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どうせ俺はNPCだから  作者: 枕崎 純之助
第二章 魔王の古城
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第4話 招かれざる客

「ティナ! 起きろ!」

「ふえっ……」


 ティナが寝床にしている小部屋に俺が踏み込むと、声に驚いたティナが跳ね起きた。

 寝ぼけまなこの見習い天使はハッとして寝巻きの胸元をたくし上げると、顔を真っ赤にして怒り出しやがった。


「バ、バレットさん? 女子の寝室にいきなり……」

「そんなこと言ってる場合じゃねえ。客だ!」

「客? じょ、上級悪魔たちですか?」

「分からん。とにかく急げよ。結構な数だ」


 俺の言葉にティナはあわてて身支度みじたくを始める。

 俺はそんなティナを置いて1人屋上へと再び戻った。


 とりでに居を構えてからの2日間は襲撃者もなく、俺とティナは建物の中にわなを仕掛ける作業に明け暮れた。

 だが3日目の明け方。

 屋上で半分眠りながら見張りをしていた俺が目にしたのは、朝日を背にして海の水平線上の空に浮かび上がった多くの人影だった。


「数十人ってところか。思ったより多いな」


 そろそろ上級種の襲撃があるはずだと考えていた俺は、敵の襲来そのものには驚かなかった。

 出来れば首輪の解除後にしてほしかったが、そう都合よくはいかねえもんだな。

 だが妙だ。

 奴らが向かってくるとしたら西側の荒野の方角からのはずだ。

 なぜならここは『悪魔の臓腑(デモンズ・ガッツ)』のあった森林地帯よりもさらに東の国境近くであり、地獄の谷(ヘル・バレー)の最果ての地だ。

 東側の海の向こうはもう天使どもの国である天国の丘(ヘヴンズ・ヒル)であり、上級悪魔のアヴァンやディエゴがその方角からやって来るはずがない。


 まさか……天使の軍勢が攻め込んできたのか?

 いや、天国の丘(ヘヴンズ・ヒル)は今、天樹の再建と天使長が退いた後の新体制固めで派兵どころじゃないはずだ。

 俺がじっと目をらし、はるか彼方からの来訪者らを見定めようとしていると、ようやくティナの奴が息を切らしながら屋上に上がってきた。


「お、お待たせしました」

「遅ぇぞ」

「すみません。え~と。アレですね」


 息を整えつつ水平線の彼方を見やったティナは、アイテム・ストックから双眼鏡を取り出すと、それで来訪者たちの姿を確認する。

 こいつのアイテム・ストックには一体何種類のアイテムが収納されていやがるんだ。

 そういぶかしむ俺の視線に気付くことなく、ティナは食い入るように双眼鏡をのぞき込みながら言葉をらす。


「あれは……堕天使だてんしの集団です!」

堕天使だてんしだと?」


 上級悪魔でも天使でもなく、それは予想外の来客だった。

 天使や悪魔と違い、堕天使は自分たちの国を持たない流浪るろうの民だ。

 天国の丘(ヘヴンズ・ヒル)地獄の谷(ヘル・バレー)の両方に存在し、それぞれの拠点を作って暮らしているが、その多くは盗賊稼業に身をやつしている。

 俺も過去、何度かそういう堕天使の集団をケンカで撃退したことがあった。


「私たちに気付いているでしょうか?」

「どうだかな。ただ海を渡ってきたってことは、このとりでは休息を取るのにもってこいだろう。どちらにしろ俺たちがここに陣取っている限り、奴らとの接触は避けられん」


 俺の言葉にうなづいてティナは口元を引き締めると、銀環杖サリエルを強く握りしめた。


「ここで迎え撃つしかないですね」

「いいや。まだわなが仕掛け終わってねえし、戦闘でとりでが荒れたら今まで作業したことがムダになる」

「で、ではどうすれば……」


 困惑するティナをよそに俺は思考をめぐらせる。

 見たところ、おそらく堕天使どもの数は30~40人ほどだろう。

 敵のレベルが分からない以上、攻撃力の低下している今の俺が、さえぎるもののない海上で戦うには少々厄介(やっかい)な人数だ。


 俺はふととなりのティナを見下ろした。

 堕天使どもはやみ属性だ。

 光属性の純度が極端に高いこいつの神聖魔法は有効だろう。

 だが、こいつと2人で奴らに特攻をかけたとしても戦局はそれほど有利にはならない。

 ティナは俺ほど俊敏しゅんびんには動けないし、乱戦になった時にうまく立ち回れる保証はないからだ。


 だが……そこで俺の頭にある方法が浮かんだ。

 ひどく馬鹿げた方法だが、ハマれば堕天使どもを一網打尽いちもうだじんに出来るだろう。

 俺は即座に決断した。


「ティナ。おまえの神聖魔法。高潔なる魂(ノーブル・ソウル)だったか。あれを体から放つ時に身に着けている衣服は破れないよな?」

「あ、当たり前です! 魔法を放つたびにイチイチ服が破けてたら戦えませんよ! こんな時に一体何を考えているんですか!」


 顔を真っ赤にして文句を言うティナに構わず俺はさらに問いかけた。


「それならおまえが持っている保護色マント。あれを装備しても破かずに魔法を放てるか?」


 俺の問いにきょを突かれたのか、ティナは戸惑いながらうなづく。


「装備品として身に付けているものを破損しないように神聖魔法を放つってことですよね。そのくらいのコントロールは可能ですが……バ、バレットさん?」


 俺はティナの答えを聞くや即座にアイテム・ストックからなわを取り出した。

 それを見たティナの表情がこおり付く。


「まさかバレットさん。また私を……」

「ああ。縛らせてもらうぜ。キツ~くな」

「ひええええっ! やめて! 変態!」

「やめねえよ。これは敵対行為じゃなくて協力して戦うために必要な行為だ」


 あの森の隠れ家でそうだったように、敵意なくティナに触れることは可能だった。

 敵意認定されることもなく俺はわめき散らすティナを押さえつけると、意気揚々となわを巻き付けていった。

 



 それから5分後。

 俺はとりでの屋上から羽を広げて飛び立った。

 上空に飛び上がると海風がより一層強くなっている。

 海鳥たちがやかましく鳴きながら風に乗って器用に飛んでいるその中に混じり、俺は水平線を目指した。


 海の向こうからこちらに迫ってくる堕天使の一団はもうハッキリと目に見えるほど接近していた。

 連中もとりでから打って出た俺の姿を確認したようで、大声で嬌声きょうせいを上げながら迫ってくる。

 その粗野な様子から見るに、やはり野盗のたぐいだろう。

 俺は速度を上げて奴らとの間を縮めていき、その距離が約200メートルほどになったところで全速力にギアチェンジした。


「はぁぁぁぁっ!」


 そして一気に上昇すると再び下降して堕天使どもの頭上から猛然と襲いかかった。


「貴様ら! あの悪魔をふくろ叩きにしろっ!」


 堕天使らの頭目リーダーと思しき鈍色にびいろよろいを身に付けた男が声を上げ、その他の堕天使らが各々の武器を手に身構える。

 剣、やりおのとその武装はバラバラで、こいつらが野盗集団であることを如実にょじつに表していた。

 統制された天使の軍隊に比べれば格段に楽な相手だ。


螺旋魔刃脚スクリュー・デビル・ブレード!」


 上空から錐揉きりもみ状に回転しながら、俺は手近な堕天使の1人をねらう。

 俺の足先がドリルのように堕天使の白黒まだらな羽を根元から切り裂いた。


「ひぎああっ!」


 片方の羽を失った堕天使はバランスを崩した。

 俺はそいつの頭にかかと落としを浴びせて叩き落とす。

 正確に脳天を打ち抜く一撃を浴びて失神した堕天使は大海原へと落ちていき、波間に消えた。

 途端に他の堕天使どもが大声で悪態をつき始める。


「くそっ! やっちまえ! 相手はたった1人だ!」

「悪魔野郎を取り押さえろ! 羽を引きちぎってやれ!」


 口々にそうがなり立てる堕天使どもの顔は一様に興奮で紅潮していた。

 仲間を叩き落とされたことに怒ってるわけじゃなさそうだ。

 獲物を狩ろうとする際の興奮がこいつらをいきり立たせているんだろう。

 奴らは目をギラギラさせて俺を取り囲むと、一気呵成いっきかせいに襲いかかってくる。

 上等だ!


灼熱鴉バーン・クロウ!」


 俺は両手に宿した炎を堕天使どもに向けて放った。

 間抜けな堕天使の1人がそれを浴びて燃え上がる。

 さあ、楽しいケンカの始まりだぜ!


 俺は嬉々として近くの堕天使に襲いかかった。

 奴らが突き出すやりほこなどの長物の武器をかいくぐり、その腹を拳で突き上げ、顔面にひじ打ちを浴びせる。

 奴ら1人1人は特筆するほどの強さはないが、空中でこれだけの人数に囲まれていると、どうしたって背後に回られちまう。

 堕天使の頭目リーダーの男がそんな俺の様子を見ながら愉悦ゆえつゆがんだ笑みを浮かべた。


「さぞかし腕に自信があるんだろうが、この人数相手に無謀むぼうな突撃とは、随分ずいぶんと頭のほうは弱いようだな。馬鹿め。くたばれ!」


 その声に呼応こおうして数人の堕天使が俺の背後から武器を振り上げて襲いかかってきた。

 俺は目の前にいる奴らの攻撃を防御するのに手一杯で振り返る余裕はない。

 だが……。


高潔なる魂(ノーブル・ソウル)


 それは俺にだけ聞こえるようなささやき声だった。

 途端とたんに俺の背中から小娘の形をした桃色の光が飛び出す。

 それは今まさに俺の背中を刀でぶった斬ろうとしていた堕天使に直撃した。


「ぐおっ……」


 至近距離から光の直撃を浴びた堕天使は大きなダメージを受けて落下していき、そのまま海面に叩きつけられた。

 突然のことに動きが止まった眼前の堕天使の首に俺は鋭く蹴りを叩き込む。


魔刃脚デビル・ブレード!」


 威力の低下のせいで首を一撃ではね飛ばせない恐れがあることはすでに学習済みだ。

 俺は首をねるのではなく、かき切ることに集中した。

 その結果、首すじを切り裂かれた堕天使は首から血しぶきをき上げてのける。

 俺はそいつに肩で当て身を浴びせて後方に吹き飛ばした。

 また1人、哀れな堕天使が波間に落ちて消えていく。


 こいつらは知らない。

 俺が背中にまとった透明のマントの下に、1人の見習い天使が潜んでいることを。

 そう。

 この保護色マントのおかげで堕天使の奴らには見えていないが、俺の背中にはなわで縛って固定したティナが、俺と密着して背中合わせになる格好で潜んでいる。


 こうすることで俺の背後からの敵の攻撃に対して、ティナが魔法で反撃できる。

 ティナの神聖魔法・高潔なる魂(ノーブル・ソウル)やみ属性の堕天使どもにはやはりよく効くようだ。

 だがそれも敵に当てられなければ意味がない。

 そして乱戦の中で敵の攻撃を相次いで受ければ、体力のないティナでは耐え切れないだろう。


 だがこうして、より速く動けて戦闘慣れした俺の背中に固定することでティナは回避や防御に気を配ることなく魔法攻撃に専念できる。

 それが俺が考えたこのヘンテコな作戦だった。

 正直言って見栄みばえはまったく良くないが、どこの馬の骨とも分からん堕天使の野盗ごときに負けるよりはずっとマシだ。


 俺は堕天使どもを蹴散らしながら空中で身をひるがえして旋回せんかいする。

 その間にも俺の背中からは桃色の光が……ん?

 ティナの奴が妙におとなしいぞ。

 俺はティナの様子がおかしいことに気付いて、堕天使どもが面食らっているこの機に乗じてその場から上空に緊急離脱した。


「おいティナ。もっと盛大にやっていいぞ。何を遠慮えんりょしていやがる」


 俺がそう背中に話しかけると、風にひらめかないようはしを俺の衣にい付けてあるマントの下で、ティナが弱々しい声をらした。


「さ、さっきの螺旋魔刃脚スクリュー・デビル・ブレードで酔ってしまい、気分が悪くて……オエッ」

「しっかりしろよ。情けねえぞ。あれしきの回転で」

「バ、バレットさんは自分で回転してるから平気なんですよ。私はそれに巻き込まれているんですから。うぅ……。あの技はもうカンベンして下さい」

「チッ! おまえに遠慮えんりょして動いていたら奴らにブスリと刺されるぞ」


 そう言って俺は下を見る。

 堕天使どもは俺を叩きつぶそうと躍起やっきになって追ってきた。

 俺はティナの奴に負担がかからねえように出来る限り大回りで旋回せんかいしながら堕天使どもを迎え撃つ。

 面倒なことこの上ねえが、ティナの奴が無力化しちまったら元も子もねえからな。


「いいかティナ。血ヘドを吐いても魔法を打ち続けろ」

「うぅ……パワハラです」

「来るぞ!」


 堕天使どもは再び俺の周囲に展開した。

 今度は上に逃げられないようにとの警戒感から、頭目リーダーは俺の頭上と眼下にも人員を配置していやがる。

 奴らはまさか俺の背後に見習い天使が隠れているとは思わないだろうが、背中から奇妙な技を放つ悪魔だと俺のことを警戒しているだろう。

 その証拠に俺の背後にいる奴らは一定の距離を保ち、それ以上は近付かないようにしていた。


「もはや逃げられぬぞ。ハグレ悪魔の分際で小賢こざかしい」


 そう言って手下どもの囲みの外から俺を嘲笑あざわらいながら見下ろす堕天使の頭目リーダーに俺は声を上げる。


「てめえが大将だろ。手下に任せてねえでこっちに来いよ。俺と一騎討ちしな」

「一騎討ちだと? 立場を考えてものを言え。見ての通り、貴様はふくろのネズミだ。このままふくろ叩きにされて死ぬんだよ」

「ハッ。そうかよ。手下どもの前ではじをかきたくねえってことか。つまんねえ野郎だな。まあいいさ。腕に自信がねえなら、そこで手下どもが皆殺しにされるのを震えながら見てな」


 俺がそう言った途端とたん、黒く不気味な装飾のついたやりが俺の頭のすぐ脇を猛烈な勢いで通り抜けていった。

 それを投げたのはその顔を怒りに染めた頭目リーダーだった。

 こいつ……思ったよりやるのか?

 そんなふうには見えねえが、今の一撃は思いのほか速かった。


「ナメやがって。俺がこいつらの頭を張ってるのは、俺が誰よりも腕利きだからに決まってるだろうが。軽口叩いたことを泣いて後悔させてやろう」


そう言うと頭目リーダーは手下どもを押しのけて、ゆっくりと俺に迫って来た。

今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回 第二章 第5話 『炎魔の槍』は


8月2日(金)午前0時過ぎに掲載予定です。


次回もよろしくお願いいたします。

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