011
終業のチャイムが鳴って、
「起立!」
「礼!」
銘々がそれぞれの行先へと足を急がせる、
俺は数日前から休み続けている早美都に何とかして連絡を取りたい所なのだが、電話もメールもLINEも反応が無くてお手上げ状態、
「京本さん、この後少し時間良いですか?」
そこへ相田が、……教室で俺に話しかけてくるのはかなりレアな出来事である、
「なんだよ改まって、」
「ちょっとお手伝いをお願いしたい事があるんです、」
ーーー
そう言って連れてこられた職員室で、
相田は担任の国分からプリントの束を渡される、それときっちりと封のされた薄っぺらい封筒、
「コレを上野と高野に渡して貰いたい、ついでに二人の様子も見てきてくれないか、」
「京本さんは高野さんと仲が良かったですよね、国分先生、京本さんにもお手伝いをお願いしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「ああ、それが良いな、」
「良いですけど、俺、早美都の家、知らないですよ、」
「二人の住所はこのメモに書いてある、」
国分がノートの切れ端を俺に手渡す、
「本当は私が行ければ良いんだけど、ちょっと野暮用で立て込んでてな、それに、こう言うことは教師が行くより仲の良い友達が行った方が本人も喜ぶだろ、」
「こう言うこと?」
「二人とも親とも連絡がつかなくて休んでる理由が分からないんだ、まさか五月病の引き篭もりだとかは無いだろうけど、何か悩んでる事がないか聞いてきて欲しいんだ、」
ーーー
「失礼しました、」
俺達が職員室から退出すると、……
「悪いな、早美都の事、気使ってくれたんだな、」
「いえ、私も京本さんが一緒に行って下さると心強いですから、」
そこへ上野の同中で何時も上野と連んでいるコガネムシトリオ、松井、安藤、渋谷が現れた、順に簡単に紹介すると、眼鏡、出っ歯、猫背、……
「相田さん、今の呼び出しって、もしかして上野の事?」
「はい、手紙を渡す様に国分先生から頼まれました、」
「良かったら、その役目僕達にやらせてもらえないかな、」
「預かった手紙を他の人に任せる事は出来ませんが、一緒に行く事は問題ないと思います、」
3人は互いに顔を見合わせて渋い顔をする、
「実は、相田さんと京本くんが上野に会いに行くのは、ちょっと問題があるんだ、」
「それは一体、どういう事でしょうか?」
「もしかして上野が休んでる事と関係有るのか?」
再び困り顔で相談するコガネムシトリオ、
「どうする?」
「どうせ今にバレちまうからな、」
「寧ろ言っちゃった方が良いと思う、」
松井はタブレット端末を取り出すと、指紋認証で立ち上げて、保存してあった書類を開いて見せる、……そこに映し出されたのは、どうやらウェブ小説らしい、
「上野が休んでる原因は、これなんだ、」
ーーー
内容は、よくある異世界転生モノだった、
主人公はごく普通の男子高校生 蒼袮瑠憂翔 (あおね るーと)、夏祭りの夜に神社の境内で同じクラスの美少女 亜細亜美咲 (あでぃあ みさき)と偶然一緒になって、その時突然飛来した隕石によって町は消滅し、気が付いたらそこはまるで中世ヨーロッパの様な見知らぬ世界、唯一言葉の通じる(テレパシー) 火蜥蜴のポロロに通訳してもらいながらなんとか元の世界に戻る手段を探していたら、街の権力者 シカザトヤキン の屋敷に美咲が囚われている事を知る、ルートは美咲を救い出そうと屋敷に潜入するが、美咲はヤキンの魔法で記憶を失っておりルートの事を覚えていない、しかもそこに街の軍隊を率いるイタミゾバサミ将軍がやってきてルートは捕まり、屋敷の地下の牢屋に入れられてしまう、その夜、精神トランスポートで魔王トモロジソウキョウがルートの夢に現れ、魔王軍の仲間になればヤキンとバサミを滅ぼして美咲を助け出してやると持ちかける、トモロジソウキョウの狙いはルートが元いた世界の言葉を解読する事で、それによって太古の昔に封印された巨大戦闘ドールの力を発動させて、この世界を滅ぼそうと、以下略、……
「かなり恥ずかしい内容だな、」
R15指定だから直接的な描写はないものの、明らかにそれと分かるラッキースケベなシーンが満載で、第1話から既に美咲は酷い事になっている、……
「意外に無反応だな、もっと怒らないのか? このヒロイン明らかに相田の事だろ、」
「え?名前が美咲だからですか? だって苗字が違いますよ、アディア、あ、アイダ、」
「それでトモロジソウキョウってのが俺って訳か、」
「成る程、アナグラムになっているのですね、」
「コレを上野が書いたって言うのは確かなのか?」
「ウェブ上の元の小説は既に削除されているからこれ以上の事は分からないけど、主人公のルートは明らかに上野のアナグラムだし、上野が学校に来なくなったのは、釜石にこの小説の事を茶化された次の日からだったしね、」
「もしかして、コレを晒されたのか?」
「自分の言ってる事が嘘じゃないって証明にする為に釜石がSNSで拡散したんだ、」
「釜石が言ってる事って?」
「上野がエロ小説を書いてるって事、」
「上野は完全否定してたんだけど、さっきみたいに直ぐに誰が誰の事か分かっちゃって、」
「直ぐに神崎くんが止めたんだけど、もう結構広まっちゃってると思う、」
「同級生女子をネタにしたオナニー小説か、コレはもう上野が相田の事を好きだって告白してる様なもんだな、」
此処に至って漸く相田が事の重大さに気付いて、顔を真っ赤に赤らめる、
「つまり、相田さんが上野に会いに行くのは、凄く気不味いって訳なんだ、」
「確かに、俺だったら恥ずかしくて確実に半年は引き篭もりそうだな、」
「駄目です、そんな事は許されません、」
そして突如憤慨する相田美咲お嬢様!
「恥ずかしいと思えるのは自分の中に正しいと信じる基準があるからで、決して悪い事ではありません、本当に恥ずかしいのは恥を知らない事の方です、大切なのは恥ずかしい事をしてしまったのであれば反省してやり直す事です、そうする事で人は自らが理想とする自分に近づき成長する事が出来るのです、事態を改善しようとせずに隠れてやり過ごそうとする事の方が問題です、」
「相田さんって、怒ったりするんだ、」
「なんか新鮮、」
いきなり声高に主張する相田にビックリするコガネムシトリオ、
「そんな事を言ってもな、皆んなが皆んなお前みたいに強い訳じゃ無い、上野は怖いんだよ、こんな小説を書いている事を皆んなに知られたら、白い目で見られる、罵られる、……実際、お前はこの小説を読んでどう思った? 面白かったか? それともヒロインに抜擢されて嬉しかったか?」
「正直、理解できませんでした、男の人はこんな風に人を傷つけたり、辱めたりする事を想像して面白いと感じたりするものなんですか?」
「そうだな、上野の小説がどうこう言わないが、暴力的なものや性欲を刺激する物に惹かれる、と言うのはその通りかもしれないな、女子は違うのか?」
「何だか、禁忌に触れてしまった様な感じがして、気持ち悪い感じがしました、」
「上野は、そんな風にみんなから気持ち悪がられて居場所を失うのが怖いんだよ、」
此処に至って漸く相田は事の深刻さに気付いて、困り眉で俺の顔を上目遣いして覗き込む、
「どうすればいいでしょうか、」
「上手く行くかは保証できないが、上野が居場所を無くさない様にする方法は無くは無い、」
ーーー
上野の家は学校からそう遠くない大きな団地の5階に有った、
先ずはコガネムシトリオがインターフォンを押して、返事が無いので30秒ほど待ってからもう一度押して、それを4回程繰り返してから、漸く、部屋の中で人の動く気配、
「はい、」
「上野、俺、松井だけど、先生からプリント預かった、」
暫くして中から声がする、
「郵便受けに入れといて、」
「ちょっと大きくて入らない奴がある、」
「じゃあ、ドアの下に置いといて、」
「分かった、けど、大丈夫なのか?」
「うん、ちょっと風邪を拗らせただけ、感染するといけないから、」
「そうか、じゃあ、お大事にな、」
「早く学校こいよ、」
そうしてドアの覗き窓の視界から松井達が消え去って20秒、やがてカチャリと鍵の開く音がして、ゆっくりとドアが開いて、無精髭でパジャマ姿の上野太郎が姿を見せた、
その瞬間!俺はダッシュしてドアを全開にして閉められない様に押さえる、
イキナリ呆気に取られて怯えた目で腰を抜かしかけてる上野、
そして、階段室の陰から姿を見せる学園のアイドル相田美咲!
「上野さん!私は上野さんに言わなければならない事があります!」
見る見る顔から血の気が失せていく上野に向かって、
「トモロジソウキョウはもっと意地悪だと思うんです!」
ーーー
「それは、普段は紳士的なふりをしているからで、本当は凄く腹黒いって設定なんだけど、」
明らかに事態の展開について行けてない上野太郎の唖然とした眼差しが泳いでる、
「そうじゃ無いんです、トモロジソウキョウは紳士なふりをしながら会話の端々にネチネチと意地悪な事を言うんです、その方が絶対リアリティがあると思います、」
此処に至って漸く上野は、どうやら自分の小説の内容にケチを付けられているのだと気付いて、神妙な顔になる、
「勝手に書いた事、……怒らないの?」
「空想は自由です、でも、実在の人間をモデルにして登場人物にするなら、予め本人に許可を取って、その上で希望も取り入れてくれるべきだと思います、」
「希望って?」
「美咲は守られてるばかりじゃなくて、もっと強い女の子にして下さい、何時も悪者に悪戯されて泣いている様なヒロインは嫌です、最後にトモロジソウキョウを倒すのは美咲が良いです、」
「そんなの、キャラ変わっちゃう、」
上野が思わず、フッと笑みを零した、
「でも、その方がリアリティがあるみたいだね、」
相田美咲が不思議そうなキョトン顔で首を傾げる、
「僕、続きを書いても良いのかな、」
「どんな物語も始めたからにはどんな結末であれきちんと終わらせるべきだと思います、ネバーエンディングストーリーはエンデの一冊があれば十分です、」
「ありがとう、」
「続きが出来たら、また読ませてくださいね、でも、エッチなシーンは禁止ですからね、」
ーーー
上野の家からの帰り道、コガネムシトリオと別れて、
「心にも無い様な事を言わせて、済まなかったな、」
「いえ、」
「上野さんの気持ちも少し分かる様な気がします、現実にはままならない事が沢山あって、時々はそんなしがらみ全部から解放されたいと思うのは、きっと誰しもが思っている事だと思います、」
ま、確かにそうなのだろう、何しろ相田は小汚い変な顔をした猫の指人形を肌身離さず持っていて暇さえあれば一人遊びする様な奴なのだから、台詞に実感がこもってる、
「お前は嘘は嫌いだと言っていたが、嘘というのは相手を傷つけない為の技術なんだぜ、」
「嘘も方便と言う奴ですね、流石宗次朗くんは卑怯者の手管に長けていますね、お陰で上野さんも学校に出てきてくれる事が出来ました、」
まあ、変態ウェブ小説作家のレッテル付きではあるが、本人も周りもそれを認められれば、こんな幸せな事は無いだろう、
「でも、一つだけキチンと言っておきたい事があります、」
「なんだよ改まって、」
学園のアイドル相田美咲が踵を返して振り返り、キッと俺を事を睨みつけて、
「他の方の前ではお前と呼ばないで下さい、恥ずかしくて顔から火が出るかと思いましたよ、」
可愛らしく頬っぺたを膨らませて憤慨する、
だからついつい俺は少し弱った風なフリをして、
「じゃあ、これからは、みいちゃ、で、」
みるみる内に顔を真っ赤にして怒り出す相田美咲、
「やっぱり! 宗次朗くんはすっごく意地悪です! 」
それでポカスカと俺の二の腕を叩く、まあ全然痛く無いけど、
「もう、嫌い!」