60.食堂へ向かっているんだが・・・
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部屋を出て少しすると、それまではきゅう~と可愛らしく鳴いていた腹の虫も、いつの間にやらグルグルと犬が唸るような声で空腹を主張しているのが解る。
それも、今空腹を主張しているのはフラッドのものではない。
自分のモノではない音が聞こえてくるこの状況に、ソレが誰のものか察したフラッドは、一度そちらへ振り返るかどうかを悩んだものの、結局振り返ることを選択した。
恐る恐る振り返った先には、羞恥に顔を染めたポーラの姿があった。
「その・・・皆からの手紙を読むのに夢中で・・・朝ごはん、食べてないの。
・・・だから、その・・・」
意中の相手の間近で腹の虫が鳴いたのがよっぽど恥ずかしかったのか、彼女の釈明もその恥ずかしさからか、か細い蚊の鳴くようなものであった。
そんな彼女の様子を不覚にも可愛いと感じつつ、フラッドはなるべく彼女を傷つけないようにフォローをする。
「朝ご飯を食べてないならしょうがないよ。
正直俺も食べたには食べたんだけど、量が少なかったし、食べた時間もいつもより早かったからなぁ。
ポーラも聞こえたろ?俺の腹が鳴ってるの」
そんなフラッドのフォローが効いたのか、少しだけ立ち直るポーラ。
それでも、自身のモノの方がフラッドのソレよりも大きな音であったことが気になるのか、完全には立ち直っていない様子のポーラは、これ以上フラッドにその音を聞かせない為、また、自身の空腹を一刻でも早く満たす為、足早に食堂へと歩いていく。
それまでフラッドの手に引かれるように歩いていたものが、急に逆になった為、引いていたフラッドは蹈鞴を踏むこととなる。
「ポーラ、そんなに急がなくても食堂は使えるよ」
「使えるのは知ってるよ。
ただ、お腹が空いたから早く食べたいの」
「お腹が空いてるのは解ってるけど、そんなに急ぐまでだったのか。
それならそうと早く言ってくれれば・・・」
「…そうだけどそうじゃないの!
フラッドのバカ。
とにかく早く食堂に行こう」
ポーラの行動を言動のまま受け取ったフラッドに対し、意識されたくないけど察しては欲しいという複雑な乙女心に触れたのか、少々不機嫌になるポーラ。
その原因が複雑怪奇な乙女心だと解らないフラッドだが、自身の発言がそれであろうと察すると、いかにして彼女を宥めようかと頭を悩ませ始める。
思いのほか強い力で引いてくるポーラに引きずられること少し、食堂へと到着した二人は、疎らに空いている空席の内右奥、寮の出入り口から最も遠く、かつ周りに人が少ない場所を選んだ。
取り敢えず席に着いた二人だが、初めての利用の為食事の注文方法が解らず周囲を見回すこととなる。
ここは一般的な飲食店ではなく、あくまで学院寮の食堂だ、その為注文を受け付け料理を運ぶウウェイターの姿などはなく、生徒たちが自分自身で料理を運び席で食している。
食事を自身で運ぶ生徒達を見て、前世の社員食堂と同じ利用方法だと察するフラッド。
前世であれば食券機で券を買い、それを受付で渡すことで受け取り口でそれを貰うのだが、当世に食券機など有るはずもなく、周囲を見る限り生徒たちは受付で注文し番号の記載された木札を渡されると、受け取り口でそれと品を好感しているようだった。
大方のシステムを理解したフラッドは、先ほどから必死に音をどうにかしようと四苦八苦しているポーラへ説明をすると、先に行くよう促す。
「―――っていう感じで食事が貰えるはずだから、行ってきな。
俺は席を取られないようにここで待ってるか――」
「わかった!ありがとフラッド!」
説明を聞き終えたと思えば、フラッドが話し終える前に駆け出していくポーラ。
その様子によっぽど空腹だったんだろうなと思うフラッド。
事実、それ自体は間違いではないのだが、彼女の心境としては時間が経つにつれ大きくそして頻繁になる自身の腹の音を、一刻でも早く治めフラッドの印象をこれ以上悪くすまいとの思いだったのだが、当のフラッドは彼女のソレに対し特段気にしていない為、彼女の頑張りはその点では無意味であると言えるだろう。
待つこと数分、自身の注文した食事を食卓に置き正面に座るポーラ。
何を注文したのかと興味本位で視線を向けたその先には、ちょっとした山と化している肉炒めに、同じく組体操のピラミッドよろしく積まれたパンの山があった。
普段、共に食事をしている時とは大違いなそのラインナップに目を大きく見開き驚愕するフラッド。
それは他の生徒達も同じだったのか、彼女が受け取り口から此処まで来る最中すれ違った生徒たちは、ほとんどが目の前で形成されている二つの山とそれと対峙する銀髪の少女へと向けられていた。
「え~と、ポーラさん?
この量をお一人で食べるおつもりですか?」
あまりの状況に動揺を隠せないまま質問をするフラッド。
「うん!これぐらい大丈夫!」
彼の質問に笑顔で即答をするポーラ。
そんな彼女の返答にフラッドは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
フラッドの苦笑いを見て何かを思い出したのか、ポーラはハッとすると必死の形相で今の発言を取り消そうとする。
「・・・ハッ!
違うの!えと、食べられるのは本当だけど・・・
ッそうじゃなくて、いつもパパとママに朝はしっかり食べるように言われてて、それでいつも朝はたくさん食べてたからッ!
でも、食べるのが好きってわけじゃなくて、体の為って言うか――」
否定にも言い訳にもなっていない話を聞き、苦笑いがより強いものになっていることを自覚するフラッド。
彼女の意外な一面に驚愕しながらも食堂の時は流れていく。
お読みいただきありがとうございます。
今回は、ポーラの意外な一面が発覚した回になりました。
次話も食堂内になりますが今一度お付き合いのほどよろしくお願いします。
さて、次話の投稿日ですが3/8を予定しています。




