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どうせ俺はNPCだから  作者: 枕崎 純之助
第二章 魔王の古城
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第2話 ドレイクの部屋

 湾岸地帯の岸壁に立つ古いとりでの中を歩きながら、ティナの奴は俺のとなり物珍ものめずらしそうにキョロキョロしている。


「バレットさん。どうやって上級悪魔たちをここに呼び込むのですか?」

「ゆうべの森の隠れ家を知る奴はいないが、このとりでを俺がねぐらにしていたことは、ここらの悪魔ならたいてい知っている。当然、奴らの耳にも入るだろう」

「なるほど。でも、そうだとしたら上級悪魔たちは大群を引き連れて攻めてくるかもしれませんね」


 ティナは緊張に表情を硬くしながらそう言う。

 確かにこっちは圧倒的に数的不利だ。

 だが、俺はそのことを悲観してはいなかった。


「このとりではうまくつくられていてな。攻めにくく守りやすい。少人数でも守れるようにドレイクの工夫が各所に凝らされている。だからそう悲観的になることもねえさ」

「そうなんですか……ドレイク? どなたですか?」

「ドレイクっつったら魔王ドレイクに決まってんだろ」


 俺の言葉にティナは目を丸くした。


「ええっ? 魔王ドレイク? 魔王ドレイクがこのとりでを?」


 驚くティナに俺はうなづいた。

 そう。

 このとりではかつて魔王になる前、ただの上級悪魔に過ぎなかった頃のドレイクが築いた場所だった。

 若き日のドレイクはここを拠点にして、徐々に勢力を拡大していき、やがて魔王の座へと上り詰めるんだ。

 言わばここは魔王ドレイク旗挙はたあげの地だった。


 昔この辺りに住んでいたドレイクがまだ一介の上級種だった頃に、兵を集めて築き上げたのがこのとりでだった。

 岸壁に立てられたこのとりでは、海の向こうから飛来する天使たちを迎え撃つための要塞ようさいの役割を果たしていたらしい。

 大型アップデートによりマップの変更があり、この地獄の谷(ヘル・バレー)の中心地が別の場所に移ってからは、ここは今みたいな過疎地に変わり、ドレイクも己の軍勢を率いて別の地へと移住していったという。


 魔王ドレイク。

 数年前までこの地獄の谷(ヘル・バレー)の全土をべていた悪魔の王だ。

 その力は絶対的で、魔王の座についてからも数多あまたの戦場で先陣切って戦う勇猛ぶりだったにも関わらず、一度たりともゲームオーバーにならなかったという無敗の王だった。

 一介の下級種に過ぎない俺からすりゃ、まるでおとぎ話の人物だ。


 人望も厚く、知略にけた腹心の部下を幾人も連れていたドレイクが唐突にその生涯を終えたのは、数年前に起きた天使どもとの全面戦争である『天魔大戦』の真っ只中ただなかだった。

 とはいえドレイクは天使どもに討ち取られて死んだわけじゃねえ。

 その最後は壮絶なものだったという。


 三日三晩続いた天魔大戦の最終日。

 突如として空から破滅の火が降り注いだ。

 遥か上空から尋常じんじょうじゃない速度で落下してきたそれは、燃え盛る巨大な岩石群だった。

 いくつかの岩石が地上に着弾した時の衝撃は、人智をはるかに越える理不尽な破壊力だったという。

 その衝撃で山も森も街も一瞬で吹き飛んでしまった。


 地上の総てを破壊する容赦ようしゃのない衝撃を前に、戦闘中の天使と悪魔は動きを止め、成すすべもなく震えて見ていることしか出来なかった。

 そして絶望的なほどに一際ひときわ巨大な岩が落下してきたその時、それを受け止めるべく立ち向かったのが魔王ドレイクだったという。

 皆が絶望の眼差しで空を見上げることしか出来ない中、ドレイクだけが1人その巨岩に立ち向かって飛び上がった。

 そして皆が見つめる中、ドレイクは巨岩に吸い込まれていった。


 途端とたんに巨岩は粉々にくだけ、小さな破片となって地上に降り注ぎ、致命的な被害はまぬがれたんだ。

 その後、ドレイクがどうなったのか、その場に残された天使や悪魔には分からなかった。

 なぜならドレイクはコンティニューによって復活することはなかったからだ。


 そして後日、運営本部から正式にドレイクの死が発表され、魔王は支配すべき地上を滅亡から救ってその生涯を終えた、という伝説だけが残った。

 その時の地獄の谷(ヘル・バレー)の混乱ぶりはよく覚えている。

 絶対的な王が唐突にいなくなってしまったのだから当然だ。

 以降、魔王の座は空位のまま現在に至る。


「魔王ドレイクの話は私も知っています。天魔大戦の時、私はまだキャラクターとしてロールアウトされていなかったのですが、バレットさんは当時どこに? やっぱり参戦していたんですか?」

「んなわけねえだろ。俺みたいな田舎いなかの下級悪魔はドレイクが組織する軍からはお呼びがかからなかったんだよ。俺もまだゾーラン隊に入る前の話だったし、この辺境で今と変わらねえ暮らしを送っていただけだ」


 そうだ。

 あの当時から世の中は随分ずいぶんと変わったが、俺は何も変わっちゃいない。

 まあ天魔大戦などど仰々(ぎょうぎょう)しい名前がついちゃいるが、俺にとっちゃ遠くでドンパチやってる他人事でしかなかったからな。


「魔王ドレイクがコンティニューされなかったのは……運営本部の意向なんでしょうね」


 ティナは少し複雑そうな顔でそう言う。

 

「だろうな。デカイことやって死んだほうが伝説の魔王としてはくがつくってことだろう。大方その空から降ってきた燃える大岩も運営本部の演出だろうしな」


 その壮絶な死をもって、ドレイクは魔王としての絶対的な象徴と化した。

 だが、果たしてドレイクはそんなことを望んでいたんだろうか。

 何にせよ魔王なのに世界を救って死んだってのは皮肉な話だ。

 俺がもしドレイクだったら、あの世でさぞかしなげいていることだろうよ。


「そんなふうに自分の人生の終わりを一方的に決められて、ドレイクはどんな気持ちだったんでしょうか」


 ティナは浮かない顔でそう言った。

 ケッ。

 見習い天使が魔王の心配してどうすんだ。


「どんな気持ちも何もねえよ。死んでコンティニューされていない以上、意識は無くなるんだから何かを感じたり思ったりすること自体ありえねえ」


 俺の言葉にティナはわずかに物()げな表情で押し黙った。

 それに構わず俺は言う。


「魔王ドレイクだけじゃねえ。どうせ俺たちはNPCだ。運営本部の心ひとつでチンケなこの命は消されちまう。それは逃れられない宿命なんだよ」

「……そうですね」


 ティナは何やら辛気しんきくさい顔をしてそう言った。

 そんなティナに構わずに俺は先を進み、目当ての場所へと到着した。

 そこはとりでの奥にある何てことのない通路の一角だったが、俺がかつて利用していた【ある仕掛け】はそのまま残されていた。


「ここだ」


 俺に続いて立ち止まったティナが不思議そうに見つめる中、俺は壁の一部分に手を当て、そこをグッと押し込んだ。

 そしてその壁を右(なな)め奥にずらすようにすると、俺1人の背丈ほどの縦穴たてあなが壁の真ん中に開いた。

 

「ここが隠れ家ですか?」


 縦穴たてあなの先に下り階段が続いているのをのぞき込みながらティナはそうたずねてくる。


「ああ。元々このとりでにある隠し部屋でな。発見したのは偶然なんだが、初めて中に入った時は驚いたぜ」


 そう言いながら俺はあなの中に入り階段を下りて行く。

 細い階段の途中にはいくつかのオイルランプが設置されていて、俺は指を鳴らして火花を散らし、それぞれのランプに点火しながら進んだ。

 後ろからはティナの奴がランプの明かりを頼りに恐る恐るついてくる。

 昨日は森の隠れ家の中に入るのにウダウダと躊躇ちゅうちょしていやがったが、今日は早々に観念したようだな。


 階段を降りていくと、ほどなくして平たい床となり、隠し部屋に到着した。

 途端とたんにティナの奴が驚嘆きょうたんの声を漏らした。


「ひ、広い……」

「森の隠れ家とは大違いだろ」


 隠し部屋だと聞いて、森の大樹の根に作られた昨夜のようなせま苦しい空間を想像していたんだろう。

 ティナは予想外の光景に目を丸くしてやがる。

 俺たちが今いる部屋はおそらく30メートル四方はある空間で、天井も10メートルはあろうかという高さだ。

 

「こ、こんな空間が建物の中にあるなんて……」

「ここはとりでの中核に位置する場所だ」


 そう言うと俺は部屋の入口で突っ立ったままのティナを置いて、部屋のすみに置かれた寝台にドカッと腰を下ろした。

 しばらく使っていなかったため、ほこりがブワッと舞い上がる。


「この部屋はドレイクが私室として使っていたんだ。奴の部下が残した報告書なんかがそのまま残されているからな」


 寝台の横に置かれた本棚には、数々の資料が残されていた。

 俺もひまつぶし程度には読んだことがあるが、何しろ量が量なので全ての内容を知っているわけじゃない。

 俺の話にようやく気を取り直したらしいティナが興味深いといった様子でたずねてくる。

 

「報告書ですか。どのような内容なのですか?」

「どんな相手が何人襲撃してきたとかの戦闘記録、戦利品の目録、それに当時の仲間の名簿とかそんなもんばっかりだな。別に面白いもんでもねえぞ」


 そう言う俺にティナは目を丸くする。


「き、貴重な資料じゃないですか。魔王の遺産ですよ」

「どうでもいいよ。んなもんは」

「バレットさんは悪魔ですが、魔王ドレイクにはあまり興味を示さないですよね。尊敬とか憧れたりとかしていないのですか? 悪魔の中の英雄みたいなものなんじゃ……」

「さあな。他の奴は知らんが俺にとっちゃどうでもいい話だ」


 天使長イザベラを敬愛する天使どもと違い、俺たち悪魔は忠誠心とは無縁だ。

 時々いる変わり者の魔王崇拝(すうはい)者や、ドレイクの直属の部下でもない限り、魔王への忠誠心なんて持ってる奴は多くない。

 悪魔なんてそんなもんさ。

 そこで俺はティナのあきれ顔を見ながら、ふとあることを思い出した。


「そういえば昔、ひまつぶしに資料を読んでいた時、中からひとつだけよく分からねえ文書が出てきてな」

「よく分からない文書?」

「ああ。見たことのない文字で書かれていて内容は俺にはサッパリ分からないんだが、天使の刻印が入った手紙のようなもんだった。もしかしたらドレイクが捕虜として捕らえた天使が持っていたものかもしれねえな……あったあった。これだ。残ってたか」

 

 そう言いながら俺は本棚からその手紙を取り出してティナの奴に放る。

 ティナはあわててそれを受け取り、手紙を見ると即座に言った。


「これは……セントグリフですね」


 セントグリフ。

 天使どもが使う古代文字か。

 悪魔の俺たちの目には正確な文字が映らないよう細工されているため法則性が分からず、解読することが出来ない天使どもの秘匿ひとく言語だ。

 そこで俺は思い出した。


「そういえばこの前おまえが見ていた不正プログラム保有者の名簿……この文字で書かれていたよな。どこかで見たことがあると思ったが、これだったか」

「ええ。そうです。あれもセントグリフですね。ところで、これ……読んでもいいのですか?」

「好きにしな。どうせ俺は読めねえし、ここに置いておいても焚火たきびの燃料にすらならねえしな」


 俺の言葉にうなづくと、ティナは手紙を開いてその内容を読み始めた。

 その顔色が見る見るうちに変わっていく。

 神妙な顔つきだったティナの奴の目に見る見るうちに涙がにじみ、それがひとすじほほを伝い落ちた。

 何だ?

 ティナは涙声をしぼり出すように言った。


「これは……かつて天使長さまからドレイクにてられた手紙です」

「……はあっ?」


 天使長イザベラから魔王ドレイクへの手紙?

 どういうことだ?


「もしや……宣戦布告状か?」


 いや待てよ。

 このとりでにいた頃のドレイクはまだ魔王じゃなかった。

 昔から天使長だったイザベラが一介の上級悪魔に名指しでケンカを売るわけがねえな。

 まゆひそめる俺にティナは言った。

 大マジメな顔で。


「いえ……恋文です」

今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回 第二章 第3話 『天使長の恋文』は


7月31日(水)午前0時過ぎに掲載予定です。


次回もよろしくお願いいたします。

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