59.ポーラが部屋に来たんだが・・・
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コンコンッ
手紙を読み終えたフラッドの耳に、ドアを叩く音が聞こえる。
普段ならこの時間は微睡みの中にあり、その音を聞いて徐々に覚醒へと至るのだが、今回は違う。
手紙を読むため、という訳では無いが、珍しく早起きをしていたフラッドはそのノックへと応えようと口を開く。
「どう──」
「フラッド?起きてる?
入るよー」
声が聞こえていないのか、はなから返事があるとは思っていないのか、フラッドの返事を遮るように発せられた言葉と共にドアが開く。
扉から現れた彼女の姿は、天使と見紛う程に神秘的で可愛らしいものであった。
風にそよぐ銀髪は、窓から差す陽光を受けてか、1本1本が絹糸のようにキラキラと輝いており、軽やかにそよぐ様も相まって柔らかな印象を与える。
ここ最近ようやくポーラの姿に慣れ、見惚れることも少なくなってきたフラッドだったが、普段とは違う時間、環境で見た彼女の姿はとても新鮮で、慣れたはずなのに見惚れ呆けてしまう。
先日から着始めた学院の制服も一助となっているのだろう。
(・・・天使だ)
「・・・天使だ」
思わず内心をそのまま口にしてしまうフラッド。
一瞬の間を開け、自分が零してしまった言葉に気付き、彼女に聞かれていないかと、焦りから不自然な動きで彼女を凝視してしまう。
起床し、自身を凝視するフラッドに気付いたのか、ポーラは柔和な笑みを浮かべ口を開く。
「あっ!フラッド起きてたんだ」
そう言って特に気にした風もなく近づいき隣に腰掛けるポーラ。
彼女が腰を掛けると同時に、彼女の香りが鼻孔をくすぐる。
たったそれだけの事なのに、ドクドクと耳朶を打つフラッドの心音は加速していく。
一人緊張するフラッドだが、あまりにも自然体な彼女の様子に先ほどのつぶやきが聞き取られていないと安堵するフラッド。
だがそれも次の瞬間には自身の思い違いだと悟る。
「フラッドはおとぎ話の王子様みたいにかっこいいよ」
彼女の息遣いが直に聞こえるほどに近づいたかと思えば、甘く優しく溶かすように耳元でそう囁かれ、フラッドは羞恥心に身を引こうとするがそれも叶わない。
何時の間にか握り込まれた手を引かれたのだ。
身を引く力よりも強く引き込まれた為、二人の距離はより近くなり、密着してしまう。
「あ、あの・・・ポ、ポーラ?
朝から急に、どうしたんだよ?」
ただでさえうるさい心臓が、もう爆発するのではないかと言う程に鼓動する。
すぐ横にあるであろう彼女の顔を捉えるべく、羞恥と緊張に凝り固まった首をゆっくりと彼女へと向ける。
ぎこちなく顔を向けたフラッドの視線の先では、今まで見たことがない程にニンマリとした怪しげな笑みを浮かべるポーラの顔があった。
ポーラはフラッドと目が合うと、その弧を更に深いものに変え、うっとりとした様子でゆっくりと言葉を発する。
「フラッドが格好いいって言ったのは本当だよ?
でも、それ以上に今のフラッドはなんだか可愛い」
それまでフラッドの手を握っていた彼女の手は、言葉が連なるうちに彼の頬をなぞるように添えられる。
(くぉっ!?
一体全体何が起きてるんだ!?
普段のポーラならこんな艶めかし…ゲフンッ怪しい動きはしないだろ!
・・・ポーラがこういうことをするときは大抵あの人が原因だろ)
ポーラの一挙手一投足にドギマギしながらも、その原因を確信したフラッドは、徐に自分の頬をなぞる彼女の手を取ると極力真摯な顔を心掛けながら彼女の瞳をじっと見つめる。
「ポーラ、もしかしなくても手紙でおばさんから何か伝えられたんだろ?
別にそんなことをしなくても俺はポーラの事をす、好きだから安心してよ」
後半は気恥ずかしさから少々どもってしまいながらもそう言い切るフラッド。
そんなフラッドの言葉に、ポーラの耳は見る見ると紅く染まる。
「フ、フラッド!
そんな、急に好きだなんてッ!
私もフラッドの事は好きだよ?
でも、急に言われると―――…」
手を握られ、思いを面と向かって告げられたポーラは、モジモジと身体をくねらせ、照れているのが解る。
その証拠に、最初は耳だけだったその紅は既に顔を通り越し首元まで及んでいる。
想像が膨らんでいるのかポーラは未だにブツブツと何かを口にしているが、その内容は上手く聞き取れない。
そんな彼女の様子に、ホッと安堵のともいえぬ息を吐くとフラッドはやれやれと内心呆れてしまう。
(ったく、あの人は本当に余計なことを吹き込むよなぁ。
嫌ではない、寧ろ嬉しいぐらいだけど、急にやられるとこっちも心の準備ってのがよ・・・
それに、こういう時は母さんも含めてニヤニヤ笑いながら揶揄ってくるからなぁ。
それさえなければ俺としては万々歳なんだが。
・・・しっかし、最初は子供相手に恋愛感情何て持たないとか思ってたけど、大分思考って言うか感情って言うか体に馴染んできてるなぁ。
それも含めて転生って考えればどうってことないが、ふと冷静になると、こう、恥ずかしくて悶え死そうになる)
感情の整理の為にも内心愚痴をこぼしつつ立ち上がったフラッドは、何かを思いついたのか、一瞬意地の悪い笑みを浮かべるとポーラへと向き直る。
そんな一瞬の変化等気付くこともなく、未だにポーラはもじもじとしている。
「ポーラも手紙を読んだんだろ?
おばさんのアドバイス?を実践するのは良いけど、ポーラにはまだ早いと思うよ?
ザック達もコボルト退治をしたとか書いてたし、俺たちも頑張らないと」
フラッドに声を掛けられていると解り想像の世界から帰還したポーラは、少し面白くないといった様相をしながらもフラッドに相槌を打つ。
「わかってるよ。
でも、やっぱりフラッドにはその、好きでいて欲しいから」
自分で言って恥ずかしくなったのか、空いた方の手で頬を抑えながらまたも身体をくねらせ始めるポーラ。
普段やらないことをした反動か、いつも以上にそっち方面で積極的なポーラにフラッドは小さくため息をつく。
「とりあえず、準備は終わってるしそろそろ部屋を出よう。
それと―――」
そう言うとフラッドは握るポーラの手を強く引き、立ち上がらせる。
再度想像もとい妄想に浸っていたポーラは、その勢いに抵抗することが出来ず引き寄せられる。
力の流れに沿って立ち上がったポーラの身体は、そのままフラッドの身体に抱き留められる。
そしてフラッドは、真正面へと引き寄せた彼女の頬に軽く口づけをする。
(さすがに口は無理!
てか、ポーラへの仕返しのつもりだったけど、これでも十分やばい!
俺ってば何やってんだ!)
自分の成したことに頬を紅潮させつつもフラッドは、悪戯が成功した時のように不適に笑って見せる。
「ポーラがそう言う事ばかりするなら、俺だって仕返しするからな?」
「・・・ふぇ?…へ?」
突然の出来事に自分が何をされたかがわかっていなかったポーラであったが、時が進み状況の整理が追い付くと、その顔は先ほどまでとは比べ物にならない程真っ赤に染まる。
頭の先から湯気が立ち上っている錯覚を覚えるほどに紅く染まった彼女の顔を直視することが出来なくなったフラッドは、そっと視線を他所へ向ける。
今もなお握っているポーラの手は、羞恥の為か小さく震えていることが解る。
そのまま二人とも動けずに何とも気まずい時間を過ごしていると、不意に小さな音が部屋に響く。
くぅぅ~
それは腹の虫が鳴く音だ。
どちらの腹がなったのか、はたまた両方の腹がなったのか、可愛らしく鳴り響くその音を聞き、フラッドはようやく活動を再開する。
「・・・とりあえず食堂に行こうか」
「・・・うん」
消え入りそうなボソボソとした、会話ともつかない会話をすると、二人は部屋を後にする。
もし、この現場を二人の母親が見ていたのであれば、彼女たちはとても生き生きとしたようすでニヤニヤと笑っていたであろう。
その母親たちが居ないことを、内心で安堵しながら二人は寮の食堂へと移動していくのであった。
お読みいただきありがとうございます。
少し早くと言いつつも一日だけとなってしまい申し訳ありません。
ようやく手紙回が終わったと思えば、イチャイチャ?回。
はい、私自身も自分で何を書いているのだろうかや、読者の皆さまは作中年齢にあってないと思うだろうなどと思いつつ書いた本話。
いかがだったでしょうか?
期待に応えられましたでしょうか?もしそうでなければすみません。
正直私自身、作中年齢と実際にキャラクターに行わせていることに違和感を覚えつつも、今更変えられないと思いながら投稿している次第です。
案外日常を書くのは難しいと遅まきながら実感しています(笑)
さて、次話の投稿予定ですが、ええ、明日、3/1を予定しています。
なるべく普段と変わらない質のものを提供するつもりですのでよろしくお願いします。




