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閑話 ある男の物語

 日が傾き、夕日が差し込むコロセッタの街中は少しのざわめきと共に人々の間に混乱が生じていた。



 この街の領主にして古くから国を支える四大貴族の一つ、エクイラー家当主のデグッド・フォン・エクイラーとその息子であるリデック・フォン・エクイラーが警備団により逮捕されたという知らせを受けたからだ。



 その罪状は「奴隷保護法」の違反。エクイラー家の地下に幽閉されていた奴隷たちが当主の暴挙を暴露したのだ。



 この国、アイゼンブル王国は奴隷制度を認めており、奴隷保護法とはその奴隷たちの権利を守るための法律だ。内容は奴隷になる者はその者の承諾、又は保護者の同意がなければならず、無理やりに奴隷にしてはならない。奴隷を無下に扱ってはいけないといったようなもの。



 貴族には奴隷は需要があり、また奴隷も決して不憫な立場ではない。ちゃんとした者の奴隷になれば衣・食・住は約束されるし、貴族のもとに行くことが出来ればモンスターに襲われる心配もない。だからこそ、望んで奴隷の身になる者もいる。



 しかし、エクイラー家はその奴隷保護法を代々無視し、多くの人を無理やり奴隷にしていた。今まではその決定的な証拠はなく、四大貴族という強い権力を有している家なため捜査も行われなかった。だが今回、沢山の奴隷たちの証言により警備団たちも流石に捜査をせざるを得なくなった。

 捜査を始めるとすぐに大量の証拠が発見され、即座に逮捕されたというわけだ。



 そのためコロセッタの街に住む人々にその知らせが届いたとき混乱が生じたのだが、同時に納得する者もいた。数か月前、そして五年前。エクイラー公爵が無理やり女性を奴隷にしているという噂が流れていたからだ。だからその噂が真実なんだと納得し、エクイラー家に代わる領主がこの街を治めてくれる、新たなる時代が始まると人々は期待した表情を浮かべていた。



 そんな中―――。



(僕は間違っていたのか……)



 エクイラー公爵家の地下の奥にある部屋。そこに力なく座り込んでいるのはエクイラー公爵の奴隷兼護衛役であるクラウスだ。



(僕は姉さんのために…………姉さんを助けるためにこんなことをしたのに)



 そう呆然としているクラウスのもとにゆっくりと近付く者がいた。その者はクラウスの背後までやってきて、抱きしめた。



「バカね。ほんとバカ」



 批難しているわけではない声色であり、クラウスにとっては聞き慣れた声。その声を聴き、クラウスの瞳には涙が現れた。



「ほんと、相変わらず泣き虫」



「…………僕は」



「あなたが何をしていたのか、詳しくは知らない。でも一言、言わせて」



 その女性の声は若干震えていた。それを聞き、クラウスは何を言われるのか怖くなった。だが、



「生きてて…………良かった」



 女性―――メイナから聞こえてきたのは安堵の声だった。その声と同時にメイナの瞳から涙が零れ、クラウスの肩に落ちる。



「僕は…………」



 生きてて良かった。そう言われるような資格はない。



 クラウスはそう言おうとしたが口が動かなかった。今まで自分が姉を救うためにやってきたことはとても汚いことであり、とても人に誇れるようなものではない。



 人殺しも沢山した。それ以外の汚れ仕事も沢山した。



 だからこそ。だからこそだ。



 言いたくても言えない。姉に知られることが嫌だから。知って拒絶されるのが怖いから。



 そんな弟の想いを察したのかメイナは再び口を開く。



「あなたが何をしていたのか、私は知らないし、聞かれたくないなら聞かない。私もあなたも辛く、苦しい想いを今までしてきたと思から。でも、だからこそ…………生きよう」



「―――ッ!?」



「生きよう。お父さんやお母さんの分まで。生きよう。あの人の分まで。生きよう。…………もし、何か償いたいことがあるなら、生きて償おう」



「姉さん…………」



「お帰りなさい。クラウス」



 自分は「ただいま」と言っていいのか。彼はまだ分からない。



 でも……。



「お母さん。どうしたの?」



「ううん。大丈夫。なんでもないよ」



 これから家族としての新たな歩みを向ける。ここに一人の男の物語が幕を閉じる。彼が「ただいま」を言える日がくるのは、ほんの少し先の未来のことであった。


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