第9話 ケンカ別れの朝
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「てめえゾーラン! どういうつもりだ!」
本拠地である岩山の居住地に戻って来た隊長のゾーランの姿が見えた途端、周囲の連中が唖然とするのも構わずに俺は猛然と奴に詰め寄った。
ゾーランの奴は面倒くさそうな顔で俺を一瞥するとさっさと自室に戻ろうとしやがるもんだから、俺は奴の腕を掴で引き留める。
「待ちやがれ」
「何だバレット。こっちは戦明けで疲れてるんだ。文句なら明日にでも聞いてやる」
「ふざけんな。その戦からわざと俺を遠ざけやがったのは、どういう理由か納得いく説明をしてもらわなきゃ俺は収まらねえぞ」
天使どもの総本山たる天樹の塔をめぐる紛争があったその日、俺は戦場となった天樹の塔から遠く離れた土地でつまらねえ魔物退治の雑用仕事をしていたんだ。
俺がその紛争のことを知ったのは、ゾーランに指示されたその仕事を終えてこの本拠地に戻った時のことだった。
そんな大事なイベントがあると知っていながら、ゾーランは俺をそこから外すために、わざと遠方の地への出張を指示したと知り、俺は激怒した。
そりゃそうだろ。
俺はそもそも腕っぷしを買われてこのゾーランの部隊にスカウトされたんだ。
そういう争いの時に先陣切って戦うのが俺の役目だろうが。
それをこんな扱いされて、黙っていられるか。
だがゾーランは俺の怒りなどどこ吹く風とばかりに鼻で笑ってみせやがった。
「ハッ。どんな説明をしたっておまえは納得しやしねえだろうが」
「当たり前だ。そんな大規模な戦闘があったってのに俺を連れて行かねえ道理があるか? ねえよ。これっぽちもな」
「道理ときたか。おいバレット。青二才が自惚れんのもいい加減にしやがれ。てめえ1人がいたところで何か戦況が変わったとでも思ってやがるのか?」
そう言うゾーランと俺は顔を突き合わせて睨み合う。
ゾーランは今回、どこぞの魔女とやらを手助けするために部下を率いて挙兵した。
そして堕天使の軍団と大規模な戦闘を行った末に勝利したという。
戦う理由や相手なんざ俺にはどうでもいい。
問題なのはその戦場に俺がいなかったという受け入れがたい事実だ。
「俺は自惚れる資格がある程度には実績を積んできたはずだぜ。あんただってそれは十分分かってるだろうが」
俺がこのゾーランの部隊に加わってからまだ一年足らずだが、常に最前線で戦い、敵陣に最初に切り込む役目を果たしてきた自負がある。
だからこそ今回の大一番で戦線から外されたことが、どうしても納得いかねえんだ。
そんな俺を見据え、ゾーランは当然とばかりに言った。
「確かにおまえの腕前に文句はねえ。だが今回の戦場は今までとは違う特別なものだった。そしておまえは今回の戦場にふさわしくねえ。俺がそう判断したまでのことだ」
「何だと? まだ経験が浅いとか寝ぼけたこと抜かすつもりじゃねえだろうな」
「違うな。そんなつまらねえ理由じゃねえよ。問題はもっと根深い。おまえは……戦うことの意味が見えていない」
「……意味だと? 何だそりゃ?」
ゾーランの言葉の意味が分からずに苛立つ俺に、奴は言った。
「おまえ。戦えるなら相手は誰でもいいと思ってるだろう。戦う理由もどうでもいいと。おまえは力を振りかざしたいだけだ。見れば分かる」
「ああ? だったらどうだってんだ。重要なのは俺が戦力になるかどうかだろうが」
「だからおまえは青いってんだよ。戦うことそのものが目的になっている奴に今回の戦場に立つ資格はねえ」
そんなゾーランの言葉の意味が分からず俺は憤慨し、そこからはもう取っ組み合いのケンカだ。
もちろん上級種であるゾーランに俺が敵うはずもなく、コテンパンに叩きのめされて終わった。
そしてその朝、俺は破門を言い渡され、部隊を追い出されたんだ。
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「くそっ……何なんだよ」
その時のことを思い出して俺は牙が唇に食い込むのも構わずに顔をしかめた。
そんな俺の隣でティナが怯えて言う。
「バレットさん……か、顔が怖いですよ。殺人鬼の顔ですよそれ」
「うるせえっ!」
「ひいっ!」
まったく鬱陶しい小娘だ。
ムカつくことを思い出させるんじゃねえ。
だがティナは懲りずに言葉を重ねやがる。
「でも破門した後もゾーラン隊長は故郷に帰ったあなたのことを気にかけていたようですよ。きっと破門は隊長の本意ではなかったのでは……」
「知ったことか。俺の前であんな奴のことは金輪際話すな」
気遣わしげなティナの表情に俺はムカついてそう言った。
ゾーランとケンカ別れした後、俺は生まれ故郷であるこの辺境に戻って来た。
そして昔からの犬猿の仲であるケルを相手にケンカ三昧の日々を送り、とにかく強くなるために腕を磨き続けていたんだ。
別にゾーランを見返してやろうってわけじゃねえ。
ただアイツの言葉が心のどこかに引っかかっていた。
戦うことの意味。
それがどうしても分からずに俺は今ももがき続けている。
俺はただ……誰にも負けたくないだけだ。
たとえ相手が自分より格上のステータスを持つ上級悪魔だったとしても。
格が違うのだから負けても仕方ない。
そんな負け犬根性を受け入れることが出来ず、俺は強さを追い求め続けている。
そんなことを考えながら歩いている俺の隣で、ティナがハッと足を止めた。
「バレットさん。止まって下さい」
「あん?」
ティナの声に足を止めた俺は、そこから前方に生じている奇妙な光景に目を見張った。
「……ありゃ何だ?」
俺が目を留めたのは前方十数メートル先の地面。
それは何の変哲もない森の中の小道に見えたが、森の中を吹き抜ける風を受けて揺れる周囲の草花の中で、その一帯に生える草花だけは一切揺れていない。
その場所だけが不自然なまでに無風だった。
範囲にしておよそ半径2~3メートルってところか。
それを見たティナの顔色がサッと変わる。
「バレットさん。用心して下さい。あれは……穴です」
「穴だと?」
確かに不自然な場所ではあるが、見たところ平坦な地面でしかない。
穴と言われてもにわかには信じられねえ。
だが、ティナが近くに落ちていた小石を拾って前方に投げる。
すると小石はその地面に接触する刹那、音もなく消えてしまった。
それを見たティナが神妙な顔で頷く。
「やはり……」
マジかよ。
ただの地面にしか見えねえが、あそこには穴が開いてるってことなのか。
「さっき私が落ちた穴もあんな感じでした。おそらくあの下は先ほどの洞窟があるかと」
「なるほどな」
確かにこの辺りの地下には『悪魔の臓腑』の坑道が広がっている。
だが……。
「なぜ飛ばなかった? 穴に落ちたなら飛び上がれば済む話だろ。その翼は飾りか?」
いくらマヌケなこいつでもそんなことが思いつかないわけじゃねえだろう。
だがティナは首を横に振った。
「どうやらあの穴は……落ちた者を吸い込む習性があるのです。だから翼を広げて飛び上がることも叶いませんでした。バレットさんも足を踏み外さないよう気をつけて下さい」
「チッ。面倒くせえ穴だな」
「そうですね。少し待っていて下さい」
そう言うとティナは穴と思しき地面の近くまで用心深く歩み寄り、そこで手をかざした。
ティナの手が青い光を放ち、穴を照らし出す。
「不具合分析」
俺はティナの様子を見ながら改めて思った。
こいつは戦闘能力という点においてはまるで大したことはないが、一方で俺の知らない技術を身に付けていて得体の知れないところがある。
今まで色々な戦場で数々の悪魔や天使どもを見てきたが、こいつのような奇妙な術を使う奴はただの1人としていなかった。
ティナの奴はこのゲーム内で何か特別な権限を持っているんだろうか。
俺たち普通のNPCとは違う特別な権限を。
こんな見習い天使がそんな権限を持たされるものか?
だが、そうであるからこそ上級種の連中がこいつを探しているのかもしれない。
俺の見つめる先でティナは粛々と作業を終え、こちらを振り返って言った。
「やはり……。この穴も『悪魔の臓腑』の最下層である地下50層まで繋がっています。私がさっき落ちたのとは場所が違いますから、この周辺に同じような穴が他にも開いていると考えるべきですね」
そう言うとティナは銀環杖を振り上げた。
「とにかく穴を塞がないと」
「ちょっと待て」
「えっ?」
呼び止めた俺を不思議そうに振り返るティナの横に並び立ち、俺は肩に担いでいた2体の悪魔どもを穴の中に放り投げた。
奴らは気絶したまま、どう見ても地面にしか見えないその見えざる穴の中に吸い込まれて消える。
ティナが驚いて俺を見上げた。
「バ、バレットさん? 一体何を……」
「この穴が50層まで繋がってるなら都合がいい。あいつらを縛る縄は解くのに少しコツがいるんだ。奴らが地下で目を覚ましても自分たちでは縄を解けねえだろう。それにこの『悪魔の臓腑』を巣穴にしている魔物どもが夜になると地上から戻る」
「さっきの洞窟、夜は魔物の数が増えるんですか?」
ティナはわずかに怯えたようにそう言った。
「ああ。数の多さは昼の比じゃねえ。だからケルの子分どもは夜の間はあまり寄りつきたがらねえ。50層を目指すなら昼の間のほうが格段に楽だからな。さっき落とした2人組はそう簡単には見つからねえ。50層だけは魔物どもの寄りつかない階層だから食い殺されることもねえだろうしよ」
俺の言葉にティナは納得して頷いた。
「確かに。時間が稼げますね。でも他の箇所にも穴が開いていたら。そこから落ちた人が彼らを見つけてしまうかもしれませんよ」
「そうだとしても森の中に隠しておくよりは遥かに見つかりにくいだろうよ。さあ、もう穴を塞いでいいぞ」
俺の言葉に頷くとティナは素早く術をかけた。
「正常化」
銀環杖の先端に備え付けられた虹色の宝玉から青い光が降り注ぎ、地面を薄く照らす。
すると不自然だったその地面に風が吹き込み、草花を揺らし始める。
その場所が自然の状態に戻ったことが俺の目にも分かった。
ティナは恐る恐る足を踏み出し、穴だった地面を踏みしめると、よしと小声で呟いた。
確かに奇怪な穴は塞がれている。
まったく奇妙な術だ。
「それは神聖魔法なのか?」
天使どもの使う魔法は神聖魔法と呼ばれる。
だが、ティナは首を横に振った。
「いえ。さっきバレットさんを回復させたのは神聖魔法ですが、今のこれは魔法とは少し違うのです。あまり詳しくはお話し出来ないのですけれど、一言で言えば修復術といったところでしょうか」
「修復術? それは……他の天使も使えるのか?」
俺の問いにティナは首を横に振った。
なるほどな。
やはりこいつは見習いだが、おそらく普通のNPCが持ち得ない権限を天国の丘から与えられている。
そして上級種の奴らはそんなこいつを探している。
俺は頭の中で算盤を弾いた。
こいつと行動を共にしていると、思わぬトラブルに巻き込まれる恐れがある。
だが逆に考えれば、こいつを囮にして例の上級種の連中をおびき寄せられるかもしれねえ。
そうなればイチイチこちらから探しに行かなくて済むし、待ち伏せをして奴らの寝首をかくチャンスが得られるかもしれねえ。
このティナには俺の首輪解除以外にも利用価値があるな。
とにかくそれまでに上級種の奴らを潰す算段を立てておく必要がある。
そんな俺の胸中を知らず、ティナの奴は一丁前に胸を張った。
「これが私の使命です。不具合を直し、不正を正す。そのために私はこの力を与えられました」
誇らしげにそう言うティナの顔を夕日が赤く染めていた。
西日は山の尾根に向かって傾いていき、森の中をさらに赤く染め上げる。
もう一時間もしないうちに夜がくるだろう。
夜は悪魔の時間だ。
すぐにさっきみたいなケルの手下どもが森の中をウロウロし始める。
とりあえず今夜はどこかに身を隠して朝を待つほうが得策だな。
俺はとにかくティナを連れてその場を離れることにした。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第一章 第10話 『森の隠れ家』は
7月10日(水)0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。