第6話 ナマクラをふりかざせ
穴サソリの毒に苦しむティナを背後に残し、俺は群がる魔物どもにケンカを挑む。
以前とは比べるべくもないほど弱々しいが、それでも魔力の波動が灯火となって俺の両手に確かに宿っていた。
封じられていた攻撃コマンドが復活したことが何よりも大きい。
俺のステータス上では攻撃力は本来の半分の数値となっているが、それで十分だった。
「てめえらザコどもには、このくらいのハンデがちょうどいいんだよ」
そう言う俺の前方では1体の穴サソリがその尾を炎に巻かれてのたうち回っていた。
今しがた俺がこの手で放った地獄の炎が奴の自慢の尾を燃え上がらせている。
上級悪魔のディエゴには通用しなかったが、俺の灼熱鴉の燃焼力はしつこいんだ。
硬い甲殻を持つ穴サソリといえど、炎で焼かれれば当然のようにその熱で体内にダメージを負うことになる。
穴サソリの尾を焼く炎は消えることなく、黒い巨体が苦しさに悶えて暴れ狂っていた。
ざまあみやがれ。
だが積もり積もった俺のフラストレーションはこんなもんじゃ晴れやしねえ。
「ただじゃ済まさねえからなぁ」
俺は牙を剥いて唸り声を上げ、猛然と穴サソリに飛びかかると、自慢の蹴りでその燃える尾を狙った。
「魔刃脚!」
魔力によって刃と化した俺の脛と穴サソリの黒い殻がぶつかり、ギィンと鈍い金属音が鳴った。
チッ!
やっぱり力が落ちているせいで切れ味が鈍ってやがる。
以前なら穴サソリ程度は一撃で一刀両断できたが、今じゃこのザマだ。
情けねえ威力だ。
だが……切れ味鋭い名刀がなきゃ戦えないってんなら、それはその持ち手の実力がその程度ってことだ。
ナマクラしかねえならナマクラをふりかざして勝てばいいだけのことさ。
一度でダメなら何度でもやってやるまでなんだよ!
俺は二度、三度と魔刃脚で蹴りつけ、都合6度めでついに奴の尾を切断してやった。
「ギィィィアィエァァァッ!」
尾の切断部から緑色の体液が噴出し、穴サソリが悲鳴を上げて苦しみにのたうち回る。
こいつらは尾を失うと途端に戦力が大幅ダウンする。
こうなればもうただデカイだけの的も同然だ。
俺を狙う他の穴サソリどもの尾を空中で身を翻してかわすと、足の甲を伸ばして爪先を眼下の穴サソリに向けた。
「螺旋魔刃脚!」
魔刃脚は切り裂く技だが、この派生技は突き刺し貫く技だ。
魔力で爪先を尖ったドリルに変え、体を錐もみ状に高速回転させる。
そのまま急降下して固い殻をも突き破る、貫通に特化した魔刃脚だった。
そして狙うは尾を切断した穴サソリの心臓だ。
「うおおおおおっ!」
俺は体をドリル状に回転させたまま、一気に降下して穴サソリの殻に突っ込んだ。
ギィィンという耳をつんざく音が響き渡り、俺の爪先が固い殻を削る。
火花が散り、穴サソリが悲鳴を上げた。
「ギィィィアアアアッ!」
「くたばりやがれっ!」
俺は構わずに全体重を乗せて一気に穴サソリの殻をぶち破った。
固い殻が砕けて割れ、その下に柔らかな心臓の感触が伝わってくる。
そのまま俺は容赦なく穴サソリの心臓を貫いてやった。
途端に穴サソリはガクンと地面に腹をつけて崩れ落ち、何本もある脚を痙攣させて死んだ。
「ケッ。手こずらせやがって」
俺は心臓から足を引き抜くと、穴サソリの殻の上に立ち、足の代わりに腕を穴サソリの心臓に突っ込んだ。
そして痙攣している穴サソリの心臓の一部を掴み取ると、緑色の体液が飛び散るのも構わずにそいつを引き抜いてやった。
俺の周囲では他の穴サソリどもが騒いでハサミを打ち鳴らしていやがるが、俺はそれを一切無視して穴サソリの心臓を掴んだままティナの元に向かう。
あいつに今死なれると首輪が外せねえからな。
衝撃的な仲間の死に警戒心を強めたのか、魔物どもは遠巻きに俺を見据えたまま、その場から動こうとしない。
今がチャンスだ。
地面に横たわっているティナはすでに意識が朦朧としているようだ。
毒が回り始めてやがる。
俺は右手で穴サソリの心臓を握り、そこから絞り出される液体を左手で受ける。
穴サソリの濁った緑色の体液とは異なる、透き通る黄緑色のその肝液を俺はティナの口に注いだ。
「う……ゴホゴホッ!」
ティナは激しく咳き込むが、それに構わず俺は穴サソリの肝液を今度はティナの首元にある患部に塗り込んだ。
ふぅ。
とりあえずこれで大丈夫だろう。
後はこいつの回復力次第だ。
「キィィィィィグェェェェェッ!」
立ち上がった俺の背後からけたたましい鳴き声が響く。
穴サソリが敵を攻撃する時に発する奇声だ。
番いの雄を殺されて片割れとなった雌が、とうとう我慢の限界を迎えたらしく、警戒心に勝る怒りに駆られて激しく襲いかかってきやがる。
だが、俺は気にもしなかった。
力が制限されていようと、今の俺は戦える。
戦えるなら事態を打開できる。
「馬鹿どもが。皆殺しにしてやる」
俺は自分の持ち得る戦法を次々と駆使して邪魔する魔物どもに立ち向かう。
切れ味の悪い魔刃脚を何度も穴サソリどもに叩きつけて、強引に奴らを切り裂いた。
一匹、また一匹と穴サソリどもはその数を減らし、ほどなくして俺はすべての穴サソリどもを葬り去った。
そして天井付近で見物客を気取る石切コウモリどもに、間髪入れずに灼熱鴉を撃ち込んで撃墜してやると、奴らはみっともなく慌てふためき出す。
技の威力が低下しているとはいえ、ザコどもを仕留めるには十分だぜ。
石切コウモリの何匹かは俺に向かってきやがったので、容赦なく拳で叩きのめしてやると、残った連中は我先にと逃げ出し始めた。
奴らはなまじ頭が回るため、相手が自分よりも強いと判断すればああして一目散に逃げ出していく。
こうなれば数の多い集団も脆弱に瓦解するだけだ。
仲間がやられたのを見た石切コウモリどもは次々と逃げ出して行った。
逃げるザコどもに追撃をかけるのもバカバカしい。
俺は連中が戻ってこないよう、奴らの群れに向けて幾度か灼熱鴉を放つ。
運の悪い奴がそれに撃ち落とされて死んだが、大方の連中は洞窟の奥へと逃げ去っていった。
こうして魔物たちの狂乱の宴は幕を閉じることとなった。
俺は穴サソリどもの死骸を眺めて鼻を鳴らす。
「フン。ザコどもが手こずらせやがって。くそったれ」
そうは言うものの気分は悪くなかった。
力は落ちていたが、それでも魔物どもを相手に十分戦えたからだ。
戦えない苛立ちを知った今の俺には、戦えることは無性の喜びだった。
それに魔物どもが去った今、首輪の正式な解除を邪魔する奴はいねえ。
とにかく解除さえすれば力は戻るはずだ。
こうして他者を攻撃できるようになったわけだし、今すぐにティナを脅してでも解除させてやろう。
解除は洞窟を出てからなんて約束は反故にしてやる。
何せ俺は悪魔だからな。
悪魔は約束なんざ守らねえんだよ。
意気揚々と俺がティナの元へ向かうと、あいつはようやく身を起こしていた。
どうやら穴サソリの肝液が効いて毒が中和されたようだ。
まったく。
成り行き上しょうがなかったとはいえ、この俺が天使を助けることになるとはよ。
感謝しやがれってんだ。
近付くとティナの奴は何やら激しくむせて、えずいていた。
「うぇぇぇぇっ。エホッエホッ。ペッ」
「汚ねえな。何やってんだ?」
そう言って見下ろす俺を、ティナの奴は涙目で睨み付けてきやがった。
「わ、私に何を飲ませたのですか?」
「あ? 何ってそりゃおまえ、解毒のための肝液に決まってんだろ」
「肝……液? そ、それは一体……」
何を青い顔で震えてんだコイツは。
俺はそんなティナに事情をご丁寧に説明してやった。
「穴サソリの心臓を俺がこの手で絞ってだな、その絞り汁をおまえの口に……」
「オエエエエッ!」
「おいおい。そんなに苦かったのか? これだからガキは……」
「あ、あなた馬鹿ですか!」
はあっ?
俺が馬鹿だと?
ティナの奴は顔を真っ赤にして俺を睨み付けてきやがる。
何で俺が馬鹿とか言われなきゃならねえんだ?
俺は怒りを露にしてティナを睨み返した。
「てめえ。助けてやった俺に対して馬鹿とは何だ馬鹿とは。天使のくせに礼のひとつも言えねえのか? 殺すそガキが。ま、礼なんて言われても嬉しかねえけどな」
「そ、それは……だからってやり方がひどすぎます!」
「やり方? 解毒剤もねえ状況で他にどうしろってんだ。文句を言われる筋合いはねえよ」
まったくふざけたガキだ。
俺が切り捨てるように言ってやったのに、まだ食い下がってきやがる。
「私が毒を受けたのは、そもそもあなたを庇ったからです」
「そりゃおまえが勝手にやったことだ。助けてくれと俺が頼んだか? 頼んでねえよ。一言もな。頼んでもいないことで俺に恩を着せようってんなら、天使ってやつは随分と強欲だな」
「くっ……こんな悪魔に仁義を求めようとした私がどうかしていました」
「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと解除の続きをやれ」
こんな押し問答は時間の無駄だ。
俺は拳をボキボキと鳴らして見せる。
「言っておくが、俺は今すぐにでもおまえを痛い目にあわせてやれるんだが? おまえはもっと下手に出て、俺の首輪解除を自ら申し出るべきじゃないのか?」
よし。
これで完全にこっちのペースだ。
内心でそうほくそ笑む俺だったが、ティナの回答は意外なものだった。
「さっきのはイレギュラーの事態でしたので。解除はあくまでも当初の約束通り、洞窟の外まで御案内いただけましたら、あらためて首輪を正式に解除させていただきます」
……このガキ。
ちょっとビビらせてやらねえと分からねえようだな。
そう思って俺はティナの胸倉を掴もうと手を伸ばした。
だが……。
【敵意認定】
突如として俺の視界に見慣れないその文字が浮かび、首輪がギュゥゥゥッと俺の首を絞めつけた。
「くあああああっ!」
激しい電撃を受けたように体中が痺れ、その途端に俺は全身の力が抜けて立っていられなくなる。
そのまま俺はヘナヘナとその場にへたり込んでしまった。
こ、今度は何なんだ?
まるで全身の骨が抜かれてしまったかのように体が動かねえ。
そんな俺を見下ろしてティナはホッと安堵の息をついた。
「よかった。二次防壁は機能していたようですね」
「に、二次防壁……だと?」
「無事に洞窟を脱出できても、首輪を解除した途端、あなたに殺されてしまってはかないません。ですから首輪の解除後も私にだけは危害を加えられないよう、首輪を通じてあなたの体に細工させていただきました」
だらしなくティナの前にへたり込む俺は、己の迂闊さを呪った。
この小娘。
まだ青くさい見た目に似合わず意外と周到だ。
チッ……要するにハナからこの首輪にはそういう仕掛けがあったってことか。
「なら、さっき首輪の解除を渋ってやがる時、外した途端に殺されて~とか言ってやがったのは嘘八百だったってことか」
「申し訳ないのですが、少し話を盛らせていただきました。でも、攻撃できなくてもあなたが私をこの洞窟に置き去りにして逃げてしまう恐れがあるでしょう? そのリスクを負いたくなかったというのもあるので、あながち嘘ばかりというわけではないのですよ」
緊張気味の硬い表情でそう言うティナを俺はじっと見上げた。
「……なるほどな。大したツラの皮だ」
皮肉で言っているわけじゃねえ。
むしろ少し感心したくらいだ。
こいつは俺が思った以上に生き抜く術に長けているのかもしれねえ。
用心深く状況を読む洞察力と、必要とあらば他者を欺く大胆さ。
そういうものがあれば敵地で単身といえど生き残る確率は上がる。
たかが見習い天使を過大評価するつもりはねえが、たかが見習い天使と過小評価するべきでもねえな。
「……怒りましたか?」
少し顔を曇らせてそう言う言葉がティナの本意かは分からねえが、俺の胸の中には不思議と怒りの気持ちはなかった。
「別に。で、この体はどうすれば元に戻るんだ?」
「私が少し離れるか、あなたの敵意がなくなれば……もう動くんじゃないですか?」
そう言われるままに俺は立ち上がった。
確かにティナを攻撃する意思を持たなくなったら、元の通りに体が動くようになった。
「首輪を外してもこの状況はずっと続くのか?」
「それは……秘密です。秘密ですけど、ずっとではないです。いずれ二次防壁の効果は無くなります。それがいつかは教えられませんが」
そういうことか。
「私は天使であなたは悪魔ですから、あなたが私をずっと攻撃できないのはゲーム倫理上まずいですし」
確かにな。
今は互いを縛る利害関係のために行動を共にしているが、明日には敵になるかもしれねえ相手だ。
俺だけが一方的に攻撃できないとあれば、それはシステム上の瑕疵になる。
もし運営本部が知ったら見過ごすはずがねえ。
何にせよ初めから主導権はこのティナの手にあったってわけだ。
これでこいつは俺の首輪を解除せずに逃げおおせることが出来る。
俺に出来る抵抗は、ティナを地上に連れて行かずにここに居座り、首輪の解除を求めてゴネることくらいだ。
だが、そんなガキくせえ悪あがきをするつもりはねえ。
俺は弱い立場に立たされたわけだが、ディエゴに閉じ込められていた時と比べりゃ随分とマシだった。
雲泥の差と言えるだろうよ。
「さてと。邪魔な奴らも消えたことだし、地上に向かうぞ」
とにかくさっさとこの面倒くせえ状況を終わらせよう。
いつまでも天使なんかとウダウダやってられるか。
俺はここを出て、ケルの奴に落とし前をつけさせるんだからな。
俺たちは間近に迫る出口へ向けて、再び歩き出した。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第一章 第7話 『見習い天使の誇り』は
7月7日(日)0時過ぎに掲載予定です。
よろしくお願いいたします。