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どうせ俺はNPCだから  作者: 枕崎 純之助
最終章 桃炎の誓い
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第22話 流血の死闘

 堕天使の集団を全て打ち倒した俺の動きをはばむものはもう何もなかった。


「こいつで最後だ!」


 俺はそう叫びながら拳を振るい、最後の一枚となったかがみを叩き割った。

 これで塔の外壁に貼られた転移のかがみは全て破壊し尽くした。

 少なくとも魔物どもがこの場所から出現することはなくなったんだ。

 そう思ったその時、俺の目の前にそびえ立っている塔の残骸ざんがいが大きくかしいだ。


「な、何だ?」


 頭上を見上げるとグリフィンが右手をかざしてやみの宝玉を保持しつつ、左手に持った光の槍を塔の外壁に深々と突き刺していた。

 光の槍は塔を直径方向に串刺しにしている。

 あの野郎……一体何をするつもりだ?


 驚愕きょうがくに目を見開く俺の前で、グリフィンは信じられないことに光の槍を持ち上げて、串刺しの塔を上へ上へと引っ張り上げていきやがる。

 何をしようとしているのか分からねえが、好きにはさせねえよ。

 わずかに残る魔物どもを蹴散らしながら俺はグリフィンの元へ一直線に向かう。

 だが、グリフィンは光の槍で串刺しにした塔をまるでハンマーのように使って真横にぎ払った。


『散れ! 羽虫が!』


 大巨人の振るう棍棒こんぼうのように襲いかかってくるそれを前に、俺はたまらず後方に下がった。

 哀れにも巻き添えを食った魔物どもが塔にブチ当たり、臓物とバグをまき散らして落下していく。

 あんなもんを一撃でも食らったら致命傷だ。

 あの野郎……不正プログラムの力で自分の腕力を引き上げたか、もしくは塔の質量を見た目と違って相当に軽くしやがったのかもしれない。

 だがグリフィンはそれを武器にしようと考えたわけではなかった。

 俺にも奴のねらいがすぐに理解できた。


 グリフィンが持ち上げた塔の先端がやみの宝玉の中へと吸い込まれていく。

 グリフィンはあの馬鹿デカイ塔を宝玉のえさにするつもりだ。

 明らかに宝玉の大きさよりも塔の直径の方が巨大だったが、宝玉はまるでへびが大口を開けて卵を丸飲みにするかのように塔を飲み込んでいく。


『もはやこの場所で宝玉に食わせてやれるものは、これくらいしか無いからな。しかもこれだけの質量だ。宝玉にとっては劇的な変化の源となる。あのゾーランがいかに邪魔をしようとも焼け石に水だ』


 グリフィンの言葉通り、塔を完全に飲み込んだ宝玉は、暴力的なまでの成長速度で巨大化していく。


『これで宝玉の成長は安定軌道に乗った。後は放っておいても大きく育ってくれる』

「そうはいくかよ!」


 俺はやみの宝玉に向かって灼熱鴉バーン・クロウを放つ。

 しかし桃炎のからすは宝玉に届く前にグリフィンの魔塵旋風ダスト・デビル相殺そうさいされて消えた。


『フンッ。こざかしい。手間を取らせるな。だが、これで後は貴様を消すだけだ。この世界から綺麗きれいさっぱり消えてなくなれ』


 そう言うとグリフィンは人喰い虎(チャンパワット)を操って宙を舞い、俺に向かってきた。

 おそらくこれが最後の競り合いになるだろう。

 負けた方が確実に死ぬ。

 俺はそれを肌で感じ取り、大きく息を吸い込んだ。


 憎きグリフィンのムカつく顔と、その前に倒れ込んだまま動かないティナの姿。

 もう何も言うことはない。

 この拳で決着をつけてやる。


灼熱鴉バーン・クロウ!」


 俺の基本戦法はここに至っても変わりはない。

 灼熱鴉バーン・クロウで相手を牽制けんせいしつつ間合いを詰めていく。

 グリフィンの体を守る不正プログラムの防壁はもはや俺の前では意味を成さない。

 ティナの修復術の力を得た俺の攻撃は、不正プログラムを易々(やすやす)と無力化した。

 だが奴は空間をねじ曲げて己自身を瞬間移動させ、物理法則を無視した回避を行うことで俺の裏をかいてくる。


 一定距離を保って光の槍や魔塵旋風ダスト・デビルで俺を撃墜しにかかるかと思ったが、意外なことにグリフィンは人喰い虎(チャンパワット)を駆ってグイグイ接近してきやがる。

 俺を確実に仕留めようって腹なんだろう。

 俺とグリフィンは互いに相手の裏に回り込もうとせめぎ合う。


随分ずいぶんと対応が変わったな。てめえも相当ムカついてやがるのか。この俺によ。ヘッ。ざまあみやがれ」

『ほざけおろか者が。私にとって貴様など小うるさい羽虫でしかない。だが、もうすぐ私は実体のない意識体となる。これはNPCとしての最後の遊びだ』

「抜かせっ!」


 俺は背後から攻撃を仕掛けてくるグリフィンの攻撃をかがんでかわし、そのまま足払いを仕掛けるも、グリフィンはこれを避けて後方に飛び退すさった。

 その時……俺の頭の中に重いかねの音が響き渡る。

 バーンナップ・ゲージが満タンを迎えたんだ。

 先ほどから魔物や堕天使と戦い続けてきたことで、俺のバーンナップ・ゲージは徐々にエネルギーを蓄積ちくせきし続けていた。

 だが、俺は今すぐ【紅蓮開花】しようとは思わなかった。


 これは使いどころを考える必要がある。

 おそらく最後の紅蓮燃焼スカーレット・モードになるからだ。

 グリフィンの奴がここまで苛烈に攻めてきている以上、もう一度ゲージを貯める余裕は俺にはもうないだろう。

 この駆け引きを誤れば命取りになる。


 最後の瞬間に力を爆発させるため、俺はひたすらに耐えた。

 グリフィンの奴は不正プログラムを駆使してさまざまな手を用いてくる。

 体は正対したまま、俺の後方から光の槍だけを転移させて攻撃を仕掛けてきた。


「くっ!」


 俺がそれを先読みしてギリギリのところで避けられるのは、ティナの力のおかげで不正プログラム発生のニオイのようなものをぎ取れるようになっているからだ。

 そしてグリフィンの奴は俺に接近しながらも、俺の拳や蹴りが届かないギリギリの距離を保っていた。

 とんだインチキ野郎ではあるが、戦いの基本を押さえた戦士としての一面を見せるグリフィンに俺の頭も冷えていく。

 カッカしていたら勝てねえ。

 こいつの道化者の仮面の下には、確実に相手をほうむり去る冷徹な殺意がひそんでいるんだ。

 ここからは根比べだ。


灼熱鴉バーン・クロウ!」


 俺は連続で灼熱鴉バーン・クロウを放ち続け、グリフィンはそれを光の槍で叩き切ったり空間転移を利用して直撃を避ける。

 それでも俺は灼熱鴉バーン・クロウを放ち続けた。


『しつこいぞ! 馬鹿の一つ覚えが!』


 しびれを切らしたのか、グリフィンは再び俺の背後に発生させた空間の揺らぎから光の槍を突き出してきた。

 しかも確実に俺を仕留めるためにかなりの近距離から。

 これだ!


 俺はフッと息を止めて体をひねりながら後方に手を伸ばした。

 そして空間の中から伸びてきた光の槍が俺のこめかみをかすめる中、その槍を握るグリフィンの手をつかんだんだ。

 つかまえた!


「うおおおらぁぁぁ!」


 俺は斬られたこめかみから鮮血が飛び散るのも構わずに、体中の魔力を高めて全身から桃色の炎を噴き上げた。

 すると瞬時に桃色の炎が俺の手を伝ってグリフィンの手へと燃え移っていく。


『ぐぅ……ぬぁぁぁぁ! 放せ!』


 グリフィンは苦しげに声を上げながら、俺がつかんだ手を振りほどこうとする。

 死んでも放すかよ!

 俺の桃色の炎が光の槍に燃え移った途端とたん、無限の長さを誇っていたその槍は、ごく常識的な長さの普通の長槍へと戻った。

 そしてせめぎ合う攻防の中でグリフィンは勢い余ってその槍を取り落とした。


 さらに桃色の炎は空間の揺らぎの中を通して俺の後方側にいるグリフィンの体に燃え広がっていく。

 その影響でグリフィンがもう片方の手に持っていた光の槍も通常の短槍に戻った。

 効いてるぞ!


『おのれぇぇぇ!』


 グリフィンは怒りの声を上げながら炎を振り払って消そうとするが、俺の炎はしつこく奴を焼く。

 そう簡単には消せやしねえ。

 だが、俺は背後に殺気を感じて咄嗟とっさにグリフィンの手を放し、体をよじる。


 すると俺のすぐ脇を光のうずが通り抜けていった。

 グリフィンが体を燃やしながらも空間転移を使って俺のすぐ背後に現れ、この至近距離から魔塵旋風ダスト・デビルを放ちやがったんだ。


「うぐっ……」


 完全には避け切れず、うずの一部が俺の肩をかすめてえぐる。

 そしてグリフィンはもう一撃で俺の頭を吹っ飛ばそうとしたが、俺は即座に灼熱鴉バーン・クロウを放ってこれを相殺そうさいした。

 すぐ間近で桃炎のからすと光のうずがぶつかり合って激しい衝撃が巻き起こり、俺もグリフィンも後方に弾き飛ばされる。

 だがその瞬間、グリフィンは人喰い虎(チャンパワット)を反転させてその長い尾で俺の体を地面に叩き落とした。


「くあっ!」


 人喰い虎(チャンパワット)の太い尾で、傷付いた肩口を打たれて、俺は受け身も取れずに地面に叩きつけられた。

 激痛と衝撃に頭がクラクラする。

 左肩がえぐられて、そこから血があふれ出していた。


 桃炎の加護によりバグは受け付けないが、それでも左肩の傷は深かった。

 あと少し深く食らっていたら、左腕ごともぎ取られていただろう。

 上を見上げると、グリフィンがやみの宝玉を自分の頭上に移動させ、自身の体を包む桃色の炎を吸い取らせていた。


 体の炎が消えたグリフィンだが、それなりのダメージを負っているようだ。

 いや、グリフィンはすでにそのライフゲージがバグで見えなくなっているため、実際にダメージを負っているかどうかは分からない。

 だが、奴の表情は疲弊ひへいして見える。

 俺の桃炎が効いているんだ。


 俺は激痛にさいなまれる体にむち打って立ち上がった。

 そして胴着の上着を脱ぐとそれを破って左肩の傷を縛り、止血する。

 まだ左腕は動かせる。

 少しでも動かすと鋭い痛みをともなうが、ここまで来たらそんなもんは関係ねえ。

 腕がちぎれてもやってやる。


「来いよ。グリフィン。俺は簡単にはくたばらねえって、そろそろ痛いほど分かってきただろ。てめえも死ぬ気でやらねえと俺を殺すことは出来ねえぞ」


 そう言ってグリフィンに手招きをすると、奴はゆっくりと地上に降下してくる。


『思い上がるなよ。バレット。自分だけは死なないと思っている戦闘狂の馬鹿者がいともあっさり戦死するのを私は幾度もこの目で見てきた。貴様もそうなる』


 そう言うとグリフィンは人喰い虎(チャンパワット)を着地させ、普通の武器となった2本の槍を拾い上げる。

 奴はそれを両手に構えて俺に向かってきた。

 よし。

 地上戦に持ち込んだ。

 このまま地面に縫い付けてやる。


 俺は軽く飛び上がると灼熱鴉バーン・クロウを撃ち下ろした。

 人喰い虎(チャンパワット)が軽いステップで地面を蹴ってそれを避け、グリフィンは魔塵旋風ダスト・デビルを使って俺を撃ち落とそうとする。

 俺は着地すると地面を転がり、再び飛び上がって灼熱鴉バーン・クロウを撃ち下ろした。

 そうした攻防を幾度か続けた後、グリフィンとの距離が比較的縮まったのを見た俺は行動に出た。


 跳躍ちょうやくして着地する寸前に灼熱鴉バーン・クロウを放つ構えを見せたが、俺はそれをキャンセルした。

 そして灼熱鴉バーン・クロウが来ると思って回避行動に入っていた人喰い虎(チャンパワット)の動きを先読みして、そこに仕掛けるべく着地と同時に炎足環ペレの力を使った。


噴熱間欠泉ヒート・ガイザー!」


 俺は振り足を高く上げて鋭く踏み下ろす。

 だが、グリフィンは俺の動きを見ると咄嗟とっさに足を止めて急停止し、桃色の火柱は人喰い虎(チャンパワット)の鼻先を焼いただけにとどまった。

 チッ。

 やはりこの技の弱点はモーションが大きいことだ。

 勘のいいグリフィンは先に気付いてしまう。


 だが俺はすぐに次の動きに入る。

 連続した攻撃の流れを切れば、奴に余裕を与えちまう。

 灼熱鴉バーン・クロウ噴熱間欠泉ヒート・ガイザーでグリフィンの退路を断ちながら、その動きを予測して距離を詰めていく。

 グリフィンの奴はそうはさせじと空間をじ曲げ、さまざまな角度から魔塵旋風ダスト・デビルを放ってくる。


「くそっ!」


 苦しいところだが、ここが正念場だ。

 俺は危険をおかしてでもグリフィンに接近するため、繰り出してくる長槍を手甲で弾き、魔塵旋風ダスト・デビルをギリギリのところで避ける。

 完全には避け切れずに身をけずられてライフがどんどん減っていくが、虎穴に入らずんば虎児を得ず。

 俺はまさしくその言葉の通り、長槍に続いて短槍をかいくぐって、とうとう人喰い虎(チャンパワット)ふところへ入り込んだ。


『馬鹿め! 頭からかじられたいか』


 吐き捨てるようにそう言うグリフィンの声に呼応して人喰い虎(チャンパワット)は牙をき、その太い腕を振り上げてつめをむき出しにした。

 自慢の剛腕でこの横っ面をなぐり倒して俺を餌食えじきにするつもりだ。

 巨大なとらの一撃をまともに浴びれば大ダメージを受けることは、先ほどの尾の一撃からも明らかだった。


 だが、このとらは自分の力に絶対の自信を持っていやがる。

 そこが盲点もうてんなんだ。

 奴は俺がその一撃を避けようとすると思って次の攻撃へのイメージを頭の中で組み立てているはずだ。

 だが俺はここで今まで一度も見せたことのない技を敢行かんこうした。


魔刃腕デビル・エッジ!」


 そう叫ぶと俺は人喰い虎(チャンパワット)が振り下ろしてくる腕に対して、自分の腕を振り上げた。

 そうして俺の腕と人喰い虎(チャンパワット)の前脚が交差した次の瞬間、鮮血が舞い散った。


『グァァァァァオオオオッ!』


 人喰い虎(チャンパワット)の悲鳴が響き渡り、その前脚がスパッと切断されて宙を舞った。

今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回 最終章 第23話 『炎獄の火柱』は


12月23日(月)0時過ぎに掲載予定です。


次回もよろしくお願いいたします。

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