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どうせ俺はNPCだから  作者: 枕崎 純之助
第一章 見習い天使と下級悪魔
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第10話 森の隠れ家

 夕闇ゆうやみが深くなり、森の中に影が落ちる。

 俺は見習い天使のティナを連れて森の中を移動していた。


 このまま森の中をウロウロするのは得策じゃねえ。

 昼の間に森をうろついていた魔物どもが巣穴すあなである『悪魔の臓腑(デモンズ・ガッツ)』に戻っていく代わりに、夜行性の魔物どもが活動を始める時間だからだ。

 そしてそんな連中と一悶着ひともんちゃくを起こせば、ケルの手下どもがすぐに騒ぎを聞きつけるだろう。


「日も暮れるし、とりあえず身を隠せる場所に移動するぞ。おまえは特に目立つからな」


 見上げる夕空の彼方には大量のウロコ雲が見える。

 これは明日の朝にはまとまった雨が降る兆候ちょうこうだ。

 好機チャンスかもしれねえ。


「どこに身を隠すんですか?」

「いいからついてこい。あまり大きな声は出すなよ。またケルの子分どもがうろついてるかもしれねえからな」


 そうして俺たちが向かったのは、樹齢の高い大樹が群生している場所だった。

 大樹の幹は一周数十メートルあるほど太く、地面に根がうねるように張り出している。

 俺はそのうちの一本の根を足で押した。

 すると根がズズズと地面の中に引っ込んでいき、ポッカリとあなが空いた。


 ここは幹の根元が空洞になっている。

 俺は空洞の中を確認して身をすべり込ませると、指をパチリと鳴らして人差し指の先に小さな火をともす。

 それを種火として、あらかじめそこにえ付けておいたランプに火をともした。

 途端とたんに中が明るくなる。

 そこは俺が身を隠して昼寝する場所として作り上げた部屋だった。


 天井は俺が立っていられるほどの高さがあり、直径5~6メートルほどの円形の広さを持つ。

 入口から警戒して中をのぞき込むティナが小さく声をらした。


「ここは?」

「俺の隠れ家の一つだ。そんなとこに突っ立ってないで早く入ってこい。誰かに見られたら面倒だ」


 モタモタしているティナに俺はそう言ったが、ティナは不審げな眼差まなざしを俺に向けた。


「こ、こんな閉鎖的な場所に私を連れ込んで……一体何をするつもりですか」

「は? 取って食らうとでも思ってんのか? それでこのクソ忌々(いまいま)しい首輪が外れるなら喜んでそうするがな。ま、おまえみたいなせこけた青臭いガキを食っても大してうまかねえだろけどよ。肉付きも悪いし」


 俺の言葉にティナは顔を紅潮させて憤慨ふんがいする。


「セ、セクハラです! 私だって女の子なんですよ。こんな暗くてせまい場所に男性と2人なんて警戒するに決まってるじゃないですか。しかも悪魔の男性となんて……」


 その様子に俺はティナの奴が何を不安がっているのか理解した。


「ああ。そういうことか。俺がおまえにチョッカイ出すと思ってやがるのかよ。アホだろ。おまえ」

「な、何がアホですか! 侮辱ぶじょくしないで下さい」

「デカイ声出すんじゃねえよ。いいかティナ。この首輪の解除。そのこと以外、俺はおまえに何も望んでいねえし何も期待していねえ。おまえが俺を警戒するのは理解するが、おまえにチョッカイ出して俺に何か得があると思うか? ねえよ。1ミリもな」


 俺がそう言うとティナの奴はムッとして目をり上げたが、やがて観念したように溜息ためいきをつきながらしぶしぶ入口から中に入ってきた。

 そしてゴザの敷かれた地面に腰を下ろし、憮然ぶぜんとした顔で俺をにらんでやがる。


「そうにらむんじゃねえよ。というか、そもそも俺はこの首輪のせいでおまえに手出し出来ないんだろ? そんならビクビクしてねえで堂々としてりゃいいんだ」

「女子がよく知らない男性を警戒するのは自然なことなんです。バレットさんは他人の気持ちが分からない唐変木とうへんぼくですね」


 ほほふくらませてそう言うと、ティナの奴は俺に背を向けた。

 はぁ……めんどくせえ。

 こんなガキと朝まで過ごさねえとならねえとは気が滅入ってくるぜ。


 あまりの馬鹿馬鹿しさに会話をする気にもなれず、俺はこの隠れ家の中を見回した。

 ここは俺しか知らない場所だ。

 隠れ家の中には保存食やら水やらその他のガラクタを雑多に置いてある。

 万が一にも俺のいない間に侵入者が入った場合に、物の配置の乱れでそれを察知することが出来るようにだ。


 敷かれたゴザの様子や部屋の中を見る限り、侵入された形跡はない。

 俺は天井からるしてある干し肉の匂いをいで異常がないのを確かめると、それを取って口に運び、とりあえず人心地ついた。

 ふてくされているティナのことは放っておいて、俺はゴロリとゴザに寝転がって思考を巡らせる。

 とりあえず朝まで休息を取りつつ、ケルの奴をぶっ潰す算段を立てねえとな。


 普段の俺なら何も考えることなく真正面から乗り込んでいって皆殺しにしてやるだけなんだが、今はそうもいかん。

 能力の落ちているこの状況でも、俺が単身で奴の根城に潜入して手下どもを排除しつつケルの首を獲るために、策をろうする必要がある。

 面倒くさいことこの上ないが、しかし一方でこれはいい機会かもしれないと俺は考えていた。


 先々の話になるが、仮に俺の力が全開だったとしても、上級種を相手に真正面からぶつかるのは愚策だ。

 上級種どもと戦うには作戦を立て、相手の裏をかくことが必須となるだろう。

 今回のことはいい予行練習になる。


 ケルの奴が根城にしているのはこの森を越えた先に広がる荒野にある岩山だ。

 周りにさえぎるもんが何もないから、侵入者を一目で見つけられる作りになっている。

 小心者のケルにピッタリの根城だぜ。

 だが……明日は朝から雨が降る。

 やりようはある。


 俺がそんなことを考えていると、ティナがようやくこっちを向いて声をかけてきた。

 その顔にはさっきまでのブスッとした表情ではなく、わずかばかりの喜色がにじんでいる。


天国の丘(ヘヴンズ・ヒル)との通信が可能になりました。もしかしたらこの大樹がアンテナになってくれたのかもしれません」


 背を向けたままふてくされているのかと思ったが、通信を続けていたのか。

 ティナの言葉に俺は思わず身を乗り出した。


「で、解除方法は分かったのか?」

「はい。さっきの解除術が途中で終わってしまったことで、首輪のプログラムがバレットさんの体に癒着ゆちゃくしてしまったようなのです。その状態を解消するためのプログラムを天樹の塔で作成してもらいます」

「そうか。それはいつ手に入るんだ?」


 俺の問いにティナは嬉しそうに答えた。


「5日後です!」

「長え!」


 そんなに待っていられるか!

 俺は頭にきてティナに詰め寄った。


天国の丘(ヘヴンズ・ヒル)の連中に1日で作れって言えっ!」

「む、無茶ですよ。1日なんて」

「俺にあと5日もこのふざけた首輪をしてろってのか!」

「が、我慢して下さい。たった5日ですから」

「ふざけんなっ! 殺すぞ!」

「うひいっ!」


 ああクソッ!

 5日間もこのまんまかよ。

 何が気に食わねえって、その間ずっと上級種どもに復讐ふくしゅうを果たせないってことだ。

 かといって感情に任せて突っ走っても、この能力の低く抑えられた状態じゃアホみてえに惨敗を喫するだけだ。

 怒りにうなる俺を恐々(こわごわ)と見つめながらティナの奴が言う。


「バ、バレットさん。その5日の間、私も出来る限りバレットさんのお手伝いをしますから。何とかそれまで我慢して下さい」

「黙ってろ。おまえの手なんぞ借りねえよ。おまえがやることはこの首輪の解除だけだ。後は何も余計なことはしなくていい。見習い風情ふぜいが出しゃばるな」


 にべもなくそう突っぱねる俺だが、ティナは食い下がって来やがる。

 

「私は不正者であるその上級悪魔たちを断罪しなければならないと言ったはずです」

「それはてめえの都合だろうが。俺には関係ねえ」

「し、失礼ですけど、あなただけで上級悪魔に勝てる目算が?」

「黙れ。生意気な口をきくなよ。ガキめ」


 俺はティナをにらみつけた。

 また幼さの残る小娘だが、俺はそんなティナの姿を本能的に毛嫌いしていた。

 今まで多くの天使どもと敵対してきたせいもあるが、もっと根本的な理由がある。

 俺たち悪魔のNPCには天使を嫌悪する性質がプログラムとして組み込まれているんだ。

 だから本音を言えば今すぐにでもこいつを外に叩き出したいぐらいだった。

 だがティナは俺の視線におびえながらも両手の拳を握り締め、まっすぐに見つめ返してきやがった。


「どうしても上級悪魔を倒さなければならない。バレットさんのその言葉は本心ではなかったのですか?」

「何だと? 本心に決まってるだろうが」

「だったら私の力を利用すればいいじゃないですか。どうしても勝ちたいのであれば、手段を選ばず……」

「馬鹿野郎。天使なんかと一緒に戦えるか。見習い天使の手なんぞ借りたら、いい笑い者だぜ。バレットは天使の小娘などとつるむ道化者だとな」


 冗談じゃねえ。

 なんで俺がこんなガキの手を借りなきゃならねえんだよ。

 俺がこいつを利用するのは、あくまでも上級種どもをおびき寄せるためのおとりとしてであって、間違っても共闘なんぞするつもりはねえ。

 だが、俺の言葉にティナは憮然ぶぜんとした顔で言った。


「意外とつまらないことにこだわるんですね。バレットさん」

「……あ? てめえ今なんつった」

「天使なんかと組めない? 笑われるから? 本当に強い人は笑われることなど何とも思いませんし、昨日の敵をふところに飲みこんで今日の勝利につなげられるのですよ。悪魔としての評判や他人の目を気にして、自らの行動に制限をかけているうちは本当の強さなんて決して手には入りません」


 そういうティナに俺はしばし言葉を失った。

 いかにも未熟な小娘があまりにも生意気な口をきくから……というわけじゃねえ。

 こいつの口にした言葉の欠片かけらが、警鐘けいしょうとなって俺の胸の中に響いたからだ。


 評判……評判?

 評判って誰からの評判だ?

 この辺りの悪魔どもか?


 俺はそんなことを気にする奴だっただろうか。

 俺が強くなりたいのは、他人から評価されるためか?

 それは違う。

 俺はただ自分に仇成あだなす奴らを叩きつぶしてやりたいだけだ。

 なら俺は……。


「私はあなたにとって、有益な手札カードになり得るはずです。どうしても倒したい敵がいて、その敵の持つ理不尽な力に対抗し得る力を持つ便利なこまが目の前にいる。あなたが本気だというのならば、この私を有効に使うべきです」


 ティナは自分の胸に手を当てて毅然きぜんとそう言う。

 チッ……こいつ、弱いくせに何でこんなに自信がありやがるんだ。


「天使の甘言かんげんだな。こまだと? 俺にはおまえが俺を手駒てごまにしようとしているようにしか聞こえんが?」


 天使の口車に乗せられて道化役を演じるのは御免ごめんだ。

 こいつは俺を利用したいだけに過ぎん。

 だがティナはあっけらかんと言ってのけた。

 

「ええ。そうですよ。あなたは私よりずっと強いですし、この地獄の谷(ヘル・バレー)で生き抜くすべを知っている。だから私はあなたを利用したい。その代わりあなたに利用されても構いません。互いに利用し合いましょう」


 こいつは……本当に奇妙な天使だ。

 俺たち悪魔が天使を嫌うように、天使の連中も俺たち悪魔を毛嫌いしているはずだ。

 そんな悪魔を相手に取引をしようなんて天使を俺は見たことがない。

 不可解な小娘だが一つだけ分かるのは、こいつは心に決めた何かを成そうとしていて、その決意が揺るぎないということだった。


「……おまえの抱える使命ってやつは、そこまでしてでも果たさなきゃならないものだってのか」

「はい。何があっても果たすべき最重要事項です。私だって悪魔と組むなんて本意じゃないですよ。でも私は自分に課せられた使命を果たすためなら、どこの誰に笑われようとさげすまれようと一向に構いません。それが私があなたと組もうとする理由です」


 ティナはそう言うと静かに俺を見つめた。

 その瞳は揺らぐことなく俺の瞳の奥を見据みすえている。

 チッ。

 こんなガキですら腹をえてるってのに俺は……。

 ムカつくがウダウダ言ってる場合じゃねえようだな。

 

「……いいだろう。互いの目的を果たすためなら、笑い者になってやろうじゃねえか」

 

 腹を決めた俺の言葉にティナは微笑んでうなづいた。

お読みいただきまして、ありがとうございます。


次回 第一章 第11話 『天使と悪魔の夜ふけ』は


7月11日(木)0時過ぎに掲載予定です。


次回もよろしくお願いいたします。

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