表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうせ俺はNPCだから  作者: 枕崎 純之助
第一章 見習い天使と下級悪魔
7/76

第6話 ナマクラをふりかざせ

 あなサソリの毒に苦しむティナを背後に残し、俺は群がる魔物どもにケンカをいどむ。

 以前とは比べるべくもないほど弱々しいが、それでも魔力の波動が灯火ともしびとなって俺の両手に確かに宿っていた。

 封じられていた攻撃コマンドが復活したことが何よりも大きい。

 俺のステータス上では攻撃力は本来の半分の数値となっているが、それで十分だった。

 

「てめえらザコどもには、このくらいのハンデがちょうどいいんだよ」


 そう言う俺の前方では1体のあなサソリがその尾を炎に巻かれてのたうち回っていた。

 今しがた俺がこの手で放った地獄の炎が奴の自慢の尾を燃え上がらせている。

 上級悪魔のディエゴには通用しなかったが、俺の灼熱鴉バーン・クロウの燃焼力はしつこいんだ。

 硬い甲殻こうかくを持つあなサソリといえど、炎で焼かれれば当然のようにその熱で体内にダメージを負うことになる。


 あなサソリの尾を焼く炎は消えることなく、黒い巨体が苦しさにもだえて暴れ狂っていた。

 ざまあみやがれ。

 だが積もり積もった俺のフラストレーションはこんなもんじゃ晴れやしねえ。


「ただじゃ済まさねえからなぁ」


 俺は牙をいてうなり声を上げ、猛然とあなサソリに飛びかかると、自慢の蹴りでその燃える尾をねらった。


魔刃脚デビル・ブレード!」


 魔力によって刃と化した俺のすねあなサソリの黒いからがぶつかり、ギィンと鈍い金属音が鳴った。

 チッ!

 やっぱり力が落ちているせいで切れ味が鈍ってやがる。

 以前ならあなサソリ程度は一撃で一刀両断できたが、今じゃこのザマだ。


 情けねえ威力だ。

 だが……切れ味鋭い名刀がなきゃ戦えないってんなら、それはその持ち手の実力がその程度ってことだ。

 ナマクラしかねえならナマクラをふりかざして勝てばいいだけのことさ。

 一度でダメなら何度でもやってやるまでなんだよ!

 俺は二度、三度と魔刃脚デビル・ブレードで蹴りつけ、都合6度めでついに奴の尾を切断してやった。


「ギィィィアィエァァァッ!」


 尾の切断部から緑色の体液が噴出し、あなサソリが悲鳴を上げて苦しみにのたうち回る。

 こいつらは尾を失うと途端に戦力が大幅ダウンする。

 こうなればもうただデカイだけの的も同然だ。

 俺をねらう他のあなサソリどもの尾を空中で身をひるがえしてかわすと、足の甲を伸ばして爪先を眼下の穴サソリに向けた。


螺旋魔刃脚スクリュー・デビル・ブレード!」


 魔刃脚デビル・ブレードは切り裂く技だが、この派生技は突き刺し貫く技だ。

 魔力で爪先をとがったドリルに変え、体をきりもみ状に高速回転させる。

 そのまま急降下して固いからをも突き破る、貫通に特化した魔刃脚デビル・ブレードだった。

 そしてねらうは尾を切断したあなサソリの心臓だ。


「うおおおおおっ!」


 俺は体をドリル状に回転させたまま、一気に降下してあなサソリのからに突っ込んだ。

 ギィィンという耳をつんざく音が響き渡り、俺の爪先が固いからけずる。

 火花が散り、穴サソリが悲鳴を上げた。


「ギィィィアアアアッ!」

「くたばりやがれっ!」


 俺は構わずに全体重を乗せて一気に穴サソリのからをぶち破った。

 固いからが砕けて割れ、その下に柔らかな心臓の感触が伝わってくる。

 そのまま俺は容赦なくあなサソリの心臓を貫いてやった。

 途端にあなサソリはガクンと地面に腹をつけて崩れ落ち、何本もある脚を痙攣けいれんさせて死んだ。


「ケッ。手こずらせやがって」


 俺は心臓から足を引き抜くと、あなサソリのからの上に立ち、足の代わりに腕を穴サソリの心臓に突っ込んだ。

 そして痙攣けいれんしているあなサソリの心臓の一部をつかみ取ると、緑色の体液が飛び散るのも構わずにそいつを引き抜いてやった。

 俺の周囲では他のあなサソリどもが騒いでハサミを打ち鳴らしていやがるが、俺はそれを一切無視してあなサソリの心臓をつかんだままティナの元に向かう。

 あいつに今死なれると首輪が外せねえからな。


 衝撃的な仲間の死に警戒心を強めたのか、魔物どもは遠巻きに俺を見据みすえたまま、その場から動こうとしない。

 今がチャンスだ。

 地面に横たわっているティナはすでに意識が朦朧もうろうとしているようだ。

 毒が回り始めてやがる。

 俺は右手であなサソリの心臓を握り、そこからしぼり出される液体を左手で受ける。

 あなサソリのにごった緑色の体液とは異なる、透き通る黄緑色のその肝液を俺はティナの口に注いだ。


「う……ゴホゴホッ!」


 ティナは激しくき込むが、それに構わず俺はあなサソリの肝液を今度はティナの首元にある患部に塗り込んだ。

 ふぅ。

 とりあえずこれで大丈夫だろう。

 後はこいつの回復力次第だ。


「キィィィィィグェェェェェッ!」


 立ち上がった俺の背後からけたたましい鳴き声が響く。

 あなサソリが敵を攻撃する時に発する奇声だ。

 つがいのおすを殺されて片割れとなっためすが、とうとう我慢の限界を迎えたらしく、警戒心に勝る怒りに駆られて激しく襲いかかってきやがる。

 だが、俺は気にもしなかった。

 力が制限されていようと、今の俺は戦える。

 戦えるなら事態を打開できる。


「馬鹿どもが。皆殺しにしてやる」

 

 俺は自分の持ち得る戦法を次々と駆使して邪魔する魔物どもに立ち向かう。

 切れ味の悪い魔刃脚デビル・ブレードを何度もあなサソリどもに叩きつけて、強引に奴らを切り裂いた。

 一匹、また一匹とあなサソリどもはその数を減らし、ほどなくして俺はすべてのあなサソリどもをほうむり去った。

 そして天井付近で見物客を気取る石切コウモリどもに、間髪入れずに灼熱鴉バーン・クロウを撃ち込んで撃墜してやると、奴らはみっともなく慌てふためき出す。

 技の威力が低下しているとはいえ、ザコどもを仕留めるには十分だぜ。


 石切コウモリの何匹かは俺に向かってきやがったので、容赦なく拳で叩きのめしてやると、残った連中は我先にと逃げ出し始めた。

 奴らはなまじ頭が回るため、相手が自分よりも強いと判断すればああして一目散に逃げ出していく。

 こうなれば数の多い集団も脆弱ぜいじゃく瓦解がかいするだけだ。 

 仲間がやられたのを見た石切コウモリどもは次々と逃げ出して行った。

 

 逃げるザコどもに追撃をかけるのもバカバカしい。

 俺は連中が戻ってこないよう、奴らの群れに向けて幾度か灼熱鴉バーン・クロウを放つ。

 運の悪い奴がそれに撃ち落とされて死んだが、大方の連中は洞窟どうくつの奥へと逃げ去っていった。

 こうして魔物たちの狂乱のうたげは幕を閉じることとなった。

 俺はあなサソリどもの死骸をながめて鼻を鳴らす。


「フン。ザコどもが手こずらせやがって。くそったれ」


 そうは言うものの気分は悪くなかった。

 力は落ちていたが、それでも魔物どもを相手に十分戦えたからだ。

 戦えない苛立いらだちを知った今の俺には、戦えることは無性の喜びだった。


 それに魔物どもが去った今、首輪の正式な解除を邪魔する奴はいねえ。

 とにかく解除さえすれば力は戻るはずだ。

 こうして他者を攻撃できるようになったわけだし、今すぐにティナをおどしてでも解除させてやろう。


 解除は洞窟どうくつを出てからなんて約束は反故ほごにしてやる。

 何せ俺は悪魔だからな。

 悪魔は約束なんざ守らねえんだよ。

 意気揚々と俺がティナの元へ向かうと、あいつはようやく身を起こしていた。

 どうやら穴サソリの肝液かんえきが効いて毒が中和されたようだ。


 まったく。

 成り行き上しょうがなかったとはいえ、この俺が天使を助けることになるとはよ。

 感謝しやがれってんだ。

 近付くとティナの奴は何やら激しくむせて、えずいていた。


「うぇぇぇぇっ。エホッエホッ。ペッ」

「汚ねえな。何やってんだ?」


 そう言って見下ろす俺を、ティナの奴は涙目でにらみ付けてきやがった。


「わ、私に何を飲ませたのですか?」

「あ? 何ってそりゃおまえ、解毒のための肝液かんえきに決まってんだろ」

「肝……液? そ、それは一体……」


 何を青い顔で震えてんだコイツは。

 俺はそんなティナに事情をご丁寧に説明してやった。


「穴サソリの心臓を俺がこの手でしぼってだな、そのしぼり汁をおまえの口に……」

「オエエエエッ!」

「おいおい。そんなに苦かったのか? これだからガキは……」

「あ、あなた馬鹿ですか!」


 はあっ?

 俺が馬鹿だと?

 ティナの奴は顔を真っ赤にして俺をにらみ付けてきやがる。

 何で俺が馬鹿とか言われなきゃならねえんだ?

 俺は怒りをあらわにしてティナをにらみ返した。


「てめえ。助けてやった俺に対して馬鹿とは何だ馬鹿とは。天使のくせに礼のひとつも言えねえのか? 殺すそガキが。ま、礼なんて言われても嬉しかねえけどな」

「そ、それは……だからってやり方がひどすぎます!」

「やり方? 解毒剤もねえ状況で他にどうしろってんだ。文句を言われる筋合いはねえよ」


 まったくふざけたガキだ。

 俺が切り捨てるように言ってやったのに、まだ食い下がってきやがる。


「私が毒を受けたのは、そもそもあなたをかばったからです」

「そりゃおまえが勝手にやったことだ。助けてくれと俺が頼んだか? 頼んでねえよ。一言もな。頼んでもいないことで俺に恩を着せようってんなら、天使ってやつは随分ずいぶんと強欲だな」

「くっ……こんな悪魔に仁義を求めようとした私がどうかしていました」

「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと解除の続きをやれ」


 こんな押し問答は時間の無駄だ。

 俺は拳をボキボキと鳴らして見せる。


「言っておくが、俺は今すぐにでもおまえを痛い目にあわせてやれるんだが? おまえはもっと下手に出て、俺の首輪解除を自ら申し出るべきじゃないのか?」


 よし。

 これで完全にこっちのペースだ。

 内心でそうほくそ笑む俺だったが、ティナの回答は意外なものだった。


「さっきのはイレギュラーの事態でしたので。解除はあくまでも当初の約束通り、洞窟どうくつの外まで御案内いただけましたら、あらためて首輪を正式に解除させていただきます」


 ……このガキ。

 ちょっとビビらせてやらねえと分からねえようだな。

 そう思って俺はティナの胸倉をつかもうと手を伸ばした。

 だが……。

 

【敵意認定】


 突如として俺の視界に見慣れないその文字が浮かび、首輪がギュゥゥゥッと俺の首をめつけた。


「くあああああっ!」


 激しい電撃を受けたように体中がしびれ、その途端とたんに俺は全身の力が抜けて立っていられなくなる。

 そのまま俺はヘナヘナとその場にへたり込んでしまった。

 こ、今度は何なんだ?

 まるで全身の骨が抜かれてしまったかのように体が動かねえ。

 そんな俺を見下ろしてティナはホッと安堵あんどの息をついた。


「よかった。二次防壁は機能していたようですね」

「に、二次防壁……だと?」

「無事に洞窟どうくつを脱出できても、首輪を解除した途端とたん、あなたに殺されてしまってはかないません。ですから首輪の解除後も私にだけは危害を加えられないよう、首輪を通じてあなたの体に細工さいくさせていただきました」


 だらしなくティナの前にへたり込む俺は、己の迂闊うかつさを呪った。

 この小娘。

 まだ青くさい見た目に似合わず意外と周到しゅうとうだ。

 チッ……要するにハナからこの首輪にはそういう仕掛けがあったってことか。


「なら、さっき首輪の解除をしぶってやがる時、外した途端とたんに殺されて~とか言ってやがったのは嘘八百だったってことか」

「申し訳ないのですが、少し話を盛らせていただきました。でも、攻撃できなくてもあなたが私をこの洞窟どうくつに置き去りにして逃げてしまう恐れがあるでしょう? そのリスクを負いたくなかったというのもあるので、あながちうそばかりというわけではないのですよ」


 緊張気味の硬い表情でそう言うティナを俺はじっと見上げた。


「……なるほどな。大したツラの皮だ」


 皮肉で言っているわけじゃねえ。

 むしろ少し感心したくらいだ。

 こいつは俺が思った以上に生き抜くすべに長けているのかもしれねえ。

 用心深く状況を読む洞察力と、必要とあらば他者をあざむく大胆さ。

 そういうものがあれば敵地で単身といえど生き残る確率は上がる。

 たかが見習い天使を過大評価するつもりはねえが、たかが見習い天使と過小評価するべきでもねえな。


「……怒りましたか?」


 少し顔を曇らせてそう言う言葉がティナの本意かは分からねえが、俺の胸の中には不思議と怒りの気持ちはなかった。


「別に。で、この体はどうすれば元に戻るんだ?」

「私が少し離れるか、あなたの敵意がなくなれば……もう動くんじゃないですか?」


 そう言われるままに俺は立ち上がった。

 確かにティナを攻撃する意思を持たなくなったら、元の通りに体が動くようになった。


「首輪を外してもこの状況はずっと続くのか?」

「それは……秘密です。秘密ですけど、ずっとではないです。いずれ二次防壁の効果は無くなります。それがいつかは教えられませんが」


 そういうことか。


「私は天使であなたは悪魔ですから、あなたが私をずっと攻撃できないのはゲーム倫理上まずいですし」


 確かにな。

 今は互いを縛る利害関係のために行動を共にしているが、明日には敵になるかもしれねえ相手だ。

 俺だけが一方的に攻撃できないとあれば、それはシステム上の瑕疵かしになる。

 もし運営本部が知ったら見過ごすはずがねえ。

 何にせよ初めから主導権はこのティナの手にあったってわけだ。


 これでこいつは俺の首輪を解除せずに逃げおおせることが出来る。 

 俺に出来る抵抗は、ティナを地上に連れて行かずにここに居座り、首輪の解除を求めてゴネることくらいだ。

 だが、そんなガキくせえ悪あがきをするつもりはねえ。

 俺は弱い立場に立たされたわけだが、ディエゴに閉じ込められていた時と比べりゃ随分ずいぶんとマシだった。

 雲泥うんでいの差と言えるだろうよ。


「さてと。邪魔な奴らも消えたことだし、地上に向かうぞ」


 とにかくさっさとこの面倒くせえ状況を終わらせよう。

 いつまでも天使なんかとウダウダやってられるか。

 俺はここを出て、ケルの奴に落とし前をつけさせるんだからな。

 俺たちは間近に迫る出口へ向けて、再び歩き出した。

お読みいただきまして、ありがとうございます。


次回 第一章 第7話 『見習い天使の誇り』は


7月7日(日)0時過ぎに掲載予定です。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ