第16話 魔力爆轟
体にまとわりつく重量を振り切って俺はディエゴに向かってズンズン進み出す。
ティナの修復術を受けて力の弱まったディエゴの得意魔法・過重力はすでに俺を抑えられなくなっていた。
「生意気な下級種が!」
ディエゴはそう言うと再びその目から赤い光線を発した。
だが俺は前かがみの状態で顔の前に両腕を交差させ、顔、喉、胸を防御しながら進む。
ディエゴの光線は俺の腕や足を痛めつけるが、そんなもんで今の俺は止まらねえ。
そして何よりも、もうこいつは厄介な不正プログラムを使うことは出来ない。
それがディエゴにとって何よりの痛手だろう。
「ディエゴ。ここまで受けた借りを利子つけて返してやるよ!」
俺の魔力が最大限まで高まり、体中から炎が噴き上がる。
そしてバチバチと音を立てて青白い焔雷が迸った。
俺は重力を完全に振り切り、ディエゴに突進するとその猿顔に思いきり肘打ちを叩き込んだ。
「ぶあっ!」
ディエゴはのけ反って後方に倒れそうになるが、それでもその目から再び光線を発して俺を射殺そうとする。
だが俺は恐れることなく奴の胸ぐらを掴んで引き寄せると、その頭に思い切り頭突きを喰らわせた。
俺自身も痛むのを構わずにガツンと浴びせてやった頭突きに、ディエゴの目の光が霧散して消え、その鼻から血が吹き出る。
そのままの勢いで俺は奴の腹に膝蹴りを叩き込んでやった。
「ごふぁ!」
ディエゴの体が前のめりになったところを、俺は高熱で真っ赤に焼けた拳で容赦なくその顎を突き上げた。
「噴殺炎獄拳!」
燃え盛る俺の拳がヒットした途端、ディエゴの目、鼻、口、耳から炎が噴き出した。
俺の拳から伝わる地獄の炎がディエゴの体内すべてを焼き尽くす。
「ごあああああっ!」
先日のケル同様に体中から炎を噴き上げて文字通り火だるまとなったディエゴの体は、俺の拳で突き上げられて舞い上がると、天井にぶつかってから地面に落下した。
そして口から黒い煙と赤い血ヘドを吐き出し、ディエゴは力なく地面に横たわる。
「ご……ごふっごふぁ。こ、この俺が……か、下級種なんぞに……」
ディエゴは自分の身に起きたことが信じられないといったように両目を見開くが、その目から眼光が失われていく。
そして荒い息とともに上下に起伏を繰り返していたその体がピクリとも動かなくなった。
ディエゴのライフゲージが空になり、その命が燃え尽きたことを示している。
俺はその光景を目に焼き付け、大きく息を吐いた。
「ふぅぅぅぅ。よしっ!」
俺は確かな手応えに思わず拳を握り締めてそう声を張り上げていた。
そして倒れたディエゴの額に刻まれた『戒』の字がさらに強く光り輝き、それが広がって体全体を包み込む光となった。
先日のケルの時とは異なり、その光は四散せずに集約され拳大の光の玉となってティナの持っている銀環杖の宝玉の中へと吸い込まれていった。
「やりました! バレットさん! 容疑者ディエゴを確保です!」
ティナが歓喜の声を上げる中、その前方でアヴァンが愕然としている。
「ディ、ディエゴ……馬鹿な! てめえらごときに」
弟がまさかの敗北を喫したことがとても信じられないのだろう。
ティナの高潔なる魂を浴びて悶え苦しんでいたアヴァンが怒りのままに足を踏み鳴らし、その両手を思い切り叩きつけて床石を破壊する。
すると、その破片が飛び散ってティナの額を直撃した。
「きゃっ!」
まともに破片を額に浴びたティナの膝がガクッと折れ、糸が切れたようにその場に倒れ込む。
まずい。
当たり所が悪かったのか、ティナの奴は失神しちまっている。
途端に部屋中の床に満ちていた神聖魔法が途絶え、アヴァンの奴が息を吹き返した。
倒れ込むティナとは逆にアヴァンがムクリと起き上がる。
アヴァンの奴は怒りで今にも爆発しそうなほど荒い鼻息を漏らし、倒れているティナと俺とを交互に睨み付けてきた。
こりゃ相当ご立腹だな。
それもそのはずだ。
ティナの神聖魔法によって足止めされたまま、弟のディエゴが俺に倒されるのを見せられたんだからな。
この状況はアヴァンにとっては言葉で言い表せないほどの屈辱だろう。
今もこうして同じ部屋にいるだけで、アヴァンの殺気がピリピリと俺の肌を刺すような感じさえする。
ティナの奴はまだ起きねえか。
すぐにでも叩き起こしてやりたいところだが、俺が一歩でも踏み出せばアヴァンの奴が突進してくるだろう。
アヴァンは不正プログラムに手を染めてねえ。
だからこの状況では逆に厄介だ。
ディエゴのように正常化によって大きく力を落とすことがないからだ。
俺は頭の中でいくつかの行動パターンを組み立てる。
アヴァンはそんな俺をじっと見据えながら言った。
「信じられねえよ。下級種と見習い天使を相手にディエゴが不覚をとるとはな。悪い夢でも見ているようだぜ」
「そうだろうよ。ワケの分からないインチキ術に手を出すべきじゃなかったな。どんな副作用があるかも分からねえのに、そのリスクを考えなかったことがディエゴの敗因だ」
俺の言葉にアヴァンは大きく目を見開いた。
「黙れ下級種。おまえは不正プログラムの秀逸さを知らねえから、そんな口がきけるんだ。あれさえありゃ、運営本部すら欺ける」
「そんなに素晴らしいプログラムなら、どうしておまえは手を出さなかった。危険なもんだと分かっていたからじゃねえのか?」
俺がそう言うとアヴァンは歯をむき出しにして一歩前に出た。
「あれは選ばれた者にしか使えねえんだよ。ディエゴはあれを使いこなせる適合者だった。それをおまえごとき下級種に……マジでムカつくぜ。バレット。おまえは体中の骨を折り、内臓を潰し、極限まで苦しめてから殺さねえと俺の気が済まねえ」
そう言うとアヴァンが怒りをまき散らすように床を踏み鳴らしながら、一歩また一歩と近付いて来る。
俺は即座に行動を起こした。
まだこの部屋に残されている罠がある。
覚えていたのは数歩前の床石に仕掛けた罠だ。
俺は素早くその床石を踏んだ。
すると天井から俺の頭ほどのガラス球が落ちて来て、アヴァンの頭部に激突する。
それはアヴァンの頭部に生える鋭い角に当たってけたたましい音を響かせ粉々に割れた。
途端にガラス玉の中に入っていた白い粉が舞い散る。
それは朦々とアヴァンの体を包み込んだ。
今だ!
「灼熱鴉!」
俺の放った灼熱鴉がアヴァンの体に直撃し、白い粉を巻き込んで粉塵爆発を引き起こした。
激しい爆発に巻き込まれたアヴァンの体が見えなくなり、床に倒れていたティナの小さな体は爆発の衝撃で飛ばされて宙を舞った。
「おっと!」
俺は自分も飛ばされないよう腰を低く落としつつ、飛んできたティナの体を受け止めた。
ティナの奴はまだ失神したままだが、その手に握った銀環杖だけは手放していなかった。
少しは根性ついたようだな。
「おいティナ! 起きろ!」
俺がティナの体を揺さぶって起こそうとしたその時だった。
「魔力爆轟!」
ふいにアヴァンの声が響き渡り、俺が顔を上げると同時に前方から強烈な衝撃が襲いかかってきた。
一瞬、視界に飛び込んできたのは、粉塵爆発によって足止めされたアヴァンの体からさらに強烈な爆風が生じた光景だった。
床石が剥がれ、壁が崩れ、天井が落ちてくる。
だが、それ以上は何も分からなかった。
爆発音と爆風に包まれ視界はホワイトアウトする。
次に気が付いた時は、俺とティナは崩れ落ちたガレキの中に埋もれていた。
くっ……何なんだ一体。
壁と天井がほとんど吹き飛び、潮の香りが鼻をつく。
打ち寄せる潮騒がやけに大きく聞こえてくる。
「マジかよ……」
俺は腕の中にティナを抱えたまま、呻くように声を漏らした。
頭上には星空が広がり、海風が俺の髪を煽る。
壁も天井も消えてなくなり、わずかな床石だけが剥がれずに残されていた。
信じられないことに、俺たちが戦っていた隠し部屋はおろか、砦そのものが半壊していたんだ。
「砦を壊すと見習い天使が死ぬかもしれねえから、この技は使うべきじゃないとディエゴにも言われていたんだがな。もはやどうでもいい。てめえら2人とも死ね」
そう言いながら崩れた瓦礫の中からアヴァンの奴が立ち上がる。
その手には以前に俺をぶっ飛ばした奴の武器である鎖付きの巨大な鉄球を持ち、その目には冷めた殺意が鈍い光となって宿っていた。
俺のことはもちろん、ティナも生かしておく気はなくなったようだ。
フンッ。
上等じゃねえか。
牛頭め。
「くそっ……」
問題なのはさっきの爆風を浴びて俺の体は相当なダメージを負ってしまったということだ。
体のあちこちに激痛が走り俺は顔をしかめた。
おそらくどこかしらの骨が折れているだろう。
そしてライフも残り20%を切った。
この状態でアヴァンから一撃でもまともに浴びれば、俺はもう二度と立ち上がれない。
即ゲームオーバーだ。
ティナは気を失っているものの、俺の体が爆風避けになったために命には別状なさそうだった。
くそっ。
この俺が天使を守って傷を負うなんて考えられねえぜ。
俺はティナをその場に横たえると、歯を食いしばって立ち上がった。
どうすればいい。
罠を駆使しようにもすでに部屋は瓦礫の山と化している。
俺に打てる手はない。
とにかく俺はアイテム・ストックから素早く回復ドリンクを取り出そうとした。
だが、俺の一挙一動をじっと睨み付けていたアヴァンがこれを見逃すはずがなかった。
アヴァンがすばやく腕を振るったかと思うと、巨大な鉄球が俺に向かって飛んでくる。
ナメやがって。
この距離でそんなもんを食らうほど鈍っちゃいない。
俺は軽く飛び上がってこれをかわす。
だが、鉄球を繋いでいた鎖が突如として切断され、鉄球から離れて宙を舞う。
その鎖は空中で俺の足首に巻き付いた。
なっ……あの鎖は取り外しが可能だったのか……うおっ!
俺は途端にグイッと強い力で引っ張られて転倒する。
アヴァンの奴が力任せに鎖を引っ張りやがった。
転倒して立ち上がることもままならず、俺は成す術なく奴に引き寄せられる。
くそっ!
「灼熱鴉!」
俺は転がりながら必死の悪あがきで灼熱鴉を放つが、アヴァンはそれを直撃寸前で片手を鋭く払いのけ、かき消してしまった。
「馬鹿の一つ覚えはもう見飽きたぜ。バレット」
くっ。
そのまま俺はとうとうアヴァンの足元まで引き寄せられてしまい、アヴァンの奴は俺の体をそのデカイ足で踏みつけて固定した。
「ぐうっ!」
ば、万事休すか……。
その巨体の体重を乗せて踏みつけられ、強烈な圧迫感に俺は身動きが取れなくなる。
悔し紛れにアヴァンの足首を殴りつけてみても、イタチの最後っ屁にもなりゃしねえ。
アヴァンは平然と俺を踏みつけたまま言った。
「遊びは無しだ。こいつで今すぐ死ね」
そう言うアヴァンの体が静かな振動を始める。
さっきの爆発をもう一度やる気だ。
こ、この至近距離であれを浴びたら、俺の体は跡形もなく吹き飛ぶかもしれねえ。
死は免れない。
アヴァンの筋骨隆々たる体がさらに膨張し、その体から発せられる振動が空気を伝わってくる。
さっきの爆風は一瞬のことで分からなかったが、こいつは体内の魔力を波動として体外に高速で排出し、その衝撃波で全方位を破壊する技なんだ。
さすがは上級種だ。
俺には逆立ちしたってマネ出来ない芸当だった。
くそっ!
だからってこのままやられてたまるかよ!
歯を食いしばってアヴァンの足首を三度殴りつけるが、ついにアヴァンの魔力爆轟が炸裂し、視界が白く染まった。
も、もうダメか……。
そして爆発の衝撃が俺の体を……ん?
そこで俺は不思議な感覚に陥った。
アヴァンの技は確かに炸裂し、半壊していた砦はほとんど綺麗サッパリと全壊する。
だが、それだけの衝撃の中で俺の体は痛みどころか風圧すら感じていなかった。
そんな俺の目の前に小さな人影が背中を向けて浮かんでいる。
「ティナ……」
それは気を失って倒れていたはずのティナだった。
まるで俺を守る様に目の前に浮かぶティナの後ろ姿に俺は目を見張る。
そして俺とティナの周囲にはキラキラと輝く金色の粒子が漂っていた。
その暖かくて柔らかな空気が体を包み込み、俺たちを猛烈な爆風から守っている。
その金色に輝く粒子はティナの体から溢れ出していた。
「バレット様。この子の小さな体と小さな勇気を守って下さり、感謝いたします」
その場に響くそれは確かにティナの声だったが、聞き慣れた小娘の口調ではない。
その声はまるで別人のようであり、天から響き渡る鐘の音を思わせるほど気高く凛としていた。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第二章 第17話 『降臨』は
8月22日(木)0時過ぎに掲載予定です。
次回が第二章の最終話となります。
その後、第三章の掲載前に誠に勝手ながらインターバルをいただきます。
次回もよろしくお願いいたします。




