007
GWが明けた日の朝、……
合宿で借りっぱなしになっていた機材を部室に戻して、そこから教室へ向かう途中に偶然遭遇した相田美咲への告白シーン、相手はどこかで見た事のある隣のクラスの男子、俺は思わず遠慮して身を潜めるが、それにしたってこんな朝っぱらから人通りのある旧校舎の廊下じゃ無くってもっと時間と場所を選べばよかろうに、
「あの、ずっと好きでした、これ、受け取って下さい、」
「結構です、」
勇気を振り絞って真っ赤な顔をしながら恋文を渡しに来た隣のクラスの男子に向かって、目も合わせないまま心ここに在らずで何とも相田らしからぬ塩対応、
「おい、素が出てんぞ、」
だからついつい後ろを通り過ぎ際にボソリと突っ込んでしまう俺、
「え、あ、いやだ、ごめんなさい、ちょっとボーっとしてて、五月病かな?」
廊下の真ん中で呆然と立ち尽くす男子をそのまま放置して、……
そそくさとその場を立ち去って俺の側にくっ付いてくる相田美咲、
「お早うございます、京本さん、」
「もしかして何かあったのかGW、……」
すると相田はイキナリ俺のシャツの裾をキュッと引っ張って立ち止まり、……
何の前触れも無くポロポロと涙を零して泣き出した、
「な?どうした?」
「どうしたの?」
「相田さん、大丈夫?」
途端に辺りにいた女子達が寄って来る、
「あんた、相田さんに何したの?」
「もしかしてこの男になんか変な事されたの?」
「な?」
フルフルと首を横に振って俺の無実を主張しようとする相田だが、俺のシャツをぎゅっと握りしめたまま、黙りこくったままで、見様によっては痴漢の現行犯を捕まえたみたいに見えたり見えなかったり、
「チョットこっち来い!」
ーーー
俺は相田を連れて保健室へ、生憎と言うか都合よく中には誰も居なくて、……俺は相田を椅子に座らせると据え置きの冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを一本取り出して相田に手渡す、
「これ飲め、」
「あ、お湯呑み、……」
「良いから、そのまま口つけて飲んじゃえ、」
「でも、」
「良い、俺が許す、」
全く、コップが無いと飲めないなんてどんだけお嬢様なんだ、そして何だか慣れない手つきで瓶口に唇を付けてドリンクを飲む相田の口元が、妙にエロい、
暫し、相田が落ち着くまでじっと待つ、
ーーー
「申し訳ありませんでした、」
「それで、一体どうしたんだ?」
再びじんわりと涙がこみ上げて来る相田美咲、
「いい、良いから、何も言わなくて良いから、落ち着け、」
「すみません、」
これは十中八九彼氏と上手くいかなかったとみて間違いないだろう、
しかしまさか、相思相愛を惚気ていたし、男と二人で泊まり掛けで出かけると言う事は本人だって覚悟はしていた筈だから無理矢理酷い事をされて傷ついた、なんて事は無いと思うのだが、或いは親ばれして相手が責められたとか? 実際「事」に至って怖くなって後悔する様な事になったとか? 俺自身未知の領域だからどうにもフォローのしようにも何も思い浮かばない!
そこへ、女子生徒達が保健の先生を連れてくる、
「どうかしたの?」
再び大粒の涙がポロポロ止まらなくなる相田、
「京本さんを見ていたら、……急に悲しくなって、」
そして何でそんな誤解を招く様な事を言う!?
「あなた、 何が有ったのかキチンと説明してくれる?」
「最低! こんな真面目な女の子泣かすとか有り得ない、」
相田はその日、そのまま保健室から体調不良で早退する事になった、
ーーー
俺は保健室でじっくりたっぷり尋問された挙句に1限目開始ギリギリに解放されて席に着く、
「おい、お前! 相田さんに何した?」
そしていきなりやって来て机をドン!と叩く柄の悪い横山グループのナンバー2溝端、
「別に、何もしてねえよ、」
「だったらなんで相田さんが泣くんだよ、」
いきなり事情が知れ渡ってパンデミックにクラス中が騒然となる、
「こっちが知りたい位だ、」
「とぼけてんじゃねえ! ぶっ殺されたいのか!」
見るに見かねた人気者グループの神崎くんがやってくる、
「溝、お前それでなくても顔が怖いんだから物騒な冗談を言うのは止めろ、……京極くんも、何かあったのか知らないけど、女子を泣かせる様な事をするのは良くないと思うな、」
「だから俺は何も知らねえよ、」
それに俺は京極じゃねえし、
「相田さんかわいそう、」
「酷くない?」
コソコソと、女子達が騒めく、
「宗次朗、何が有ったの?」
早美都が駆け寄って来て、心配そうな顔で俺を見る、
「分からん、相田と朝会ったら、急に泣き出したんだ、」
「相田さんが? どうして?」
「俺に聞かれても分からん!」
「京本くん、授業が終わったら詳しく話聞かせてもらえるかな、」
そして学級委員登場、何だか妙な正義感と怒りが入り混じった目が尋常じゃない?
そして世界史の渋谷が教室に入って来て一旦解散、
ーーー
その後も散々な1日だった、……
一日中周りのザワザワの9割が相田が泣き出した事件の事で、その内の6割が俺に対する誹謗中傷好奇心で埋め尽くされていて、溝端は俺の席の横を通り過ぎる度に机を蹴っ飛ばして行くし、学校中何処を歩いていてもこれ見よがしに蔑む様な女子達の視線がまとわりついて来た、
放課後、早美都は妙に不機嫌になって黙ったまま早々に帰宅するし、俺一人部活に行くと今度は博美先輩から電話が掛かって来て体調不良で今日は休みだと言う、一人ポツンと自己啓発本を開いて読み始めてみるが、なんだか無性にモヤモヤすると言うか気分が乗らないと言うか何にもやる気がしないと言うか、
「しゃーない、帰るか、」
と、その時、部室に通じる隣の美術準備室の扉が開いて、中からアカリ先生と、校長?が現れた、
よく学園ドラマでは校長はタヌキな黒幕で教頭がムジナな小悪党だったりするのだが、ウチの校長はどちらかと言うとオーク?みたいなガタイの良い好戦型メタボオヤジだった、
「では、先程の件、良く考えておいてくださいね、」
「分かりました、」
そして意味も無くガッチリとアカリ先生の手を取って握り締める、しかもじっくりじっとりと、コレってもしかしなくてもセクハラじゃ無いのか?
オーク校長の去った後、
「何か有ったんですか?」
「どうだろう、よくわかんない、」
そう言いながら突然俺の胸にコツンとおデコをくっ付けて凭れ掛かって来て、俺の胸板に、正確には俺のシャツに手を擦りつけるアカリ先生、
「もしかしてタオルがわりにして拭いてます?」
「なんかチョット、脂っぽいの気持ち悪くって、」
黙ってされるがままになってアカリ先生の良い匂いを堪能する俺、それ位は許されても良い筈だ、
ーーー
「今日は一人なの?」
「今日は、部活にならなさそうなんで、俺も帰ろうかと思ってた所です、」
「そう、ならお茶でも飲んで行かない?」
そう言って初めて招き入れられた美術準備室は何だがスンとフレグランスな香りが漂ってくる何処かの高級なカフェかと見紛うばかりに改装されていた、
俺は勧められるままに窓際の白いテーブルに座って、
美人の美術教師が、イギリスから取り寄せた秘蔵の紅茶をウエッヂウッドの茶器に入れて、ミネラルウォーターを沸かしたお湯を、静かに注ぎ入れる、
俺の知らない事をきっと沢山知っている筈の大人の女性、
「有難うございます、」
「珍しいわね、宗次朗がイラついてるなんて、」
そして丸っとお見通しだって事らしい、
ーーー
俺は朝の出来事をアカリ先生に説明し、結果的に相田の北海道旅行の事迄口を滑らせてしまう、
「そう、宗次朗は相田さんの事が心配なのね、」
「そんなんじゃ無くて、俺一人がなんか悪者にされてるのが腑に落ちないだけです、」
「でも、相田さんが元気になれば、他の事はどうでも良くなるんじゃ無いの?」
そうなのか? でも、そうなのかも知れない、
「宗次朗は相田さんに惹かれているのよ、」
「それは無いです、アイツには恋人がいるし、俺は恋愛なんて信じない、」
「それは、宗次朗が相田さんの事を心配する事とは関係ないでしょ、」
そうなのか? でも、そうなのかも知れない、
俺はどうしたって聞いてみたくなる、
俺の知らない事をきっと沢山知っている筈の大人の女性、
先生は、本当に誰かを好きになった事があるんですか?
誰かを好きになると言う事は、人にとってそんなに大切な事なんですか?
誰かに好きになってもらえない事は、どうしてこんなにも辛いものなんですか?
人は、誰だって本当の自分を曝け出したりはしない、
本当の自分の全部を受け止めて貰えるなんて信じたりしない、
本当の自分の事を受け入れられるのは、自分以外に居ない事くらい知っている、
あんなにも仲が良いと信じていた西野敦子は、本心では俺の事などこれっぽっちも何とも思っていなかったのだから、俺が運命の様に感じていた筈の絆は、独り善がりな俺の勘違いでしかなかったのだから、
俺はアカリ先生に淹れてもらった口当たりの丸い紅茶を啜りながら、
大人の女性に聞いてみたくなる、
相田は何故、涙を零したのだろう?
どうして俺は、こんなにも相田の事が心配になっているのだろう?
「アイツは、俺の事を見て悲しくなったって、そう言ってたんです、」
「そう、」
相田美咲の涙が、西野敦子の涙とごっちゃ混ぜになってリフレインする、
「俺は、何か相田を悲しませる様な事をしてしまったんでしょうか?」
アカリ先生の眼差しはそれなのに驚く程に穏やかで、
「俺は、何処で間違ってしまったんでしょうか?」
その口許には優しげな微笑みさえ浮かべているかの様に思えて、