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世界の終わりのための序奏  作者: 彩宮菜夏
16/16

16. ハッピー・バースデイ

 立ち上がるとぼくは砂を服から払い、それから、道の左右を見た。

 アスファルトのあちこちに、大きくヒビが入っていた。道に面した店のショウ・ウィンドウのガラスはどれも割れて、中のマネキンは、力なく倒れていた。


 ずっと遠くまで視線を移していくと、道の所々には、横転した戦車が転がっていた。

 いずれもすっかり錆び付いているようだった。

 ぼくは次に、視線を上へ向けた。あるビルの半ばには、大型のディスプレイがあった。

 ディスプレイにはバチバチと明滅しながら、どこかのニューススタジオの映像が映っているようだった。

 キャスターは、冷静な顔で何かを読み上げているように見えた。けれど音声はなく、何を言っているのかは全く分からなかった。


 よく見れば、周囲のビルも様子が変わっていた。

 煤け汚れて、崩れかけているような部分もあった。中にはツタが生えているものすらあった。

 壁に長いツタと草葉が這って、一面を覆っているものもある。

 ほとんどの窓が暗くなっていたけれど、時折、電気が点いているところもあった。

 ニューヨークは廃墟になっていた。ぼくは道を歩き出した。


 まっすぐ進んでいくと、遥か前方に、何故か大きな樹が見えた。その大きさはただごとではなかった。

 そこいらのビルよりもよほど大きく、まるで一つの山のようだった。樹はニューヨークの中央で、天に向かって高々と伸びている。

 脇のビルは押しのけられて、傾いでいるように見えた。

 大きな陰を地面に作りながら伸びやかに広がった枝についている、青々とした無数の葉の群が上空の風に悠々と揺れている様子が、ぼくの眼にはよく見えた。

 あとでそちらへ行ってみよう、と思った。


 天を再び見上げてみると、昼間だというのに月と星が出ていた。どれもはっきりと、その姿が見えた。

 微妙にぼくの知っている星の配置とは異なっているような気がした。それに、月が異様に大きく見えた。

 クレーターや海の一つ一つが肉眼で見えるほどに、地球に迫ってきていた。ぼくは若干の恐怖を感じた。

 月が遠く離れていたのは、怖れを感じさせないためだったのだと、ぼくはその時初めて知った。

 月は、醜い顔を見せつけているかのようだった。

 目を凝らしてみると、月の直径に沿ってまっすぐヒビが入り、そこから全体が、上下に少しだけずれているように見えた。 


 どこかでかたかた、という音が聞こえた。ぼくはそちらを向いた。

 見ると、小さな戦車が、ビルの合間の道の先へ向けてのんびりと走っていた。ぼくはそれを、じっと見つめる。

 ふいに戦車は、がくんと前のめりに傾くと、道の途中で瞬間的に姿を消した。ぼくはそちらへ向けて、走り出した。


 戦車が消えたところで、ぼくは脚を止めた。

 それは消えたのでなく、落ちたのだった。道路は途中で消滅して、そこから先は何もなかった。

 そこで街は、切り立った崖になっていた。ぼくは崩落したようになっている道路の端から顔を出し、崖下を見下ろした。


 崖は、何千メートルも下まで延々と続いていた。

 ごつごつとした岩肌が露出して、霧か雲か分からない白いもやが漂っている。

 電気やガスの管が途中で切られて、半端な姿を見せている。

 下水道もそこで分断されてしまっているので、中から大量の水が、滝のように下へ向けてどうどうと流れ落ちていた。ぼくはずっと下を見つめた。


 風が吹き、霧が晴れた瞬間、一番下にきれいな湖と森林がどこまでも広がっているのが見えた。

 その向こうまで見ると塔が幾本か建っていて、さらにその向こうに、海のようなものが見えた。

 海は光を照り返し、輝いていた。海は地平線まで広がっていた。


 ぼくは崖の端に立った。両手を広げ、胸を開き、澄み切った空気を吸い込んだ。

 清純な瑞々しい力が、ぼくの身体を満たした。


 世界は美しかった。ぼくは泣かなかった。

 世界は可能性に満ちあふれていた。ぼくは生きるということと、これからするべきことを全て理解した。

 崖の端から世界の果てを見つめて、ぼくは思った。


 ビギニング・オブ・ザ・ワールド。

 物語はここから始まる。

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