王国魔法術師の日常
アギトが部屋に隠しておいた手紙をミライが見つけたのは偶然だった。
隠す・・とは言っても、この狭い部屋には引き出しが一つしか無い机があるだけで
ミライは時々「何か面白いものがないかな」と思い、その引き出しを開けてみるのだ。
いつもは何もみつからないそこには、見た事の無い白い封筒に、蝋で封印された招待状。
「何だこれ・・・」「わー、綺麗な紙」
ミコトもその封筒を見て、二人で顔を見合わせて頷く。
『あけてみよ!』
「えぇと・・うーんと、アギト・・さま・・・、この度、おこなわれます
ジューレイ・・公・・しゅさい、の、ばさん・・ばんさい、かいに、ごしゅっせき、いただきたく・・」
「ばんさいかいって・・何?」
「・・・知らねーよ。でも・・アギトさんが、どこかの貴族の家に、呼ばれてるって・・事かな」
「きぞくって・・、アギトさんのてき、なんしょ?」
「敵じゃねーよ、かいじゅう、しようとしてんだ」
「怪獣?」
「アギトさんは、貴族にねまわし、して、しゃくい・・っていうのを貰うんだ」
「貴族になったらどうなるの?」
「たぶん・・スゲー事になるんだ」
「ふぅん・・」
ミコトは手紙に飽きた様で、ベットに腰かけた。
「アギトさんが凄い事になるのはいいけど・・、はぁ・・・、お腹空いたなぁ・・」
「ミコトは喰えるものが少ないんだからしょうがねーだろ!アギトさんもリョウみたいに
料理が出来る訳じゃねーし・・うん、でも腹・・へったな・・リンゴでも食うか」
「またリンゴー?けーき食べたい・・」
「ケーキは駄目だって、リンゴで我慢しろよ」
ミコトは頬を膨らませてベットに転がる。
「リンゴは飽きたか、まぁ・・3年くらいリンゴ尽くしだもんな・・」
部屋にはいつの間にかアギトがいて、ミライは慌てて招待状を元の場所に戻そうとする。
「・・あぁ、そうだったな。晩餐会か。少しは喰えるものがあるかもしれないな。
行ってみるか」
アギトの提案に二人は目を輝かせる。
「ほんとに?!」「行ってもいいの?!」
「あぁ、ただし・・俺は「貴族派閥の懐柔」に忙しい。お前達がその髪を隠して、おとなしくして
いられるなら・・同行を許そう」
ミライとミコトは顔を見合わせて、大きく頷いて見せた。
ジューレイ卿は貴族の中でも温和な・・どちらかと言うと世間知らずで、お人よし・・と言う
朗らかな人格をしていた。
アギトが教会への寄付を願えば応え、見返りも何も求めず貴族でもないアギトの話を
聞いてくれる数少ない善良な貴族とも言えた。
ただそれだけに他の貴族への繋がりは薄くアギトの求める人脈はなかなか得られずにいたが
それでもこうして晩餐会の招待状をわざわざ送ってくれる彼をアギトは信頼していた。
晩餐会に招かれるのは貴族が多いだろう、そこでの根回しがアギトの本当の仕事だ。
卿の屋敷は貴族が住む整えられた敷地の中にある。
他の貴族の豪邸よりは質素な屋敷だが、晩餐会を開くほど広い事には変わりはない。
アギトはいつのも魔法術師の白いローブに身を包み同じ服装の双子を連れて会場に向かったが
受付のボーイは何も言わずに笑顔で迎えてくれた。
「今、水と食べものを取ってくるから、隅で大人しくしてるんだぞ?」
「はーい」「うん!」
二人は明るく広い屋敷の間取りに驚きながらもアギトに言われた通りフロアの隅に設けられた椅子に
座ってアギトを待った。
アギトは先に卿に挨拶をしに行き、他の貴族にも紹介してもらい・・
時間は過ぎて行く。
「ごはん・・まだかよ・・、あんなに沢山美味そうなのがあるのに」
「おとなしく待ってろて言われたでしょ!」
「そうだけどさぁ・・」
ミライを諭すミコトの頭に水が落ちて来た。
「きゃ!」ミコトは慌てて立ち上がる。
ミライは、ミコトの頭にジュースをぶちまけた相手を睨んで立ち上がった。
相手は、貴族の子供たちだろう。
身なりの良い服装と、意地の悪い顔をして二人を取り囲む。
「くせーくせーと思ったら、平民がこんなとこで何してんだよ!」
言われながらミコトの白いローブに、皿ごと食べ物を投げつける。
「腹でもへって紛れ込んだのかぁ?ここは貴族の屋敷だぞ!身分をわきまえろよな!」
「腹減ってんなら、それ、喰えよ!床に這いつくばってな!」
面白いおもちゃをみつけたような子供たちの残忍な笑い声が響く。
周りの大人たちはフロアの隅での出来事に気付かない。
「これもやるよ!喰えよ!」
また皿ごと食べ物を投げつけられ、ミコトのローブは食べ物やソースで汚れてゆく。
「やめ・・」
「いいよミライ・・大人しくしてろって言われた・・」
「でもよ!」
「静かに!アギトさんに怒られちゃうよ」
「・・・」
ミライはミコトに言われるまま椅子に座りなおした。
「アギト・・って、あの貧乏人相手にしてる治癒師だろ?お前ら弟子なんだってな」
「魔族だって噂だぜ?」
「変な髪の色なんだってな!見せてみろよ!」
子供の一人がミライのフードに手をかける。
だがミライはその手を躱し、何も言い返さず、静かに椅子に座ったまま・・・
そんな態度が、逆に相手の勘に障ったようだ。
「取れって言ってんだろ!」
「グロス・・レイ・・・グロス・・ティア・・」
ミライが呟く。
「駄目だよミライ!それは・・」
「グロス・レイ、グロスティア・・我・・精霊と契約を結びし言霊の主・・」
少年たちの手はミコトのフードにも伸びる。
ミコトは必死にフードを押さえた。
「抵抗すんな!この貧乏人が!」
「・・・!!」
「取れよ!」
フード越しに髪を掴まれてミコトが「痛い・・っ」と小さく声を上げた。
ミライは立ち上がり、少年たちに向けて右手を差し出す。
「我が言霊に従えし精霊、炎の主・・!ここに降り来たりて厄災を・・」
「ミライ!!」
ミライが伸ばした手を取ったのはアギトだった。
指先まで集中して魔力はアギトの「絶対防御」の魔法でかき消された。
だが、アギトの手は炎で焼かれ、焦げて、嫌な香りが漂う。
「この者達は私の弟子ですが。何か失礼でも」
アギトが間に入ると少年たちは何もいわずに大人たちの中に紛れて消えた。
ミコトはアギトに抱き着いて泣きはじめる。
ミライは・・泣きそうな顔でアギトを見ていた。
「・・・外に出よう・・」
アギトは自分の手に回復術をかけながら二人を外に促した。
「あいつらが悪いんだ!ミコトにいじわるをするから!」
「・・・服が・・、汚れて・・、でも・・私もミライも、我慢したんだよ?」
「・・・ミライ・・・」
アギトは床に膝をつきミライの瞳を見据える。
紫の瞳には未だ怒りが炎のように揺らめいている。
「ミライ、その呪文をどこで覚えた」
「・・・アギトさん・・の、本・・で」
「精霊と契約をしたのか?」
「・・・・・・・・・・・・・してない・・」
「では言霊だけだな。魔法術師が一番最初に「しでかす」失敗のひとつだ。
契約もしていない精霊を呼び出すなんて、自分の身を焦がすのと同じだ。
それに、俺が言った事を覚えているか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「言葉にして言ってみろ」
「・・・・・魔法は・・、まだ・・俺たちには・・無理だから・・使ったら駄目だって・・」
「そうだ」
アギトは溜息をついて、今度はミコトのローブを元通り白くする。
「素材は・・俺の能力でいくらでも改変出来る。どれだけ汚されても綺麗になる。」
「でも!髪を引っ張られたの!あいつら、殺してやりたかった!!」
涙を零しながら放たれた言葉にアギトは驚き・・
そして、その頬を軽く叩いた。
ミコトの体は少しだけ揺らいで・・しかし体はふらふらとよろめいた。
「!!何すんだよ!おじさん!ミコトは何も悪い事してねーだろ!!」
「・・・・」
「ミライ。お前があのまま魔法を最後まで唱えていたら、この会場は火の海になっただろう。
ミコト。お前のその言葉は、現実にあの子供たちを殺す事が出来る、呪いだ。
お前達は俺の幹部なんだろう?
こんな事で暴走されては・・・困る」
「暴走なんかしてねーよ!ミコトはずっと我慢してたんだ!叩くなら俺を叩けよ!!」
「・・・痛い・・」
ミコトはぼろぼろと涙を零しながら床に座り込んだ。
「ミコト・・」
「どうして・・・?なんで?わたしが怒られるの?ちゃんと我慢したのに!
なんでわたしだけ叩くの?あいつらを怒ってよ!悪いのはあいつらだ!!」
アギトは二人を抱きしめる。
二人は嫌がりもがくが、次第に大人しくなる。
「そうだよ、悪いのはあいつらだ。何も知らない貴族のガキどもだ。
でも、俺の仕事をわかっているだろう?
そんなガキ相手でも頭を下げなきゃいけないのが、俺の・・今の現状だ。
今だけだ、今だけ・・俺の為に・・・、もう少しだから我慢してくれ」
「・・・」
「・・・・・・」
二人は我慢できなくなったのか、声をあげて泣き始めた。
「連れてこなければよかった・・、いや、もう少し俺がちゃんとお前達を見ていればよかったな・・
ごめんな・・、嫌な思いをさせて・・」
『リンゴより他に・・美味いものを・・食わせたかっただけなのに』
アギトはふたりを連れて屋敷を後にする事にした。
相変わらず・・・アギトは暗殺や誘拐の的にされる毎日を送っている。
何をしてもしなくても、ミライとミコトも狙われている。
それに、ふたりの成長期に十分な食べ物を与えられないのがアギトの悩みでもあった。
アギトの仕事は増え、部屋を留守にする事も多い。
扉の鍵は魔法をかけて外からは開けなくしてあるがそれでも仕事が長引くと
二人の事が心配になる。
仕事に同席させてもいいのだが、大人同士の話し合いの、その言葉を二人に聞かせるのは
アギト自身が嫌だと感じた。
二人の能力は信じていて、頼りにもしている。
だが、まだ二人は幼すぎる。
誰に対しても「殺意」など・・持ってはいけない・・持つべきではない年齢なのだ。
「教会・・か・・」
アギトが呟く。
ベットの上でケンカをしていた二人がアギトの言葉を聞き動きを止めた。
「教会には孤児院がある。お前達と同じ年齢の子供も多いし、食事も3食出るし、勉強も
教えてくれる・・、ふむ・・いいかもしれないな・・孤児院に預けるのも・・」
アギトの独り言に、ミライとミコトは顔色を変え・・
「どうだ?二人とも・・孤児院に行くと言うのは・・・」
アギトがベットを見やると、そこに二人の姿はない。
ドアが開いた気配も、動きもなかった。
「ミライ?ミコト?・・消えるな、おい・・・・、今から話を・・
・・・え、おい!ミライ?ミコト?!!」
アギトは狭い部屋を動き回るが・・二人が姿を現す事はなかった。
「は?え?!・・おい・・ミライ!ミコト!!!姿を見せろ!
・・あいつら・・、扉もすり抜けられるようになったのか?!・・・
・・と見せかけて・・おい!部屋に居たら承知しないぞ!ミライ!ミコト!」
部屋は静まり返っている・・
アギトは顔色を変えて外に飛び出した。
「・・孤児院・・て・・何?」
アギトの家を飛び出した二人は姿を隠したまま通りを歩き続ける。
「・・多分・・、親のいない・・こどもが、預けられる・・とこ・・」
「アギトさん・・わたしたちを・・そこにいれるの?・・・捨てるって・・事?」
「・・・わかんね」
「・・わたしが・・あんな事言ったから・・?」
「俺も・・つかうなって言われてた・・魔法・・使おうとしたし・・アギトさんに怪我させたから・・」
「・・・ふっ・・、うえぇ・・、わたしが・・あれるぎーたくさんだから??」
「それは!うまれつき、なんだから、しかたないんだよ!」
ミライはミコトの手を強く握り歩き出す。
「わたしたち・・これから・・っ・・どうすればいいの??」
「わかんねーよ!俺たち・・・アギトさんの・・おじさんの・・いう事だけ・・しか・・聞いてこなかったから」
「ねぇ・・これからどうするの?」
ミライは歩き続ける。
行く場所なんて、もう、ひとつしか無い。
王立兵士訓練所。
リョウタはここで毎日訓練をしつつ、出来る限り王国の情報を集めてアギトに報告していた。
アギトはこの訓練所に講師として来るので、アギトの事を「先生」と呼ぶようしていた。
その方が自然だとアギトに提案されたからだ。
「午後からはランニングかぁ・・、剣術の訓練よりはいいけど・・」
剣術の訓練で同期の兵士に散々痛めつけられた体はもう完治している。
それでも相変わらず痛い事は苦手だし、嫌なものは嫌だ。
リョウタは昼食を摂る為に食堂に向かう・・その視界の隅に・・
「あれ?ミライ君、ミコトちゃん!どうしたの?こんな所で!」
リョウタは相変わらず柔和な笑顔で二人の側に走り寄った。
「リョウ!」
二人は潜んでいた建物の影から飛び出して来た。
この世界で幼い二人が頼れるのは、アギト以外にはリョウタしかいない。
二人ははリョウタに事のいきさつを話し始めた。
「それでっ・・わたし・・、アギトさんに・・叩かれて・・」
リョウタに連れられて建物の後ろ、茂みに隠れるようにして座りリョウタは
二人の話を聞いていた。
ミコトは涙ながらに頬を押さえる。
リョウタはそっとの手を外すと、ミコトの顔を確認して、口を開かせた。
「うん、大人が本気の力で子供を叩くと、頬は腫れるし、歯も抜けるよ。
先生は大人の中でも非力な方だとは思うけど。本気で叩いた訳じゃない・・
わかってるよね?」
ミコトは渋々と頷く。
「・・ほんとは・・・・・・あんまり・・痛くなかった・・」
「そうだね、それよりびっくりしたんだよね?でも・・せん・・アギトさんも、ミコトちゃんが
人を殺す、なんて言葉にした事にびっくりしたんだと思うよ?
・・大切に育ててきた君たちが、誰かに殺意をもつなんて・・アギトさんは望んでいないから」
「でもよ!悪いのは向こうなんだぜ!」
「うんうん・・そうだね。ふたりとも良く耐えたね、アギトさんもそう言ったんじゃないかな?」
「・・・」
二人は言葉を失くし、リョウタはそんな二人の頭を撫でて
「さぁ、アギトさんが心配しているだろうから、もう帰ろう?送っていくから・・・」
「でも・・」「アギトさん・・わたしたちを・・教会に・・捨てるって」
「そんな訳」
「誰が・・・捨てると・・言った・・・、そんな事・・、言って・・ないだろ・・」
三人の前に急に現れたのは、肩で息をするアギトだった。
アギトは建物の壁を背にして座り込む。
「・・あぁ、もう・・、街中探し回ったぞ・・、でも、お前達が行く場所は・・もう・・リョウタの所
しかないしな・・・、はぁ・・、しかしここは王宮内だ・・、見つかったらそれこそ・・面倒だ。
さぁ、帰るぞ・・」
アギトの息が整うまでの間、誰も何も言わずにアギトの様子を伺っていた。
双子はリョウタの側から離れようとしない。
「・・・俺が、仕事をしている間、教会にあずかってもらおうと・・、思っただけだ」
「ほんとに?」「ほんと?」
アギトは頷く。
「俺は、貴族の大半から反感を買っている。お前達にも危険が及んでいる・・。
でも教会の孤児院なら、まず安全だろう・・、それに飯も出るし・・そう考えただけだ」
「教会は危険かと思います」
「は?」
リョウタの意見にアギトは眉をしかめる。
「教会は不可侵・・そう、定められていますよね・・。孤児院は平民の子供がほとんどですし・・
差別などない、と」
「普通そうだろう」
「でも・・教会は孤児を・・・売買しているとの噂です。神父も・・寄付金を着服し
子供たちは質素な生活を強いられていると・・」
「・・・・そういう情報は」
「す、すみません。次回、先生にお会いした時にお伝えしようと・・」
「・・はぁ・・、王国魔法術師は神の使徒だぞ・・、俺も「そういう風」に振舞って来た・・・。
その一端である・・いや、象徴である教会が・・、いやまぁ・・、この国なら有り得ない事ではないな・・。
金、金、権力・・・。ダメ人間製造システムが確立していると、そういう訳か」
「・・・・・・・・この国では・・その、子供は重要な働き手でもありますし・・その・・」
「何だ」
リョウタはアギトの耳元にそっと囁いた。
「子供への・・性的虐待もこの国では普通のようです」
「!!!!」
アギトは思わずリョウタの頭を叩いた・・が痛むのは自分の拳だけだ・・。
「それだけじゃなくて・・、男性が・・・その、中世的な男性と・・そういった関係になるのも・・・
その、普通のようで・・」
「馬鹿を言うな!」
「本当です。僕も何度か上官から誘われました」
「はぁ?!!」
「僕は顔ではなくて、体つきを買われての事だと思うのですが・・」
訓練中・・
上半身裸のリョウタは、少し見ないうちに筋肉がつき、誠実そうな表情はそのまま
逞しい青年に成長していた。
「あ、僕の身体は綺麗なままですよ?!僕、そういう事は女の子としたいので。
ただ、この国にはそういう文化が」
「お前みたいな筋肉ダルマを・・・どうこうしたいと・・言う・・上官が居るのか・・」
「僕、まだ若いですし!あ、でも先生も人気ですよ!白い肌に黒い髪が映えて美しいと。
知的で、体が女性のように細くて、先生を買いたいという貴族様も多いようで」
「わーーーーー!」
アギトは両腕を摩って立ち上がった。
きょとんとした顔をしている双子の手を引いて外に出る。
「役立つ情報をありがとう、リョウタ・・、またな」
「はい!それではお気をつけて!!」
リョウタはにっこり笑顔で3人を見送った。
「ほんとあいつは天然だな・・、危険な目に遭わなければいいが・・」
『ああいうのが速攻でリア充になるんだよなぁー、俺だってまだ、生で女の裸なんか見た事
ねーし、やった事もねーのに・・・、どうせ俺の相手はモニター越しのAV女優さんだけだよ!』
「アギトさん・・」
腕を強く引かれてアギトは立ち止まる。
「・・さっきも言っただろう、俺がお前達を捨てる訳がない。
ただ・・・そうだな・・、教会には調査が必要だな・・。俺の役に立ってくれるか?」
ミライとミコトは笑顔で大きく頷いた。
教会は貴族専用の大聖堂とは別に、下町と貴族街の中間あたりにもうひとつ
存在していた。
神父が1人とシスターが3人。
預かっている孤児は20人程で、現在下は2歳から上は14歳までの子供が居る。
神父は集めた寄付を着服し、地下の倉庫にずらりと並んだ酒の購入に充てて
いた。
「地下にはワインかな・・ビンに入った茶色い水と、あと食べ物がたくさんあったよ」
「でも、子供のごはんは、パンがひとつと、チーズがちょっとだけだった。」
「瓶にラベルは貼ってあったか?」
「うん、コーネルシーガ、ロイヤルテイム、メリー&シェリー?だったかな・・」
「いい趣味じゃないか、どれも高価な酒のメーカー名だ」
「神父はそれを、夜中に持ち出して飲んでた、チーズとか干し肉とか・・美味そうだったな」
「美味しそうだったね!」
ここ数日、双子に教会へ侵入させ神父の動向と、教会の様子を探らせていたが
ここまで予想通りの結果だとアギトも呆れるしかない。
「あと、夜になると。神父の部屋に女の人が入ってきた。
裸になってた」
「そしたら神父が女の人をベットに入れてあげたよ。もうすぐ冬だし、寒いからかなぁ・・」
「うん。その情報は忘れなさい」
「?うん・・」「はぁい」
『爛れまくりだな神父・・、見た目温厚なじーさんって感じなのに、お盛んな事で・・。
しかし。夜の潜入はあまり良いものではないな・・これからは少し考えないと・・』
そして実際に教会に乗り込んだ3人を、神父は穏やかな笑顔で迎え入れた。
裏の顔を知っているだけに逆に恐怖を覚える。
「これはこれは・・下町の神ではありませんか。このような場所にどのようなご用件でしょうか」
応接室に通され、質素な教会には不似合いな座り心地の良いソファに座るよう
促される。
双子はアギトから少し離れた場所に壁を背にして立っていた。
「突然お伺いしてしまい申し訳ありません・・、実は、孤児院の件で」
「ええ、なんでしょう」
少しは顔色を変えるかと思いきや、神父は相変わらず穏やかな笑顔でアギトの
言葉を受け止めている。
「ここの孤児院には、私の弟子達と同じくらいの歳の子供が多く居ると聞きまして・・
その、お恥ずかしいお話ではありますが、私が弟子達に教える事が出来るのは
魔法術や読み書きくらいでして・・・、出来れば同じ年の子供たちがどのような遊びをして
いるのか・・見学させていただければと思いまして・・」
「おやおや、そうでしたか・・お弟子さんはおいくつになられるのでしょう?」
「もうすぐ8つになります。幼い頃から育てて来たのですが・・、子供らしい遊びは何も
させてやれず。私が仕事の時は家を空ける事も多いので、退屈な思いをしていると思うのです」
「・・8つですか」
神父が双子を見る。その視線は一瞬邪悪なものに変わる。
アギトは後ろに控えさせた二人をその視線から庇うように少し席をずらす。
「子供同士の遊びを覚えれば、家で退屈する事はないでしょう・・
孤児院の子供たちの様子を見せて頂く事はできませんか?」
「ええ、勿論、構いませんよ。弟子とは言えご自分の子供のようなものなのですね。
アギト様のお考えは慈愛に満ちてらっしゃる」
「・・いえ、そんな・・」
神父は立ち上がり、自ら先頭に立って部屋を出た。
案内されたのは庭、そこで声をあげて遊ぶ子供たちだ。
アギトは双子を促し「一緒に遊んでおいで」と声をかける。
二人は走り出し、アギトも施設を見ながらゆっくりとその後を追う。
『走り回っている子供は・・3人か・・。情報にはなかった子供だな、最近入ったのか。
後は・・皆、建物の前に座り込んでいるな・・
もうすぐ昼飯の時間・・、待ち遠しいのだろうな・・。』
アギトは子供たちを見て回る。
殆どの子供の目に生気は感じられなかった。
痩せているし、顔色も悪い。
その中でも、木にもたれて座り込んでいる女の子に目が行った。
ミライとミコトがその子の前に立っている。
「どうした」
「前見た時はもう少し元気だったぜ」
「どうしたんだろ」
アギトは座り込んだままの女の子の前に膝をつく。
そして彼女の情報を読み取り始める。
「こんにちわ・・。君は皆と遊ばないのか?」
「・・・・・・・・・・・」
『佐々木瑠奈・・、転移者か。能力は・・まだ無し・・・、5日前に奴隷商人に引き渡される
所を・・兵士が救助??兵士が・・か。珍しい・・。リョウタか?いや、リョウタはまだ訓練生だ。
外に任務に出る事は無い・・、とにかく保護しないとな・・・・。随分・・酷い目にあったようだ・・。
可哀想に・・』
「こんにちわ、ルナちゃん。俺は秋人、ルナちゃんと同じところから来たんだよ」
ルナの腕がピクリと振るえる。
「君は、どこから来たの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺たちはサイタマから来たんだぜ!」
「ルナちゃんはどこから来たの??」
「・・・・・・・・・・」
「新宿か、懐かしいな」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「俺が必ず助けてあげるから、もう少しだけ・・我慢、できるか?」
「・・・・・・・」
ルナは首を左右に振り、立てた膝に顔を埋める。
「・・・もぅ・・・、無理・・」
か細い・・か細い声がそう告げた。
自分がされた事も、毎日の酷な生活も、利発な10歳の彼女は理解しているのだろう。
「どうされました」
背後から神父がアギトの肩を掴む。
その手を払いのけようとしたミライを制して、アギトは立ち上がった。
「彼女が元気がなさそうだったので、少し診療を」
「はて・・今朝までは元気だったのですが・・、しかしご安心下さい。この娘は貴族の屋敷に
引き取られる事に決まっています。
もし、彼女の体調に問題があればそこで治療を受けられる事でしょう。」
「その貴族様のお名前は・・、いつごろ引き取られるのでしょうか・・。もしよろしければ
それまでの間、私が彼女の面倒を見ますが」
「それは申し上げられないのです。規則ですので」
「規則・・ですか・・」
「ええ、稀に孤児の両親を語り子供を誘拐する者もおりますので、孤児院から養子に出た子供の
情報は他言せず、記録にも残さないよう・・、そういう規則があるのですよ。」
『クソが・・、それじゃあ貴族のやりたい放題じゃないか。とってつけたような事いいやがって・・』
「申し訳ありません・・アギト様・・」
神父は深々と頭を下げる。
そこで昼食の時間を告げる鐘が鳴る。
子供たちは一目散に食堂に駆け込んでいった。
ルナ以外は・・
「こちらこそ・・無理を言って申し訳ありません。昼食の時間なのですね・・
ほら・・君も行きなさい・・」
ルナは動かない。
そんな彼女の肩を掴み立ち上がらせたのは神父だ。
「そんな乱暴な・・」
「乱暴・・ですか?私は彼女に手を貸しただけですが・・・」
神父の手はアギト達に見えない場所で彼女の体を痛めつけたのだろう
ルナの表情が歪み、唇をかみしめる。
「行きなさい」神父が言うと、ルナは「はい」と呟き歩き出した。
「どうも・・アギト様は私どもの孤児院を・・穿って見ていらしゃるようで・・」
「そんな事は・・」
「私も、あなたには及びませんが、神に仕えるものの一人です。子供たちは皆
私の宝です。信じて頂けないのでしょうか?」
「いいえ、私はあなたを信頼しております。貴族様からの寄付も優先的にこちらに、と
お願いしております。あなたを疑うなど・・。
ですが、どうも・・子供の事となると・・、心配になってしまって。出すぎた真似をしました。
申し訳ありません。それでは、失礼いたします」
神父は頷いて、双子の頭に手を伸ばした。
二人はアギトの羽織っていたケープの中に身を隠す。
「す、すみません・・。なにせ世間を知らずなもので・・・、お許し下さい」
「いえいえ、お気になさらず、いつでも来訪をお持ちしておりますよ。
お弟子さんもこちらでお預かりしても・・・構いませんので。」
アギトは神父に頭を下げて教会を後にした。
「あいつ、俺たちのフードをはずそうとした」
「なんか、嫌な目でずっとみてた。気持ち悪い・・」
「ああ、王道のクソキャラだったな。クソ!胸糞悪い!」
部屋に戻ったアギトは二人の前で珍しく本音を吐き出し、テーブルを拳で叩く。
痛むのはアギトの手のみであった。
「あいつはやっつけるべきだぜ!アギトさん!」
「せいぎのちから、みせてあげなきゃ!」
「そうだな!・・今夜にでも乗り込むとするか!!あいつの驚く顔が目に浮かぶぜ!
・・その前に」
次の言葉を言う前に、二人はアギトに抱き着いて来た。
アギトの言動や行動は相当二人を警戒させているらしい。
今日、教会に連れて行った事で少しは懐疑心も薄れると思ったアギトだったが
二人は、アギトが自分たちを置いてどこかにいってしまうのを極端に嫌がっているし、
アギトの仕事にも絶対について行くと言ってきかない。
「・・・お前達には・・、酷な場所だぞ?それでもいいのか?」
「うん!」「置いて行かないで!役にたつから!」
アギトは苦笑いして二人の頭を撫でた。
向かった先は2日ほど前から開かれている奴隷市場だ。
「俺の後ろに居ろ」
二人は頷いてアギトのケープの中に入り、その背中に隠れるようにしてついて歩く。
「おや、お久しぶりですね、下町の・・」
「その呼び方は辞めろ」
奴隷市場のオーナーは、相変わらずの笑顔と筋肉質な褐色の肌を露わにした男だった。
「話がある」アギトが凄んで見せても、相手からは軽く見下ろされる身長差なので
いまいち凄みにも欠けるのか、男は笑顔を崩さずにアギトをテントの中に案内した。
あの日と同じ獣臭い檻が並ぶテントの中はオフィスもあるらしい。
粗末な椅子と机が申し訳程度に用意されていた。
椅子をすすめられたが、それを断り、アギトはテントの入り口に背を向けて男と対峙した。
「すみませんねぇ・・こんな所で・・、お茶でも淹れましょうか」
「結構だ。早速だが本題に入ろう。
俺の弟子・・ここで買った奴隷・・の髪や瞳の色の情報を誰に売った」
「売るなんてとんでもありませんよ。アギト様がここで奴隷を買われた事も、勿論誰にも
申しておりません。・・・・ですが・・、ここにはお忍びで貴族様もいらっしゃいます。
あの「商品」を、チラとでも見た方がいらっしゃったのならば・・そういった噂も流れるやも・・しれませんね」
男はゆっくりと瞳を開き、アギトの後ろに隠れた脚をみる。
「今では治癒師・魔法術の権威アギト様のお弟子さんなんですってね。
いやぁ・・あの商品が、見違える程立派になって、それもこれもアギト様の教育の賜物でしょうな」
「そんな世辞はでどうでもいい、お前の情報を買う。誰に情報を売った」
「・・・・」
ふと、男は少し背を屈めアギトに顔を寄せる。
「あの日もそうでしたね。温厚と名の知れたあなたは私を怒鳴り、睨んでいきました。
その目、その表情。私は時々それを思いだしては・・・体が震えるのですよ」
「・・・・」
「本当に、綺麗な肌だ・・艶めかしい黒髪もよく似合っておいでて・・・。
私の顧客の中にあなたを買いたいという貴族様も多いのですよ?」
男の指がアギトの頬に伸びる。
アギトは3歩下がってそれを避けた。
「俺たちを誘拐しようとしてくる奴がやけに多いのは・・お前の以来も含まれていたという訳か」
「まさか。私はそんな無粋な真似はしません」
アギトは男の情報を読み取ろうとするが、経緯や経験が多い人間は、知りたい情報を
見つける事自体に時間がかかる。
しかも集中力も要するというのに、男はアギトを値踏みするように見て近づいてきた。
双子を背中に庇いつつ、男の動向をみつつ、会話をしつつの作業では集中力が落ちる。
「ひとつ・・、情報がございます」
「何だ」
「申し訳ありません・・。これも商売の一環なので」
「いくらだ」
「とてもいい情報なので、金では・・」
「商売じゃなかったのか?」
「ですから」
ブオン・・と風を切る音がして、男に両腕を掴まれたアギトはテントの中の木箱に背中を押し付けられていた。
「どうでしょう・・、私にその体を委ねてみる、というのは」
「イカズチ」
アギトと男の間に細い稲妻が走る。
男は思わず身を引いた。
「俺が魔法術師だと言う事を忘れるなよ・・。ゴリラ野郎が」
「ゴリ・・ラ。ですか。はて・・、まぁ仕方ありませんね。交渉は決裂のようです・・。残念ですね」
「ふん・・、最初から話す気などなかったのだろう!まぁいい・・、また様子を見に来るからな
子供に酷い事をしたら・・わかってるな」
「ええ、勿論でございます」
アギトは踵を返すと足早にテントを後にした。
『・・・気持ち悪かった・・・、リョウタの情報は本当だったんだな・・・。』
アギトは鳥肌が立つ肌を摩り、自分の顔に手を当てる。
肌が白いのは昔から日焼けしない体質のせいだ。
双子に毎日獣油を塗ってやってるからだろうか・・確かに肌艶は他の住民よりいくらか
良い方だろう。
身長は低い方だと思うが考えないようにしている。
顔形は・・昔から「ネクラ」と言われて続けてきた顔なので、あまり見られたくない心象が
働いたのか、今は長く伸ばした前髪で片目だけ隠している。
『俺、もう30過ぎてるよな・・、死んだのが27で、この子達が8歳くらいだから・・・、あぁ・・この時代
暦がわからないんだよな・・。とにかく30過ぎの男の俺に、良くもあんな事が出来るもんだ・・。
情報を渡さない為の演技とは言え・・、昔から「ガリ」とか「ネクラ」とか散々言われてきた俺が・・・
この世界でまさかのモテ期到来かよ・・。
相手は男と、俺を奴隷にしたい貴族・・か。ははっ・・、俺らしいと言えば・・・らしい・・・な・・・』
背中に感じる子供の手が、唯一アギトの心を慰めてくれる。
足早に奴隷市場を出ると、アギトは「もう出ていいぞ」とケープをめくる。
二人はアギトの左右に並んで歩き始めた。
「悪いな・・、あんな場所に連れていって」
「え?」「どうして?」
不思議そうな瞳で見上げられ、アギトはどう答えていいか分からない。
『人間・・辛い事は忘れるように出来てるもんな・・、視界も遮っていたし。
あんな所にいたなんて思い出さない方が幸せだろう』
「今日の夜は大仕事だ。出店で何か買ってやるぞ?」
「ほんと?!俺、肉がいい!」「わたしも!!」
二人は大喜びで出店に駈け出していく。
アギトは慌ててその後ろを追いかけた。