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62.野次馬をかき分けたんだが・・・

3/15

 料理を手に、ポーラの待つ席へと振り返ったフラッドの視線の先には、当初とは比較にならない程の野次馬に囲まれた一角があった。

 自身が席を立つ前から、彼女(ポーラ)の頼んだ物量から、一定数の野次馬や視線を確認していたが、フラッドが料理を頼んでいる少ない時間で倍以上に増えている現状に、フラッドの足も思わず止まる。

 しばらく呆然と見ていたフラッドだったが、野次馬の中から聞こえる、何かを拒否する聞き慣れた声に、停止していた思考と共に身体が時を思い出したかのように動き出す。

 


「あの――のはちょっと―――

 だから―――それは――」



 置けばいいものを、注文した料理を持ちながら器用に野次馬の間を掻い潜っていくフラッド。

 掻い潜る最中、その胸に輝く記章を見、身を引く生徒たち何人かを視界に収めながらも輪の中心に到着するフラッド。

 そんなフラッドの目の前では、嫌に近い距離で口説くように懇願するようにポーラへと迫る男子生徒三人と、嫌悪を通り越し恐怖を覚えているポーラの姿が映る。

 もともと、特待生であること、その華奢な体からは想像もできない量の料理を食べているだけでも注目を集めていたのだが、10人が見れば5、6人は二度見するであろう天使の様な清廉なその容姿も相まって、余計に人を集めたのだろう。

 美少女が大量の食事を摂っているという、どんな人でも意外性から、ある種の人には幸福さえ覚えるそのシチュエーション故に仕方がないとも言えるだろう。

 しかし、どこからどう見ても男子生徒がポーラへ言い寄っているとしか見えない、事実言い寄っているその現場に、フラッドの何かで何かが煮えたぎるような、何かが切れたような感覚が産まれる。

 フラッドが己が内に発生した感情に流されるまま、ポーラへ絡む男子生徒たちへ迫ろうとしたとき、何処からかどすの効いた声がかかる。



「ねぇ?今私も、その娘もご飯を食べてるの。

 ご飯中に話しかけちゃダメってお父さんやお母さんに教わらなかったの?

 それに、その娘嫌がってるけど?」



 そのドスの効いた声の主は、何時からそこに居たのかポーラの二つ隣に座っている少女であった。

 それまで、他の野次馬たちと一緒に背景の一部となっていた彼女であったが、一度その口を開いてからは、この場を彩るキャストの一人となっていた。

 彼女はイライラが覚醒ないのか、こめかみに青筋を浮かべながら汚物を見るような目で男子生徒達を睨み続ける。



「――力のある人に近づくのは、ある意味で正しいし否定はしないけど、今、その娘も()()ご飯を食べてるの。

 この場を見ればわかるよね?

 それなのに、考えもせずわーわーわーわーうるさい!

 もしかして、この状況を見て解らない程アンタたちってバカなの?」



 「私も」の部分をやけに強調した彼女は、相手である男子生徒たちの反応を見ることなくほぼ罵倒と言っていい説教?を続けている。

 彼女の開口からその勢いに押され、誰もが口を開くことが出来ず、ただただ彼女の口から語られる食事の重要性や、それを阻害することが如何に愚かな事かとういう説明を聞きつつ、ようやくなのかソレを聞く全員が彼女の前に積まれたそれを認識する。

 そう、彼女の前にはポーラのそれと比べ引けを取らない食べかけの料理が鎮座していたのだ。

 彼女の前に鎮座する料理と、今の状況を見て、食事が如何に彼女にとって優先されるものかを理解したフラッドを含む周囲の者達であったが、それでもなお理解していない者がこの場には居たのである。

 延々と呪詛の如く零れる彼女の言葉に、ポーラへ絡んでいた男子生徒の大半が、ある種の恐怖を体験したような、面倒事を起こしてしまったと後悔するような表情を浮かべる中、もっともポーラに近づいていた男子生徒だけが身体をわなわなと震わせていた。



「ねぇ?アンタ聞いてるの?

 近づく時だけよくしゃべって、怒られてる時は黙っちゃうの?

 私はね、ご飯を邪魔されて怒ってるの。

 それが解っているなら謝るぐらいするのが普通でしょ?

 まさか、そんなことも解らないわけじゃないよね?

 もしそうだとしたら、本当にバカだよね?」



 その態度を見て、自身の話を聞いていないと思った少女が指差し声を挙げると、体を震わせていた彼は伏せていたその顔を上げる。



「うるせぇ!

 たかが飯を邪魔されたぐらいでグダグダグダグダ!

 俺はこの子に用があるだけで、お前にはないんだよ!

 話し声が気になるんだったらお前がどっかに移ればいいだろ!

 それに、飯なんか一食(いっしょく)食わなくても問題ねぇんだよ!

 飯の為に俺の邪魔しやがって!

 むしろお前が俺に謝れ」



 自身の行動が決して褒められたことではないことを棚上げし、そう言い切る少年。

 少年の啖呵が切られると、それまでガヤガヤとざわついていた様々な音が消え、食堂を静寂が満たす。

 それは嵐の前の静けさか、はたまた己の行いを神に懺悔する為の猶予の時か、一秒、二秒と続いていく静寂は、確かな殺気と共に破られる。



「あ゛ぁ゛?アンタ、今、何て言った?」



 その言葉とともに放たれた濃厚な殺気に、啖呵を切った少年のみならず野次馬達からも小さな悲鳴や、後ずさりする音が聞こえてくる。

 現場の状況から察しを付けていた一部の野次馬やフラッドは、予想通りな展開に溜息や呆れの様子を見せる。

 一部、面白いものが見れるとワクワクとした様相の者も居るがそれは少数であろう。



「アンタ、今、ご飯を()()()って言ったよね?

 せっかく私がアンタみたいなバカでも解るように、優しくご飯の大事さを教えてあげたんだけど・・・アンタは私が思っていた以上のバカだったみたいね。

 もしかして、そこの二人も解ってないのかな?」



 そう言いつつ、一緒にポーラへ絡んでいた二人を見る少女。

 視線を向けられた二人は、彼女の殺気に当てられたのか腰を抜かしており声すらも出せずにいたが、それでも自分たちは違うと懸命に、それこそ頭が取れてしまうのでは?という程の勢いで首を振る。

 その様子を見て興味を無くしたのか、少女は正面でへたり込む少年へとほの暗い視線を向ける。

 先程までの威勢は何処へやら、完全におびえた様子で座り込む少年の様子は自業自得とは言え憐れみを感じてしまう程だ。



(完全に虎の尾を踏みぬいたな!

 まぁ、お前がポーラに近づいた時点で俺の中ではとっくに有罪(ギルティ)だ。

 これが終わってもたっぷりと絞めてやるから安心して待ってろよ?

 もちろん、後ろの二人も同じだからな?

 今のうちにこいつ等の顔を覚えておくか)



 などとフラッドが今後の事を考えている間にも場面は進展していく。



「…あ…あぁ…い、いや…違っ!…違うんだ!」


「なに?

 今謝られても遅いんだけど?

 でも、本当にバカだよねアンタ。

 力の違いも解らないのに私と喧嘩しようって言うんだもん」


「違ッ!そ、そんぁッ!

 ゆ、ゆるして!ごめんなさッ!」


「ゆるして?ごめんなさい?

 なんで最初にソレを言わないの?

 ・・・はぁ、アンタの様子見てたら…もういいや。」



 そう言って少女は言葉を区切る。

 それを赦しと思った少年は一瞬安堵の表情を浮かべるも、次の瞬間には絶望に、圧倒的な恐怖に直面したような表情を浮かべることとなる。



「――でも、次私のご飯を邪魔したり、ご飯の事をバカにしたら……()()()()。」



 安堵から視線を床へ落とした少年の顎を持ち上げると、その瞳を数センチの距離から覗き込み、そう囁く。

 その囁きは、静かなものであったにもかかわらず、その場にいる全員へと届く。

 その言葉に、その覗き込む瞳に感情の色は見えず、ただただ底冷えするような寒さだけが伝わってくる。

 傍観者であるフラッドでさえ、背筋に冷たいものを感じるのだ。

 直接ソレをされた少年の恐怖は想像に難くないだろう。

 ガチガチと歯を鳴らしたかと思えば、少年は悲痛な叫びを挙げながら走り去っていく。

 それを負うように他二人も駆け出していき、このトラブルは一応の解決を見たのだが、傍観者たちはその場の空気から脱出できていないのか動けるものが居なかった。

 そんな中、いち早く復帰したフラッドが事の中心たるポーラの方へと近づくと、未だ苛立ちが治まり切っていないのだろう、険の残った声が飛んでくる。



「…アンタもさっきのバカたちと同じなの?

 確か、フラッドだっけ?

 ルーク様と同じ学院首席だから、そんなことは無いと勝手に思ってたけど、勘違いだったみたいね。」



 フラッドの言い分を聞くことなくそう決めつける少女に、フラッドは困ったような顔をしつつ口を開く。



(なんでこの娘は俺の名前を…って代表挨拶してるしその時か。

 取り敢えず、この鳥肌の立つ空気を出すのやめてくれねぇかなぁ)

「ん~、そう言うのじゃなくて、俺はポーラと飯を食べてて、自分の分を貰ったから戻ってきたんだけど…」


「あ~、そう。

 それならいいや」


「あぁ。

 それとありがとな。

 ポーラの事を助けてくれて。

 君が居なかったら俺が行こうと思っていたって言うか、行くつもりだったんだけど。

 とにかく助かったよ」


「別に気にしないで。

 ご飯を邪魔するのは絶対に許さないだけで、私と同じでご飯を楽しんでるその娘を邪魔してるから我慢できなかっただけ。

 だから気にしないでいい。」


「そ、そっか」


「とりあえず、ご飯食べようか」


「お、おう」



 何とも言えない空気を維持しつつ三人は食事を再開する。

 それと共に野次馬たちは去っていくのだが、やはり二人の食事量が量なだけに、一定数の視線は残り続けるのであった。

 お読みいただきありがとうございます。

 はい、食事大好きっこの前で食事を否定すると大変なことになりますね。

 そんな回でした。

 楽しんでいただけたなら幸いです。

 さて、次話の投稿ですが3/22を予定させていただきます。

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