第86話 勇者と竜
前話のあらすじ!!
・僕は何で見ているだけなんだ…
・僕は真の勇者になりたい
・姫は勇者が助ける!
唸るは獄炎の炎、響き渡る衝撃音に咆哮。
圧倒的な力を持つ炎竜に立ち向かう春樹、唯香の戦いは苛烈をきわめていた。
「ふっ!!」
俺が《剣王術》スキルの《絶空》で攻撃。爆風が辺りを駆け抜け、強烈な空気の斬撃が炎竜に迫る。しかし、炎竜は《絶空》をその頑丈なる顎と牙で―――噛み砕いた。
(嘘だろ!?《剣王術》の上位スキルだぞ!?それをあんな簡単に無効化するのかよ!?)
人の身では決して敵わない。食物連鎖の最上位にして、自然の中で生きる者の頂点。
絶対的な強者。それが竜だ。
だけど……。
(竜の弱点なら……知ってる!)
そう。以前、黒竜と戦ったときに既に竜の弱点は判明している。
顎の下の一か所のみに逆さに生えている鱗―――逆鱗だ。黒竜戦ではこの逆鱗に攻撃をし続け、鱗が割れた瞬間を狙い、倒すことに成功した。
そして、このことは既に唯香に伝えている。
逆鱗を狙えば、黒竜の時と同じく勝てる可能性がある。
だが……。
「くっ!!」
生きとし生ける全てのものを蹂躙し焼き尽くす炎が俺に迫る。それを俺は《盾術》スキルの《エンペラーシールド》で防ぐ。
「あっぶね~」
油断していると一瞬で焼き尽くされ、塵にされる。そう思わせる圧倒的な攻撃。けれども、炎竜に隙が出来た。
「《ウォーターフロー》!!」
その隙をつき、唯香が《水魔法》の上位魔法である《ウォーターフロー》を発動。全てを押し流さんとする水流が炎竜に向かい放たれる。炎竜は《ウォーターフロー》を直撃する寸前で業炎のブレスで迎撃。一瞬の拮抗、直後、相殺される。
「ッ!!」
だけど、俺たちの攻撃はこれで終わりじゃない。相殺されるのを見越して、俺は炎竜との距離を縮めていた。
―――いけるッ!!
そう確信したため《剣王術》スキルを解除、《竜滅》を再現し、炎竜に向かい、跳躍する。
「いっけぇええ!!」
《竜滅》スキルの《竜滅剣》を発動。竜種に対し、絶大なるダメージを負わせる攻撃に《竜特化》による威力増加。
今の俺が出せる最高の一撃。
赤と黒の光りを纏わせた剣を炎竜の顎の下にある鱗目掛けて、振る。
剣撃による轟音が辺りに響き、《竜滅剣》の光が場を支配する―――はずだった。
「ガアァAAAAAAA!!!」
しかし、辺りに響いたのは空を、地を震撼させる竜の咆哮だった。
「―――ッ!?」
その咆哮は目に捕らえることの出来ない波紋を生み出し、周囲に拡散する。俺はその衝撃により後方に吹き飛ばされた。
「ぐっ!!」
吹き飛ばされながらも俺は再現していた《風魔法》の上位魔法である《ストームブレード》を使用。当たれば鋼鉄の鎧すら簡単に両断してしまうほどの威力を持つ風の刃が炎竜に向かう。のだが……。
「カ―――ッ!!」
炎竜の口から放たれた炎にあっさりと《ストームブレード》を無力化された。
(やっぱり……俺の魔法力だと炎竜には届かない)
《風魔法》を使い、なんとか地面に着地した俺はそう思った。
炎竜のステータスは俺の四倍以上の数値だ。いくらスキルや黒竜の装備で補えるといっても限度がある。
俺の魔法じゃ無理だ。
だけど……。
チラッと俺は左後方を見る。そこには俺に怪我がないことを確認し、安堵した様子の唯香がいた。
(唯香の魔法なら、炎竜とほぼ互角)
さっき、唯香が炎竜の注意を引くために放った《ウォーターフロー》は炎竜が繰り出す炎と拮抗し、威力を相殺していた。
唯香の魔法力は7000近い。
対して炎竜の魔法力は9800。
差はあるが唯香が現在装備している黒竜の杖には《魔法威力増加》の効果が付いており、自身にも魔法の威力が上がるバフを付与している。
そのため唯香の魔法力は炎竜に匹敵する程に上がっているんだ。
ここは黒竜と戦ったときのような狭い洞窟内ではなく、だだっ広い草原。翼を持つ炎竜は当然、視界一杯に広がる大空を自由に飛んでいる。だからこそ、炎竜を倒すためには遠距離から放つことの出来る魔法攻撃が必須だ。
(問題はどうやってあの炎竜に魔法を当てるか、だな)
さっきの攻防を見ても分かる通り、戦闘を開始してから炎竜にまともに攻撃を当てることが出来ていない。
恐ろしいほどまでの反応速度と反射神経。およそ人の身では認識できない次元でこの竜は物事を捉えているのだろう。
―――どうする?
―――どうやって攻撃を当てる?
俺が囮になる。罠を仕掛ける。ブラフをかける。いや、そもそもあの竜相手に駆け引きや虚勢が効くのか……。
思考をフルに回転させ、巡らせる。あの竜を倒すために。
だが……。
「グギyAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
「ッ!?」
炎竜のその咆哮と共に、空気が変わる。嫌でも何かが来ることを感じさせる。
そして、その現象はすぐに現われた。
炎竜が突如として炎に包まれたのだ。
俺や唯香の攻撃じゃない。炎竜自身が発した炎だ。まるで炎竜そのものが炎であるかのように灼熱の炎がその体に纏わりついている。
変化はそれだけじゃない。その炎は徐々に青く、いや―――蒼くなる。
それは……一瞬だった。
「ッ!?」
俺の瞳に映ったのは視界一杯に迫る蒼い炎の波。衝撃と熱が襲い来るのだけが分かる。
反射的に唯香を庇うように《盾術》スキルの《エンペラーシールド》を使用。
業火の蒼炎が俺たちを呑み込む。
「うわぁぁあ!!」
「きゃあぁぁあ!!」
先ほどまでの攻撃とは一線を画する威力の炎。熱は肌を焦がし、衝撃が体を殴りつける。
意識が闇に沈む。
次に瞼を開いた先に見えたのは黒く焦げた地面だ。ここは草原のはず。なぜ地面が緑ではなく黒なのか……。それはあの炎竜の蒼い炎で焼け焦げた以外にあり得ない。
ふと自分の腕を見る。袖から見える腕の一部分が赤黒くなっていた。
徐々に意識がクリアになっていくにつれて右頬の感覚も麻痺しているのに気が付いた。
あの蒼い炎によるダメージだ。《盾術》の最上位スキルでさえ防げないほどの攻撃だったんだ。
でも、なんとか生きてる。隣に倒れている唯香も火傷の痕はあるが致命傷じゃない。
(黒竜の装備じゃなかったら完全に消し炭になってたな……)
安堵した、その時、
―――ゴウッ!
と、突風が吹き荒れた。熱を帯びたその風は俺の前から来たものだ。痛みが走り、未だ熱さが抜けないその身体を無理やり起こし、前を見る。
そこには―――。
「ゴゥゥ―――」
蒼い炎を纏った炎竜が悠然と翼を羽ばたかせ、舞っていた。血のような真っ赤な双眼は俺たちを捉えている。俺はそれを見て、
〝汝、我と戦う資格なし〟
そう言われているような気がした。
圧倒的な力の差。
見下ろすその瞳に写る俺たちはあの炎竜にとっては虫けら同然なのだろうと感じてしまう。凛々しく佇むその姿は正に絶対的な支配者然としている。
矮小な人間如きでは絶対に勝てないと心の底から想う。想ってしまう。
でも……あれを倒さないと……。
でないと、どれだけの犠牲が出る?どれだけの人が悲しむ?
それを想像するだけでもう、耐えられない。
そんな想いはもう沢山なんだ。
だから……
俺は立ち上がった。
あぁ……。
私は何度、この光景を見るんだろう。
目の前に立つ彼を見て、そう思う。
彼に―――春樹くんに出会った時からずっとだ。
春樹くんと初めて出会ったのは中学三年生の時。私は当時、人と話すのが苦手で友達もあまりいないボッチだった。
人と話すのが苦手になった理由は単純で、私に対する悪口を聞いてしまったからだ。小学三年生の時、仲が良かった友達と他のクラスの子がお喋りをしている場に偶然遭遇した。そして、その時に仲が良かった友達が、
『唯香ちゃんとお話するの退屈なんだもん』
と言っているのを聞いてしまった。
それから私は人と話すのが怖くなり、あまりクラスの子とは話さなくなった。そうしているうちにどんどんグループから外れていき、気が付けば私はクラスで孤立していた。
それは中学生になってからもだ。新しい友達、新たな日々。新しい関係を築くことの出来る中学一年生の時、私は仲の良い友達を作ることが出来なかった。
辛かった。
親しい友達がいない。たったそれだけで学校生活は苦しいものになった。委員会や部活、体育祭に文化祭、修学旅行から普段の授業に至るまで。複数人で何かをしたり、グループを作ることになる時は本当にただただ辛かった。
そして、嫌だった。
人とまともに話せない自分が、嫌だった。
本当は話をしたいのに……。お洒落の事や日常の出来事を語り合いたいのに……。
怖くて出来なかった。
自分の意見を言うことが。それで相手がどう思うのか。それを考えると怖かった。
だから言えなかった。喋れなかった。
でも、本当は喋りたかった。
そんな想いを抱えながら過ごしていたある日。そう、私の運命の出会いとも言えるあの日……中学三年の夏休み。
自分の事や進路の事で悩んでいた私は気分転換に少し離れたところにあるデパートに買い物をしに行った。
無地の白のトップスにこれまた無地の緑色のロングスカートという今になって思えばかなり地味なファッション。でも当時の私からすれば精一杯のお洒落をして向かった。
知らない街並みに知らない人。ここには普段の私を知っている人は誰もいない。それが妙に心地よく、ついつい調子に乗ってしまい、高校生の男の子たちが屯っているゲームセンターがある場所に足を運んでしまった。
そこで金色に髪を染めた男子高校生に声をかけられ、戸惑っているとすぐに数人の高校生に囲まれた。
凄く怖かった。
でも、それ以上に何も出来ない自分が。何も言えない自分が嫌だった。
そんな時だ。彼が現れたのは。
『お前たち、お姫様相手になにしてるんだ?そんなことだからお姫様が震えてしまっているだろ……』
そう、私と高校生との間に入ってきて彼は言った。私は最初、正直何を言っているのか分からなかった。でも話を聞いていくうちに、彼が私を助けようとしてくれているのだと分かった。
次第に口調が荒くなる高校生たち。また怖くなった。でも……そんな高校生たちに彼は―――春樹くんは臆することなく自分の意見を言った。
『やれやれ、話の分からん奴らだな。ここはこの爆炎の勇者が相手になってやろう』
そう堂々と、怯えることなく、怖がることなく言った。私は凄いと思った。自分の意見をこんな風に恥ずかしげもなく言えるなんてかっこいいなって。
そして、その春樹くんの姿に、私の前にいる彼に私は憧れたんだ。
春樹くんが高校生たちを追い払ってくれた後、お礼を言おうと思ったけど、すぐにどこかに行ってしまった。
それが私は凄く心残りで、いつか春樹くんに再び出会ったらお礼を言おうって決めてた。
そして……高校の入学式の時。
私は春樹くんの姿を思い描いて、勇気を出して近くにいた楓ちゃんに声をかけた。
『あ、あの!……私とお友達になってくれませんか!?』
『えっ?……アハハ、そんな風に友達になってって言われたのは初めてだよ。うん、いいよ!友達になろう』
そうして私は楓ちゃんと友達になれた。凄く嬉しかった。それだけでも私にとっては奇跡だった。でも、奇跡はそれだけじゃなかった。
そう、入学式の時に周りを見たら春樹くんがいたんだ。正に運命だ、なんてそのとき思った。
私は心残りだったお礼を言いに行こうと思って春樹くんを追いかけた。でも、追いかけた先には会津くんが三年生の先輩たちに囲まれていた。
あの時の私と同じ状況になっている人がいる。助けなきゃ。と、思った。けど、動けなかった。
でも、春樹くんは動いた。私の前を歩き、会津くんと三年生との間に入って、私の時と同じように会津くんを助けた。
その時だ。私はその時に確信した。
私は、春樹くんのことが好きだって。
そう想ってしまうと春樹くんのことを意識してしまい、お礼を言えないまま時間だけが過ぎていった。
そして、この世界に召喚された。
その後も、春樹くんは私の前を歩いていた。
―――嘆きの洞窟で黒竜に襲われたとき。
―――ティアナさんとの遺跡調査でゴーレムと戦ったとき。
―――アリスやイリスたちと一緒にスライムと戦ったとき。
―――そして、今。炎竜と戦っているとき。
常に春樹くんは私の前を歩いていた。私はその後ろをついて行くだけ。
私は……それでいいの?
春樹くんに助けられるだけで、いいの?
いいわけない!
私は春樹くんを助けるために一緒に冒険者になったんだ。
助けられるだけの姫は嫌だ。
私は春樹くんと並び立つ存在になりたい。
だって、今は、私と春樹くんは恋人同士なんだから。
私だって勇者なんだから……。
だから……。
今まで見続け、憧れてきた背中。
ずっと見ていた光景。
大好きな彼に並び立つために。
私は立ち上がった。




