11. 思い出のような時間
「なにしてるの?」
彼女は舌足らずに尋ねた。世界が終焉を迎えるという結論が出たよ、と伝えるのもどうかと思ったので、散歩、と簡単に応えた。
するとリズは、またニーッと笑った。
「ごいっしょしてもいい?」
もちろん、とぼくは紳士的にうなずいた。
ぼくの知る限り、ここら一帯で最も上品なレディが彼女だった。
ぼくらは手をつなぎ、昼下がりの通りをワルツのリズムで歩いた。
そうしてぼくは、彼女の話に耳を傾ける。リズはどんなことでも一生懸命に話してくれる。
だからぼくも、要所要所で相づちを打ち、きちんと聞く。誠意を込めてくれる相手には、こちらも必ず誠意で応えるべきなのだ。
それに、彼女の意見はいつも大体愉快だった。
そのまましばらく歩いていると、ぼくらは交差点に突き当たった。
どこへ行く当てもなかったので、リズにどっちへ行く?と訊いてみた。
リズは、さっきから引きずっていたウサギのぬいぐるみに顔を寄せて、何事か相談している様子だった。
それから、ひだり、と応えた。その先も、曲がり角へ来る度に、みぎ、ひだり、まっすぐ、とウサギの彼は適切な判断を下してくれるようだった。
ぼくにもそんな素敵な賢者がいてくれればな、と少しだけ思った。
ふと訊いてみたくなって、ぼくはリズに尋ねた。
「リズは将来、何になりたい?」
「しょうらいって?」
「あーええと、大人になったら」
ホントにそうなのかな、と首を傾げながら、ぼくは応えた。リズは言った。
「あのね、ママがね、およめさんにはなっちゃダメだってゆってた」
確か、この子の家は母子家庭だった。
もちろんぼくが口を挟む筋合いじゃないけれど、でももうちょっと何かこう、あるだろう、と思わずにはいられない。
非論理的な話だけど。その母親の言葉がいつの日か彼女の桎梏にならないことをひそかに願いつつ、さらにぼくは問うた。
「リズがなりたいものはないの?」
「なんでもいいの」
するとリズはすぐにそう言った。なんでもいい?
「あのね、ほんやさんとね、けーきやさんとね、おはなやさんがあったの。でもぜんぶおもしろそうだから、なんでもいいの」
彼女はそう説明してくれた。なるほど。至極納得のいく考え方だった。
「ジャスティンは?」
今度はそう問い返された。
そして案の定、ぼくは応えに窮した。
なりたいものなんて小さい頃からずっと、何もなかった。
どちらかといえば、なりたくないものを挙げた方が早かった。教師、弁護士、医者、政治家。いくらでも出てくる。
でも、なりたいものはなあに、と大人に尋ねられても、ぼくはうつむくばかりだった。
普段はどんなことでもいくらでも考えることが出来る頭が、この時ばかりはストップしたまま、何も思いついてはくれなかった。
そして大人たちはそんなぼくを見ると、いつだって苦笑して、きっとすぐに夢は見つかるよ、と訳知り顔で言って、頭を撫で、そうしてどこかへ行ってしまうのだ。必ず。
なりたいものなんて、何もないのに。
「ジャスティンは、なんにもならなくていいのよ」
ふいにリズは、歌のように軽やかな調子で、楽しげに言った。
「ジャスティンは、もうステキよ」
ぼくはきょとんとした。リズはぼくの顔を見上げ、得意げにふふんと笑った。
その後は二人して、近所の小さな公園で遊んだ。
ベンチに座ってまたお話をし、そうしているうちに日が陰ってきたので、ぼくらは帰ることにした。とても、よい一日だった。
行きに通った道を、ぼくはリズと一緒に歩いた。夕陽はゆっくりと傾き始めていて、道には紅く縁取られた影が二つ、長く伸びていた。
思い出のような時間が過ぎていった。その間も彼女はずっと、ウサギのぬいぐるみを大事そうに引きずって歩いていた。