終幕 どうせ俺らはNPCだから
「ひぃぇぇぇぇぇぇぇっ!」
岩山の岸壁に掘られた横穴の中からティナの悲鳴が近付いて来る。
その横穴の前に待機する俺の前に、ティナの奴が穴の中から息せき切って姿を現した。
「はわわわわわっ! い、今ですっ!」
半泣きの顔でそう言うティナを追って穴から飛び出して来たのは、大きな顎を持つ巨大な黄金の蛇だった。
俺は即座に魔力を込めた蹴りを放つ。
「魔刃脚!」
鋭い刃と化した俺の脛が巨大な蛇の鱗を切り裂いて、その首を切り落とした。
「よし。これで4匹目。残り4匹だな」
この岩山を越えるためには山の主である8匹の大蛇を倒す必要がある。
ティナの奴は荒い呼吸を落ち着かせると、わずかに青ざめた顔で不満げに頬を膨らませた。
「こ、これって……私ばっかり大変な思いしてませんか?」
「何言ってんだ。おまえは蛇をおびき出すだけの簡単な役割だろ。俺は蛇を仕留めなきゃならないんだぞ。俺の方が8―2で苦労してる」
「くっ……何か騙されてる気がします」
そう言うとティナは恨みがましげな目を俺に向けて唇を尖らせた。
フーシェ島でグリフィンの野郎と戦ってから一週間が過ぎていた。
あの日、戦いが終わった後に現れた女悪魔のリジーに手引きされて現場に現れた天使のミシェルは俺とティナを運営本部に連行した。
俺も運営本部には言ってやりたいことが山ほどあったし、コソコソ逃げ回るのは性に合わねえから自ら乗り込んでやるつもりで大人しくミシェルに同行することにした。
何でリジーの奴が天使どもとつるんでいたのか不思議に思ったが、あいつはある人物の依頼を受けて天使どもを引き連れてきたんだ。
どうやら運営本部の中でも俺やティナに大して厳しい処分を課そうとする一派と、穏便に済ませようとする一派とで意見が割れていたらしく、リジーは穏健派からの依頼を受けて、天使の中でもティナに友好的なミシェルたちに渡りをつけたという。
そのおかげで俺たちは最悪の処分を免れた。
そしてグリフィンはゲームオーバーを迎えた後、そのキャラクター・データが凍結され、その野望は潰えることとなった。
ザマー見やがれ。
奴が作り出した闇の宝玉も異界への扉となる渦もティナの正常化・蓮華によって消し去られたんだ。
ティナの手によって元の姿を取り戻した世界だったが、闇の宝玉に飲み込まれたゾーランを初めとする各種NPCたちを元に戻すのには少し時間がかかるらしい。
そして俺たちは数日に及ぶメンテナンスを受けた後、運営本部の審査を受けて再びNPCとして稼働することになったんだ。
「もう天国の丘は目前ですね」
今、俺たちがいるこの場所は、天国の丘と地獄の谷の国境付近だった。
この岩山を越えれば天国の丘に入れる。
俺は前々からの予定通り、天国の丘へと足を踏み入れようとしていた。
新たな環境に身を置いて、より強い敵と出会うためだ。
リジーの奴はそんな俺を戦闘狂だ何だと馬鹿にしたが、これが俺の一番気持ちのいい生き方なんだ。
他人にとやかく言われる筋合いはないぜ。
ただ、どういうわけだか、俺の越境にこの見習い天使の小娘も一緒についてきた。
どうやらティナの持っている不正プログラム保持者のリストのうち次の標的が、天国の丘にいるらしい。
それはそれとして、こいつが俺に同行する意味は分からねえ。
「ティナ。俺は別に道案内なんざ必要ねえ。だからついてくんな」
「嫌です。バレットさんはすぐに無茶をするから私がちゃんと見ていないとダメなんです」
「あのなぁ。俺はガキにお守りされるほど落ちぶれちゃいないんだよ」
「ガキって言わないで下さい。私はれっきとしたバレットさんの相棒なんですからね」
この調子だ。
まったくふざけた小娘だぜ。
呆れる俺に構わずにティナは眉根を寄せて言葉を続ける。
「バレットさんってば、せっかく運営本部が私たちに歩み寄って以前と同様にNPCとしての活動を許可してくれたのに、あの場でさんざん文句を言って本部の方々に噛みつくんですから。ヒヤヒヤさせないで下さいよ」
「うるせえな。居丈高に許してやる、とか言われて感謝でもしろってのか? ふざけんじゃねえ」
運営本部の奴らにとって俺らNPCなんてただの駒の一つに過ぎない。
んなことは当たり前のことだ。
だが、だからってヘコヘコして奴らのゴキゲンを窺うようなマネをしてたまるか。
審査の場として呼び出された本部の法廷で、偉そうに俺らを見下ろす奴らに俺は罵詈雑言の限りを浴びせてやった。
「しかも奴らは俺らの力を奪いやがったんだぞ? おまえはそれで納得いくのかよ。ティナ。俺のバーンナップ・ゲージを返せってんだ」
俺とティナは運営本部の方針により、バーンナップ・ゲージとハーモニー・ゲージを凍結されていた。
能力ブーストで戦闘を有利に進められる俺の紅蓮燃焼やティナの天網恢恢を自由に使うことが出来なくなっちまったんだ。
下級悪魔と見習い天使には過ぎた力で、ゲーム・バランスを崩してしまうから、とかいうふざけた理由だった。
「くそっ! 人がせっかく苦労して手に入れた力を持っていきやがって」
「仕方ないですよ。あの力がなくても私とバレットさんで手を取り合って、知恵と勇気と信頼関係で万事を乗り越えていけばいいじゃないですか」
「はぁ? 何で俺がおまえと手を取り合わねえといけねえんだよ。何が信頼関係だ。調子に乗るな。あと知恵と勇気とか恥ずかしいこと言うな」
「うぅ……そんな言い方しなくても。バレットさんはその口の悪さを直して下さい。運営本部の人たちへの言葉づかいもあんまりでしたよ」
「フンッ。やなこった」
悪態をつく俺にティナはため息まじりで肩を落とすが、すぐに少し嬉しそうに頬を緩めた。
「でも……嬉しかったです。私のことで怒って下さって」
「ああ? 何言ってんだ?」
「バレットさん。本部の人たちに言ってくれたじゃないですか。私を天使長の後継者として定めたのなら最後までその方針を貫き通せって。サイコロでも転がすように人の生きざまを弄ぶなって。私のことで本気で怒って下さって。私、すごくすごく嬉しかったんですよ」
そんなこと言ったっけか?
法廷で本部の奴らに文句を言っているうちにヒートアップしてきて、自分でも何だかよく分からないことを口走ったような気がするが、よく覚えていない。
何やらティナは頬を赤く染めてゴニョゴニョと口ごもっていやがる。
だが、そんなティナの後ろから……。
「私、バレットさんのそういうところが……」
「おい。後ろ……」
「へっ?」
ふと背後を振り返ったティナの目前に5匹目となる大蛇が鎌首をもたげていた。
「よけろアホ!」
「ひっ!」
咄嗟に体を捻ってよけるティナだが、大蛇はそんなティナの法衣の襟首に牙をひっかけると、ティナの奴を引きずり下ろす。
「ひぃぇぇぇぇぇっ! バレットさぁぁぁぁぁん!」
悲鳴を上げながら穴の中に引きずり込まれていくティナを見送りながら俺はため息をついた。
まったく。
何がバレットさんは私が見ていないとダメなんです、だ。
どの口が言ってやがる。
「やれやれ。俺はいつまでガキのお守りをさせられるんだか」
そうひとりごちて俺はティナを追って穴の中へと向かっていった。
穴の奥は暗く、この先にどんなことが待ち受けているのか分からないという俺たちの人生を暗示しているかのようだ。
俺もティナも運命に翻弄されて、せいぜい右往左往するんだろうよ。
まったく難儀な道のりだ。
ま、それはそれで仕方ねえよな。
どうせ俺らはNPCだからよ。
【完】
これで『どうせ俺はNPCだから』は完結となります。
物語が始まった時には夏の暑い盛りでしたが、季節はすっかり冬になってしまいましたね。
7月から半年に渡る連載でしたが、お付き合い下さいまして、本当にありがとうございました。
バレットとティナがこの先どうなっていくのか楽しみなところではありますが、
ひとまず2人の物語はここまでとなります。
またそう遠くないうちに皆様に2人のその後をご紹介できましたら幸いです。
お読みくださった皆様に深い感謝を捧げ、物語を締めくくりたいと思います。
本当にありがとうございました。




