軍議会
夜は宣言通り教会に向かった。
神父が晩酌を始める頃に部屋に向かい、現実を突きつける。
さすがに今度ばかりは神父の顔色も悪く、アギトが淡々と突きつける事実
に何も言い返せずにいた。
「私は何もあなたの楽しみを奪いに来たのではありません。
神父様も息抜きは必要です。
ただ、孤児達にもっと栄養のあるものを食べさせてあげて、せめて普通の
家族とはいかずとも、家族のように接して頂きたい。
それが出来なければ・・私は、審問会にあなたを告発しなければいけません。」
「それは・・」
神父は何度も汗をぬぐいながら口ごもる。
「私もそんな事はしたくありません。子供たちの為にも。
そこで・・・神父様、私と契約をして頂けませんか?」
「けい・・やく・・、とは」
「ええ、私はあなたの真実を誰にも話さない・・代わりに、ルナのように
特殊な経緯で孤児院に入所した子供がいたら教えて欲しいのです。」
「それは」
「契約の証にルナの身柄も引き取りたい」
「・・もう、居ません。昼間にアギト様がいらした後、すぐに引き取られて」
「行先は」
「それは本当に知らないのです。貴族様の使いの者がいらしただけで」
『遅かったか・・』
「そうですか・・・残念です。この契約を承諾して頂けないと」
アギトは神父に視線を送る。
これは最後の脅しだ。
「・・私の知る貴族様との・・その・・、お話出来る機会を設けましょう。
そのうち、アギト様の探す娘も見つかるかもしれませんし・・・」
思いがけず、貴族との繋がりを段取りしてくれるらしい。
第一の目標は逃したが、それはそれで今のアギトには必要なコネでもある。
神父の知る貴族とやらも信用は出来ないが、貴族は貴族だ。
せめて王宮に出入りできるような「立場」が欲しい。
王国も能力者の存在や、その存在を探しているのならば出来るだけ早く
その計画に参加しなければならない。
『下町で名前を売るのに時間をかけすぎたか。
しかしいきなり王宮に自分を売り込みに行くより大分自然に遠回りしてきたはずだ。
・・ミライとミコト・・リョウタのおかげで情報も集まってきている。
ここからは少し大胆に動いても問題ないだろう』
アギトは覚悟を決めた。
そしてそれから半年後、アギトは無事「法戦士指揮官」という地位を手に入れる。
法戦士指揮官・・とは王国に属する魔法術師を束ねる組織のひとつである。
信徒・・神父やシスター見習いで構成された組織の指揮官、つまり上長にあたる。
貴族は勿論、アギトの王宮入りを好ましく思わなかった為、「信徒」という
どちらかと言うと魔法術師よりは地位の低い部隊に放り込んだに過ぎない。
勿論軍事に口出しをする事も出来ない程の地位ではあったが
目立たないからこそアギトの今まで積み上げて来た手管が功を奏した。
内密ではあるが近衛騎士団団長と話をする機会を設けるようになるまでに
上り詰めた。
『結局、使える能力者は今のところ、ミライ、ミコト、リョウタ・・くらいか・・。
あとは全部・・貴族やあの奴隷商人、他の国に連れ去られたか。
出来れば、俺が思っているより、転移者が少ないと思いたいのだが』
軍議はアギトが思ったより早く進み、1か月もしないうちに軍会議が行われる事に
なった。
会議の数時間前にその事実を知らされたアギトは、この会議がとてもまともな
ものとは思えず嫌な予感しかしない。
しかも会議には国王も参加すると言う。
「正装を準備する時間も与えないと・・そういう事か。
これは罠だよな・・、国王の俺への信用なんて、面識もないのだから・・無いに等しいその
信用を、全員の前で最初に潰しておくと、そういう事か?」
アギトはあてがわれた仕事部屋の椅子に座り、右手で額を押さえ目を閉じる。
「プレゼンは苦手なんだよな・・・でもこれはチャンスなのだから生かさないとな。
誰が敵かもこれで明確に分かるだろうし・・・・・・・・・、憎まれているのは分かっているが。
向こうの嫌がらせも大分大胆になってきたな・・。あー、うぜぇ・・。
国王の前で叩かれるとか、どんだけ罰ゲームだよ・・」
愚痴が止まらないアギトの側にはいつの間にか双子が居て、心配そうにアギトを伺っている。
「お前達は」
「一緒に行く」「側にいる」
返事は予想していたが・・・アギトは浅く息を吐くと、二人の頭を撫でる。
このふたりにはあまり大人の話は聞かせたくないし、その髪色と瞳は隠し通さなければならない。
二人の能力である姿を消しておける時間の限界も未だに把握は出来ない・・
人が大勢集まる場、しかも敵地と言っても良い場に連れて行くのはあまりに危険だろう・・と考える。
「俺たち、強くなっただろ?」
「・・・・・」
「子供扱いしないで!」
「・・・・」
ローブを強く掴まれる。
ここで何を言い含めても、二人の考えは変わらないだろう。
その意思は、アギトのローブを掴む手の強さに現れているようだ・・。
それに姿を消してついて来られてもアギトには把握できない。
「わかった。だが、絶対に俺の命令無しに動くな。出来るか?」
「うん!」「出来る!」
アギトはもう一度目を閉じて、覚悟を決め、立ち上がった。
会議室の前でリフに呼び止められる。
リフはアギトに目くばせすると、会議室から少し離れた場所で声を潜め話始める。
「連絡が遅れてすまないな、アギト殿」
「いえ、私のような者が会議に参加させて頂けるだけでも光栄です。団長殿の御計らいでしょうか」
リフの顔色は冴えない。
どうやらアギトを会議に呼んだのは別の人間らしい。
「アギト殿からの情報だ、会議にアギト殿を招集するのは当たり前の事なのだが・・。
覚悟はしておいて欲しい。何を言われてもどうか堪えて欲しい。
あの会議室には君の敵しかない・・。龍の巣にでも飛び込む覚悟で挑むんだな」
『どんだけだよ・・。でも団長殿はわざわざ俺に忠告をしに来てくれたのか・・・、
でも・・助けられるのはここまで、と。そういう意味だろうな』
リフはアギトの後ろに控えている二人の弟子たちに視線を落とす。
「その子供たちも連れて行くなら・・更に覚悟を。
アギト殿の弟子たちは「魔族の子」と噂されている」
「その「噂」は存じております。しかし大事な軍議で、わざわざ私や私の弟子に何か発言する方は少ない
かと思うのですが」
「・・・・アギト殿をつるし上げる場だと思って頂いて構わない」
『だから、どんだけだよ貴族・・。国王も来るって言うのに暇かよ・・』
「私が言うのも何だが、この国の軍議とはそういうものだ。
我々は訓練こそすれ、実戦の経験はほとんどない。騎士団長という私の肩書も、父から譲り受けた
ものに過ぎない。
あの場は、そういった者を貶めるだけの、誰かの娯楽の場なのだ」
『確かにな。危ない事は平民出身の兵士に任せ、魔王討伐も勇者一人に任せているような国だ。
貴族は金で騎士団長の地位を買い、踏ん反り返って軍議ごっこをしている・・と。
でもそんな事まで俺にぶっちゃけてもいいのか?
・・・・団長殿も今まで散々つるし上げられて来たって事か。』
「ご忠告、感謝いたします。それ相応の覚悟で臨むといたしましょう。」
アギトは会釈をして会議室へ向かう。
複雑な表情をしたリフに見送られながら。
そして軍議は、アギトが思う以上に中身のないものだった。
広く明るい会議室は、豪華な調度品や絵画で飾られ
円卓に集まった貴族は、各騎士団団長、副官、指揮官がそれぞれ席につき
上座には赤い布で覆われた玉座の間がある。
国王はそこに鎮座し、会議の様子を見ているのだろう。その姿は見る事はできなかった。
議会開幕直後から国王への挨拶の仕方がなっていない、無礼だ、失礼だと口々に罵られ
「平民出身」と蔑まれ、嘲笑され。
アギトは思うように発言も許されず、ただ黙ってその言葉を聞いているだけだ。
『こんな事しか発言出来ない奴らが団長なのか・・本当に隣国が攻めて来たら、こいつらどうするつもりなんだろうな・・
しかし魔王城への進軍は数が多いに越した事はない。
なんとか隙を見て発言の許可を頂き、国王に進言しなければ・・・、な。』
「時にアギト殿は」
先ほどから一等耳障りな声をした男が発言する。
いかにも贅の限りを尽くした・・と言わんばかりの肥満体型に、これでもかと宝石を身に着けて
にやけた顔でアギトを見ている。
第三騎士団団長メッゾルド卿だ。
「軍議にも、その子供を連れ歩くのですな」
「ええ、私の弟子ですので。」
二人は椅子にはかけずにアギトの後ろ、壁際に立って俯いている。
「下町でも、教会でも・・アギト殿は、幼い子供ばかりを愛でるのですなぁ・・。
聞けばその「弟子」、奴隷市場で買った、魔族とか」
会議室がざわつく。
双子が「魔族」との噂はあったが、奴隷市場でアギトが買った事は誰も知らなかったらしい。
『あの変態奴隷商人が情報を売った貴族ってのは、あのデブか・・』
アギトは敢えて発言はせず、次の言葉を待った。
「奴隷市場で慰みのものを買うのはご自由ですが、教会の孤児院の子供まで・・強引に買い取ろうと
したとか。いやいや・・お優しいお顔立ちの割りに、なかなか崇高な趣味をお持ちで。
あなたの家?ですかな・・、あのボロ小屋では、毎日子供の泣き声がすると聞きましたよ?
一体、子供に何をしておいでなのでしょうか」
もう軍議と呼べる代物ではない。
会議室はざわつき、貴族たちはアギトの反撃を待ちわび、更に貶めようと口々に囃し立ててくる。
アギトは何も発言しない。呆れて言葉が出ないのも正直な所なのだが、言い返した所で非難を
浴びるのは分かっていた。
『男に迫られた次は小児性愛好者疑義か。俺は至ってノーマルなんだがなぁ』
「その弟子、とかいう子供がフードを外さないのも、顔に酷い傷跡があるからとか・・?
違うのであれば是非そのフードを外して証明して頂きたい」
「こちらは軍議の場であって、私の弟子の顔見せの場では無いのでは?」
「言い返さない」と決めていたのに、思わず口から漏れ出た言葉に貴族たちが喰いついてくる。
数人が立ち上がり、アギトの後ろに控えた二人に近づいて来た。
『おいおい、大の大人が国王の前でやる事かよ。』
二人はアギトの言いつけ通り動かずにただ俯いて立っているだけだ。
アギトはテーブルの上・・見えないキーボードに何かを打ち込みながら、少しだけ国王の方に
視線を送った。
助けて欲しい訳ではなかったが、国の主がこの状況を見てどう思っているのか・・
それが知りたかった。
誰かの手が双子のフードに手をかける。
その瞬間、僅かに二人の姿が移動し、その手は空を切る。
そして
「イカズチ」
アギトが開発した雷属性の派生魔法。
細い雷は静電気のように弾けて相手を怯ませる事が出来る。
威力は弱いが「静電気」など知らない人間には絶大な効果がある。
しかも極少の魔法なので、呪文の詠唱もなければ、魔法陣も浮かび上がる事もない。
フードに手を伸ばした男は驚いて腕を引き、自分の腕をしきりに確認していた。
何が起こったのかわからない。
ただ、掴めるはずだった子供は転移魔法のように姿を消し、自分の腕は痺れて動かない。
騒然となった場に乗じてアギトは全力で、その場にいる全員の情報を書き加えてゆく。
『黙って椅子に座れ』
簡単な命令でも、この場に居る全員の情報を操作するのにはアギトでも数分はかかった。
議会はしんと静まり返り・・・
アギトは立ち上がり、国王に一礼して、リフに話した内容をもう一度繰り返す。
一通りの説明が終わると
「私のような者の意見、信用出来なくて当然かと思いますが。
魔王と隣国という脅威の中、今動くのが適切と・・恐れながら進言致します。」
「よかろう」
静かな重い・・だが、どこか疲れたような声が響いた。
「この件・・リフ・・、お前と。アギトに一任する」
赤い天幕の向こうで国王が立ち上がる。
それは会議終了の合図でもあった。
『会議の結果に一番納得していないのはメッゾルト卿だろうな。あいつ
奴隷市場のオーナーから情報を買ったようだし・・
教会から子供を買ったのもあの男かもしれない・・』
アギトは家の粗末なテーブルを指先でトントンと叩く。
考え事をしている時の癖だ。
今回の件でリフともう少し話を詰めたかったのだが、反発する貴族に責めたてられていた
リフを見捨てて、取りあえず住処に帰る事にした。
『今夜にでも探ってみるか』
「アギトさん」
考え事をしながら視線を落とすと、ミライがテーブルに肘をついて、その丸っこい顔を
両手で支えながら言葉を続けた。
「俺たちの髪と目って、そんなに駄目なものなのか?」
「・・・・紫は、魔族の色らしい。ただの迷信だろうが。珍しいし見た事が無いものはそういう扱いを受ける」
「なんで俺たちの髪と目は紫なんだ?」
「・・・・・・・それは・・・」
一緒に暮らす長い時間の中でアギトは何度か二人の過去を読みなおしてみたが
その頃の記憶は読み取れない程薄れていた。
今や出身地や親の名前も二人の記憶が薄れて行くと同時に消えていくようだ。
ミライとミコトは双子で、サイタマ出身、これだけはアギトが最初にみた記録なので間違いないが
どういう経緯で転移したのか、どうしてニホン出身だとしても、ニホンに住む外国人だったとしても
こんな鮮やかな紫の髪色に、しかも瞳まで紫に染まってしまったのかはわからなかった。
しかもアギトが何度その紫を上書きしようとしても、エラーが出て弾かれてしまう。
「恐らくだが、転移の影響だろう。お前達は少し特殊だ・・能力を使いこなすのも早かったし、
人間のはずなのに多少魔力もあるし・・」
「変・・なのか?」
「変じゃない。悪い事でも何でもない。気にするな」
「・・俺は結構気に入ってんだけどな、紫色」
「俺もだ」
ミライが嬉しそうに笑う。
ミコトも同じ事を考えて少し落ち込んでいたのだろう。
ベットに転がったまま起きて来なかったミコトがぱっと起き上がりミライと同じ顔で笑う。
「さて、俺の弟子たちの機嫌も直った事だし・・・、今日はもう一つ仕事をしてもらおうか」
「おう!」「任せて!!」
二人は大きく頷いて答えた。
夜更けに訪れたのはメッゾルトの屋敷だった。
夜闇に隠れるようにして屋敷の前までたどり着くとアギトはミライとミコトに屋敷の偵察を
開始させる。
意気揚々と姿を消し屋敷に忍び込んだ二人は、血相を変えすぐに戻ってきた。
「アギトさん」「大変!はやく来て!」
「静かにしろ、どうした。何があった」
慌てる二人の口を塞いで建物の影に隠れると、アギトは背を屈めて二人の報告を聞いた。
「い、いじめられてる、女の子が、太ったオッサンにたたかれてる」
「な、ないてたよ、たすけてって言ってた・・」
「部屋の間取りと方角を教えてくれ、的を絞らないと転移出来ない」
「あ、あっち・・、二階の一番大きなドアの部屋・・・」
いつもは気丈なミライまで怯えているのか、方角を指す手が震えている。
「わかった。お前達は姿を消してここに待機していろ、命令だ」
今度こそ二人が付いて来ないよう「命令」して、アギトは転移の魔法を展開する。
ミライの補助が役に立ったのか、アギトが転移したのは正に目当ての部屋で。
男は上半身裸で少女を足蹴にしていた。
「あんな!あんな!下町の!平民風情が!!
陛下にお言葉を頂けるなどと!!!この!!このっ!!!」
男はもう抵抗する事もしない少女の体を蹴りつけ、髪を掴んで顔を上げさせた。
豪華なシャンデリアの下、部屋には大きなベッドがひとつ。
高価な酒が並ぶ棚、壁面に飾り付けられた拷問に使うのであろう器具。
あまりに有り得ない取り合わせに胸が悪くなる。
少女は、目が閉じられないよう金属で出来た道具を着けられていた。
その瞳は白濁し、アギトの姿を見て、僅かに揺れる。
「ん?」
男が少女の目線に気づいて振り向く。
「!!な!貴様!!どこから」
「その手を離せ」
突然部屋に現れたアギトに驚いていた男だったが暫くすると
「俺に命令するのか!!この平民が!!」
男は激昂して叫び、手にした少女を見てニタリと笑った。
「あぁ、アギト殿・・これは貴様が欲しがっていた娘だ。おかしな力を持っていてなぁ・・
何でも人間の考えている事が分かるらしい・・・。
おい!いつもみたいに!!見てみろ!!あの男の正体を!!」
少女は首を掴まれたままアギトの前に突き出される。
「さぁ!言え!!この男の目的を!!私がそれを陛下に伝え、貴様をこの国から追放してくれる!」
「あぁ・・・・あ・・・・」
「さっさと言わんか!!このグズが!!」
首を掴まれ激しく揺さぶられて、少女の声が途切れ途切れに漏れる。
「放せ」
アギトは男に歩み寄る。
「動くな!おっと・・指もな・・変な動きはするなよ?貴様が会議で妖しい術式を使った事は分かっている。
手を動かしていたな・・・」
「放せ」
アギトは構わず歩き出すと、男の前で左手を突き出した。
「デリート」
記憶の改ざんなど必要としない。
男の記憶すべてを消し去る。
人間である、という記憶もすべて失くした男は、人間としての生命維持機能だけを持った肉塊に変わり
その場に倒れ込んだ。
解放された少女を助け起こし、器具を外す。
教会にいた時よりずっと痩せ細った体にはボロきれ一枚だけ羽織っていて
腕や足には鉄の足枷を着けられていた。
その枷も分解し外すと、アギトは未だ見開いたままの瞳をそっと閉じさせる。
「助けに来るのが遅くなって悪かった・・。もう大丈夫だ、今傷を・・・」
アギトは少女の体からすべての忌まわしい記憶や傷を消し去ろうと、少女の記録を確認し始めた。
「・・・おと・・・さ・・」
「うん、もう大丈夫だ・・。もう痛い事も怖い事も無いから」
「・・・おか・・・さ・・・、」
「うん、大丈夫」
アギトの目の前で・・少女の記憶がどんどん消えてゆく。
『消えるな・・・』
「おうち・・、かえり・・た・・。」
「うん・・、帰ろう・・疲れたね。よくがんばった。」
何の力を使わなくとも、人間の記録がこうして消えて行くのをアギトは何度か見た事がある。
それは
『消えるな!消えるな!!このままじゃ・・・!!!』
ぱた・・・と軽い音がして、少女の腕が床に落ちた。
何度もかけた蘇生の魔法も効かない。
その瞬間、記録画面は真っ白になり、点滅するカーソルだけが残る。
人間の死。
カーソルが残るのは、きっとこの先もどこかでまた新たな生命を受ける証だと・・・
アギトは考えていた。
「アギトさん」「その子大丈夫?」
「何故命令を守らなかった」
冷たい声にミライとミコトは怯えながらアギトを見上げ「ごめんなさい」と声をそろえた。
「でも、心配で・・」「うん・・」
きっと少女が心配でアギトの後を追って来たのだろう二人は、アギトが男を殺す所も
少女の最期も見ていたのだろう。
「この子は・・・・大丈夫だ。」
アギトの言葉に二人は「よかった」と笑う。
「一緒に遊べるね」「友達が増えるね!」
『もう一緒には遊べないんだよ。
この子は、家に帰ってしまったから』
そう説明して、理解してくれるのだろうか・・
いつか二人が成長してこの事を覚えていたら自分を責めるのだろうか・・・・
アギトは取り留めも無く考え続ける。
『もう少し早く見つけられていれば・・・、俺にもう少しマシなチートがあれば・・、
俺が強ければ・・助けられたのか?
マシな・・・チート・・・。』
「カーソル!!」
アギトは少女の記録と再度向き合う。
カーソルはまだ点滅している。
「人間の構造を・・初めから・・いや、記憶だけでいい・・、体はある・・・、
まずは名前!生まれた場所・・生年月日・・・ヘッダーはこれでいいはずだ・・
大体の人間がこうだった!
体の蘇生!魂の再構築・・・いや・・魂は「ここ」にまだある。」
少女の胸が大きく動く。
「心臓が蘇生した!!」
アギトは気道を確保させると、回復魔法をかけつつ、記録の確認をする。
一度は消えてしまったデータがアギトの書いたデータを上書きするかのように覆って行く。
復元を始めたデータが波のように白紙を覆って行くのを確認して
少女が・・ルナが初めて転移した日まで追い続ける。
『転移した記憶まで再生したら、後は・・・デリートする・・・!』
その日、ルナは異世界に転移され
異世界の月を見上げて「綺麗」と呟いた。
「・・・・あ・・・」
ルナがぱちりと目を開ける。
そこは少しぼろぼろな木の小屋に見えた。
体を起こすと自分の両隣には見た事もない子供が眠っていて
その幼い寝顔に思わず「可愛い」と呟いて笑う。
「起きたか」
声をかけられて、驚いてそこを見ると、木の椅子に座った男がこちらを見ている。
「ふ、ふしんしゃ?」
ルナはいつも持たされている防犯ブザーを探すが、首にかけるタイプのそれはどこにも無い。
恐怖と不安で表情を曇らせるルナは、それでも年下であろう子供たちを守ろうとして
両腕を広げその場を動かない。
「・・お前は・・賢くて、優しいな」
「お、おじさん・・誰?ここ・・どこ?」
「それは・・・説明・・・・する、のに・・少し・・・時間が・・・・かか・・・」
ゴン!と音がして子供たちが飛び起きる。
「アギトさん?!」「アギトさんが、また「ゴン」しちゃった!!」
双子だろう・・同じ顔をした子供たちは、白いローブ姿の不審者の体をゆすって声をかける。
「・・だ、だいじょうぶ・・?」
ルナは恐る恐る二人に近づく。
「あ!ルナちゃんおはよ!ルナちゃんはアギトさんが治してくれたんだよ!
アギトさんはお医者さんなの、でも、疲れちゃうと寝ちゃうの!いつも椅子に座ってるから、
テーブルに頭を「ゴン」ってするんだよね」
「俺、リョウを呼んでくる!」
ふと双子の一人が姿を消す。
ルナは目の前のあわただしい・・不思議な光景をただぼんやりと眺めていた。
「と、言うわけで。こういう運びで戦争がはじまりそうなのですが。
魔王様はどうされますか?忌憚なきご意見を伺いたい」
突然ハカセのラボに呼び出され、そう切り出された魔王は。
「・・な、なんだ・・、てっきり怒られるのかと思ったよ。戦争?誰か攻めてくるなら
軍隊ごと転移させちゃえばいいさ!」
「魔王様はどれ程の数の人間を一度に転移させる事が出来るのですか?」
「頑張れば・・100人くらいはいけるんじゃないかなぁ・・」
「予想論、と言う事でよろしいか」
「まぁ・・やった事ないからね。でも!頑張るよ!」
「それで、次の軍が1000人の軍隊をひきつれて来たらどうなさいますか?」
「追い返すよ。僕だって戦争の経験が無い訳じゃない。いちいち追い返すのが面倒だから
「迷いの森」を作った訳だし、大体は森で・・」
「その森の術を、あのアンジュという娘が見破ったように、次に攻めてくる軍には
同じような力を持つ転移、転生者が多く投入されると思うのですが」
「え!そ・・そんなぁ・・、魔法を看破されちゃうと困るなぁ・・、かと言って僕が魔法を使えば
魔王生きてる!ってなる訳だしねぇ・・・困ったねぇ」
「ええ、第一「迷いの森」が消えていない時点で魔王様の死亡説は消えているのですがね」
「え!じゃあ、霧は消して」
「は!わが軍は丸裸ですね」
ハカセは笑ってみせるが、目は少しも笑っていない。
魔王は目を反らした。
「・・・あ、あれは・・自然現象という事にすればいいさ。僕がまた王国に手紙を書くよ!
勇者に成り代わって」
「その手紙・・今まで何通ほど王国に送ったのですか」
「・・うーん・・沢山・・?」
「同じ筆跡、同じ文章・・・そんなものがご丁寧に送られて来て、魔王討伐の証になると、
本気で思っているのですか?」
「・・ハ、ハカセの言いたい事は、わかるけど・・多分・・。大丈夫!この手で今まで何とか誤魔化して来たから!」
ハカセは魔王を見据える。
「やはりあなたは「魔王」だ。
長寿で死ぬ危険も無い。だから何にも興味が無い。
あなたがダラダラと過ごしてきた数百年の間、人間は知恵をつけて後世に伝え成長する。
手紙然り、迷いの森然り。真実に気づく。
昔は魔王に勇者を生贄に捧げれば大抵の事は、表面上片付いた事でしょう。
しかし戦争や飢饉や疫病は人間が増えれば増える程数を増し猛威を振るう。
もう王国も隠しきれまい。
何度魔王を倒しても、哀れな生贄を捧げても、生活は豊かにはならないのだから。
そして今、異世界から特殊な能力を持った人間たちが続々と転生や転移をしている。
私達が導かれる場所は完全にランダムで選びようがない。
この村の人間は、たまたまこの平和ボケした村に落ちたに過ぎない。
それは王国にもまた能力を持った者たちが居ると言う事。
そして私のように彼らを先導する者も出てくるだろう。
何しろ我々はチート持ちだ。
現在の国より遥かに文明が進んだ国から来て、しかもこの国に対応できるよう力を
持っている・・この世界にとって脅威と言える存在なのだよ。
その脅威の存在は王国の行動をおかしいと感じるだろう。
勇者の血筋などとうの昔に途絶えている事実も調べればすぐに分かる、私でもわかった事だ。
そして魔王様、今や人間はあなたの敵となりうる存在にまで成長した。
これを聞いてどう思うかね」
「・・・僕の・・、魔法はもう・・通用しない・・って事は・・、僕は用なし・・」
「それは極論ではあるが一番良い答えだ」
「魔王の肩書も通用しない・・・森は開かれ、城に軍隊が攻めてくる・・・。
じゃあ!皆で新しい場所に引っ越ししようよ!」
「この城を捨てると」
「城なんかどうでもいいさ、村人を連れて転移するくらいは僕だって」
「一体何年、いや、何百年逃げ続けられる。そもそも転移出来る場所の候補は」
「探すよ!何年かけても!」
「馬鹿にするなよ」
ハカセの声が低くなる。
「この村、この城は私が数十年かけて作った私の知恵と技術の集大成だ。
それを・・捨てるだと?
貴様・・何故我々に土地を与えた。
何故興味も無い人間を側に置いた。
貴様さえ、貴様が真の魔王であり続ければ・・・・人間のフリなどしない、魔族のみの味方で
あればよかったのだよ。
何故そうしない。
何故貴様はいつまでも勇者にこだわる!」
「僕だって・・そんな事・・わかんないよ・・。でも、じゃあ・・追い出せばよかったのか?
君は言った、寿命を気にしない程研究に没頭したいって。
やりたい事が山ほどあって、人間の寿命じゃ足りないから・・僕に力を貸して欲しいって。
他の子供たちもそうだ。もう寿命が尽きて死んでしまった者も・・・
君たちが勝手に来て、勝手に住みついたんじゃないか。
あれが欲しいとか、こうしたいとか、僕にお願いしたんじゃないか。
追い出すなんて・・殺すなんて・・僕には出来ないよ。」
「出来ないんじゃない、しなかった。それだけだ。よろしい」
ハカセはメガネを指先で上げて立ち上がった。
「もういい。後は人間同士の戦だ。魔王様には関係のない事。
事態はもう・・動き出しているのだから。
この闘いは先手を打った方が勝つ。
なので一応、私は、あなたを主としているので報告したに過ぎない。
お手間をおかけした。」
「・・ハカセ・・、僕は・・人間の考えがわからない。何をしてほしいのか
言っておくれ。そうすれば」
「もう、いいのですよ。
魔王様が先頭に立てば人間たちは、魔王の村で暮らす我々を許さないでしょう。
王国に手紙を送る程人間に肩入れしてるのを知られれば
あなたは簡単に相手に騙され、利用されるでしょう。
あとは私の仕事です。魔王様は・・万が一の時の為に玉座でお待ちください」
「・・・玉座・・」
「あの場所には選ばれた者しか入れない、そうでしたね」
「・・う、うん・・、でも・・」
「私からの報告、提案はこれで終わりです。では」
ハカセは踵を返し、
魔王は言い返す言葉も無く城に戻るしかない。
「あーあ・・・またハカセを怒らせちゃったよ・・、なーんであんなに怒るかなぁ・・・・。
それにしても玉座の間かぁ・・・・」
魔王は玉座の間に転移する。
自室は勇者やアンジュが暮らすようになり、生活感も出て来た。
だがこの玉座の間は・・・いつも冷たい空気が張りつめている。
魔王は主の帰りをまつ玉座を見上げる。
「はぁー、僕、この部屋も、あの椅子も、なーんか苦手なんだよねぇ・・・。
でもここに居ろって言われたら、居るしかないよねぇ・・・」
ゆっくり歩を進め、玉座へと続く階段を上る。
途中、何気なく視線を送ると、石の壁に大剣が飾られているのに気づく。
魔王はそれから視線を戻し、玉座に座った。
「この椅子に座ると・・・、眠く・・なるんだよ。
用なしの僕は寝てろって事かなぁ・・・」
魔王は足を組んで肘掛けに片肘をつき目を閉じる。
サラサラと自分の髪が流れてゆく音と感触が頬を掠めて落ちる。
と同時に視界が深く暗い闇に飲まれてゆくのを感じた。
玉座の間は静寂に包まれる。
部屋には城の主、魔王だけがそこに在った。