15. 望んだ世界
気づくと、彼方に光が見えた。
闇に切り込みが入れられたように、鋭く細い光が向こうから射してきている。
あまりに眩しく、強い力を放っていて、ぼくは思わず眼に手をやった。
「必要なものは全て、未だ出逢ったこともない父と、君と一つだった母によって、すでに与えられている。あとは残された可能性へ向けて、君が歩み出すのみ」
そして男はぼくの肩を掴むと、光へ向けて押し出した。
「さあ。これが、君の望んだ世界だ」
*
ぼくは、グランド・セントラル駅から外へと飛び出していた。
表口だった。空は晴れ上がり、青く広がり、ビル群は傲慢なほど静かに佇んでいた。ニューヨークの街路には、車が一台も見当たらなかった。人の姿も見えなかった。
交通信号は光を消し、街は途方もない静寂の中にあった。ぼくは何も言わず、ふらふらと歩き出し、何もない道に出て、ゆっくりと空を見上げた。
突然、青空を突き抜けて二機の戦闘機が向こうから飛んできた。
耳が痛くなるほどの低空を、彼らは破壊的な勢いでやって来た。ぼくは思わず両耳を塞ぐと、戦闘機の行方を見た。
あっという間にぼくの頭上を飛び越えていったその二機の戦闘機は、そのままわずかに回転しながら駅舎の上を通り過ぎ、その向こうに建っている、尖塔型の美しい一本のビルの中腹に激突した。
ビルは爆発と共に砂塵を撒き散らして、地へ潜るように姿を消していった。
ぼくは振り返り、遠方の駅舎の中を見た。駅舎の中は、薄い緑色の光に包まれていた。
天井から下がっているはずのアメリカ国旗は、ペンキをぶちまけたような奇怪なマーブル模様の旗に変わっていた。
大勢いたはずの客も、ただの一人も見当たらなかった。駅舎の中央には、あの男がたった一人で立ち尽くしていた。
ぼくは彼を見た。
男は髭を生やした口元から歯を見せて、実に楽しげに笑っていた。男の見せる、初めての笑顔だった。
そうして男は口を開いた。ずいぶん距離が離れているはずなのに、ぼくにはいやにはっきりと、男の声が聞こえた。
男はこう言った。
「ハッピー・バースディ」
そして男の声が聞こえたかと思うと同時に、グランド・セントラル駅は、背後のビル倒壊の余波を受けて唐突に、内側へ向け轟々と崩れていった。
ぼくは道路の中央へと飛び退いた。男は崩れ落ちるがれきの中に飲まれ、たちまち姿が見えなくなった。
最後に、男の不敵な笑みだけが、眼に焼き付くようにして残った。
駅舎は消滅した。土煙が辺り一帯に広がった。
ぼくは道路に座り込んで、その様を見つめていた。