39.クラスでも説明を受けたんだが・・・
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フラッド達が、見るものによっては漫才ともとれるやり取りを続けていると、在校生にとっては始業を、新入生にとっては受付終了を知らせる鐘がなる。
その鐘の音を聞いたフラッド達は慌てたように近くの空いている席へと腰掛ける。
「ティアのせいで、バタバタだよ~」
「ポーラ?君のせいだからね?解ってる?」
「そうですわ!元はと言えばポーラが私に皺が増えるだ
なんて・・・」
「さっきから謝ってるじゃん!
フラッドも、こういう時は私の味方してよ」
「今回のは全面的にポーラが悪い」
「フラッドはよくわかってますわ」
「ぶ~、フラッドのバカ」
「ハハッ、君たちはいつもこんな感じなのかい?
仲が良くて羨ましいよ」
手近な席へフラッドとポーラが座ると、既に席を取っていたはずのティアとルークも近くに座り、先ほどの一件について和気藹々と語り合う。
緊張やら何やらで張りつめたような静寂を保つクラスの中で、それを意にも留めず、正確にはそれを忘却の彼方へと追いやった四人が話し続けてしばらくすると、廊下に響く足音と共に扉が開く。
さすがに四人もそのことには気づき会話を止めると、他生と同様に扉へ視線を向ける。
「いつもの事だけど、こうも注目されると困ってしまうわね」
やれやれと言った素振りで入室してきたのは、学院受付でも相対したクラス担任ことマーシー・エイワーズであった。
彼女の登場は皆も予想していたので、そのことについては一瞥をくれるに終わったのだったが、その後におっかなびっくり続いた陰に、再度注目が集まる。
「あ、あわわわ」
「ニック君、貴方も早く席について」
「あわ、あわわ…はいっ!」
マーシーに続いて現れた少年は、華奢で目元は前髪で隠れており、先ほどの言動とその容姿から誰もが頼りなく人づきあいが苦手そうな印象を受けた。
その印象を更に後押しするように、ニックと呼ばれた少年はマーシーに着席を促されると、焦ったように周りを見渡し、ドタバタと空いている席へと腰掛ける。
奇しくもその席はフラッドの隣であり、彼を追って移動した視線があたかも自分に集まっているような錯覚に陥るフラッド。
その視線の中にはニックとは反対に座るポーラの視線も含まれるのだが、慣れない者なら誰しもが緊張してしまう視線の数に自分へのものではないと解っていながらも緊張してしまう。
自身の緊張を紛らわす為にも、隣で同じく緊張に身を固め羞恥に顔を染めるニックへと声を掛ける。
「え~と、ニック君でいいのかな?」
「ひゃッひゃい!」
小さく掛けた声に対して、驚きもあったのか上ずった悲鳴のような返事をされ、体をビクつかせるフラッド。
ニックの返事は教室全体に響いており、着席確認と同時に改めて全体説明をしようとしたマーシーの注意を引くこととなる。
「そこ~、自己紹介とかは後で時間を設けるから今は大人しく話を聞いてね」
「はい、すみません」
「しゅ、すみません!」
マーシーの注意へ謝罪の意を伝えると、それまで向けられていた視線も自然と離れていく。
皆の注目が自身に集まったことを確認したマーシーは、軽く頷くと、受付でも話した今日の流れについて説明を始める。
「それじゃ、この後の流れだけど――」
◇
マーシーによる受付時のおさらいとも言える説明が終わると、これで終わりかとクラスの空気も少し弛緩する。
生徒たちのそんな様子を眺めながら、マーシーはここからが本題と、一呼吸おいて説明を再開する。
「ここまでは皆も受付で説明したからわかっていると思うけど、次は式についての説明をするわよ?」
彼女のその言葉に、再度クラス中が集中する。
その様子に満足げな表情を浮かべると、彼女は説明を続ける為に口を開く。
「それで式についてなのだけど、私たちAクラスの入場は一番最後になるわ。
えぇ、何と言っても学年を代表する特待生クラス、いわばその学年のエースなのだからその点については問題ないわね?」
彼女の確認に、生徒たちはそれぞれ頷く。
Aクラスに所属するだけ察しが良いのはもちろんだが、世間一般からしても、最も優秀、もしくは注目を集めるものは花形と言わんばかりに最後に紹介される。
そう言った場に出席しやすい環境、教育を受けてきた彼ら彼女らは、当然と言わんばかりである。
前世でもスポーツ選手や素晴らしい功績を残した者が表彰される様をテレビなどで見てきたフラッドは、こちらでも同じなのかと思いながら他と同様頷いていた。
「まぁその点が理解できないような子は居ないと思っていたけど、念のためね?
それで席順なのだけど、受付で渡した諸々の書類の中に大きく番号が記載されている物があるのだけれど、その番号が小さい人から順に中央の道から奥へと座ってもらうわ。
入場の際の並び方についてはその逆で、番号の大きい人が先頭となって、それ以下の人が後に続く形ね。
席は中央の道を起点に左右に分かれているから列は二列で10番と20番の人が先頭だから間違えないように」
彼女の説明を受けて、生徒たちが一様に手元の書類を漁り、己が番号を確認する。
全ての生徒が確認できたことを見届けると彼女は続きを話していく。
「皆、番号は確認できたわね?
全員が着席した後の流れとしては、学院長の挨拶、各関係からの祝辞となって、本題の新入生紹介が来るわ。
これについてはFクラスから一人ひとり点呼があって、私たちAクラスが最後になるわ。
まぁ名前を呼ばれたら返事と共に立ち上がってくれれば問題はないから、その点はあまり気にしてないわ。
そして全員が着席した後なのだけど――」
まったくもって前世の入学式と同じスケジュールに、何とも言えない感覚を覚えていたフラッドだったが、一拍空けてなされたマーシーの説明に、それまで忘れていた事を思い出し緊張で身を固める。
「――学年主席による代表挨拶があるわ」
代表挨拶。つまり新入生のトップとして、自分と同じ新入生のみならず、在校生、教師陣、各関係者と言った衆目の中、壇上で挨拶をするということ。
受付で自身がその学年主席の一人であること、代表挨拶をすることを聞いて、奇跡的に自分以外にも主席が居るとあっても、その緊張や責任感から大きく落ち込み、悩んでいたはずのそのことを、今の今まで忘れていたフラッド。
それをこの場面で思い出し、忘れていた自分を責めると同時にどうしようもない焦燥感に駆られていた。
(うおぉぉ!忘れてた!なんでこんな大事な事忘れてんだよ俺!
このバカ!アホ!おたんこなす!…おたんこなすって今日日聴かねぇなってそうじゃねぇ!
どうする?何も考えてないぞ!?
そう言えば先生が時間くれるって言ってたし、それ以前に今年は俺以外にももう一人主席が居るんだった。
そうなりゃソイツに目一杯目立ってもらって、俺は簡単に話して終わりってプランで――)
廊下を歩いていた時同様な思考に陥いるフラッドを追い詰めるように、マーシーが言葉を連ねる。
「皆も知ってるように、このAクラスは学年で優秀な成績を修めた人が入れるクラス。
つまり、その主席もこのクラスに居るの、それも二人も」
マーシーからもたらされた主席が二人いる事実に、それまで沈黙を保っていたクラスメイト達からざわめきが起こる。
生徒たちの予想通りの反応に嬉しそうな表情を浮かべたマーシーは少し饒舌に説明を続ける。
「えぇ、えぇわかっているわ。
本来なら、その学年で一番成績の良い者がなる主席が二人も居るなんてありえないことだけど、それが何と!今回は起こったの!
総合点がまるっきり同じで、尚且つ学年で一番!
嗚呼!私はこんなに優秀な学年に巡り合えて嬉しいわ!
そして栄えある代表挨拶を行う優秀な二人を――」
(ま、まさか…)
「この場で――」
(いや、そんなまさか!)
「紹介するわ!」
(う、嘘だと言ってくれぇー!)
唯でさえ、入学式の代表挨拶で胃を痛め、身を震わせているフラッドへ、追い打ちのように掛けられたクラスメイトへの紹介と言う公開処刑に、フラッドは止まらない脂汗を大量に流し、胃に更なるダメージを負った。
多くの人に称賛される、持て囃されることを誉として教育を受けてきたであろうクラスメイト達とは対照的に、前世である日本人のそれも小市民な考えを捨てきれていないフラッドにとっては、それは喜ぶべきものではなく、苦痛、所謂ストレス以外の何物でもなかった。
なまじ、ここに集う生徒たちのような志や目的があった訳でなく、何となくで入学を決意したこともあり、申し訳なさや何やらで、それは強いものとなっていた。
(先生頼む!何でもする!後生だからそれだけはご勘弁を)
玉の様な汗を滴らせ、身を震わせながら、縋るようにマーシーを見つめるフラッド。
そのあまりにも異様な状態に、隣に座るポーラは心配そうな視線を向ける。
「それじゃ、これから名前を呼ばれた二人は返事と共に皆の前で自己紹介をすること」
(頼む先生!気付いてくれ!俺はそんなことを望んでない!届け俺の思い!)
必死に思いよ届けと視線を向け続けていると、彼女がこちらに気付く。
その後、少し考えるような素振りを見せると、フラッドに対して軽く頷いて見せた。
(つ、伝わった!よし!後は先生が、やっぱり後のお楽しみとかでこの場をなかったことにして――)
「ふふっ、どうやら凄くやる気に満ち溢れているみたいね。
そうとうに気合が入っているみたいだから皆も心して聞くように」
(え?ちょっと待って?そうじゃない!
そうじゃないんだよ先生!やる気とは逆の方で――)
「それじゃ主席を紹介します、一人目は――」
(ら、らめぇー!)
フラッドの思惑とは裏腹に、場を盛り上げたマーシーは、これで良いだろ?と言わんばかりの笑顔を向け首席二人の名を呼んだ。
「フラッド!」
彼女の呼びかけと同時に、どよめきと共にクラス中の視線が集中する。
本来なら、自己紹介をしていないため、返事をするまで誰だかは解らないはずなのだが、先の一件でクラスのほとんどがその名を知ったことから、今の結果となっていた。
唯一人、遅れてやってきたニックは、視線が集中した意味が解らずあたふたとするも、その先を辿ることで理解したのだった。
そして、これ以上何もできないことを悟ったフラッドは、マーシーの指示通り返事をする。それも内心を悟られないよう快活に。
「はい!」
(ちくしょう!なんでこうなる!
こうなったらやけくそだ!
とことん演じてやるぞ、優等生ってやつをな!)
返事と共に立ち上がり、教卓の前へと移動するフラッド。
その一挙手一投足にクラスメイトの視線が向けられる。
立ち上がる最中斜め後ろから意外そうな声が聞こえるも、緊張とその他の思考から気を向ける余裕がない。
ようやく教卓前へと到着するとフラッドは一呼吸置き、クラスメイトの方へと向き直る。
小さくはなれど未だなくならないどよめきからは、にわかには信じられないと言った意思が読み取れる。
それもマーシーが軽く咳ばらいをすると徐々に沈黙へと変わる。
(よし!第一関門たるやる気の満ちた返事とスムーズな移動は成功と、後は挨拶の内容だが…学園挨拶だけで頭が痛いのに思いつくかってんだこんちきしょう!)
イリーナとの魔術特訓の過程で手に入れたポーカーフェイスを遺憾なく発揮しているフラッドは内心で、挨拶の内容について頭を悩ませる。
そんなはた目には動じていないフラッドの様子に、流石だと内心感嘆しながら、マーシーは二人目の名を呼ぶ。
「それでは二人目、ルーク・ペイルロード!」
「はい」
彼女の呼びかけに対し、フラッドの快活なものとは反対に涼やかに返事をするルーク。
フラッドの虚飾で形作られた自信とは違い本物の自信、余裕といったものが感じられる堂々としたその返事、歩みに、自分もゆくゆくはそう在りたいと言った願望からかフラッドは魅入られる。
フラッドが我に返るころには、彼は隣に並んでおり、初めて会った時のように爽やかな笑みを向けている。
そんな中ルークはフラッドにだけ聞こえる声量で声を掛けてくる。
「まさか君も首席だったとは思わなかったよ。
アルゲンへの対応からAクラスは難くないと思っていたけど、同じ首席だとはね。
僕も人の事が言えないよ」
その言葉に、曖昧な笑みを浮かべてしまうフラッド。
そのフラッドの内心は今、挨拶の事ではなくあることについて考えていた。
(ペイルロード?何処かで聞いた気が…
そうだ!父さんの仕事を手伝った時に見たんだった。
えぇと確かあれは・・・ッ!侯爵家の名前だ!
まじかルークって侯爵家の生まれかよ!
そりゃ、皆に睨まれるわけだ。
やっぱりこれからは敬語にした方が良いか?)
一人、ルークが侯爵家の生まれであることに思い至ったフラッドが改めて接し方について考えていると、それを邪魔するかのようにマーシーが声を掛ける。
「では、フラッド君。
最初は貴方から皆へ挨拶を、その後にルーク君」
「はい」
「わかりました」
紹介の時とは打って変わって敬称を付けて呼ぶマーシー。
そのことについて、少しまずいのではないかと思ったフラッドがちらりと隣を伺うと、ルークは特に気にした様子もなく返事をしていた。
その様子に、本人が気にしていないならと、今後の接し方も含めて納得したフラッドは、未だ内容が纏まらないまま挨拶を口にする。
「ご紹介に預かりました、この度主席の一人を預かるフラッドと申します。
家名がないことからお気づきかと思いますが、私は庶民の生まれです。
しかし、だからと言って貴族の子女方々へ臆するつもりはありません。
失礼だとは存じますが、当学院はそれぞれの見聞を広め、知識や技術を向上させることを是としていることから、それを成し遂げる為にも、臆することは出来ないと考えています。
至らぬ点や、不快に思われることも多々あろうかと思われますが、何卒ご容赦いただければと思います。
また、主席の名に恥じぬよう努力していく所存です。
今後の学院生活、共に研鑽していきましょう。」
(どうだ!これなら、不満はでないだろう!)
即席で考えた内容を口にしたフラッドは、思いのほか上手く話せたと自信をもってクラスを見渡す。
しかし、一様に見て取れるのは困惑と言える表情で、その表情を浮かべていないのは、普段のフラッドを知っているポーラとティア、そしてフラッドの事を評価していたルークだけであった。
担任であるマーシーでさえも驚いたような困惑したような表情を浮かべており、それらの事から大きな不安を感じるフラッド。
(やべぇ、これは盛大にやらかした感じか?
もしかして禁句とかいろいろは言ってたか?
それとも貴族云々~がまずかったか?)
そんな彼に対して、隣にいるルークが声を掛ける。
「フラッド、やりすぎだよ。
僕も正直驚いているんだ、普通はあそこまで話せないものだよ?」
ルークから告げられたその言葉に、困惑の意味を察したフラッドは安堵すると同時に、別の意味でやらかしてしまったと後悔するのであった。
一、二拍の間を開けて拍手が聞こえてくる。
それは、ポーラとティアが起こした拍手。
次第に周囲に伝播していったソレは、クラス一杯のものとなった。
「ハッ!流石首席ね、正直6歳とは思えなかったわ。
それじゃ、最後にルーク君」
「はい、と言ってもほとんどフラッドの言ったとおりだから僕の方は簡単に。
改めて、僕はルーク・ペイルロード。
フラッドと共に、主席の一人を預かることになりました。
僕も貴族や庶民と言った点は気にしないから、フラッド共々よろしくね」
そう言って一礼するルークに、先ほどとは違い、即座に拍手が注がれる。
ルークが定位置に戻ったことを確認すると、マーシーは二人に着席を促す。
「ありがとう二人とも。
それじゃ、席に戻ってもらっていい?」
フラッドとルークが席に着いたのを確認すると、マーシーが口を開く。
「それじゃ、式が始まるまでの間はここで待機。
主席の二人は代表挨拶について考えておいてね?
といってもさっきの様子からその時間はいらないと思うけど。
鐘が鳴ったら廊下に整列して――」
式前の動きについてマーシーが説明している最中、隣から小さな声がかかる。
「さすがだねフラッド、みんなビックリしてた。
だって、私とティア以外みんなポカーンとしてたし。
でも意外だったのがルークかな、あんまり驚いてなかったし・・・」
クラスメイトの反応が面白かったのか、くすくすと笑うポーラ。
気が気でなかった当人であるフラッドからしてみれば、ため息モノの何物でもないのだが、ポーラのちょっとした笑顔を見て穏やかな気持ちになる。
その後、二、三言話すと、フラッドは間近に迫る代表挨拶の内容を考えるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
今回少々長文になっています。グダついていたらすみません。
次話の投稿は10/6を予定しています。
次話、入学式です




