第8話 謎の地下通路
土の中に不自然に埋められていた巨大な石板。
不正プログラムに浸食されていたその石板の下から、地下へと続く石の階段が現れた。
なるほどな。
上級種どもはこいつを土の下に隠してやがったってわけか。
階段を見つけたティナは鬼の首をとったように勇ましく声を上げる。
「バレットさん。中に入りましょう。いえ、1人で行けとは言わせませんよ。もし私がここに1人で入ったら、きっと中には不正プログラムの恐ろしい罠があって私は餌食にされてしまうかもしれません。ですが止めないで下さい。止められても行きますよ私は。使命ですから。ああ、でも私がもし戻れなかったら明日のバレットさんの首輪解除が出来なくなってしまう。それだけが心残りです。無念です。バレットさんとの約束を守りたいのに。首輪解除したいのに」
……何をこいつは1人でベラベラ喋り続けていやがるんだ。
そして喋りながら俺をチラチラ見るのはやめろ。
はぁ……何だかアホらしくなってきた。
「まったく。いい気になりやがって。小娘が。ホレッ。さっさと行くぞ」
「さすがバレットさん!」
いい加減にティナの相手をするのが面倒くさくなった俺は、現れた石の階段に足を踏み入れた。
確かにティナにチョロチョロと動かれて万が一行方不明にでもなられたら一大事だ。
俺は憤然と足を踏み鳴らしながら階段を降りていく。
すぐ後ろからティナが取り出したランプに火を灯しながらついてきた。
階段は思いのほか長く、50段ほどあった。
割と深めに掘っていやがるな。
そして階段を下り切った先には横幅が2メートルほどの平坦な地下通路が続いている。
俺はそこで足を止めた。
地上から差し込むわずかな光もここまでだ。
ティナの持つランプが照らし出したのは、石でしっかりと四角に区切られた地下通路の様子だった。
だが海のど真ん中にある孤島なので、地下に浸透する海水が壁や天井からわずかに染み出していて、とにかく磯臭く湿っぽい。
リジーの話じゃ、この島に悪魔どもがひっきりなしに出入りしていたというが、そいつらはアヴァンやディエゴの命令でこの通路を作らされていたんだろう。
何にせよ先に進まなきゃ何も分からんな。
どんな仕掛けがあるのかも不明だが、どうやら魔物の類いはいなさそうだ。
無機質なこの空間にはとにかく生物の気配がまるで感じられなかった。
上級種の奴らがこんなうらぶれた場所に何かを作るってことは、人に知られたくない何かがあるってことだ。
土に隠していたことからも、それは明らかだった。
不正プログラムが絡んでいるのなら尚更だ。
それにしてもリジーは土の下にこんなもんが隠されていると知っていたんだろうか。
あいつはアヴァンのアジトに何かを盗みに入ると言っていたが、こんな場所にどんな財宝が隠されているんだか。
リジーのことだから何のアテもなく盗みに入ろうとするわけがない。
何か情報を掴んでいたはずだ。
そんなことを考えながら用心して先を進む。
ま、ここが何であろうと俺には一切関係ねえんだが、こんな何もない島に不自然に作られた地下道というのがどうにも気になった。
アヴァンやディエゴがどんな思惑でこの場所を作ったのか知らねえが、それを暴いてぶっ潰してやるのも面白え。
俺をさんざん痛めつけてくれたんだから、そのくらいの礼はしたっていいだろうさ。
一体何が隠されているのか……少しばかり楽しくなってきた俺だったが、探索行はすぐに終わりを告げた。
地下道は一本道でしかも短く、2分も歩かないうちに行き止まりになっていたからだ。
その突き当たりには扉も何もなく、無機質な壁が俺たちの行く手を阻んでいた。
「何だこりゃ? これで終わりか?」
「行き止まりですね」
ティナが用心深く突き当たりの壁に触れるが、これといった仕掛けや罠もなさそうだ。
ここまでの短い通路の中、扉もなけりゃ曲がり角もなく、部屋という部屋もない。
地中に通路を作っただけの奇妙なその空間に俺は首を捻る。
意味もなくこんなもんを作るわけがねえ。
どこかに仕掛けがあるはずだ。
ティナの奴は壁や床のみならず、天井を銀環杖で突いたりして調べている。
だが、これといって効果はなさそうだ。
おそらくそんな簡単に分かる細工はしてねえだろう。
アヴァンはともかく、ディエゴは用心深い奴だった。
俺が奴だったら……。
そう考えたところで、俺はふいに首の裏側がチリチリと痛むのを感じて顔をしかめた。
またか。
俺は痛む箇所を手でさするが、腫れてもいなけりゃ傷もなく出血もない。
朝から感じる痛みだが、一体何なんだ?
痛みはすぐに治まったが、体の倦怠感はまだ残ったままだ。
どうにも調子が悪い。
そう思って振り返ったその時、ほんの一瞬のことだが俺は目がわずかに霞むのを覚えて二度三度とまばたきをした。
妙だな。
何が妙なのかハッキリとは分からないが、拭えぬ不快感が俺の体を包み込む。
俺は自分の視界の中にある違和感の正体を探して元来た道を戻り始めた。
「バレットさん?」
俺の様子を見たティナは不思議そうな顔で後をついてくる。
すぐに俺たちは先ほどこの地下道に降りるのに使った階段へと辿り着いた。
そこで俺は足を止めた。
階段の様子は見たところ何も変わっていない。
何の変哲もないただの階段で、不正プログラムによるバグもない。
だが、俺はなぜだかその階段の一番下から5段目辺りまでに違和感を覚えずにはいられなかった。
何かに急き立てられるように俺は階段に歩み寄ると、石造りの階段に手で触れた。
ヒンヤリとしたその感触が手に伝わってくる。
俺は違和感の正体を確かめるようにその階段を手で押してみた。
すると5段目までの石段がズズズと音を立てて壁の中へと引っ込んでいく。
「こ、これって……」
俺の隣でティナが目を見開いて驚きに声を上げる中、俺の視界が激しく揺れた。
そして石段を押す俺の手がそのまま壁の中に吸い込まれていく。
それは昨日の砦の戦いでディエゴの作った不正プログラムの網に突っ込んだ時の感覚に似ていた。
その引き込む力は強く、抗う間もなく俺の体は壁の中に完全に吸い込まれた。
「うおっ!」
「バレットさん!」
咄嗟にティナの手が俺の胴着の裾を掴むのを感じながら、俺は自分がまったく別の空間に移ったことを知った。
ティナも俺に引っ張られるように同じ場所に移ってきていた。
壁の向こう側にあったその空間は巨大な2本の柱が中央に立つだだっ広い部屋だったが、室内の奇怪な様子に俺は思わず眉を潜めた。
「何だこりゃ……」
その部屋は今俺たちが立っている場所から見て、奥行きは10メートルほどであるものの、幅が50メートルはあろうかという横長の部屋だった。
そして部屋中の壁には1メートル間隔くらいでいくつもの鏡がかけられていた。
一つ一つが俺1人を頭から足まで十分に映せるほどの大きさを持った姿見だ。
そして部屋の真ん中に不自然に立つ2本の角柱には、ひときわ大きな鏡がかけられている。
横並びに3、4人が並んでも余裕で映りそうな大きさだ。
「この部屋は一体……」
ティナが不審そうにそう呟く。
この部屋は明らかに普通じゃねえな。
鏡か……。
俺は用心して部屋の中を見て回る。
ティナはそんな俺の後ろを恐る恐るついて回っていた。
鏡ってのは魔法や術の力を込めやすい物質だ。
その用途としてよくあるのは、鏡に映った姿を変化させることで自らの姿も変える変身魔法だ。
他には鏡を通して別の場所に瞬間移動する転移魔法などがある。
ここまで不自然に鏡が配置してあるってことは、そういう用途を想定して用意したとしか思えない。
「ティナ。あの鏡に不正プログラムはかけられているか?」
俺が目で見たところ、異常はないように思える。
だが、ティナの目には俺に見えない異変が見えるはずだ。
だがティナはすべての鏡を目視でチェックすると首を横に振った。
「見た限りでは異常は感じられません」
「本当かよ? これが全部ただの鏡だってのか?」
こんな不自然な隠し部屋に不自然に配置されたただの鏡。
意味が分からん。
上級種どもはここでダンスの練習でもするつもりだったのか?
俺と同じくティナは困惑の表情を浮かべ、それから注意深く全ての鏡を間近で触れて確認した。
だが、結果は同じだった。
紛れもなくそれはただの鏡だ。
「もしかしたら、ここは作り終えたばかりなんじゃないですか? これから不正プログラムで細工をしようという時に、私たちに倒されて計画が頓挫した、とか」
もちろんそういう可能性も無くはないが、断定は出来ない。
それから俺たちは鏡以外にも部屋の中に仕掛けがないか確認して回ったが、やはり何も見つからなかった。
ただし、俺たちがここに吸い込まれた壁には、確かに不正プログラムの痕跡が残されていた。
「このすり抜ける壁はかなり精巧な不正プログラムによって作られています。私の眼でも一目では分からないほどに普通の壁のように偽装されているんです。おそらく時間をかけて丁寧に作ったんだと思います」
上級種の奴ら。
この場所を作るのに相応の労力を費やしていたはずだ。
だからこそ、ここには絶対に何かがあるはずなんだ。
「どうも気に入らねえな。リジーの話ではここに相当数の悪魔がひっきりなしに出入りしてたってことだ。かなりの人数が動員されている割にはこの地下施設はあまりにもチンケだと思わねえか?」
「私もそう思います。この部屋以外にも隠されている場所があるんじゃないでしょうか」
ティナは頭の中を整理するように目を閉じて指で顎を撫でる。
「リジーさんは何か高価なものを探して、ここに忍び込むつもりだったんですよね?」
「そうだ。あいつは金でしか動かねえからな。しかも上級種のアジトに忍び込むリスクと釣り合うほどの高価な財宝を狙っていたんだろうよ。そんなもんがここにあるとしたら……やはりどこかに隠されているはずだ」
だが、すでにこの室内はくまなくチェック済みで、先ほど俺が階段に感じたような違和感もない。
「もしバレットさんがアヴァンやディエゴの立場だったとしたら、ここで何かを隠すのにどんな手段を用いますか?」
俺が奴らだったとしたら……。
「ここに忍び込まれても肝心な部分だけは見破られないよう細工するな。たとえば……特定の条件下でのみ不正プログラムが発動するような仕組みとかな」
「特定の条件下ですか……特定の日付、時間帯、室内の温度とか? 考え出せばキリがないですけど」
「いや、もっと単純に、アヴァンやディエゴがこの部屋にいる時だけ発動するとかな。それなら奴らにとって確実で都合がいいだろう」
俺の言葉にティナは落胆の表情を見せた。
「そうだとしたら絶望的ですね」
「そうでもねえだろ。運営本部はアヴァンとディエゴの身柄を拘束しているんだから、奴らをここに連れてきて実況見分させりゃいいんだ」
「いや、今は運営本部による取り調べ中ですから、すぐには難しいと思います」
ティナの話によればアヴァンとディエゴは体内の全てのプログラムを分解されて精密分析にかけられているため、拘束は長期に渡ることになりそうだという。
バラバラに解剖されてんのか。
いい気味だぜ。
自業自得なんだよ。
「運営本部にとって優先順位は不正プログラムの解明ですから、フィールド上の不具合は後回しなんです。まあ、そのために私がいるんですけど」
今はお手上げってことか。
現状、これ以上は打つ手がなさそうだ。
引き際だな。
俺は肩をすくめて立ち上がった。
「何にせよ情報が少な過ぎるぜ。一番確実なのはここに出入りしてた悪魔を捕まえて締め上げ、情報を吐き出させることだが、それも今となっちゃ手間暇かかり過ぎる」
もしかしたらそいつら全員すでに不正プログラムで消されてるかもしれねえしな。
あの上級種どもだったら、そのくらいは平気でやりそうだ。
ティナも仕方なく同意すると、後ろ髪引かれるのを堪える様な顔で立ち上がる。
「それにしてもバレットさん。よくあの階段の異変に気付きましたね。見た感じはまるで変化がなかったのに」
「ティナは気付かなかったのか?」
「バレットさんが階段に注目しているのを見て、それから気付きました。もしかしたらバレットさんも不正プログラムを見分けられるようになってきたのかもしれませんね」
ティナと行動したこの数日間で俺は嫌というほど不正プログラムの作り出すバグを目撃してきた。
その影響で俺自身、不正プログラムを見分けられるようになったってことか?
そんな馬鹿な。
だが俺は確かにあの階段に強い違和感を覚えたんだ。
それは初めての感覚だった。
自分の身に起きている変化が良く分からず、どうにも居心地が悪いな。
「とりあえずはこの部屋を発見したということで、天国の丘からの指令は果たせたと考えましょう。この階段部分は証拠として正常化せずにそのままにしておきます。明日、我が同胞たちにも見てもらわないといけませんね」
ティナは少し口惜しそうにそう言った。
ま、不正プログラムによって土の下に部屋が隠されていたのは事実で、それを暴いたんだから良しとするべきか。
それから俺たちは仕方なく来た道を戻ることにした。
入ってきた時と同様に壁の一部に触れると、俺たちはいつの間にか階段の向こう側に戻っていた。
奇妙な出入口となっていたその石段は元の姿を取り戻し、普通の階段の役割を果たして俺たちを再び地上へと導いた。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第三章 第9話 『最後の晩餐』は
9月14日(土)0時過ぎに掲載予定です。
一日空きますが、次回もよろしくお願いいたします。




