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どうせ俺はNPCだから  作者: 枕崎 純之助
第二章 魔王の古城
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第7話 女悪魔リジー

 海の彼方から飛来した堕天使の野盗集団は全滅した。

 ティナの予期せぬ暴走、そして俺の古い顔見知りである女悪魔リジーの突然の参戦により、戦いは収束したんだ。

 だが、ティナの体からは相変わらず神聖魔法が無差別に放射されていて、迂闊うかつに近付けない状況に変わりはない。


 あいつ……まだ法力が尽きないのか。

 あれだけ神聖魔法の放出を続けているってのに、あいつの法力量は見習いとは思えないほど豊富だってことなのか?

 俺のかたわらではリジーがそんなティナを鋭い目付きで見つめている。


「で、あの小娘あんな調子だけど、迷惑だから殺していいわけ?」


 赤く燃えるような髪の毛を海風になびかせたリジーの奴は、口元から牙をのぞかせながらそうたずねてくるが、俺は首を横に振った。


「ワケあってあいつは俺が身柄を預かっている。殺すな」

「へぇ。どんなワケがあるんだか。それより何そのダッサイ首のスカーフは。アンタそんな趣味だったっけ」

「うるせえよ。俺だってしたくてしてるわけじゃねえ」


 俺の首に巻かれた赤い布に白い目を向けてくるリジーを無視して俺は頭上を見上げる。

 そこでティナの奴はようやく法力が尽きたのか、その体からの神聖魔法の放出が途絶とだえた。

 途端とたんにティナは頭上から俺のいる方に落下してくる。

 その体は力なくグッタリとしていて、どうやら失神しているようだった。


「ようやくおとなしくなりやがったか。面倒くせえ小娘が」


 俺はそう言って舌打ちすると、落ちてきたティナを受け止め、そのえり首をつまんでぶら下げた。

 そんな俺を見てリジーがニヤリといびつな笑みを見せる。 


「バレット。アンタが天使の小娘を囲うなんて思わなかったよ。非常用の食糧ってわけじゃないんだろ?」

「おまえには関係ねえ。さっきの助太刀の代価は払うからとっとと消えろ」

「やれやれ。つれないねぇ。ま、いいさ。アンタに頼もうと思ったのは上級種のアジトへの襲撃役だったんだけど……」


 その言葉に俺は一瞬、まゆひそめた。


「……なに?」


 上級種だと?

 俺の表情のわずかな変化をリジーは見逃さなかった。


「アンタがおとり役で上級種を相手に派手に暴れている間に、アタシが上級種のアジトから目当てのお宝を盗み出すって算段だったんだけど、今のアンタじゃ上級種どもの相手は無理そうね。随分ずいぶんと腕がにぶっちまってるようだし」


 そう言うとリジーはさもアテが外れたというように肩をすくめて見せる。

 こいつは油断のならねえ女だ。

 さっきの俺の戦いぶりで、すぐに俺の腕がにぶっていることに気が付きやがった。

 それにやたらと上級種という言葉を口にするのも気になる。


「リジー。おまえ何を知っている?」


 俺はリジーの真意をはかろうとたずねた。

 だが、当然はぐらかすものと思われたリジーは、意外にも知っている情報を俺に告げた。


「アンタ今、上級種とモメてるんだって? ちょっと小耳にはさんだのよ。アタシが推測するに、そこのお嬢ちゃんも一枚……いや百枚はんでるね」


 こいつ、知ってやがるのか。

 俺が上級種とモメた話はそれほど辺境に知れ渡っているってことか。


「おまえが攻めようとしていたアジトの主は何て名前だ?」

「おっと。聞けば何でも話すと思ってんのかい? 安く見られたもんね」


 そう言うとリジーはそっぽを向いた。

 チッ。

 さっきの意趣返しのつもりか。

 だがリジーはすぐにこちらに向き直ると口の端をり上げて牙を見せ笑う。


「……と言ってやりたいところだけど、アンタがその気なら情報交換してあげる。もちろん、さっきの助太刀すけだち料金は別でいたたくけど。いかがかしら? 炎獄鬼さん」


 そう言うとリジーは黙って俺の答えを待つ。

 こいつは信用ならない女だが、ひとつだけ確かなことがある。

 それはこいつが誰に対してもこびを売らないってことだ。

 たとえそれが自分より格上の上級種であってもリジーは自分を押し通す。

 だから、こいつが上級種の手先になって俺をだまそうとしているという危険性だけはないと信じていいだろう。


「……ついてきな」


 俺はそう言うとリジーをともない、ティナのえり首をつまんだままとりでへと向かった。

 とりでの外壁には堕天使どもの頭目リーダーが燃え尽きた跡と、突き立ったままの黒槍が残されていた。

 俺はそれを横目で見つつとりでの中へと足を踏み入れ、とある小部屋にリジーを招き入れる。

 そこはもともと見張りの兵士の詰め所として使われていた場所だ。

 俺は気を失ったままのティナを適当に床に横たえると、ここまでの事情をリジーに話して聞かせた。


「ってなわけでな。クソ忌々(いまいま)しいことに少しの間このガキを側に置いておかなきゃならねえ」

「へえ。なるほど。そりゃ災難だったねぇ」


 そう言う言葉とは裏腹にリジーは面白がるように笑みを浮かべた。

 もちろん全てを明けけに話すほど俺も能天気じゃない。

 リジーが初めから俺をだまそうとしてここに来たわけじゃないことは恐らく信用できるが、全てを話せば途端とたんにこいつは頭の中で算盤そろばんを弾き始めるに違いない。


 ティナが上級種どもに高く売れると踏めば、リジーはいともあっさりと手の平を返して俺からティナを奪い取ろうとするだろう。

 こいつはそういう女だ。

 だから話をするなら慎重さが求められる。

 俺はいくつかの事実を隠したまま、いくつかの事実をリジーに話して聞かせた。


 ティナが天使長の特使であるということや修復術を使えることは伝えず、上級種たちが不正プログラムを使うことを話した。

 そして俺が上級種たちに敗北を喫し、そこに現れたティナに首輪をハメられるまでの経緯を話した。

 だが俺は自分がディエゴの使った不正プログラムにハメられたことは伏せた。

 そうなれば俺がどうやってそこから脱出したのかと余計な詮索せんさくをされるからだ。


 ティナの修復術についてはリジーには極力教えたくない。

 不正プログラムを使う上級種どもにとってティナの存在がアキレス腱だということをリジーに知られれば、ティナという存在の真の重要度をも知られることになるからだ。

 そうならないよう俺は首輪を解除するためにティナを連れているということをリジーに話した。

 これはうそではなく事実だからな。

 俺の話にリジーは薄笑みを浮かべたまま、横たわるティナに視線を向けた。


「なるほど。上級種どもが探している見習い天使ってのは、やっぱりそこのおチビちゃんのことだったのかい」


 チッ……やっぱり知ってやがったか。

 上級種どもがティナを探しているということを。

 リジーはおそらく残党となったケルの子分どもを捕まえて、拷問ごうもんでもして事情を吐かせたんだろう。

 この女ならそのくらいの芸当はやってのける。

 リジーの奴が何を知っていて何を知らないのか。

 それが分からない以上、迂闊うかつうそをつくと、こっちが墓穴を掘ることになるぞ。

 そこでリジーが俺の目をじっとのぞき込んできた。

 

「で、何で上級種がわざわざ見習い天使ごときを探すんだい?」

「リジー。腹の探り合いはその辺にしな。おまえ、その理由を知っているんだろ?」


 話していて分かったが、こいつは恐らくある程度の情報をつかんでいる。

 だが、先日の森の中でケルの子分どもの話を聞いた限りじゃ、上級種がティナを探すその理由までは子分どもも知らされていなかったようだ。

 ということはリジーもそこまでは知らないのかもしれない。


「知らないから聞いてるのさ。さっきの様子から見ても、あのおチビちゃんはただの見習い天使じゃないね。何か特別な力を持っていたり、特別な地位にあるんじゃないのかい?」


 チッ……先読みしやがって、本当にウザイ女だ。

 俺は腹を決めるとため息をついてうなづいた。


「あいつは天国の丘(ヘヴンズ・ヒル)密偵みっていなんだ。最近、上級種どもがさっき言った奇妙な術を使うってうわさがあったから、それを調べるためにこの地獄の谷(ヘル・バレー)に送り込まれた」

「へぇ。見習い天使がたった1人で? 妙な話だね。アタシが小耳にはさんだ話じゃ仲間はいないってことだったけど、そんな重要任務をあのオチビちゃんが単独で出来るもんなのかい?」


 リジーの奴め。

 俺がティナの単独行動に疑問を抱いたのと同じことを言ってやがる。

 ま、誰もがそう思うだろうさ。


「確かにな。偵察ていさつ任務とはいえ、たった1人で行動するのは無謀だ。だが天国の丘(ヘヴンズ・ヒル)の連中だってマヌケじゃねえだろう。ティナがしくじってもいいように二重三重の密偵みっていを送り込んでいるはずだ」


 それは単なる推測だったが、俺はまことしやかにそのことを伝えると、リジーが何かを言う前に次の言葉を口にした。


「それより俺にとって重要なのは上級種どもがこいつを血眼ちまなこになって探してるって事実だ。それ以上の詮索せんさくをするつもりはねえよ。ヘタに首つっこんで余計な厄介事やっかいごとに巻き込まれるのは御免ごめんだからな」

「……そうかい。まあ、密偵みっていってことなら、そのお嬢ちゃんが上級種どもをおびき寄せるためのえさになるって点は納得できるね」


 リジーはそう言うと口を閉じてニヤニヤとした目で俺を見据みすえている。

 他に疑問があるってことだな。

 それを口にせずにこちらを観察しているのが、こいつのいやらしいところだ。

 だが俺はリジーの疑念をさして気にしない素振りで話を続けた。


「それだけじゃねえよ。おまえもさっきの堕天使どもとの戦いを見てたんだろ。あいつの神聖魔法はやみ属性の相手にはかなり有効だ。見習い天使とはいえ、使いようによっては上級種相手の十分な戦力になる」

「めずらしいね。独立独歩を信条にしているアンタが他人の力をアテにするなんて」

「上級種ども相手に勝とうと思ったら、普通のやり方じゃやるだけムダだ。奴らの裏をかく突拍子とっぴょうしもない一手が必要になる。それが分からないおまえじゃねえだろ」

「ま、そりゃそうね。そもそも下級種の身で上級種に挑もうってこと事態がどうかしてるわ」


 俺の言葉にリジーは同意を示す様に肩をすくめた。

 とりあえずは納得、ってことだ。

 俺はリジーの様子を見ながら今度はこちらの話を切り出した。


「で、おまえは一体どこのお宅に盗みに入ろうと考えたんだ?」

「フーシェ島。知ってるかい?」

「フーシェ島? 行ったことはねえが名前くらいはな」


 フーシェ島。

 それはこのとりでの前に広がる大海原を進んだ先、天国の丘(ヘヴンズ・ヒル)との間にある中立海域にポツンと浮かぶ絶海の孤島だった。

 昔は堕天使の海賊どもが根城にしていたらしく、行き交う天使や悪魔からの略奪でもうけた財によって城塞じょうさいを築き、隆盛を誇っていたようだ。


 だが、このドレイクのとりでさびれたのと同じ理由で、大型アップデートによりこの海域が2国間の最前線ではなくなったことから人の流れが激減し、急速にさびれたらしい。

 フーシェ島はもともと資源も少なく居住に適さない絶海の孤島のため、海賊行為による略奪の旨味うまみを失った堕天使どもはすぐに島を放棄して去っていったという。

 現在は無人の島で、当時の城塞がすっかりちかけた姿で残されているだけだと聞いたことがある。


「そんな打ち捨てられた島に上級種どもがお宝をたずさえて引っ越してきたってのか? 本当の話かよ」

「本当さ。アタシがこの目で見たからね。奴ら、あの島で何かをやろうとしているに違いない。島に出入りする悪魔の連中がひっきりなしだった」


 何の旨味うまみもねえ見捨てられた無人島に集まる奴ら。

 その渦中にいる上級種。

 どうにもきな臭い話だ。

 

「で、どんな奴なんだ。その上級種ってのは」

「ここからは別料金だよ。お客さん」


 そう言うとリジーは俺の目の前に手を差し出した。

 チッ……守銭奴しゅせんどめ。

 俺が金を取り出そうとすると、リジーは鷹揚おうように首を横に振った。


「いやいや。欲しいのは金じゃない。情報だよバレット。アンタまだアタシに隠していることがあるね」


 そう言うとリジーは俺の目の奥をじっとのぞき込むようにして言葉を続ける。


「アンタほど用心深い男があんなおチビちゃんに首輪をハメられたってのが、ちょっと信じられないねぇ。アンタなら寝てたって気付くだろう? 一体何があったんだい?」

「フンッ。俺だって天使の能力や持っているアイテムを全て把握はあくしているわけじゃねえ。何にでも対処できるほど万能だったら今ごろ魔王になってるぜ。忌々(いまいま)しいことにこの首輪は特殊なアイテムなんだよ。瞬時に光と化して俺の首にまとわりつきやがった。ける間もなくな」


 そう言うと俺は平然とリジーの緑色の目を見つめ返す。

 俺の言葉をどう受け止めたのか分からねえが、リジーは目を細めてうなづいた。


「そうかい。ま、アンタは最近この辺境に引きこもってるからねぇ。世の中のことにうとくなるのも仕方ないか。それにしても天使どもがそういうアイテムを使うってことは貴重な情報だね。私も気をつけるよ。天使に首輪をハメられるなんて、こっ恥ずかしいからねぇ」

「うるせえ。ケンカ売ってんのか。そんなことよりさっさと教えろ。その上級種の名を」


 そう言ってにらみつけてやると、リジーはわざとらしく首をすくめた。


「まったく短気な男だね。分かった分かった。その上級種の名は……アヴァン。牛頭のデカブツさ」


 ビンゴだ。

 悪魔の臓腑(デモンズ・ガッツ)で俺をぶっ飛ばしやがった巨漢の名だった。


「ディエゴって奴も一緒だな?」

「ああ。アヴァンとディエゴの兄弟。中央ではほとんど名の知られていない奴らさ。最近、兄弟そろってこの辺境に流れてきた都落ちの上級種どもだ。アンタがモメてたって奴らだろ?」


 その情報に俺は思わず拳を握り締め、牙をむき出しにしていた。

 そんな俺の様子にリジーはニヤリと笑い、アイテム・ストックから岩ヤモリの干物を取り出してひとかじりした。


「ま、上級種のくせにこの辺りまでやって来たってことは中央で色々とうまくいかなくなって流れてきたんだろうさ」


 基本的にこの地獄の谷(ヘル・バレー)では中央に近付くほど上級種の悪魔が多くなる。

 中央から遠く離れた辺境にはほとんど俺たち下級種しかいない。

 だからここいらに流れてくる上級種は、たいていヘマこいて中央にいられなくなり逃げてきたか、あるいは逆に中央で大きな功績を挙げて勢力拡大のためにやってきたかのどちらかだった。


 確かフーシェ島はここから半日くらい海上を飛び続ければ到着する距離だ。

 どうする。

 ここで迎え撃つか、それともこちらから奇襲を仕掛けるか。

 俺が胸の内で逡巡しゅんじゅんしていると、それまでニヤけたツラをしてやがったリジーの顔からふいに表情が消える。


「ダメだね。アンタは悪魔の真髄しんずいが身に付いちゃいない」

「……なに?」

「冷酷かつ非情に物事を突き詰めることの出来ない悪魔に待っているのは何だと思う? 身の破滅さ。かつての魔王ドレイクがそうだったようにね」


 そう言うリジーの目には冷たい光が宿っていた。

今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回 第二章 第8話 『悪魔の商談』は


8月5日(月)0時過ぎに掲載予定です。


次回もよろしくお願いいたします。

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