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勇気を奮えない俺だって元の世界に帰るために頑張ってる話

作者: 三須美ソウ


どうして俺なんかが召喚されてしまったんだろう……


どう考えても自分に資質なんて見いだせないっていうのに……


来て早々常連客となりかけている我が身を思いながら、今日も宿屋の門を開いた。



************



宿の部屋で女将さんのお手製シチューを晩ご飯にといただいた。

初日に宿泊したときにも出してもらったこのシチュー、何度食べても絶品。心細い気持ちにも染みるってものだ。

食器を返しに台所まで向かうと、洗い物をされているようだ。

女将さんとご主人が洗い物の合間になにやら話をしていた。

立ち聞きするつもりはなかったけど、話題が自分のこととなると入っていきにくい。

戸口でまごまごとしていたが、やっぱり入りにくいのでそっと隠れて話題が切れるのを待つことにする。

この間に誰か通りませんように。食べ終わった食器持って隠れて戸口に立つ俺。なんか怪しいもん。


「あの子が本当に聖剣に選ばれたって子なのか?」


「王城からのお触れだとそうみたいだねぇ」


「……この宿にしばらく滞在しておるようだがどうなってんだ?」


「そんなのアタシに聞かれたって知りやしませんよ。ただ……」


「ああん?」


「毎朝今日こそはって勢いで飛び出していくのに、夕方にはしょんぼりと項垂れて帰ってくるから見てられなくってねぇ」


「そうかい。ならオレもそっとしておくとするかね」


「そうしてやんな。アタシも何も聞かないでいるからさ」


ますます中に入りにくくなった。

俺はいたたまれなさマックスで、その場を即離れたかったが食器を返さねば。

『あの!』となけなしの勇気を振り絞って声をかける。少し声が裏返ってしまった。恥ずかしい。

おやまぁと女将さんが振り向いてくれた。ずいっと持っていた食器を突き出す。


「ごっ、ごちそうさまでした!おいしかったです!」


「それはそれは。良かったよ。明日もいつも通りの時間に出るのかい?」


「そ、そのつもりです……」


明日『も』、か……うん、明日こそは。

毎日同じ結果で同じようにしか返せない自分が情けなくて、尻すぼみがちに答えてしまう。

なけなしの勇気、早々と散ってしまった。

おやすみなさいと小さく告げてそそくさと退散した。



************



「はぁー明日こそはしっかりしないとな」


毎日そう決心するのに、こうもうまくいかないとは。

やはり俺に勇者は無理なんだ。だって一番大事なものを持っていないんだ。


「本当だよ勇者!敵は待ってくれないんだよ?」


ベッドに腰掛けて部屋の窓の景色を見ていた。ここから見えるあの森の奥に盗賊の根城があるんだ。

あの森、どれだけ足を運んだかな。少し遠い目をしてしまう。

自分の声に応えない俺に焦れたのか、もふもふの羽が頭をぺしぺしと叩いてきた。

痛くはないよう加減はしてくれているようだけど、羽が鼻に擦れてかゆい。

俺の頭に止まってぺしぺし叩いてきてたので止めてよという意思を込めて軽く振り払う。

叩いてきたそいつは軽くそれを避けて、俺の肩に乗ってきた。


「どれだけこの城下にとどまってるのさ」


「……俺の気持ちが固まるまで?」


「いつになるんだよそれー!」


真横でわーわー騒いでくるこいつ。

聖獣と呼ばれるそうで、勇者が降り立つ地にどこからか出現するらしき獣。

勇者につられてやってくるのか、聖獣が勇者を呼び出すのか。文献によって異なるそうだがとにかくそういうものらしく、勇者と聖獣はニコイチなんだそうだ、昔から。

その聖獣サマ。見たことないような鳥の姿でサイズはオカメインコくらい。羽は大きめかな?鳥には詳しくないし、どれくらいが標準化は分からないけど。

まぁそんな勇者とニコイチの聖獣サマ、あれこれと俺を口撃してくる。


「キミがこっちの世界に召喚されて、どれくらい前だっけ?」


「えーっと、どれくらいだっけ……」


「少なくても10回くらいはこの宿で夜を過ごしてるね。で、ボク言ったよね?」


「俺は勇者として召喚されたんだから世界を闇に染めようとする悪いやつを早く倒してほしい、だよね」


あらゆる言い回しをして何回も言われたね、きみにね。

最初は優しくお願いされてたのに、ここ2~3日では言葉が強く、脅すように言ってきてたよね。

はよ平和にせんと自分の世界帰れへんのやぞワレェ、だったっけ。

それにしたってなんできみ関西弁なの。しかもイマドキ関西の人でもそんな言い方しないと思うんだけど。知らんけど。


「それで?」


「いざとなったらキミが助けてくれるから、とりあえず勇気出して突っ込めって」


「そのとおり。聖獣であるボクにしか使えないチカラってのがあるから安心してよって何度も言ったよね」


「そうは言ってもさー……」


「明日こそは先に進んでもらうからね!!」


「…………はい」


「ほら!さっさと湯でも浴びてさっさと寝て明日に備えるよ!」


くちばしで突かれてシャワールームへ促された。

多分自分の家、というか日本みたいな水道の仕組みとは違うだろう、湯浴みシステム。(俺が勝手にシャワーって呼んでるだけ)

シャワールームで脇に備えられている取っ手を手前から奥側に押し込むと屋根のあたりから適温の水滴が雨のように降り注ぐ。

女将さんから使い方を説明されてビックリしたのをよく覚えている。

一般的に使われている魔法具らしく、素人でも発動できる水と炎の魔法の応用が組み込まれているのだとか。


服を脱いでシャワーの取っ手を押し込み、魔法具を発動させた。

てっぺんからほどよい温度のお湯を浴びて気持ちだけでも少しすっきりできた気がする。


今までの聖獣とのやりとりを思い出す。

だって、しょうがないじゃないか。

いきなり知らない世界、知らない場所に呼び出されて。

なんでか知らないけど言葉が通じる鳥と一緒に悪いやつを倒してきてくれって言われて。

近くの森の奥を根城とする盗賊が悪いやつの一味だとかいう噂をもとに、実地確認後、クロと分かれば情報を聞き出せとのことらしい。

簡単に森って言われたって。はいじゃあ行ってきます、って行けるもんなの?

都会育ちの俺がほいほい行けるような場所じゃないだろ普通。

しかも魔物もいるらしいし、盗賊の根城となってるってことは盗賊うろうろしてるんだろ?

え、普通にこわいよね?こわいだろ!!?

様子見に森の入り口うろうろしない?するだろ!!?

その入り口ですら魔物と呼ばれる存在はうろうろするし、俺のうろうろと魔物のうろうろ。もううろうろ言い過ぎて何がなんだか。

とにかくうろうろするモノ同士ばったり遭遇すると強制バトル。聖獣・鳥さんからのアドバイスでなんとか撃退成功するも料理もろくにしないのに肉を斬る感触とか怖すぎ。

腰がひけてしまって俺はそれ以上奥に進むことができなかった。聖獣アドバイスは大丈夫だからの一点張り。それ、アドバイスになってないっすよ……

でも奥に突っ込むのはやっぱり怖かったので入り口警備を再開したわけだ。

日が暮れてきたら城下の宿に戻って体を休める。

日が昇ったら森へ向かって散策を始める。

日が暮れたら城下の宿。それを繰り返し、じりじりと少しずつ少しずつ森の奥へ進んでいく慎重スタイルを敢行したのだ。

俺だって、勢いよく突っ込んで根城を暴いて盗賊をやっつけたい。

仮にも勇者って名目で呼ばれたんだ。格好良く行きたいに決まっている。

そう思って毎朝決意を新たに飛び込んでいくけど、やっぱり怖くなって身を引いてしまうのだ。

だって、自分の身はひとつだ。怪我が深ければ死んでしまうじゃないか。

宿で記帳するとそれまでの行動が自動的に起動されるとかで、仮に戦闘で倒れてしまったら直前の記帳した場所まで生還できるとか言う。

そんなの信じられる??これがファンタジーな世界なのか?異世界ギャップについていけないぞ俺は。

その話が本当か、確かめるために一回死んでみるとか、そんな一か八かなんて試したくない。


このように、『命大事に。危険を感じれば余裕を持って引き返そう』を行動コンセプトとしているのでなかなか旅が進まないわけだ。

宿屋の夫婦とはすっかり顔なじみだし、聖獣も最初の殊勝な態度はどこへやらだ。

慎重プレイが功を奏して、バトルの経験はとても積めたので、あとは盗賊の頭をやっつけるだけ。

そこで二の足を踏んでいるから聖獣もじれったいのだろう。

だから何度だって思う。こういうのに適してるのは勇気を持つやつだって。

勇者としての唯一にして欠かせない気質だろ、勇気って。

勇気を奮い起こせない俺が勇者だなんて言われていいのか。


それでも悪いやつらをやっつけないと元の世界には戻れない、と散々言われている。

目的のためにも、前へ進まなければ。


「本当、今度の勇者はチキンなんだから困ったモノだよ」


シャワールームから出てベッドへ身を滑らせた。

聖獣サマは俺の枕元に身を落ち着けて苦笑い気味に言い放つ。

チキンではない!俺は慎重なんだ!


「チキンはお前だろ」


「なにか言ったかな?」


小さく言い返しただけなのになんで聞こえるんだ。

ごまかすように毛布を頭から被って逃げてやった。


「なんでもない!おやすみなさい!」


俺の唯一の癒やしである夢の中へ旅立った。

明日こそは盗賊、やっつけてやるぞ!!




****END****


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