもない。


 ここはオオクニヌシが仮の姿でいる時だけ使われる。真の『開かずの間』はこの部屋の地下に設けてあるそうだ。


「父上、ただいま帰りました」


 深く息を吸いこみ、吐きながら言った。


「入りなさい」


 手で仕切りをめくり中に入ると、板の間にこちらに背を向けて座っている人影が一つ。


 頭ごしに剣の切っ先が見えた。自分の正体が見抜かれているのを直感した。退く選択はない。ならば、突っ込むか……?


「どうかな、わが国を見知った感想は」


 そう言いながら、オオクニヌシは座ったまま……そして剣を持ったままくるっとこちらを向いた。


「高天原よりよっぽど好みだ」


 素直に言うと、オオクニヌシは心持ち剣を傾けて少し笑った。


「貴公は息子にそっくりだな。それで、我を油断させようとしたわけか。オモイカネにしては小細工が過ぎるようだが」


 老父を愚弄するように見せた挑発だ。もっとも、オオクニヌシにすれば軽くなでたぐらいのつもりだろう。


「そう言うお宅も息子を消耗品がわりにしたんだろ?」


 挨拶を返してやると、オオクニヌシは座ったまま剣を軽く振った。

 

 いや、あまりにも早く振ったので、かえって遅く見えた。実父から受け継いだ力がなければ見落としていただろう。


「クニタマが二重間諜だったのは薄々知っていた。アヂスキは、動揺しておる連中に、体を張ってカツを入れた」

「しかし、そのアヂスキは牢屋ん中だ。あとはお宅をやっちまやぁいい」

「ふふふ……本当の親から受けた力を、よほど披露したいようだな」


 これはさすがにぎょっとした。オモイカネが知らせるはずはないし、クニタマもサグメもずっと一緒だった。


 オオクニヌシはすっくと立った。思わず拳を固めるが、彼はそのまま剣を鞘に納めた。


「貴公をアヂスキとみなし、今晩は慰労の宴を開く。貴公はその場で、我の息子にふさわしい成果を皆に述べねばならぬ。我に隙があれば」


 一度言葉を区切って、鞘ごと剣を投げてよこした。あわてて受けとめると、予想よりもずっと重かった。


「いつでも挑んで良い。もちろん、今かかっても良い」


 刺客を意識するなら今かかるべきだろう。なにか罠でも張ってあるのなら飛びこえるだけだ。


 しかし、中つ国の主だった面々の前で大見得を切る誘惑には逆らえないものがあった。


 ずっと日陰でいさせられた自分にとって、まさに千載一遇ではないか。


「宴まで、アヂスキの部屋で休むが良い」


 むしろ穏やかに、オオクニヌシは言った。


「ここまで来られたなら、場所はわかるだろう。クニタマとサグメにも自由にさせておる」

「そいつはありがてえ。恩に着るぜ」


 本心から礼を言い、部屋をでた。そこで初めて、汗が目に入り服がぐっしょり濡れているのに気づいた。

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