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本音の隠し場所 十

 その頃。


 翔翼の世界……高天原でも中つ国でも黄泉でもなく、強いて言えば『精霊界』になるが……の首都ではまさに今、結婚式のパレードが行われていた。


 赤い絨緞(じゅうたん)を敷かれた大通りの両脇には儀杖兵が並び、人々の歓声を……花を投げたり紙ふぶきを散らしたりする者も大勢いた……背中で受けている。


 絨毯の上を進む屋根のない馬車には、ずっと手を振り続ける翔翼と妃の姿があった。


 妃は鶴妃(かくひ)という。白く細い体つきの貴婦人だ。セピア色の長い髪を、美しく結っていた。


 皇帝万歳、皇后万歳、と繰り返される頭上に、翔翼はかつて愛したはずの姫の姿を思いえがいていた。


 もともと違う世界の存在を受け入れるには元老院の議決がいる。しかし、元老院の議員の中には翔翼に対して謀反を計画している者もいた。


 今、馬車で隣に座っているのは精霊界における地方の名家の令嬢である。


 謀反の無意味さを悟らせるのに、政略としては大きな効果があった。


 同時に、高天原の姫も受け入れられた。皮肉としかいいようのない結論だった。


 皇后の侍女なら許すというものだ。嫌なら彼女は黄泉へ行かねばならない。


 翔翼は、高天原の姫だった女性と二人だけで話し合った。彼女を決断させたのは高天原に残した息子にも会えると言う条件だった。


 ただし、元のような姿ではない。


 翔翼たちは鳥に変身できる。つまり、ただの鳥という形でなら良いとされた。それも受け入れた。


 彼女は雉が好きだったので、それからは雉美と名乗ることになった。


 それらは、鶴妃も知っている。いちいち同情したり励ましたりはせず、ただ雉美に頭を下げた。皇后の面と向かって行われた誠意に雉美も満足した。


 皇帝としてパレードで浮かない顔をするのは許されない。皇后も同じだ。


 しかし、パレードを前にしてどうしても息子に一目会いたいと願いでた雉美の心の中を想像せずにはいられないではないか。


 もちろん、好きなようにせよとうなずいたのだが。


 馬車はそのまま進み、元老院の手前で止まった。厳密な意味での建物ではない。


 空まで伸びた大樹だ。頂上に骨太な材木で組まれたドームがあった。


 小さな街がそのまま入るほど大きい。生い茂った緑の剛腕に抱えられ、それでいて柔らかい香りがするドームだ。


 床も壁も、全てが木造で簡素な造りではあるが品格を漂わせている。


 板敷きの床から見渡すと、南北に走る通路に設けられたアーチがまず目に入る。


 各々の横には昇降用の段がつけられていた。段からは、少し間を空けて、細長い棒が伸びている。


 ドームの外縁に沿う形で、円形になっている。座席ではない。留まり木なのだ。そう、入場者はこの木の上に『留まる』。


 床の中央には、北側出入り口に小さく張り出された凸型の台があり、ぐるりと留まり木に囲まれている。


 これも、同じように『留まり』易いように作られている。


 ちょうど、ざわめく声が次第に大きくなってきたところだ。


 南側の出入り口から続々と入場者が現れた。『者』とあるが、入ってきたのは鳥だ。


 公式の場で皇帝一家の前に顔を出す時は、鳥の姿を取るのがならわしである。


 そして、最後に入場した一羽のカラスが凸型を前にして留まった。このカラス、三本の脚がある。


「それでは、これより皇帝陛下のご成婚の儀を宰相・烏臣が司会申し上げる」


 三本脚のカラス……烏臣(うそん)は宣言した。


 咳一つない議場の中央に、翔翼と鶴妃が現れた。議員たちがいっせいに拍手する。姿は鳥でも魔法を使って拍手の音を出す。


 もっとも、翔翼も鶴妃も議員たちの大部分も長ったらしい儀式は好まない。


 ごく簡潔に、烏臣が差し出した結婚宣言書を翔翼が受けとり鶴妃と二人でサインする。宣言書は宰相として烏臣が預かる。それで終わりだ。


「皇帝陛下、ならびに皇后陛下、ご結婚おめでとうございます!」

「万歳! 両陛下万歳!」


 議員たちの祝福は、庶民の素朴なそれに比べれば少しぎこちなくも思えた。とにもかくにも名実ともに翔翼の治世が始まった。

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