68.何も起こらなかったんだが・・・
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カーン…カーン…
放課後を告げる鐘の音を耳にしつつ、フラッドは緊張から強張った肩を解すように小さく息を吐く。
「・・・ふぅ」
周囲へ視線を巡らせてみると、帰り支度に勤しむ者や、友人たちと談笑する者、既に帰路に就いたのか幾つかの空席が確認できる。
どの世界も恐らくそう違わないであろうその情景に、どこか親しみを覚えつつ、フラッドは隣ですぅすぅと寝息を立てる少女へと視線を送る。
午前中はその有り余る元気に目を輝かせながら受講していた彼女であったが、昼食を終え、五限目の歴史の授業でついに睡魔に敗れ、現状に至るのであった。
消化を終え、うつらうつらと睡魔と闘うこととなるその時に、朗々となされる教師の退屈な語りは、その誰しもが一度は敗北をしてしまうだろう。
現に彼女以外にもかすかな寝息と共に夢の世界を旅する者を何人か見受けられる。
しかし、そこは流石に特待生クラスと言うべきか、その数は片手で収まる程であった。
けれども、そのような状況で睡魔に抗うのは容易ではない。
それに、今ここに集う生徒たちは前世でいう所の小学校低学年である。
なおさら難しいと言えるだろう。
それ故に、彼女の行為は致し方がないものだと深く理解するフラッドであったが、彼女が起こすであろう何かに備え、常に緊張を保っていた当人からしてみれば、些かムッとしてしまうのは仕方がないことだろう。
(はぁ、人の気も知らないで気持ちよさそうに寝てるよ。
それに、周りにこんだけ人が居んのに無防備に寝顔何て晒して・・・可愛い過ぎんだろこん畜生!)
内心で愚痴をこぼしながら、フラッドは未だ気持ちよさそうに眠るポーラの頬を今日一日の仕返しと言わんばかりにつつき始める。
「あぅ・・・むにゃ・・・はふッ・・・」
(あぁぁ、なんだこの可愛い生き物は!
それに何て柔らかい頬っぺたなんだ!
これは永遠に続けられるぞ?)
もちもちと、そして柔らかく押し返してくるその弾力と、突くたびに漏れ聞こえる彼女の声にフラッドが周囲を忘れて夢中になっていると、背後から揶揄いと呆れが混じった声が掛かる。
「あら、寝ている婦女の頬を突きまわすなんて、紳士としていかがなものと思いますわ、フラッド?」
あまりの静けさから、既に教室には居ないと思い込んでいた人物からの声に驚いたフラッドは、それまでポーラを突いていた手を瞬時に引っこめると、声の主へと振り返る。
振り返った先には、呆れを浮かべつつも口をニヤニヤとニヤつかせたティアと、相変わらず二人のイチャつきに苦笑いを浮かべるルーク。
そして自席から移動してきたのだろう、眠そうに目をこするイワンとレギーナの姿があった。
先の授業で睡魔に屈し、未だ覚醒しきっていないのだろう二人の頬や額には、圧迫され赤くなった痕がある。
そんな二人をみて、武術に特化している二人らしい様子だななどと感想を思うフラッドだが、そんなことよりもと、ティアに対する言い訳を考え始める。
(さて、どう言い訳したもんか。
って言うより、偶にやってたりするし、そもそもその場面を見てたりするんだから今更なきがするが・・・
ティアの様子からして、そう言うことがメインじゃないよなぁ。
ここで上手く返せれば俺の勝ち。
逆にこのまま遊ばれればティアの勝ちってところだな)
「フラッド?
何か言い分はないんですの?」
(クッ、考える時間は与えないってか)
「いやぁ、この前ポーラに同じことをされたから、その仕返――」
「そうであっても、こんなにも人が居る場所でやることではないと思いますけど?」
「その点で言えば、ポーラがやった時も同じような状況だったから」
「その当時の事は見ていませんので解りませんけど、そもそも寝ている婦女にそのような事をするということは、自分は無防備な婦女に不埒な行為をする人物だと喧伝するようなものですわ」
「不埒なって!
特段いかがわしい事をしたわけじゃないだろ。
その、ちょっと頬を突いただけで・・・」
(マズイ!不味いぞこの流れは!
もう負け確だぞ!)
フラッドの言葉に言質をとったと、顔をニヤつかせたティアは、締めと大仰な手ぶりを交え話を続ける。
「これはもう認めたようなものですわ!
フラッド、貴方は幼気な少女に不埒な行いをする変態ですわ!」
ティアの発言に顔を驚愕に染めるフラッド。
そんな彼に追い打ちをかけるかのように、後ろの二人が反応を示す。
「フラッドは変態だったの?」
「ははぁん、そうかそうか、フラッドはスケベだったのか」
(何で今になって覚醒すんだよ!
もうちょい後に覚醒しろよ!)
「違ッ!
俺は変態なんかじゃない!
ちょっと可愛い女の子が好きなだけでってそうじゃない!
とにかく俺はHENTAIなんかじゃない!」
同様の為か、弁明になっていない弁明をするフラッド。
そんなフラッドへ満足そうな笑みを向けながらティアが続ける。
「まぁフラッドが、変態であるのは良いとしまして、流石に眠っているポーラに悪戯をするのはどうかと思いますわ」
「だから、俺は変態なんかじゃない!」
(そうだ、変態なんかじゃ、小学生低学年の女児に対して興奮したりなんか・・・
いや、仮にしたとしてもコレは俺も同い年だからであって、決して変態不審者さんなわけではないはずだ!…たぶん)
「ふふッ、冗談ですわ。
それでも、目の前でイチャつくのはどうにかして欲しいものですわ」
ティアがうんざりしたようにそう言い、イワンとレギーナはいまいち状況が解っていないのか、顔に疑問を浮かべている。
ルークに至っては言葉を発する間もなかったのか、終始苦笑いを浮かべている始末であった。
そんなことをしていると、教室の扉が大きな音と共に勢いよく開かれた。
「フラッド!この私と決闘しろ!」
その音に導かれるように視線を向けた一行の目に映ったのは・・・
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次話は5/10を予定しています。




