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どうせ俺はNPCだから  作者: 枕崎 純之助
第二章 魔王の古城
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第12話 決死の応戦

 通路の途中にある壁を俺が蹴りつけると、そこはガラガラともろくも崩れ去る。

 よし。

 ここで正解だったか。

 内心で安堵あんどする俺を見上げてティナの奴が不安げに口を開く。


「バレットさん? これは……」

「古いとりでだからな。こういう昔の抜け道が少なからずあるんだよ」


 そう言うと俺はティナをうながして空洞の中に身をおどらせる。

 ここならディエゴの不正プログラムのわなが張られていることはまずない。

 何しろ見取り図には存在しない道なき道だからな。


「下級種バレット! 小細工こざいくばかりがいつまでも通用すると思うなよ! まともに戦うことも出来ねえ腰抜けが! 戻って来い!」


 後方の通路からはアヴァンの怒りに満ちた声が響いて来る。

 フンッ。

 やなこった。

 いつまでもあわまみれでスッ転んでやがれアホが。


 今は一刻も早くこの場を離脱しなきゃならん。

 とにかくあの場でディエゴとやり合うのは絶対に避けたい。

 あいつは危険だ。

 体格や腕力、そして凶暴さではアヴァンのほうがはるかに上だが、俺としてはやはり不正プログラムを使うディエゴのほうに脅威きょういを感じる。


 それにあの過重力オーバー・グラビティーとかいう魔法は厄介やっかいだ。

 あれに一度捕まると、自力で抜け出すことは不可能だろう。

 俺が動けない間にティナを捕らえられたら一巻の終わりだ。


 あの魔法は無色透明で魔力の波動も感じさせないため、射線を読むのが非常に困難だった。

 ディエゴが手をかざした数瞬後に、地の底へと引きずり込もうとするかのように強烈な重力が襲いかかってくる。

 しかも強烈な重力負荷が体にかかることによるダメージはあなどれねえ。


 さっきディエゴがティナの身動きを奪うために過重力オーバー・グラヴィティーではなくあみを使ったのは、見習いのティナじゃ重力負荷に耐え切れずに死んじまうと考えたからだろう。

 奴らは何としてでも生かしたままティナを捕らえようとしている。


「す、すみませんバレットさん。神聖魔法は使うなと言われていたのに」


 俺の後について歩きながらティナはバツが悪そうにそう言った。

 ディエゴの黒いあみに捕らわれて、ティナは反射的に高潔なる魂(ノーブル・ソウル)を使った。

 

「フンッ。仕方ねえ。使わなきゃならん状況だったんだ。身の危険を感じた時はためらわずに使え。ただし連発はするなよ」


 背に腹は代えられねえ。

 暴走による自滅は避けたいが、さっきのようにティナの神聖魔法に頼らざるを得ない局面があるかもしれねえからな。

 だまだましやることになるが、あまり使用の制限をティナにいてイザって時に萎縮いしゅくされても困る。

 俺はティナを先導して先を急ぐ。


「こっちだ。この先はまた別の通路に出る。そしたらまた奴らのわながあるかもしれねえから、それを見破ってもらうぞ」

「は、はいっ! 任せて下さい!」


 フンッ。

 せいぜい勇み足を踏まないように気をつけな。

 とりでの中の空洞は幾筋いくすじにも枝分かれしているが、俺は自分の方向感覚を頼りに急ぎ足で進む。

 とりあえずディエゴはどうだか分からねえが、アヴァンが後方から追ってくる気配はない。


 このせまい通路ならば巨体のアヴァンは間違いなく入って来られない。

 そしてディエゴは用心深いので、ここに入り込んでティナの修復術を不意打ちで食らうことを嫌うだろう。

 とはいえ、ここも安全地帯ってわけじゃねえ。

 奴らはその気になれば、このとりでごと更地さらちに変えられるんだ。


 しかも狡猾こうかつなディエゴの奴がただ指をくわえてこの状況を見ているわけがねえ。

 必ずどこかのタイミングで再び仕掛けて来やがるだろう。

 だから一刻も早く目的の場所に向かわねえとならねえ。

 俺たちは暗闇くらやみの中で周囲に最大限の注意を払いながら慎重な足取りで進んでいく。


 状況は緊迫感に包まれていてムダ話をする雰囲気じゃなかったが、あまりに緊張が過ぎると体も頭もり固まっちまう。

 そう思った俺は静かに口を開いた。


「ディエゴの奴は見ての通りだが、アヴァンの方はどうだった?」


 俺の質問の意味をティナはすぐに理解する。

 事前の打ち合わせの際、アヴァンの不正プログラム使用の可能性について俺とティナは意見を交わしていたからだ。

 弟のディエゴと違い、アヴァンの名は不正プログラム保有者名簿にはっていない。

 ケルのように二次感染している恐れはあるが、あの牛頭が不正プログラムを使ったことは一度としてない。

 もちろんそれはえて隠している可能性もあり、アヴァンが不正プログラムを使用しないとは断定は出来ない。

 だが……。


「アヴァンからは不正プログラムのニオイはしませんでした」


 ティナはきっぱりとそう言った。

 もちろんニオイってのは臭気のことじゃない。

 不正プログラムによって作られたあななどをティナはいち早く見極める目や判断力を持っている。

 そのティナが見てアヴァンは不正プログラムに手を染めている可能性は低いという。


「おそらくアヴァンは能力適性が不正プログラムに合わないのでしょう。あの力は誰にも適合するわけではありませんから」

「なるほどな。そうなるとアヴァンの奴は不正プログラムの保持者じゃないってことになるが、奴はゲームオーバー後、コンティニューするのか?」

「いいえ。アヴァンは不正プログラム保持者や感染者ではありませんが、その協力者として運営本部に登録済みですので、その後は隔離かくりされます。下級悪魔ケルと同じ扱いです」


 なるほどな。

 アヴァンの野郎をブタ箱にブチ込んでやるのが今から楽しみだぜ。

 腹の底で闘争心を燃やす俺の後ろからティナのわずかに震えた声が響く。


「バレットさん……勝てますよね? 私たち」


 暗闇くらやみの中にか細く響くその声は、深い森の中で家に帰れることを願う迷い子のようだった。

 おそらくティナにとってこれほど強大な敵と戦うのは初めての経験だろう。

 己の勝利を信じることは勝つために必要な原則だが、あまりにも相手との実力差が大きい場合、迷いなく勝利を信じるのは簡単なことじゃない。


「……先日おまえが話していた下級兵士も、自分より格上の相手に勝ったんだろ。俺たちのこの戦いが同様のケースとして当てはまることをいのるんだな」

「……はい。そうですよね。私たちだってやれますよね」

「俺は負けるつもりは一切ねえよ。敵に勝つその瞬間まで自分の勝利への糸を追い続ける。そして必ず勝つ。それだけだ」


 勝てなくても意地を見せて最後まで抵抗する。

 たとえ負けても心まではへし折れない。

 そんな気持ちを持った時点で、そりゃ負け犬のただの自己満足だ。


 命ある限り勝利への現実的な追及をやめない。

 その先にある勝利に手を伸ばし続ける。

 そして勝利という結果を手に入れる。

 今まで戦いに敗れ去ることもあったが、そうした勝利への渇望と行動を失くしたことは俺は一度たりともない。

 敵が上級種だろうと、今日も明日も明後日あさってもそれは永遠に変わらない。


「とっくに腹はくくってんだろ。ティナ。危険を避けて安穏あんのんとするためにこの地獄の谷(ヘル・バレー)に来たわけじゃない。おまえはそう言った。今こそおまえのその言葉の真価が問われる時だ」


 俺の言葉にティナが背後で静かに息を飲む音が聞こえた。

 そして次に発せられたティナの声には、静かだが力と決意がこもっていた。


「……はい。バレットさんの言う通りです。絶対に負けません。必ず勝ちましょう」

「ヘッ。当たり前だ。そのためにわざわざこんな面倒なことしてんだからな……っと。そろそろ出口だ」


 暗闇くらやみを見通す俺の視界に、行き止まりの壁が見えてきた。

 俺はその終着点に立つと、目の前の壁を手であらためる。

 コツコツと叩くとかわいた音が響いた。

 よし。

 思った通り、この先はさっきの場所とは反対側の1階通路だ。


 俺はその壁を先ほどと同じように思い切り蹴りつけた。

 途端とたんに壁が崩れ、俺たちの目の前に通路が現れる。

 こちら側の通路からもアヴァンたちの手下どもが侵入してきたんだろう。

 切り出し窓から差し込む満天の星明かりに照らされた通路には、わなに使った多くの武器がそこかしこに散らばっている。

 そこは静寂せいじゃくに包まれていたが、そんな中で俺は誰かの声を聞いた。


「バ、バレット……」


 唐突に聞こえてきたその声に、俺は通路の少し先に目をらした。

 暗闇くらやみの中に1人の人影がたたずんでいる。

 それはわなの中でも大振りの2本の手斧ておので両肩を貫かれ、壁にはりつけにされている下級悪魔だった。

 俺は自分の名を呼んだそいつの顔に見覚えがあった。


「てめえは……ケルんとこの下っじゃねえか」


 それはケルの子分の中でも以前からよく見る顔だった。

 上級種の小間使いで乗り込んできやがったのか。

 俺はそいつの目の前に立つと、弱っているそいつをにらみつけてやった。

 

「いいザマだな。マヌケ野郎。上級種の命令で押し込み強盗か? こんな最果ての地までご苦労なこった」

「バレット……てめえもすぐにこうなるぞ。上級種どもにやられて死んじまいな」

「ケッ。負け犬の遠吠えは聞くにえねえよ。俺がトドメを差して……」

 

 そう言いかけた俺は、瞬間的にある種の既視感きしかんを覚えて反射的に体を右側後方に投げ出した。

 その途端とたん、ケルの子分がはりつけにされていたその壁が、轟音とともに前方に吹き飛んだ。


「うおっ!」

「バレットさん!」


 さっき大広間で俺に向かって吹き飛んできたとびらと同様、その壁は前方に飛んで反対側の壁にぶち当たった。

 その壁にはりつけにされていたケルの子分は、あわれにもつぶされてゲームオーバーを迎えていた。


 あ、危ねえところだった。

 咄嗟とっさにダイブしなけりゃ、俺はまたも手痛い一撃を喰らわされていた。

 この力技は間違いなくアヴァンによるものだ。

 そして第2波はすぐに来た。


 轟音ごうおんが鳴り響き、俺たちのすぐ目の前の通路の壁が大きく吹き飛んだ。

 そこから現れたのは巨大な影だ。


「バレットォォォ! くたばりやがれ!」


 壁を吹き飛ばして怒りの形相で突っ込んで来るのは、牛頭のアヴァンだった。

 まずい!

 俺は反射的に目の前のティナを前方に突き飛ばす。


「えっ? きゃあっ!」


 ティナは前方に転がり、そして俺は真横から突っ込んできたアヴァンの体当たりを浴びて後方に弾き飛ばされた。


「ぐあっ!」


 直撃の寸前にわざと後方に飛んで衝撃をやわらげたつもりだったが甘かった。

 圧倒的な力の前に俺は壁に叩きつけられて一撃で意識を失ってしまった。

 ほんの一瞬後に目覚めることが出来たのは体中に広がる強烈な痛みを感じたのと、ティナの叫び声が聞こえたからだ。


「バレットさん! バレットさん!」

「ぐうっ……」


 床の上で目を見開いた俺はほとんど反射的に起き上がっていた。

 全身をさいなむ痛みの中で、左腕だけが感覚が鈍くなっているのを感じた俺は、左のひじがうまく曲げられないことに気が付いた。

 まずいぞ。

 ひじの骨がくだけてやがる。  

 

 壁に叩きつけられた衝撃のすさまじさを感じ、俺は歯を食いしばった。

 上級種アヴァン。

 同じような巨漢でも下級種であるケルの攻撃力とは段違いだ。


 クソッ!

 情けねえことに足がガクガクいってやがる。

 衝突のダメージで体が麻痺スタンしかかってるんだ。

 後ろに飛んで衝撃を少しでも軽減していなかったら、俺はオネンネしたまま起き上がれなかっただろう。


 ティナの奴は……。

 チラリと視線を巡らせると、俺が咄嗟とっさに突き飛ばしたティナは数メートル先の通路には立ち尽くし、青ざめた顔でこっちを見ていやがる。

 俺のこのブザマな有り様にビビッて動けなくなっちまってるんだ。

 アホめ。


「行け! やるべきことをやれ!」


 声をしぼり出し、俺はそう叫んだ。

 ティナはビクッと肩を揺らして即座にきびすを返し、駆け出した。

 問題はディエゴがティナを追うことだったが、それはなさそうだ。

 なぜなら今、ディエゴは背後の壁から現れて、俺の首に刃物を突きつけているからだ。


「チェックメイトだな。下級種」


 俺が壁に叩きつけられたすぐ後、こいつは不正プログラムによって壁の中から出てきたんだ。

 背中がざわつく嫌な感じがしたからすぐに分かった。

 どうやらこいつらは、邪魔な俺を先に片付ける手を選択したらしい。

 上等じゃねえか。

 ディエゴはひと振りの小刀をわずかに動かして俺の首すじに当てると言った。


断絶凶刃コンティニュー・キャンセラー。知ってるだろ」


 くっ……そうきたか。

 断絶凶刃コンティニュー・キャンセラー

 ケルの奴が使っていた不正ウエポンだ。

 これで刺されて死ぬとコンティニューが出来なくなる。

 実験台にされたケルの子分の哀れな死に様が脳裏によみがえった。

 俺はその刃が俺の首をでるのを不快に思い、ディエゴの奴をののしる。


「アホが。余裕こいてねえでサッサとやらねえと後で泣きを見ることになるぜ。俺を下級種だとあなどっていやがるなら……」


 そう言いかけた俺の首に、ディエゴは刃を押し当てた。

 刃が肉に食い込み、首に鋭い痛みが走る。

 ディエゴはその刃をそっと俺の首から離した。

 俺の首の傷からは少量の血がしたたり落ちていた。

 途端に俺の視界が真っ赤に染まり、見たことのない表示が目の前に表れる。


【システム・エラー:コンティニュー・システム正常機動不能】


 断絶凶刃コンティニュー・キャンセラーで斬られた。

 だが、この時の俺はまだその本当の意味を分かっていなかったんだ。

今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回 第二章 第13話 『死の審判』は


8月16日(金)0時過ぎに掲載予定です。


次回もよろしくお願いいたします。

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