第53話 勇者たちの状況4
前話のあらすじ!!
・いつからこうなったんだろう?
・どうしてこうなったんだろう?
―――Side 桐生勇気
この世界の九月の朝は日本とは違い、暑すぎず、寒すぎない気持ちのいい朝だ。
そんな気持ちのいい朝日を浴びて、僕は訓練場を目指す。
時間は午前七時五十分。もうすぐライオットさんとの訓練の時間だ。
訓練場に向かう僕の頭の中は、
どうしたらこの状況を乗り越えられるだろう?
ということで一杯だった。
数日前、会津くんたちから寄せられた情報。それは僕にとって予想外のものだった。
九月の頭にライオットさんから朝比奈くんと佐々木さんは死んでしまったと聞かされたのに、まさか二人が生きていたなんて。
それに王国側がそんなことを企んでいたなんて。にわかには信じられない。
でも、西山さんに会津くん、佐藤くんたちの表情は真剣そのもの。デタラメなことを言っているようには見えなかった。
一体なんで?
何のために?
どんな理由があって?
僕には見当もつかない。自分で調べたいという気持ちもあるけど、王城内に居るうちは自由に身動きが取れない。どこに行こうとも、どんなことをしようとも常に王城にいる人達の目があるからだ。
特に僕は優秀なステータス、スキルを持っているってことで注目されているし。
だから詳しいことは全く分からない。
原崎くんのこともあるし、ここは西山さんが言っていたように朝比奈くんたちに任せる方がいいのか?
いや……まだ僕にもやれることがあるはずだ。
だって、勇者になるって父さんと母さんに誓ったから。
二人が憧れた、物語に出てくるような勇者になるって。
だから、僕は―――俺は今以上に強くなる。その為に……。
「おはようございます。ライオットさん」
「あぁ、おはよう。今日も早いなユウキは」
「はい。俺は強くならないといけませんからね」
「そうか……他のみんなもユウキやカエデみたいに立ち直ってくれたらいいんだがな」
「それは……無理もないですよ。なんたってあんな恐ろしい竜を見たのは初めてなんですから」
嘆きの洞窟の地下10階層で起こった出来事を思い出すと今でもその恐怖が蘇ってくる。
日本では伝説上の生き物である竜が目の前に現れたんだから。
その恐怖、絶望は想像以上のものだった。
みんなそれまではそれこそお遊び感覚。
レベルやステータス、スキルがあるから完全にゲーム感覚だった。でも、この世界はゲームの世界じゃない。
紛れもない現実なんだ。
それをあの黒竜で痛感してしまった。戦えば死というものが付きまとうという現実を。
現在、黒竜の恐怖から訓練や戦闘を破棄し、王城の自室に閉じこもっているクラスメイトは十八人。全体の半分近い人数だ。
「本当にすまないと思っている。お前たち勇者を守るのは俺の役目なのにな」
「いえ……」
これだからこそ、桐生は分からなくなる。こんな優しいライオットさんたちが本当に僕たちに呪いをかけたのかと。
「……おっ!どうやら全員揃ったようだな。では、さっそく訓練を開始する」
いつの間にか訓練に参加するクラスメイトたちが揃っていたようだ。そのため桐生も訓練に集中する。強くなるために……
―――Side 望月茜
そんなことになっているなんて思いもしなかった。
私はライオット団長の訓練であるクラスメイト同士の模擬戦を見ながらそんなことを思った。
佐々木さんは朝比奈くんのことが好きで、朝比奈くんを探し出すために王国を出て行った。私はそう聞いていたし、そう思っていた。
でも、実際は二人は無事で王国の企みを暴くために動いていたなんて……。
そもそも王国の人たちが私たちに呪いをかけていたことが信じられない。信じたくない。
でも、西山さんたちがこんな嘘をつくなんて考えられない。
私はこの話を聞いた時、かなりのショックを受けた。西山さんが私に佐々木さんのことの真実を隠していたことでショックを受けたわけじゃない。
この国の人が私たちを裏切ったと分かったからショックだった。
この王城にいる人達は私たちに対して優しくしてくれる。メアリー先生は真剣に授業を行ってくれるし、騎士団の人も気さくな人が多く、訓練場で会うと笑顔で声をかけてくれる。
そして、その騎士団団長のライオット団長も必死に私たちを強くしてくれようとしているのが分かる。
王女様も時々だけどみんなの訓練を見に来てくれて話をしてくれる。
そんな人たちが……。
こんなにショックを受けたのは祖父が亡くなったとき以来だ。
祖父は有名な剣道選手だった。
ボクシング選手のようにプロ、というわけではない。
祖父は昔は警視庁の警察官だったそうだ。しかも、警察組織の中でも治安警備や災害警備などに当たる「機動隊」に所属していたらしい。
幼い頃から習っていた剣道はその機動隊で一、二を争う実力だったらしく、警察の大会や全日本剣道選手権大会では何回も優勝している。
警察を引退した後は近くの武道場でコーチとして剣道を教えていた。だから、私も小学一年生の頃から祖父のところで剣道を習っていた。
私にとって武道場に行き、剣道をするのは学校に行って勉強をするのと一緒だった。
だから本気で剣道をやっていなかった。
試合でも勝ち負けにこだわってなかった。テストでいい点だった、悪い点だったと思うのと同じだ。
そんな私の気持ちを祖父は察していたのだろう。
私は剣道で一度も祖父から褒められたことはなかった。
そして、小学五年の時に祖父は死んだ。
享年六十六歳。あまりにも早すぎる死だった。
私はその時、心に穴が開いた気分だった。そして気が付いた。
私は祖父に褒められたかったんだ。
「よくやった」「強くなった」
そう言って欲しかったんだ。
でも、気付いた時には遅かった。もう二度と祖父には会えないし、言葉を交わすことは出来ない。
あまりにも悲しくて一晩中泣いて、そして決意した。
―――本気で剣道に打ち込む、と。
そんな祖父とライオット団長は似ていた。
見た目や性格は似ていない。でも、その内面はそっくりだった。
生前、祖父は口癖のように言っていた。
「信義を重んじ、誠を尽くしなさい」
と。
信義―――つまり約束事や決まり事を守り、誠―――嘘や偽りがないようにしなさいという意味だ。
そんな祖父の口癖をライオット団長は体現している。
私たちのことを何よりも気にかけ、約束を守ろうとし、嘘をつくことなく正直に行動をしている。
そして熱心に私を指導してくれている。そんな尊敬できる人物だ。
だから、そんな人たちが私たちに呪いをかけているなんて本当に信じられない。
「次!アカネとカエデの対決だ」
名前を呼ばれ、考えを中断する。
「はい!」
反射的に返事を返し、私は西山さんとの模擬戦に集中する。
―――Side 会津大介
これで本当に良かったのか?
俺は西山と望月の模擬戦を見ながらそう思った。
『桐生と望月に春樹から寄せられた情報を共有する』
自分で言い出したことだし、間違ってないと思う。ただ、この問題は非常に慎重に扱わなければいけない問題だ。
なんたって王国の企みを俺たちが気付いていると知られればクラスの連中全員が危険な目に遭う。
今、ここで訓練を受けているメンバーだけじゃなく、部屋に引きこもっている連中も、全員だ。
だから、慎重に扱わなければいけない。
でも、俺たちだけで問題を抱えてもいい解決策は出なかった。だから、桐生と望月にも話した。
これがいいのか、悪いのか。
―――俺には分からねぇよ、春樹。
今も王国の企みを崩すために奔走しているであろう親友に投げかけるが、その返事は返ってこない。
当然だ。春樹はここにはいないんだから。
でも、春樹なら……この状況を打開することが出来る。俺を助けてくれたように。
そう親友を信じるが同時に親友頼りな自分が嫌になる。
俺たちは何も出来ていないからだ。
黒竜に怯えて部屋に閉じこもった連中を説得できず、原崎の企みさえ阻止できなかった。
だからせめて、もしもの時のために俺は強くなっとかなくちゃならない。俺はみんなを守ることを得意とするステータスとスキルを持っている。だから……。
俺は自分の周りを見回す。
今、ライオットさんの訓練に参加しているメンバーは全員で八人。俺、西山楓、佐藤剣斗、桐生勇気、望月茜。そして桐生と仲がいい男子の木原翔、蘇我大樹と望月と仲がいい女子の吉岡奈月の八人だ。
この中でもしもの時に動けるのはデタラメなステータスとスキルを持っている桐生と西山、そして柔道をやっていた俺とどうやら武道の経験があるらしい望月の四人。
木原は陸上部で蘇我は野球部だったから運動神経はいいんだが戦いは運動神経の良し悪しでは決まらない。
だからあの二人もここぞって時になると動けない可能性がある。それを俺は柔道をやっていたからこそ良く知っている。
吉岡はあの黒竜に怯えずに良くやっていると思う。だけど、それは吉岡の性格故だろうな。
明るく、ムードメーカー的な彼女は学校でも雰囲気が悪くなると元気に声を上げ場を盛り上げていた。
だから今もテンションを上げて訓練に参加しているんだろうけど、戦いが得意というわけじゃない。
だからもしもの時は俺が守る。
そのために今以上に強くなる。
それが、今の俺に出来ることだと信じて……。




