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世界の終わりのための序奏  作者: 彩宮菜夏
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8. さあ、どうする?

 ぼくは彼の言葉を確かに理解した。

 一点の曇りもない明晰な論だった。彼の言っていることは間違いなく正しい。

 しかし現実に適用するには、一つだけ弱点がある。可能性の大小をぼくたちは判別できないということだ。

 目の前の道を右へ行くか左へ行くか、それによってどのような結果が生じるのか、彼の論旨に従えばぼくらは予見することが出来ない。

 だったら、これからもこれまでと同じようにぼくらは選択に失敗し続けるだけのことだ。これは机上の空論なのだ。


 そうやってぼくが問題点を指摘しようとすると、突然彼はぐっと顔を近づけてきた。

 首を前へ突き出すようにして、ほとんどキスの距離までそのヒゲ面を接近させる。ぼくは息を呑んだ。

「例えば、こんな選択が在る」

 彼は聞こえるか聞こえないかというくらいの小さな声でそう言った。

 眼は見開き、ぼくを強く捉えている。

 ぼくは動くことも出来ずに、つい視線をよそへ逸らせた。彼はポケットから手を引き抜くと、その長く節くれ立った指をピンと立てた。


「一つ。このままのうのうと駅構内でぼうと突っ立って待ち、MITの抜け作どもに取り囲まれてオモチャにされる。彼らの権威欲と自己満足のために君の貴重な時間は浪費される。これは確実な話。世界は今までのまま何も変わらず、地獄のような閉塞感が太陽を覆い隠して全てはフェイドアウトしていく」


 耳元で囁くように彼は言った。ぼくはじっとその意味について考えていた。


「二つ。私と共に行く。私が何者か君は分からない。知っているのは日本人だということだけ。どこへ連れて行かれるか、何が起こるか、君には何も予測が付かない。もしかしたら私は少年を愛好する変態性欲者で、君はレイプされるかも知れない。この街ではありがちな話だ。しかしそこには確定的でない可能性が残されている。君はそこに賭けることが出来る。それだけでもこの話には価値がある。そしてさらに、世界は君の選択によって変わる」


「……変わる?」

「さっき話したとおり。君の選択は即ち世界の選択だ。君の選択によって世界がブレイク・アウトし、無数の可能性に向けて拓ける、かも知れない。世界はそこから始まる、かも知れない。その可能性を否定することは、誰にも出来ない。分かるか? 一対一の判断に際して確率は意味を成さない。選ぶか、選ばないか。二つに一つ。それは、君が決めることだ」


 ――さあ、どうする?


 彼は最後にそう囁いた。ぼくは動くことが出来ない。

 周囲の人々はぼくらが見えないかのようにどこかからやって来て、どこかへと去っていく。彼らには顔がなく、声もなかった。

 彼らもまさに今、選択を続けているのか? 失敗を続けているのか? 例えばぼくらに気づかないことによって?


 そしてそんな失敗の群に蟻のように集られ蝕まれて世界は瓦解の一歩手前まで追い込まれているのか?

 考え得ることだ。それに対して、ぼくは何をすることが出来る?

 どう生きることが出来る?

 問いかけが頭を渦巻き、ぼくは身動きが取れない。

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