第1話 炎獄鬼バレット
「バレット。炎獄鬼だのと呼ばれていい気になってるのも今日までだ。この辺りの縄張りに明日からもうおまえの居場所はねえ。今まで好き放題やってくれたツケを払う時がきたな」
そう言ってアホ面ぶら下げながら俺を睨み付けるのは、この辺りのゴロツキ悪魔どもの頭領、巨漢の力自慢・ケルだ。
いつものように俺が行きつけの洞窟『悪魔の臓腑』の最深部で鍛練していると、このアホは手下どもを大勢引き連れて乗り込んできやがった。
まったく。
アホは死んでも治らないってのは本当だな。
「ケル。この前ボコボコにしてやったのを忘れちまうほど、てめえの記憶プログラムは腐ってやがるのか? まさか頭数そろえれば俺に勝てるとか勘違いしてんなら、てめえの思考プログラムはいよいよ末期症状だぜ。運営本部に腐った脳ミソ取り替えてもらいな。ついでにその汚ねえツラもな」
ケルのアホは今までもう何度ボコボコにしてやったか数え切れねえ。
その手下どもも同じだ。
なのに今日またこうして雁首そろえてノコノコやってくるのはどういう腹づもりだ?
人数はザッと見て20人ちょっとか。
この洞窟の狭い中、大勢でかかれば何とかなるとでも思ってやがるのか?
腕力ばっかりでオツムの足りねえケルらしい浅知恵だぜ。
まあちょうどいい。
鍛練のついでに遊んでやる。
「ここがおまえの墓だ! バレット!」
ケルの怒声を合図に、奴の手下どもが一斉に襲いかかってきた。
「おもしれぇ。やってやるよ」
悪魔ってのは血と暴力を好むもんだからな。
俺は体中から溢れ出す闘争心に身を委ね、羽を広げて飛び上がると一番端の奴に目をつけた。
「オラァ!」
俺の急接近に面食らったその野郎の土手っ腹を思い切り蹴り上げ、くの字に体を折り曲げて動きの止まったそいつの頭に拳を打ち下ろした。
「がっ!」
ケルの手下はそのまま固い岩肌の地面に叩きつけられてくたばった。
すぐさま俺は振り返り、俺の背後をついて殴りかかってきた別の野郎の腕を掴むと、その腕に肘を打ち下ろして骨をへし折ってやった。
「うぎぃぁぁぁぁ!」
情けねえ声を上げるそいつの顎を拳で突き上げると、そいつは天井に激突して息絶えた。
まったく手ごたえのねえ奴らだ。
ちゃんとメシ食ってんのか?
俺はとにかく戦意の赴くまま暴れてやった。
もちろん相手がどんなザコでも手加減なんて一切なしだ。
「灼熱鴉!」
俺が両手に宿した地獄の炎を激しく撃ち出すと、それは燃え盛る鴉を象って宙を舞い、ケルの手下どもを次々と焼き尽くす。
すると数の力で俺を押さえ込もうと、数人が四方八方から取り囲むようにして襲いかかってきた。
ナメやがって。
馬鹿どもが。
「魔刃脚!」
俺は魔力で鋭い刃物と化した脛や踵でそいつらに蹴りつけ、1人残らず奴らの首を刎ねてやった。
いつも通りだ。
20人超のアホどもが全員くたばるのに5分とかからなかった。
手下どもがオール・ゲームオーバーとなり、残るは頭領のケルだけだ。
「おいケル。手下がクズばかりで苦労するな。ま、手下どももボスが無能で苦労しているようだからお互い様か」
俺はそう言いながらケルにゆっくりと詰め寄っていく。
ケルは怒りで肩をワナワナ震わせて俺を睨みつけていやがる。
「バレットォォォォ。ふざけやがって」
「そりゃこっちのセリフだ。俺が好き勝手してるだと? だったらどうだってんだ。俺はてめえらがくだらねえ縄張りごっこをやってる間も、毎日こうして力を研ぎ澄ませてきたんだよ。てめえらみてえなヌルい連中に勝ち目があると思うか? ねえよ。1%たりともな」
俺がそう言うと、怒りから一転してケルの野郎はブサイクな面にブサイクな笑みを浮かべて言いやがった。
「ケッ。ゾーラン一派に破門されたくせしやがって何を偉そうに。ミジメなハグレ者が」
「ああ。そうかよ。じゃあてめえはミジメな負け犬……」
そう言いかけた俺は、背中にゾクッと悪寒を覚えて咄嗟に顔を上げた。
そこにはこの最下層フロアの天井しかない。
だが……それでも俺は直感した。
何か来る!
「くっ!」
俺がすぐさま後方へ飛び退ったのと同時に、音もなく頭上から何かが飛来してきた。
それが何であるかを確認する間もなく体に何か重く固いものがぶつかってきて、俺は大きく弾き飛ばされた。
「ぐっ!」
咄嗟に両手で防御態勢を取ったものの、俺は自分の体にぶつかってきた物体の勢いを受け止め切れずに吹っ飛ばされ、背中から壁に叩きつけられてしまった。
強烈な痛みと圧迫感に襲われ、俺は息を吐いて床に崩れ落ちた。
「くはっ……」
懸命に顔を上げて前方を見据え、不自然に天井から現れて俺を襲った者の姿を見る。
それは鎖のついた巨大な鉄球を手にした、巨漢を誇る悪魔だった。
お、俺を吹っ飛ばしたのは、あいつが投げたあの馬鹿デカイ鉄球か。
突然現れた巨漢の悪魔は、俺の上半身ほどもある直径を誇る巨大鉄球を軽々と片手で弄んでいやがる。
その鉄球を受け止めた両腕の感覚がない。
まずいな。
動かせるか?
もしさっきのをまともに体に食らっていたら、致命傷は避けられなかっただろう。
くそっ。
何なんだアイツは。
俺が見つめる先、巨漢の悪魔がこっちに向かって近付いてくる。
その身の丈はケル以上の大きさで、軽く3メートルは超えるだろう。
そいつは二足歩行の牛型悪魔だった。
俺はそいつの頭の上に浮かぶNPCマークを見て息を飲む。
俺の頭上の三角マークとは違い、そいつのは3つの三角マークが重なるようなデザインだった。
こいつは……上級悪魔だ。
しかも俺のようなバランス重視の人型じゃなく、能力特化型の獣型。
この辺りじゃ滅多に見かけない強敵の出現に、俺の胸の鼓動が早くなる。
殺されるかもしれないという本能的な恐怖と……絶対に殺してやるという奮い立つ興奮だった。
俺には超えなければならない壁がある。
「こいつか。炎獄鬼バレットってのは。人型の下級種じゃねえか。こんなのがこの辺りの最強だと? ディエゴ。辺境ってのは随分と低レベルだな」
ニヤニヤと俺を見下ろして低く唸るようにそう言う牛型悪魔の声に答えるのは甲高い声だった。
「そうは言っても今の一撃で死なねえってことは、ただのマヌケ野郎じゃねえんだろうよ。アヴァンの兄貴」
よく見ると牛型の悪魔の肩に猿の悪魔が乗っている。
そいつも上級悪魔だった。
こんな辺境に上級種が2体も……。
「旦那がた。そいつを潰せばここらでの仕事がやりやすくなるぜ」
ケルはヘコヘコしながら上級種のご機嫌うかがいをしていやがる。
そうか……あの野郎。
上級種に取り入って後ろ楯を得たのか。
だから何度も負けてるくせに性懲りもなくこの俺にケンカを売ってきやがったんたな。
悪魔らしい姑息な手だが、仮にも手下数十人を抱える頭領が何てザマだ。
俺は痛む体に鞭打って立ち上がった。
感覚の失われていた両腕がズキズキ痛み出した。
折れちゃいないが、骨にヒビでも入りやがったに違いねえ。
頭に来るぜ。
だが、痛むってことは感覚があるってことだ。
戦える。
俺は歯を食いしばった。
上級種の奴らはライフ量も魔力量も俺とは桁違いだ。
長期戦は論外。
速攻で片をつける!
「燃え尽きろっ!」
俺は両手に宿した地獄の炎・灼熱鴉を最大出力で放った。
狙うはアヴァンとかいう牛頭のデカブツだ。
燃え盛る巨大な鴉が鋭く宙を切り裂いてアヴァンに襲いかかる。
飛び道具を使うと同時に俺は一気に前方ダッシュで相手との距離を詰めた。
灼熱鴉で怯んだ相手の首を魔刃脚で斬り落とす、ショット&ゴーは俺の基本戦法だった。
だが……。
「真空膜」
そう唱えたのは猿型悪魔のディエゴだった。
途端に牛頭のアヴァンを包み込もうとしていた俺の炎が見えない壁に阻まれて消えちまった。
な、何だと?
だがそれでも全速力で突っ込んでいた俺は勢い止まらず、そのままアヴァンの牛頭目掛けて飛び上がり足技を仕掛けた。
「くたばっちまえ!」
魔刃脚でアヴァンの首を切り落として一気にケリをつけるつもりだったが、灼熱鴉が消えちまったことで奴には余裕があった。
アヴァンは俺の動きを見て即座に、その太くて長い腕を鋭く突き出したんだ。
リーチの差が明暗を分けた。
俺の足よりも長いアヴァンの右腕が伸び、鋭い突きが俺の胸を打った。
「ぐはっ!」
奴の馬鹿デカイ拳をカウンターで胸に受けた俺は、自分の胸骨が砕ける音を聞いた。
衝撃で後方に飛ばされながらも空中で羽を広げて懸命に体勢を整えようとする俺の耳に、再び甲高いディエゴの声が響く。
「過重力」
すると俺の体が強烈な力で下へ下へと引っ張られる。
な、何だこれは。
「く、くおおっ……」
俺は必死にその力に抗って上昇しようとしたが、どんどんと引っ張られて、あえなく地面に叩きつけられた。
「ぐあっ!」
そのまま見えない力によって地面に押し付けられて、俺は身動きが取れなくなる。
くそっ!
それでも俺はこのまま負けることが我慢ならず、歯を食いしばって渾身の力で起き上がろうとした。
「ぬああああっ!」
「野郎……まだ動くか。だがムダだ。ディエゴの過重力は下級種のステータスで跳ね返せる重力値じゃねえ」
「兄貴。こんな奴はこうしてやればいい。イレギュラー・システム・コード0803。フィールド・エラー」
ディエゴが奇妙な言葉を唱えると、俺が押しつけられていた床の形がいきなり変化した。
それまで真っ平らだった地面が大きく窪み、俺はその穴の中に落ち込んでいく。
相変わらず体にかかる見えない重しは容赦なく俺の体を押し潰そうとする。
「う、うおあああっ……」
くっ!
う、動けねえ。
穴に落ちたネズミのように懸命に身悶えする俺を、窪みの上から覗き込んだケルが心底愉快そうな声で言った。
「いいザマだな。バレット。研ぎ澄ませた御自慢の力とやらも上級種の前には無意味だったわけだが、感想はどうだ? 身の程をわきまえろってんだ。俺たち下級種はどんなにあがいても上級種には及ばねえ。努力だの鍛錬だの、そんなもんは悪魔にあるまじきムダで無意味な自己満足に過ぎねえって分かったか」
「ケル……てめえ。俺はまだ死んでねえぞ。かかってこい腰抜けが」
「そんなザマだってのに勇ましいこったな。だが、おまえは死なねえんだ。バレット。ゲームオーバーにはならねえ。従ってコンティニューも出来ねえ。おまえはここで生き続ける。生き埋めのまま誰にも気付かれずに。これが本当の意味での生き地獄だな。ハッハッハ! あばよバレット。邪魔者が消えてくれて明日から俺は気分良く過ごせるぜ」
そう言うケルが首を引っ込めると、俺の挟まる窪みに上から蓋がされるように岩盤が覆いかぶさって来て、閉じた。
途端に俺の体にのしかかる奇妙な重しは消えたけれど、代わりに分厚い岩盤に体を固定されて身動きが取れない状況に変わりはなかった。
「馬鹿野郎ぉ! 最後まで俺と戦え! 俺はまだ死んでねえぞ! この命を奪ってみろ! 戻ってきやがれぇぇぇぇぇ!」
どんなに声の限りに叫んでも、俺の前に広がる闇には一条の光すら差さなかった。
暗闇に閉ざされた視界の中、忌々しい上級悪魔どもが引き上げていく足音が遠ざかっていくの聞きながら、俺は闇を睨みつけた。
「ムダで無意味……んなこと重々分かってんだよ。クソが。だが俺は……」
俺はあきらめられねえんだ。
下級悪魔である俺たちはレベルの上限値最大まで自分を高めても、上級悪魔の能力には遠く及ばない。
実際、俺の能力は下級悪魔としての上限値に達し、カンストを迎えている。
これ以上は何をどうしても強くはなれねえ。
NPCとしてそういう仕様になっているからだ。
どうせ俺はNPCだから。
そうして下級悪魔たちはどいつもこいつもあきらめ受け入れて折り合いをつけているその事実に、俺はいまだに抗い続けていた。
そしてその結果が……今のこの俺のどうしようもなくブザマでミジメな姿だ。
命運尽きたか……。
だが、そんな俺の前に奇妙な見習い天使の小娘が現れたのは、このすぐ後のことだった。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第一章 第2話 『見習い天使ティナ』は
7月2日(火)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。