第65話 ある男の想い
前話のあらすじ!!
・ティアナさんからの手紙
・あれ?……俺のレベルが?
・クラウスさん……?
「どうして?なんでここに?といった感じですか?」
「…………それは、そうでしょう。だってクラウスさんはアルガンス公爵家の執事のはず。なんで、エクイラー公爵家にいるんですか?」
「その考えが間違いだと思ったことはありませんか?何も、目に見える情報だけが正しいとは限りませんよ」
「……つまり、あなたはアルガンス公爵家の執事ではない、と?」
「ご名答です。私はエクイラー公爵の護衛です」
じゃぁ、なんでアルガンス公爵家の執事をやっていたんだ?やる意味はあるのか?
それに、公爵がさっき俺たちのことを勇者と言っていた。
俺の名前も知っていた。つまり、俺たちのことが完全にバレているってことだ。
やばい!!やばすぎる!!
どうする?どうする?どうする?どうする?どうする??
「どうやら、相当混乱しているようですね。では、少し話をしましょうか」
「……何を、話すんですか?」
「いえ、ただの昔話ですよ…………あるのどかな村に二人の姉弟がいました。二人は両親からしっかりとした愛情を与えられ、健やかに育ちました。姉はお淑やかで両親の仕事の手伝いを積極的にするような優しい子で、一方弟はすぐに泣く、泣き虫でいっつも姉に引っ付いていたような子でした。そんな大人しい姉弟のため、両親に手を焼かせることなく幸せに暮らしていました。そして十数年後、姉はその村で一番の美女に成長し、幼馴染の男の子と結婚しました。姉のことが大好きだった弟は、あまり心良くは思っていなかったものの小さな頃から仲の良かった二人のことを知っていたし、姉の幸せを願っていたため、祝福しました」
昔のことを懐かしむような、そんな表情と声色で話すクラウスさん。
この話に出てくる姉弟って……。
「そんな幸せな日々でした。しかし、その幸せはある日を境に一瞬で崩壊しました。村にモンスターの大群が押し寄せたのです。村に居た人々はモンスターに蹂躙されていきました。姉の方は何とか逃げることが出来たらしいですが、両親と暮らしていた弟の方は逃げ遅れてしまいました。そんな弟を守るため両親は自分たちを犠牲にして弟を逃がしました。泣きながら逃げることしか出来なかった泣き虫な弟は、必死に逃げて逃げて逃げました。そして、数日後にこの街、コロセッタに到着しました。そして、同じ村から避難することの出来た人に姉もいると教えられました。両親は死んでしまいましたが、姉が生きている。それが嬉しく、すぐに会いに行きました。しかし、姉はいくら探してもいませんでした。疑問に思ったそのとき、姉と結婚した幼馴染の男に会いました。そして、その男から姉が公爵に連れ去られたと告げられたのです」
「っ!?それって……」
「弟はその話を聞いて、必死に姉の情報を集めました。公爵の屋敷に行き、姉を返してくれと懇願しました。しかし、公爵に会うどころか取り次いですらくれず、屋敷を警護していた人に追い払われました。その後、姉の結婚相手は行方不明となり、後に死亡したということが分かりました。弟は何も出来なかった弱い自分を、ただ泣くことしか出来なかった泣き虫な自分を恨みました。そして、決意したのです。姉は自分が助ける。自分が守る。そのために強くなる、と……」
「クラウスさん……あなたは……」
そう言えば、メイナさんは弟がいたって言ってたな。その弟っていうのは……。
「何か納得しているような表情ですね。まぁ、あの奴隷の部屋を見ても反応が薄かったですし、事前に知っていたのでしょう。そこは流石というところでしょうか。たった一日でエクイラー公爵家について良く調べたものです。
そう、先ほどの話は私自身の話。大切な人を守れなかった滑稽で哀れな男の物語ですよ」
「だとして、なんであなたが憎むべきこのエクイラー公爵家に?なんでアルガンス公爵家の執事をやっていたんですか?」
「私は自分の弱さを嘆き、強くなるために冒険者になり、実力をつけてエクイラー公爵家に雇われました。内部から探り、姉を助けるつもりでした。しかし、私の前に現れたのは悲惨な現実でした。この国に古くから存在し、圧倒的な力、財力、権力を持つ四大貴族。その恐ろしさを私は思い知らされたのです。有無を言わさず人々を奴隷にし、逆らえば簡単にその人を殺す。私が逆らえば、私自身が逆族として国を追われ、姉は処刑される。だから私は従うしかありませんでした……奴隷になるしかなかった……」
クラウスさんは自分の首元を俺に見せた。そこには金色に輝くリング状の首輪。【奴隷の首輪】だ。
「ハルさん!あなたに分かりますか!?憎い相手の奴隷になる気持ちが!!逆らえない相手の指示に従わざる負えない屈辱が!!」
声を上げるクラウスさんはいつものような爽やかな雰囲気や表情、声色じゃない。心の奥底から自分の嘆きを吐き出している。
「アルガンス公爵家で執事として働いていたのはエクイラー公爵からの命令ですよ。あの家は武闘派だといったじゃないですか。不正や不当な権力の行使を嫌う。だから、エクイラー公爵家にとってアルガンス公爵家は邪魔な存在なんですよ。だから、アルガンス公爵家に潜入してエクイラー公爵家についてどこまで調べているかを探っていたんです。その時にやってきたのがあなたたちでした。イクシオンで噂になっていた冒険者パーティー。まさか、それが勇者だとは思いませんでしたがね」
「っ!?あの時、気付いていたんですか?俺たちのことを」
「ええ。あなたは《幻惑》スキルの《幻術》で姿を変えていたようですが、《幻術》は使用者よりレベルの高い相手には効きにくい傾向にありますし、《看破》のスキルを持っていたら効果を無効化できます。それに私は《鑑定》のスキルを持っていますから、ハルやユイという名が偽名であることも分かりました。だから、アルガンス公爵家で出会ったとき、私はあなたたちの正体に気が付いていましたよ」
っ!?あの時、驚いた表情をしたのは俺たちの実力が見かけによらず高かったことじゃなく、勇者だと分かったからか。
くっそ!!まんまと騙された!
それにさっき、俺よりもレベルが高い的なこと言ってなかったか!?
あの時で俺のレベルは61。っていうことはクラウスさんはそれ以上。
強いとは思っていたけど、そこまで高レベルなのかよ!?
そう言えば、アリスが言っていたな。
『しかも、ここ最近はでたらめに強い人が護衛に加わったって話よ』
って。あれってクラウスさんのことだったのか!?
「まぁ、私にアルガンス公爵に知らせる義務はないので、あの時は黙っていたんですよ。それにしても、あなたたちのような人たちが勇者だなんて…………虫唾が走る!!何が勇者ですか!!何が英雄ですか!!肝心な時に居なかったじゃないか!!助けてくれなかったじゃないか!!!それの何が勇者だ!!僕はあなたのような存在を認めない!!ここであなたを倒し、僕の方が正しいと証明してやる!!」
「っ!?」
そう言うと、クラウスさんは俺に向かってきた。腰に差していたのであろう短剣を左手で抜き、俺に攻撃を繰り出してくる。
それを迎え撃つために、俺も腰に差していた黒竜の剣を抜いた。
―――キー―ン!!
剣と剣がぶつかり、甲高い音が辺りに鳴り響く。
「春樹くん!?」
「そんなにアサヒナ・ハルキのことが心配か?ササキ・ユイカ」
「っ!?」
名前を呼ばれて、私はその声のした方に振り向く。そこにはエクイラー家当主であるデグッド・フォン・エクイラー公爵がいた。
「な、なんで……」
なんでここに居るのかというのとなんで私たちのことを知っているのかという二つの意味でその言葉を発した。
「ふへへへ、まさか生死不明で最終的には死亡扱いになっていた勇者が生きていたとはな。最初に聞いた時には耳を疑ったが、クラウスの言っていたことは正しかったということか」
(っ!?クラウスさんが裏切ったの!?)
事情は分からないけど、クラウスという名前が出てきたのなら一昨日会ったアルガンス公爵家で執事をしているクラウスさんだろう。それ以外でクラウスという名前に心当たりはない。
どういう経緯で私たちのこと知ったんだろう?
でも、春樹くんが私にかけていた《幻術》が解除されたから《幻術》を使っても無駄って判断したか、使う余裕がないということ。と、いうことは私たちをここまで案内してくれた仮面の人。あの人がクラウスさんなの?
「うひひひひ。ヘルマンとの約束は計画がある程度終了したらということだったが、死亡扱いになっている勇者ならわしの好きにしてもよいだろう」
「計画…………その計画って何なのか教えてもらってもいいですか?」
「かまわんよ。だが、ササキ・ユイカとそこの獣人の娘二人がわしのものになってくれたらだがな」
「……っ!?」
「沈黙、ということは交渉決裂ということだな。まぁ、無駄なあがきだ。お前たち二人はここでわしの奴隷になるのだからな」
そう言いながらエクイラー公爵は右手を上にあげる。すると、階段から複数の人影が現れた。それは、一階や二階で働いている奴隷の女性たち。そして、先頭にいるのはまとめ役でもあるフローリアさん。
「ごめんね。私たちは公爵様の命令には逆らえないから……」
フローリアさんはそう言って私たちに襲い掛かってくる。
「ルナ!前はお願い!!」
「うん!!」




