表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうせ俺はNPCだから  作者: 枕崎 純之助
第三章 絶海の孤島
39/76

第4話 海棲人

「きゃあっ!」


 海中からいきなり飛び出してきた棒状の物体がティナの片翼に突き刺さった。

 俺は目を見張る。

 あれは……海中で魚を獲るのに使うもりだ。

 空中でバランスを崩すティナの腕をつかんで引き寄せた俺は眼下に視線を向ける。

 ようやくもりの襲撃が収まった海面に無数の影が浮かんでいた。


 そいつらは海面に落ちてきたもりつかむと、俺たちを見上げた。

 俺はその連中に見覚えがあった。


海棲人マーマンか」


 それは海中を住処とする人型の生物で、発達したエラ呼吸によって海中で自在に活動する一方、肺呼吸は退化していて陸上では数時間しか活動できない奴らだった。

 青緑色のうろこに全身がおおわれていて、手にしたもりを海中から投げ、海上を飛ぶ獲物を仕留めるのを得意としている。

 海域が離れているのでこの群れじゃないだろうが、俺がかつて岸壁のとりでに住んでいた頃、幾度か海棲人マーマン遭遇そうぐうしたことがある。

 個々の力はそれほど強くないが、獰猛どうもうな性格と仲間同士で緻密ちみつな連携を取り合う社会性を持つ厄介やっかいな連中だ。

 地上ならともかく、海中で戦うのは絶対に避けたい。


「ティナ。ボサッとするな。敵は待っちゃくれねえぞ」


 俺はそう言ってティナを近くに引き寄せる。

 ティナは苦しげに顔をゆがめていた。

 俺はティナの翼からもりを引き抜こうとしたが、その切っ先には返しがついていて簡単には引き抜けない。

 俺がもりを引く手に力を込めた途端、ティナが悲鳴をらした。


「ひぐっ! い、痛いです」


 無理に引き抜こうとすれば翼がひどく損傷する恐れがある。

 飛ぶのに支障が出ると面倒だ。

 そうこうしている間にも下から再びもりが次々と襲いかかってくる。


「チッ! 鬱陶うっとうしい!」


 俺はティナを抱えたまま上空まで急上昇した。

 奴らの投げるもりはせいぜい50メートル程度の高さまでしか届かない。

 それよりも上空高くに逃れた俺たちは、海棲人マーマンどもの射程範囲から外れた。

 翼を貫かれたティナは苦痛にあぶら汗をかいている。


「少しくらい痛いのは我慢しろ。このままでいるわけにはいかねえだろ」

「は、はい……」


 俺は右手の親指と人差し指に炎をともして高熱化すると、ティナの翼に突き刺さったもりの先端をつまんだ。

 そして指に力を入れると高熱で金属が溶け始めて、もりの先端がゆがみ始める。

 俺はそのまま指でもりの先についた返しを押しつぶした。

 もりが変形して煙を吐くようになると、金属から伝わる高熱に耐え切れずにティナが音を上げる。


「あ、熱い! バレットさん! もう無理! 熱すぎます!」

「もう少しだ」


 そう言うと俺は左手で一気にもりを引き抜いた。

 返しを焼きつぶしたことで、引っかかることなく今度はスンナリともりは抜けた。

 俺はそのもりを真っ二つにへし折って捨てる。

 ティナの翼は傷つき、熱でわずかに変色していたが、飛べなくなるほどではなさそうだ。

 本人は痛みと熱さで涙目になっていやがるが、何とか自力で浮かんでいる。


「あ、ありがとうございます」

「フンッ。油断すんな。だが、これ以上高度を下げなければ奴らのもりは届かねえ。このまま高度を保ってフーシェ島まで行くぞ」


 フーシェ島に上がれば周りが海で囲まれていようと、そこは陸地だ。

 海棲人マーマンどもが上陸してきたとしても、こっちのペースで返り討ちにしてやれる。

 そう考えた俺は何かが頭上からの太陽の光をさえぎったのを感じて反射的に上を向いた。


 そこには空をひらめく1つの影が旋回している。

 大きな翼が羽ばたく音が聞こえ、ティナも俺に続いて頭上を見上げた。


「鳥……ですか?」

「いや……」


 鳥にも見えるが人にも見える。

 俺はそいつが上空からこちらに向けて投げ下ろしてきた物を認識した。


もりだ!」


 頭上から飛んでくるもりを、俺は半身の姿勢となって手刀で叩き折った。

 ティナは頭上にいる者の正体に唖然として声をらす。


「マ、海棲人マーマンです。どうして空に……」


 海にむはずの海棲人マーマンがなぜ空を舞っているのか。

 その答えはすぐに出た。

 その1体の海棲人マーマンの両肩を巨大な鳥が両脚の鉤爪かぎづめつかんで飛んでいるからだ。

 真っ白な体毛と長い羽を持つその巨大な鳥は、大脚鳥おおあしどりと呼ばれるこの辺りで最大種の海鳥だった。


 大脚鳥おおあしどり海棲人マーマンを運んでいるだと?

 初めて見る奇妙なその光景に俺はまゆひそめた。

 だが、いつまでも驚いている場合じゃねえ。

 その大脚鳥おおあしどりに運ばれている海棲人マーマンは腰から2本の短刀を抜いてこちらに向かってくる。


 柳葉刀りゅうようとうと呼ばれる二の腕ほどの長さの短刀を握るその海棲人マーマンは、よくきたえられた筋肉質の肉体を持つ若い男だった。

 海面にいる連中の仲間か。

 まさか海棲人マーマンと空中で戦うことになるとは思わなかったぜ。


「迎え撃つぞ!」


 俺の叫び声にティナもアイテム・ストックから銀環杖サリエルを取り出して臨戦態勢に入る。

 だが海棲人マーマンは闇属性ってわけじゃない。

 おそらくティナの高潔なる魂(ノーブル・ソウル)は悪魔を相手にした時ほどの効果は期待できねえだろう。


「ティナ。あいつは俺が倒す。おまえは自衛に専念しろ」


 他に助っ人もいねえことだし、1対1だ。

 さっさと終わらせるぜ。

 海棲人マーマンは俺の頭上へ急降下してきて両手に持った柳葉刀りゅうようとうを振り下ろそうとする。

 そうはさせじと俺は牽制けんせいの一撃を放った。


灼熱鴉バーン・クロウ!」


 だが海棲人マーマンをぶら下げた大脚鳥おおあしどりが素早く身をひねって灼熱鴉バーン・クロウをかわすと、そのまま俺の目の前に迫ってきた。

 海棲人マーマン柳葉刀りゅうようとうを俺に向けて鋭く突き出した。


「ナメんじゃねえ!」


 俺は足を振り上げて魔刃脚デビル・ブレードで敵の刃を弾いた。

 ギィンという鋭い音が鳴り響く中、俺は勢いをつけて敵の刃を押し返した。

 海棲人マーマンは後方に下がって俺と距離を取る。

 こいつ、油断できねえな。


 しかも大脚鳥おおあしどりはその巨体に似合わず、かなり動きが速い。

 海棲人マーマンをぶら下げたままだってのに大した機動力だ。

 飛び方を見る限り、海棲人マーマンとすっかり息を合わせていやがる。

 獰猛どうもうな性格で他の生物には慣れないはずの大脚鳥おおあしどりをまるで飼い慣らしているかのようだ。


 あの海棲人マーマン

 一体何者なんだ?


 俺は警戒しつつ、両手に炎を宿した状態で奴らに突っ込んでいく。

 海棲人マーマンは再び両手の柳葉刀りゅうようとうを振り上げて俺に斬りかかってくるが、俺は羽を操って空中で小刻みに体勢を入れ替えながら敵の斬撃をかわし続ける。

 海棲人マーマンの斬撃が思いのほか鋭く、油断すると腕や足を切り落とされそうだ。

 俺は魔力を使って鋭い刃と化した脚で連続攻撃を仕掛けた。


魔刃脚デビル・ブレード!」


 海棲人マーマンはこれを両手の刃で受け止めるが、俺は構わずに連続で魔刃脚デビル・ブレードを打ち込み続ける。

 海棲人マーマンは俺の攻撃をすべて受け止めてはいるものの、攻撃に転じることは出来ずに防戦一方だった。

 いいぞ。

 これでいい。

 俺のねらいは……。


灼熱鴉バーン・クロウ!」


 俺は魔刃脚デビル・ブレードを打ち込んだ次の瞬間、超至近距離から灼熱鴉バーン・クロウを放った。

 海棲人マーマンではなく、その両肩をつかんでいる大脚鳥おおあしどりに向けて。


「クワァァァァォァァァァ!」


 だが灼熱鴉バーン・クロウが直撃する瞬間、大脚鳥おおあしどりはあっさりと海棲人マーマンを放り出すと、そのまま炎をかわして上昇する。

 そして空中に放り出された海棲人マーマン柳葉刀りゅうようとうを腰のさやに叩き込むと、俺に組み付いてきやがった。


「くっ! 放しやがれ」


 俺は海棲人マーマンを振りほどこうとしたが、俺の腕をつかむその握力は思った以上に強く、簡単には振りほどけない。

 そして海棲人マーマンはようやく俺の耳に聞こえる程度のか細い声を出した。


「天使を……生贄いけにえをよこせ」


 その言葉に俺は思わず面食らった。

 こいつ……海棲人マーマンのくせに共通語が話せるのか?

 奴らは独自の言語しか話せないため、他種族と会話によるコミュニケーションを取ることが出来なかったはずだが。


生贄いけにえ……天使が必要」


 天使の生贄いけにえだと?

 片言の言葉だが、こいつは確かにそう言った。

 ティナをねらってやがるのか。

 

「きゃあっ!」


 案のじょう、俺の後方からティナの悲鳴が上がる。

 空中で海棲人マーマンみ合いながら俺は後方を見た。

 するとさっきまで海棲人マーマンの肩をつかんでいた大脚鳥おおあしどりがその大きな鉤爪かぎづめで今度はティナの肩をつかんでいる。


「ティナ!」

「は、放しなさい! 高潔なる魂(ノーブル・ソウル)!」


 ティナの体から桃色の光があふれ出し、それを浴びた大脚鳥おおあしどりがけたたましい悲鳴を上げてたまらずにティナの体を放り出した。


「クエェェェェェェッ!」


 だが、魔法が効いたことでティナの奴に一瞬の油断が生じる。

 大脚鳥おおあしどりが腹いせのようにその鉤爪かぎづめでティナを頭上から蹴り落とした。


「ひあっ!」


 ティナは悲鳴を上げて真っ逆さまに落下していく。

 あのアホ!

 油断してんじゃねえぞ!


 だが油断していたのはティナだけじゃなかった。

 大脚鳥おおあしどりの悲鳴が上がった途端、俺に組みついていた海棲人マーマンが顔を上げて何事かを叫んだ。

 その意味はまったく分からなかったが、俺に組みつく力がわずかに弱まった。


「ハァッ!」


 俺はそのすきを見逃さなかった。

 体を瞬時に高速回転させ、海棲人マーマンの手が俺から離れた瞬間、振りほどく。

 そして間髪入れずに海棲人マーマンの脳天にひじを打ち下ろした。


「オラァッ!」

「ギアッ!」


 クリーンヒットだった。

 海棲人マーマンはくぐもった悲鳴を上げて海面に落下していく。

 するとそれを追うように大脚鳥おおあしどりが急降下していった。

 俺はそれに構わず即座に方向転換をしてティナを追う。


 大脚鳥おおあしどりに叩き落とされたティナは何とか空中で体勢を立て直して静止していた。

 だが、俺は見た。

 ティナの真下の海面から何か奇妙なものが飛び出してきたのを。


「ティナ! 下だ!」


 それは太く長い帯のようなもので、むちのようにしなってティナのふくらはぎにからみついた。


「ひっ!」


 いや、帯でもむちでもない。

 あれは……海蛇うみへびか?

 いや、そうじゃない。

 海面が急激に盛り上がり、大きな波しぶきを上げながら巨大な物体が姿を現した。


「こ、こいつは……」


 そこに現れたのは見たこともないほど巨大なタコだった。

 ティナの足に巻きついているのは、その大ダコが海面から鋭く伸ばした脚だったんだ。


「何てデカさだ……」


 その頭の大きさだけで直径10メートル以上はある。

 だが、もっと驚くべきはその脚の長さだ。

 海面から50メートルは上空にいるはずのティナの足を捕らえている。


「くっ! 高潔なる(ノーブル)……きゃっ!」


 ティナは再び神聖魔法で危機を脱しようとしていたが、それよりも早く大ダコの脚に引っ張られて見る見るうちに落下していく。


「ティナッ!」

「バ、バレットさぁぁぁぁぁん!」


 その叫び声もむなしく、ティナはあっという間に海面下へと引きずり込まれてしまった。

今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回 第三章 第5話『海域の主』は


明日9月6日(金)0時過ぎに掲載予定です。


次回もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ