第21話 毒抜きの火柱
床を蹴って駆け回り、羽を広げて空中を飛び回る。
一切の遮蔽物が消えた平坦な世界で、俺は縦横無尽に暴れ回った。
襲い来る幾多の魔物も俺を止められない。
五感は鋭敏に研ぎ澄まされ、全ての神経が目の前の戦闘に集中している。
俺は戦うために生まれてきたんだ。
あらためてそう実感する。
今この瞬間こそが俺にとって最も命の脈動を実感できる時なんだ。
牙亀を容易に打ち砕き、巨大翼竜を引き裂いて俺は塔の残骸に迫る。
いくらこの魔物どもを叩いたところで、大元の流れを断たなければキリがない。
俺が狙いを定めるのは塔の外壁に取り付けられた鏡だ。
そこからは今も続々と魔物どもが出現し続けている。
さっきゾーランが拳で叩き割ろうとした時はまるで水面に手を突っ込むように手首まで鏡面の中に沈み込んでしまい、割ることが出来なかった。
内側から魔物がわんさか湧いて出てくるような鏡だから、それもそのはずだ。
だが今の俺の体にはティナの力が宿っている。
「灼熱鴉!」
俺の放った桃色の炎が象る炎の鴉が転移の鏡にぶち当たった。
すると以前と同様に鴉は鏡面に吸い込まれていくが、それでも俺は手応えを感じ取っていた。
すぐに鏡面は揺らぎ始め、その表面にピシッと亀裂が入る。
そして一瞬の後、鏡は内側から爆発して粉々に砕け散った。
「よしっ!」
いける。
今の俺なら。
そう思って次弾を放とうとした俺の頭上から、グリフィンの光の槍が振り下ろされた。
「うおっ!」
無限の長さを持つ光の槍はまるで天空から打ち落とされるギロチンのようだが、俺はいち早く反応してそれをかわした。
そろそろグリフィンの野郎が茶々を入れてくる頃合いだと思っていたからな。
頭上を見上げると、数十メートル先でグリフィンが光の槍を手に俺を見下ろしている。
その目は冷たい殺気に彩られていた。
俺はそんなグリフィンに向かって大声を張り上げる。
「おい! 今からてめえ御自慢の鏡を全部叩き割るところなんだから、少しはおとなしく見ていられねえのか」
『貴様……どこまで私の邪魔をすれば気が済む。虫けらの分際で』
「俺の気が済むのは、てめえをコテンパンにして、その御大層な計画を頓挫させてやった時だけだ。覚えときな」
そう言って俺は首を掻き切る仕草で挑発すると素早く身を翻した。
グリフィンの繰り出す光の槍をかわしつつ素早く旋回して、塔の裏側に回り込みながら灼熱鴉を連発し、次々と鏡を破壊していく。
グリフィンはそんな俺を追って来ようとするが、そこでさらなる誤算が生じた。
それはグリフィンにとっての誤算だった。
俺が破壊した一つ目の闇の宝玉は今も地面に転がったままだが、そこから黒い粒子が礫となって飛び出し、今グリフィンが育てている最中の闇の宝玉へと転移したんだ。
まるで砂鉄が磁石に吸い寄せられるようなその現象を見たグリフィンの顔色が変わる。
なぜなら闇の礫にまとわりつかれた途端、新たな宝玉の回転がピタリと止まり、それ以上成長しなくなったためだ。
グリフィンの奴は俺を追うのを断念し、何やら闇の宝玉をあれやこれやと操作し始めた。
『忌々しい! 愚鈍な運営本部のクズどもが』
このゲームの制御を出来ずにいる運営本部がグリフィンを止めようとするのは当然のことだ。
だが……そうか。
もしかしてあの最初の宝玉に取り込まれたゾーランが邪魔をしているのかもしれねえ。
それにしてもゾーランの奴は運営本部ともつるんでやがるのかよ。
悪魔の風上にも置けねえ野郎だ。
だが何にせよ今が好機だ。
グリフィンにとって闇の宝玉の完成こそが何よりも優先すべき事項だとすれば、俺の動きまで手が回らねえだろう。
俺は片っ端から鏡を破壊して回る。
もちろん今も鏡の中から魔物どもがひっきりなしに出現しているから、そいつらを排除しつつ鏡を破壊する手間がかかる。
だが、魔物どもをかき分けて鏡を一つ破壊するたびにグリフィンの奴が苛立たしげに顔を歪めるのは愉快痛快だった。
俺は拳を振るい、爪先を叩きつけて次々と鏡を破壊する。
「うおおおらぁぁぁ!」
すでに半分以上の鏡の破壊に成功した。
このまま一気に押し切るぜ。
だが、俺がちょうどグリフィンから見て塔の反対側の死角に入ったその時、グリフィンの口笛が高らかに響き渡った。
するとまだ生き残っている鏡の中から魔物どもの出現が止まり、それまでとは全く毛色の違う奴らが出現し始めたんだ。
現れた連中は魔物ではなかった。
「こいつら……」
現れたのは全員が武装した兵士だった。
その数はざっと50人ってところか。
俺は奴らの姿に見覚えがある。
特に連中の真ん中に浮かんでいる頭目の男の顔は見間違うはずがねえ。
「あの時の堕天使どもじゃねえか」
そう。
それは先日、砦付近の海上で俺とティナを襲ってきた堕天使の集団だった。
俺の手に装備した手甲は、あの堕天使の頭目が持っていた特殊な槍を奪い、リジーが鋳潰して作ったものだ。
あいつら……グリフィンの下についたのか?
いや、どうも様子がおかしい。
『不治の堕天使ども。私の手が空くまで、その悪魔の相手をしてやれ』
グリフィンの命令に従って顔を上げた奴らの目には眼球がなく、代わりに真っ黒い液体のようなものが眼窩でグルグルと渦を巻いている。
そうか。
奴らも不正プログラムの虜になったクチか。
堕天使どもは生気のない顔で武器を振り上げ、声もなく俺に襲いかかってくる。
その全員がバグで狂い、ライフゲージも文字化けしている。
上等だぜ。
全員、俺が正気に戻した上で、あの世に送ってやるよ。
俺はガチンと手甲を打ち鳴らして堕天使どもを迎え撃つ。
「来いオラァ!」
堕天使の奴らは操り人形も同然とはいえ、魔物どもとは違って組織としてより精密な動きを取ることが出来る。
そして全員がかなり高価な武器や防具を装備しているため、個々の戦闘能力も高い。
魔物のように簡単に一撃で葬れる相手ではなかった。
「だからって今さら俺にケンカ売るほどの役者かよ!」
俺は吠えるように声を上げながら、堕天使どもにかかっていった。
奴らの繰り出す武器を手甲ではじき、鎧ごと灼熱鴉で焼き尽くす。
だが、俺の攻撃を受けても堕天使のライフは先ほどの魔物どものようにバグ状態から回復しない。
こいつら……魔物どもとは違う。
そう言えばグリフィンの奴が『不治の堕天使』などと呼んでいたな。
「それなりの抵抗力があるってことか!」
俺はその身を燃やしてなお動く堕天使の兜を手甲ではじき飛ばし、その頭部を露わにする。
そして両手を組み合わせたナックル・ハンマーをその堕天使の頭部に叩きつけた。
勢いよく地面に叩きつけられた堕天使はそれでもなお動こうとしている。
俺は着地と同時に炎足環の力を使って攻撃を繰り出した。
「噴熱間欠泉!」
無機質な床の下に水分が隠されているとは思わねえ。
だが、それなら直接炎を送り込んでやるまでだ。
咄嗟に起き上がろうとした堕天使は、地面から噴き上がる桃色の炎にその体を突き上げられる。
そこで予期せぬ奇妙な現象が発生したんだ。
突き上げられた堕天使の体から瞬間的に飛び出した黒い粒子が、その体の上に抜けて消えていった。
その途端に堕天使の目が元の眼球を取り戻し、さらにバグが全て修正されてそのライフ・ゲージが通常の表示に戻ったんだ。
その現象に驚きつつ、俺は反射的に堕天使に飛びかかった。
「魔刃脚!」
「うぎぃええええっ!」
俺が放った必殺の一撃は空中で無防備になっている堕天使の首すじを斬り裂いた。
そのライフが尽きた堕天使は断末魔の悲鳴を上げながらゲームオーバーを迎え、光の粒子となって消えていく。
今のは何だ?
さっきまで殴られようが蹴られようが無反応だった堕天使が声を上げやがった。
訝しむ俺の背後から忍び寄る別の堕天使が武器を振り上げる気配に、俺は即座に振り返った。
そいつは俺の脳天をカチ割ろうと斧を大上段から振り下ろしてきた。
俺がそれを手甲で弾き飛ばすと堕天使は勢いに押されて転倒する。
ちょうどいい。
こいつで試してみるか。
「噴熱間欠泉!」
俺は目の前で倒れている堕天使に向かって炎足環の力を行使する。
例によって桃色の火柱が地面から立ち上り、堕天使の体を跳ね上げた。
しかし今度は黒い粒子はわずかにその体から散っただけで、堕天使のバグ状態は修正されなかった。
俺は仕方なくその堕天使の首を魔刃脚で刎ねた。
だが、首を失った堕天使の体は地面に倒れ込んでもなお立ち上がり、こちらに向かってこようとする。
「チッ。まさしく不治の堕天使だな。システム的なアンデッドかよ」
首なしの堕天使に追撃をかけようとする俺を挟み撃ちにしようと、背後から別の堕天使が矛を突き出してきた。
俺は咄嗟にのけ反ってこれをかわすと、足を大きく振り上げて素早く踏み込んだ。
「噴熱間欠泉!」
矛を持つ堕天使の足元から火柱が立ち上がり、それが頭まで抜ける。
すると今度は黒い粒子が堕天使の頭から抜け出した。
そしてさっきと同様にその堕天使のバグが消え、ライフ・ゲージが元に戻る。
俺は即座に堕天使を前蹴りで蹴り飛ばし、灼熱鴉を放った。
「燃え尽きろっ!」
「……ひっ? ひあああああっ!」
バグから回復した堕天使は今まさに目覚めたばかりといった顔で炎に包まれ、そのままゲームオーバーを迎えた。
そうか……なるほど。
噴熱間欠泉は足の踏み込み方や速度で効果が変わる。
大きく振り上げた足を鋭く踏み抜いたために、火柱はより高速で威力が高まった。
「もういっちょ!」
俺はなおも近付いて来る首なしの堕天使に向かって、同じ要領で噴熱間欠泉を繰り出した。
すると首なしの堕天使にも同じ現象が発生し、首のあった場所から黒い粒子を噴き出して倒れ、そのままゲームオーバーとなった。
やはりそうか。
瞬発力が大事なんだ。
高速で桃色の火柱を立ち上らせて、奴らの体から不正プログラムを炙り出す。
下から突き上げて上から押し出す様に……待てよ。
「……これは使えるんじゃねえのか?」
俺は迫り来る堕天使どもの攻撃をかわしながら頭上を見上げた。
上空数十メートルのところでは相変わらずグリフィンが闇の宝玉を成長させようと四苦八苦していやがる。
いまだゾーランの邪魔立てが功を奏しているようで、なかなか思うように大きくなっていかない闇の宝玉を前に、グリフィンの野郎は苛立っていた。
そしてティナはぐったりと前のめりになって人喰い虎の背中に体を預けたまま動かない。
ティナ……いつまでもそんなクソ野郎の前に座らされてたら、さぞかし気分が悪いだろうよ。
「試してみるしかねえ」
俺は頭の中に浮かんだアイデアを実践するため、飛び道具である灼熱鴉を使わずに残りの堕天使どもをあえて引き寄せた。
奴らは各々の武器を手に俺に襲いかかって来る。
そこからはすべて俺の頭の中の組み立て通りに事が運んだ。
噴熱間欠泉が次々と決まり、堕天使どもをバグの頸木から解放していく。
50人近くいた堕天使が頭目1人を残して全滅するのに、5分とかからなかった。
「よし……コツは掴んだぜ。さて、残りはてめえだけだ」
そう言って視線を向けると、堕天使の頭目は相変わらず死人のような目で俺を見据えたまま、黒い槍を手に構えている。
奴の槍は俺が奪い、リジーの手でこの手甲に変貌を遂げた。
今、頭目が持っているのは偽物だろう。
奴はその偽物を手に俺との距離を詰めてくる。
俺は羽を広げ、今度は空中に浮かび上がる。
それを見た頭目は鋭く地面を蹴って跳躍すると、勢いをつけて黒槍を投げつけてきた。
俺は両手に装備した手甲でそれを弾き飛ばす。
ガキンという金属音が響き、強い衝撃がこの身を襲うが、黒槍は地面に叩き落とされた。
だが、黒槍は地面でひとつ弾むとすぐに空中を自在に舞って俺に襲いかかって来る。
やはり偽物とはいえ、その性能はオリジナルと同じか。
自動追尾で黒槍は俺を刺し貫こうとする。
そして堕天使自身もそれに加勢するように俺に追いすがって来た。
だが、今の俺に油断は無い。
「フンッ。甘いんだよ。俺はてめえらと戦った後にかなりの場数を踏んできたんだ」
そう言うと俺は神経を研ぎ澄ませ、斜め後方から襲ってきた黒槍をノールックで掴み取った。
そしてカッと目を見開き、それを堕天使に投げつける。
だが、堕天使はそれをギリギリのところで避けてみせた。
なかなかの反射神経だ。
グリフィンの手で能力を飛躍的に上げられたんだろう。
「コンティニューしたら今度はてめえ自身で腕を磨きな!」
そう叫ぶと当時に俺は猛スピードで頭目の眼前に迫った。
そして空中で半身を捻る様に右足を大きく振り上げ、そのまま頭目の顔面を踏んでやった。
炎足環に最大限の魔力を込めて。
「噴熱間欠泉!」
「がはあっ!」
下から上へ。
そして上から下へ。
俺の思惑通りだった。
空中でもこいつが使えることが証明できたんだ。
頭の上からこの技を食らわせると、今度は頭目の足元へと黒い粒子が抜けていく。
途端に頭目は正気を取り戻し、そのライフ・ゲージがバグから治って元の表示を取り戻した。
「これで終わりだ! 螺旋魔刃脚!」
トドメの一撃には十分だった。
ドリル状に回転する俺の爪先に腹を貫かれ、堕天使の頭目は地面に落下してゲームーオーバーを迎えた。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第22話 『流血のせめぎ合い』は
12月20日(金)0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




