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どうせ俺はNPCだから  作者: 枕崎 純之助
第二章 魔王の古城
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第6話 暴走する力

「ち、力が抑えきれなくて……くああああっ!」


 ティナの悲鳴が消えないうちに、俺の視界が桃色の光に包まれていく。

 そしてすぐに体中を焼けつくような激しい痛みが襲い、俺は悟った。

 今、ティナの体から発せられた神聖魔法がふくれ上がり、俺の体を痛めつけているのだと。

 こ、これは力の暴発か?


 ティナと俺を結びつけていたなわが神聖魔法によって断ち切られ、俺たちは分断されて互いに大きく弾き飛ばされる。

 ティナの奴は保護色マントの中から宙に放り出され、俺は激しい痛みに全身をさいなまれながら、羽を広げて空中で体勢を整えた。

 だが……。


「がっ!」


 唐突に背中から何者かに斬りつけられ、背中の羽の間が切り裂かれる鋭い痛みを感じた俺は、背後の敵に即座に回し蹴りを浴びせた。


「ぐえっ!」


 背後から俺に一太刀をくれやがったその堕天使は、手痛いしっぺ返しを側頭部に受けて卒倒し、海へと落ちていった。

 クソッ!

 不覚にもあの野郎の気配を感じるのが遅れちまった。

 ティナの神聖魔法を浴びた痛みが俺の感覚を鈍くしていた。


「こ、こいつは笑えねえぞ」


 ティナの神聖魔法・高潔なる魂(ノーブル・ソウル)

 浴びてみて分かるが、これはやみ属性を持つ俺たち悪魔にはかなりキツイ魔法だ。

 光の純度が高過ぎる。

 それをまともに浴びた俺の肌は、火傷やけどを負ったようなヒリつく痛みが残っている。

 そして背中には堕天使に刃物で斬りつけられた痛みが走る。

 そう深手ではないことと、羽が傷つかなかったことは不幸中の幸いだろう。


 だが強烈な神聖魔法を浴びたことで、俺の体は指先までしびれが生じている。

 何とか体を動かすことは出来るものの、感覚の鈍さはいなめない。

 さらに厄介やっかいなことに俺から離れて宙を舞うティナの体からは今もなお、のべつまくなしに桃色の光が放射されて四方八方に撒き散らされている。

 あいつ、完全に暴走していやがる。


 その証拠に当の本人は青い顔で自分の肩を抱いたまま震えている。

 強力な魔法を制御することが出来ず、泣きベソをかきながらティナの奴は情けない目を俺に向けてくる。

 

「バレットさん! と、止まりませぇぇぇぇぇん!」


 チッ……ガキめ。

 少しでも期待した途端とたんこれか。

 あれじゃ俺もヘタに近付けねえ。

 だがそれは堕天使どもも同じだった。


「な、何だあの小娘は。何でいきなり天使が……。おい! あの天使を矢で射殺いころせ!」


 堕天使どもが弓に矢をつがえ、ティナに向けて次々と放った。

 しかし放たれた矢は無差別に放射されるティナの神聖魔法にへし折られ消えていく。

 あの状態のティナに堕天使の奴らが危害を加えることは不可能だろう。

 だがティナの法力はもちろん無限にあるわけじゃない。

 

 あのままアホみたいに魔法を放出し続ければ、やがて法力は尽きて空っけつになる。

 そうなれば奴らがティナを餌食えじきにするのは食後の皿洗いより簡単だ。

 そうなる前に堕天使どもを一掃しなけりゃならん。

 俺は敵の数をザッと把握する。


「残り16、いや17人か。意外と残っていやがるな」

 

 堕天使どもはティナを殺すことに躍起やっきになっている奴らと、俺に向かってくる奴らとでほぼ半分に二分されている。

 さっき受けたティナの神聖魔法・高潔なる魂(ノーブル・ソウル)のせいで俺の体にはしびれが残り、ライフは残り70%ほどにまで減っちまっている。

 それでも何とかするしかねえ。

 

「この野郎。悪魔のくせに天使と組んでやがったのか。薄気味悪い野郎だ」

「兄貴のかたきだ! そいつを殺せ!」


 堕天使どもはいきり立ち、先頭の奴が俺に槍を突き出してくる。

 俺はその穂先を手刀で弾き、槍の主の間合いに入り込んだ。

 そしてその後頭部にひじ打ちを叩き込む。


「ガッ……」

 

 堕天使は大きなダメージを受けるが、それでも必死の形相ぎょうそうで俺に向き直ると突っかかって来る。

 クソッ……我ながら情けねえ攻撃力だ。

 しびれが残る俺の体は攻撃も防御も正確性とキレを欠き、的確な体さばきが出来ないせいで敵の急所に致命傷を与えることが出来ない。


「頭にくるぜ!」


 俺は悪態をつきながら、目の前の堕天使を左右の拳で連打して打ちのめした。

 だが、そいつがようやくゲームオーバーになったところで今度は左の太ももに鋭い痛みを覚える。


「うぐっ……」


 見ると忌々(いまいま)しいことに、俺の太ももに一本の矢が突き立っていた。

 俺のななめ後方から堕天使が放った矢だ。


「ナメやがってクソがっ! 燃え尽きろっ!」


 俺は矢を太ももから強引に引き抜いてへし折ると、その射手に向かって灼熱鴉バーン・クロウを放った。


「ぐぎゃああああっ!」


 炎に巻かれて耐え切れずに海の中に突っ込んでいくそいつに追撃をかけようとすると、他の堕天使どもが俺の前に立ちはだかった。

 

「天使を使い、俺たちをたばかりやがって。こざかしい悪魔めが」

「もう貴様はオシマイだ。あきらめろ」


 そう口々にわめきたてながら堕天使どもは剣や槍で俺に襲いかかってくる。

 俺は応戦するが、1人倒すごとに俺もダメージを受け、数人を倒す頃には傷だらけでライフが50%以下までけずられちまった。


 ティナの奴は相変わらず神聖魔法を無差別に放射し続けていて、戦場は混乱を極めている。

 堕天使どもは手のつけられないティナを後回しにして、俺の方に続々と向かってくる。

 ティナの奴が戦力にならなくなったことで当初の目論見もくろみは崩れ、俺は泥仕合どろじあいを強いられることになった。

 しかも悪いことに、さっき太ももに受けた矢に毒が塗ってあったらしい。


 傷口が焼けるように痛み、目がかすんで視界がぼやけてくる。

 首輪、神聖魔法、毒と三重苦の状況にこみ上げる怒りを、俺は堕天使どもにぶつけた。


「オラァッ!」


 先ほどの俺の派手な戦いぶりによって戦意を喪失そうしつしかけていた堕天使どもは、格好の獲物である見習い天使のティナが現れたことと俺が下手打って失速したことにより、再びやる気を取り戻していた。

 そして俺に攻撃されることを恐れずに向かってくるようになった。

 俺はそんな堕天使を叩きのめすが、堕天使の攻撃によって自分もいくばくかのダメージを受ける。

 そして奴らは俺に回復アイテムを使う間を与えないよう、次々と殺到してきた。

 消耗戦を仕掛けてきやがったな。


「クソッ!」

「バレットさん!」


 いまだ暴走中のティナは俺の窮状きゅうじょうを見て近付いてこようとするが、俺は声を張り上げてそれを制止した。


「来るな! 状況が悪化するだけだ!」


 俺の言葉にティナは顔をひきつらせて空中で静止する。

 今、あいつに来られて万が一また神聖魔法をこの身に受ければ、俺の死が早まるだけだ。


 ゾーラン隊にいた頃、常に最前線で戦っていた俺は戦場で苦戦の末にゲームオーバーになったことは一度や二度じゃない。

 そうした経験則から俺はこういう消耗戦になると自分自身がいつくたばるのか、腹立たしいことに戦局とダメージ量からある程度逆算できちまうんだ。

 このままいけば堕天使5、6人を残して俺はゲームオーバーだろう。

 その後、ティナの奴はこいつらに捕まり、なぶり殺されて俺の首輪を解除する機会は失われる。


 ああムカつくぜ。

 すへてが俺のムカつく方向に向かってやがる。

 俺はそのムカつきを拳に込めて目の前の堕天使どもをなぐり付けてやった。

 それがイタチの最後っだと分かっていても俺は最後まで敵をぶんなぐってやらずにはいられない。


 そうして敵をなぐり飛ばそうとしたその時、俺の目の前にいた堕天使が急上昇して俺の拳をかわした。

 チッ。

 生意気……ん?


 いや、違う。

 あいつは俺の拳をかわしたんじゃない。

 まるで釣られる魚のように、何者かによって強引に上に引き上げられたんだ。


 俺は堕天使のその不自然な動きにまゆひそめて頭上を見上げた。

 するとそこには直立不動のまま動かなくなった堕天使の体が海風にあおられてブラブラと揺れている。

 俺はその堕天使の首に銀色の鉄線が巻き付いて食い込んでいるのを目にした。

 あれは、まさか……。


「バレット。らしくないねえ。こんな奴らに何をもたついてんのさ」


 動かなくなった堕天使の頭上にその声の主はいた。

 堕天使の首に巻き付いているその鉄線はその人物が仕掛けたものだ。

 それはスラリと背が高く、長く真紅な髪の毛と宝石のような緑色の目を持った悪魔の女だった。


「……リジーか。何でこんな場所にいやがる」

「ご挨拶あいさつだねバレット。アンタに仕事の依頼を持ってきてやったってのに」


 リジー。

 俺と同じ下級悪魔の女で古い顔見知りだった。

 

 縄張なわばりを持たない流れ者のリジーは、武器や防具を制作する鍛冶かじ職人で、この辺境のみならず中央にも出張して仕事をけ負っていた。

 もちろん悪魔の鍛冶かじ屋がまともな武具を作るはずもなく、リジーがその手で生み出すのは呪われたいわく付きの一品ばかりだ。

 そういうものを好む特殊な顧客層を商売相手に、リジーは法外な金を取って喜ぶ守銭奴しゅせんどのような女悪魔だった。


「ケッ。見ての通り取り込み中だ。人手が必要なら他を当たりな。リジー」

「どうやらそのようだねぇ……おっと」


 そこでリジーは身をひるがえして上方から降り注ぐ桃色の光を避けたが、それはリジーによって虫の息にされた堕天使を直撃した。

 相変わらず暴発中のティナの神聖魔法を浴びたその堕天使はゲームオーバーとなって消えていく。


「それよりバレット。ありゃ何だい?」


 そう言うとリジーは上空でもだえ続けるティナを指差した。

 ああ面倒くせえな。

 んなこと説明したくもねえ。


「今、取り込み中だっつったろ」


 俺はリジーを無視して堕天使どもに襲いかかった。

 だが、俺が攻撃を仕掛けようとした堕天使たちが次々とリジーの鉄線でるし上げられていく。

 あれはリジーが作った、魔力を通すことで自在に操ることの出来る特殊な鉄線だ。


「邪魔すんなリジー!」


 俺は苛立いらだって声を上げるが、リジーはまるで聞く耳持たず、その手に握った何本もの鉄線を操って次々と堕天使どもを血祭りに上げていく。

 予期せぬ乱入者に堕天使どもは怒気を振りまいてリジーに襲いかかった。


「あの女悪魔を殺せ!」


 馬鹿な奴らだ。

 リジーは鍛冶かじ職人とはいえ、自分で作り上げた数々の奇妙な武器を駆使したその戦闘能力はあなどれない。


「堕天使ども。アタシに指一本でも触れられるつもりかい? 甘いんだよ!」


 そう言うリジーの手に突如として武器が握られた。

 アイテム・ストックから取り出されたそれは、リジーの背丈の2倍はあろうかという巨大な大鎌おおがまだった。

 あれもリジーの得意武器だ。

 

 巨大な刃に魔力を通すことで、信じられないほどの切れ味を持つようになる。

 しかも魔力によって重量軽減の効果が得られ、あれだけ巨大なかまにも関わらず、リジー本人にとっては小枝ほどの重さしか感じられない。

 それを知らない堕天使どもがリジーの間合いに入り込んだその瞬間、リジーは大鎌おおがまを一閃させた。

 

 途端とたんに堕天使どもの首が刈り取られて宙を舞う。

 血しぶきが噴き上がる中、リジーはその白いほほに返り血を浴びてあやしく笑った。


「はい残念。首と胴体がお別れだねぇ。くふふふ」


 冷酷な光をその目に宿すリジーの前に堕天使どもはたじろいで息を飲む。

 リジーはそんな堕天使どもを鉄線と大鎌おおがま容赦ようしゃなく蹂躙じゅうりんしていった。

 

「アタシにケンカ売っておいて今さらび入れても許されないよ」


 チッ……リジーの奴、このままだと加勢の駄賃だちんだとか言って堕天使1人あたり金貨何枚か寄こせとか言ってきそうだな。

 こいつはそういう女だ。

 俺はそのことを苦々しく思いながらすぐ近くの堕天使どもを叩きのめした。


「こ、こいつら……クソッ! 退却だ!」

 

 残り3人となった堕天使はいよいよ退却を始めるが、すでに遅きに失した。

 1人を俺が灼熱鴉バーン・クロウで撃墜し、もう1人はリジーの鉄線で締め上げられる。

 そして最後の一人はティナの奴が無差別に放射している神聖魔法のうずに巻き込まれてあえなくゲームオーバーとなった。

 こうして堕天使の野盗集団は壊滅した。


 ふぅ。

 ようやく片付いたか。

 俺はアイテム・ストックから回復ドリンクと解毒剤を取り出して服用し、傷ついた体を回復させてとりあえず落ち着いた。

 ティナの暴走で思わぬ窮地きゅうちに立たされたが、リジーの予期せぬ乱入で結果として俺たちは命拾いをすることになった。

今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回 第二章 第7話 『女悪魔リジー』は


8月4日(日)午前0時過ぎに掲載予定です。


次回もよろしくお願いいたします。

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